第36話:轟音の鉄獣と灼熱の臓物陣撃(津山ホルモンうどん)
「……ふむ。光の速さ(新幹線)による主要拠点の制圧は、確かに完了したと言っていい」
私が今立っているのは、西日本の巨大な交通・防衛拠点の一つである『岡山駅』のコンコースだ。
商人ギルド『JR西日本』が誇る超高速魔導機関・新幹線の力により、私の胃袋は関西から九州、果ては日本海を這う東の境界線(糸魚川方面)に至るまで、数多くの未知なる魔獣(絶品グルメ)を飲み込んできた。
だが、真なる冒険者たる者、表皮を撫でただけで満足してはならない。
「光(新幹線)が行き届かぬ領域……大地の奥深くに根を張る『辺境の魔導軌道(ローカル線)』。そこにこそ、真に恐るべき太古の魔神(B級・郷土グルメ)が封印されているという事実を、私は気づいてしまったのだからな」
クックック……と思わず低い笑い声を漏らす。
行き交う商人や旅行者(一般客)たちが、ビクッと肩を震わせて足早に私を避けていくが、気にしてはいられない。
私は迷うことなく、コンコースの案内板を見上げ、目的の結界へと足を向けた。
目指すは『9番のりば』――中国山地の深淵、美作の国へと通じる呪われた……いや、祝福された辺境ルート『津山線』である。
「……何という威圧感だ。これは、只者ではないぞ」
階段を降りてホームに降り立った瞬間、私の肌をビリビリと震わせる『魔力波動(ディーゼルエンジンのアイドリング音)』が襲いかかってきた。
カラカラカラカラッ! という規則的で暴力的な鉄の回転音。
そして、空気を焦がすような、重油が燃える独特の匂い(排気ガス)。
目の前に鎮座していたのは、流線型の美しい白馬(新幹線)とは似ても似つかぬ、無骨で鋼のような装甲をまとった二両編成の『鉄獣(キハ47形気動車)』であった。
朱色とオレンジの中間のような、どこか警告色にも似た塗装が施されたその車体は、電気の通う架線(魔力供給ライン)を持たず、己の内に秘めた内燃機関の爆発力のみで突き進むという、原始的かつ凶悪な仕様のゴーレムだ。
「まさか、外部からの魔力供給を断ち、己の血肉(軽油)を燃やして走る独立型の機体とはな……! ギルド『JR西日本』、恐ろしい手札を隠し持っていたものだ」
私はゴクリと唾を飲み込み、その鋼の獣へと近づいた。
だが、ここで第一の試練が待ち受けていたのである。
「……む? 結界が開かない、だと?」
通常、都市部の魔導列車は、人が近づけば自動的に障壁を解除する(自動ドア)。
しかし、目の前の鉄獣は、私が前に立ってもピクリとも反応しない。ただ「グルルルルッ!」と威嚇の腹鳴りを響かせるばかりである。
「ほう……なるほど。乗る者に資格を問うというわけか」
私はドアの脇に、小さな魔導ルーン文字が刻まれたパネル(押しボタン)が設置されているのを見逃さなかった。
『あける』――そう記されたボタン。
「フッ、たわいない。物理的な干渉による魔力解放(手動ドア操作)か。ならば!」
私は右手の人差し指に渾身の闘気を込め、そのボタンを力強く押し込んだ。
プシュウウウゥッ! という圧縮された風属性魔法の解放音とともに、重々しい鉄の扉が左右に開く。
「見事な結界システム(半自動ドア)だ……。辺境の魔獣は、一筋縄ではいかないということだな」
私は一人で深く頷きながら、薄暗く、どこか懐かしい香りがする車内へと足を踏み入れた。
座席は向かい合いのボックスシート(小隊円陣陣形)。私は窓際の席にどっかりと腰を下ろした。
「さあ、案内してもらおうか。まだ見ぬ絶品(魔物)たちの肉が焼ける、灼熱の最前線(津山)へとな!」
私が高らかに宣言(脳内)したのとほぼ同タイミングで、鉄獣が「ガガアァッ!」と爆音を轟かせ、強烈な物理的振動(揺れ)とともにゆっくりと前身を開始した。
窓の外の近代的な駅ビルが後ろへと遠ざかり、やがて景色は緑深き中国山地の迷宮へと変わっていくのであった。
「……おおおっ! なんという暴力的な推進力(揺れ)だ!」
ガタン! ゴトン!
鉄獣(キハ47形)は、咆哮(ディーゼルエンジン音)を上げながら中国山地の山間を縫うように突き進む。
新幹線の滑らかで静寂な亜空間ワープとは完全に別次元の代物である。急カーブのたびに車体は大きくきしみ、線路の継ぎ目を越えるたびに尻から脳天へと直接響く重い衝撃(物理ダメージ)。
「フッ、私の体幹を試しているようだな。さすがは選ばれし者しか乗れぬ辺境への試練の道(ただの単線)だ」
深い山林へと分け入っていくにつれ、窓の外の風景は結界の奥底(秘境)へと切り替わっていく。時折すれ違う対向の鉄獣(列車交換)を『魔導線の防衛部隊』と解釈し、私は一人で窓外に向かって小さく敬礼してみせた。斜め向かいの席に座る学生(地元の高校生)が私の方をチラリと見て不気味そうに顔を伏せたが、それはきっと歴戦の勇者への畏敬の念(ただのドン引き)に違いない。
やがて、数多くの小さな関所(無人駅)を抜け、鉄獣はその歩みを大きく緩めた。
『次は、終点、津山――』という魔導音声(車内放送)が響く。
「着いたか……。かつて魔将(戦国大名)たちが治めた堅牢なる城塞都市(津山城跡)、そして私の胃袋を満たすべく眠る未知なる封印指定魔獣(郷土グルメ)の眠る地へ!」
プシュウゥッ……と再び重々しい結界が解かれ、私はホームへと降り立った。
駅の改札を抜け(ICカードが使えないことに少し戸惑いながらも現金の物理取引で突破し)、駅のロータリーに出た瞬間だった。
「…………ッ!!」
私は目を見開き、鼻孔を全開にして周囲の空気(魔力配分)を探った。
「なんだ、この重厚で、暴力的なまでに食欲を刺激する波動(匂い)は……!?」
風に乗って漂ってくるのは、ただの飯の匂いではない。
にんにくと生姜、そして強烈な『熟成された味噌の焦げる匂い』。それが、内臓脂肪のような特有の甘い脂の香りと複雑に絡み合い、私の脳髄(前頭葉)を直接ぶん殴ってきたのだ。
ギュルルルルウゥゥゥウウウッ!!
我が体内に巣食う暗黒空間(胃袋)が、かつてないほどの激しい悲鳴(空腹の合図)を上げる。
もう駄目だ。この波動の源を絶たねば、私が干からびて死ぬ(餓死する)。
私は、まるで魔力探知機に引かれるように、ふらふらと匂いの元を辿って津山の裏路地へと足を踏み入れた。
そして、古の結界石碑(赤提灯)と『ホルモンうどん』と書かれたボロボロの暖簾(防壁布)を掲げる、一軒の小汚い……いや、年季の入った古城(老舗の鉄板焼き屋)へと辿り着いたのである。
「ここだな。この扉の奥に、猛悪なる炎の魔神(特大鉄板)が鎮座しているはずだ」
カラカラカラッ、と引き戸を開ける。
その瞬間、むせ返るような白煙(スモークスクリーンの魔法)と、ジュージュバチバチィッ! という鼓膜を破らんばかりの爆音(肉と油が焼ける音)が私を包み込んだ。
「いらっしゃいっ! あんた、お一人かい? そこのカウンターに座りな!」
煙の奥から現れたのは、頭にタオル(戦場のバンダナ)を巻き、両手に銀色の短双剣(金属のテコ・ヘラ)を構えた凄腕の老練NPC(名物のおばちゃん)だった。
彼女の目の前には、店内の半分を占めるほどの漆黒の巨大な鉄の祭壇(特大鉄板)が鎮座し、その上では赤と白のグロテスクな肉弾(新鮮な牛のホルモン)が、激しい業火の中で身をよじらせながら灼熱の狂宴(調理)を繰り広げている。
「ふっ……素晴らしい構え(鉄板捌き)だ。おばちゃん(店主どの)、その一番凶悪なヤツ(ホルモンうどん)、私に一人前頼む!!」
「あいよっ! ホルモン二玉ね! 兄ちゃん、いい食いっぷりしそうだから、特製のタレをガツンとかけてやるよッ!」
私はカウンターの丸椅子にどっかりと腰を下ろし、これから始まる最強の炎属性バトル(食事)に向けて、冷たい水(初期回復ポーション)をゆっくりと一息で飲み干したのだった。
「シィィイイイイイイイウワアァァァッ!!」
目の前の黒々とした巨大鉄板(祭壇)の上で、鮮血のような赤と、魔物の脂肪のような純白が入り混じった生々しい肉塊(新鮮な牛の小腸・ハツ・センマイなど)が、恐るべき叫び声を上げていた。
おばちゃん(老練NPC)が、銀色のテコ(短双剣)を凄まじい速度で交差させると、鉄板の表面に敷かれた薄い見えない炎の膜(油)と肉塊が激しく衝突し、無数の火花……いや、黄金色の脂(魔力)が弾け飛んでくる。
「……なんという激しい火属性の乱舞(調理過程)だ。結界がなければ、飛び散る油の破片で大火傷を負っていたやもしれん」
カウンター越しに見下ろすその光景は、まさに戦場そのもの。
『ジューッ!』とか『バチバチッ!』という単なる音ではない。
ジュワバチッ! キャアァァァアアアッ!! という高温の鉄板で脂肪が爆発する音と、肉の表面が瞬時にカリッと焼き固まる小気味良い悲鳴。
同時に立ち上るのは、獣の剥き出しの野性味を感じさせる強烈な内臓の匂い。だが、全く臭みがない。それは、幾重もの下処理(浄化魔法)が完璧に施されている証拠だ。
「さあ、ここからが本番だよォッ!」
おばちゃんの掛け声とともに、鉄板の上に白と緑の防御陣(大量のモヤシと太めのネギ)がバサッと投下された。
シャアアアァァァッ! と高く鳴る野菜の水分が蒸発する音。
すかさず、彼女のテコが舞い、野菜の山の中心に純白の太い魔法陣(うどん二玉)が放り込まれる。
「ほう。攻撃力ばかりに頼らず、防壁(野菜)と緩衝材を同時に練り込むことで、胃袋へのダメージを相殺しつつ旨味を爆発させるという腹積もりか」
私は一人、カウンターの隅で深く腕を組み、その見事な錬金術(調理)に感嘆の息を漏らしていた。
だが、真の魔術はここからだったのだ。
カチャリ、とおばちゃんが鉄板脇の怪しげな陶器の壺(魔導アーティファクト)を開けた瞬間……私は咄嗟に顔を覆おうとしたほどの、暴力的な波動を感じた。
それまで充満していた肉の焼ける匂いを一瞬にして上書きする、強烈なニンニクと生姜、そして深い発酵(呪戒)の香り。
「食らいなっ! 秘伝の特製ダレ爆撃さァッ!!」
おばちゃんが柄杓で、そのドロリとした暗褐色の液体(味噌ダレ)を一気にうどんとホルモンの上にぶちまけた。
「ブォンッッッッ!!!」
鉄板が大爆発を起こしたかのような轟音が響き、視界を完全に奪うほどの猛烈な蒸気が立ち昇った。
それと同時に、焦げた味噌の圧倒的な香ばしさ、熱せられた醤油の暴力的な塩気、そしてホルモンから溢れ出した極上の脂が融合した香りが、鉄板からダイレクトに私の顔面(鼻孔)を直撃する。
ズドォォン!! と、腹の奥で雷鳴が轟いた。
私の胃袋(暗黒空間)が、完全に限界突破の警告を発している。
唾液腺が決壊し、口の中が洪水状態になった。
「こ、これは……なんという広範囲の精神干渉魔法(メチャクチャ美味そうな匂い)だ。食べる前から、ここまで私の理性を揺さぶる魔獣が存在するとは……ッ!」
モクモクと立ち込める白煙が晴れたあとに現れたのは、真っ黒に染まった太いうどんと、テラテラと黄金色の脂を引き連れたホルモンの山。
それは、ただの麺料理ではない。全てを破壊し、胃袋というブラックホールすらも満タンにしてしまうであろう『津山ホルモンうどん・ダブル(超巨大火炎スライムの完全体)』の誕生であった。
「あいよっ。熱いうちにやっつけちまいな!」
おばちゃんが私に向けてカチャリと銀の短槍(フォークではなく箸)と、直截攻撃用の小振りのテコを差し出す。彼女の額には汗が光り、その誇り高き戦士のような笑顔は実に美しかった。
「……フスッ、くっくっくっ。素晴らしい。実に最強(最高)の面構えだ」
私はゆっくりと箸を握りしめ、まだジュージューと熱いマグマの飛沫(油)を上げ続けている特大の結界魔法陣(鉄板の上のホルモンうどん)へと、覚悟の第一撃を振り下ろしたのだった。
「いざ、尋常にな……『いただきます』ッ!」
私が放った短くも力の籠もった呪文(挨拶)とともに、第一合の激突が始まった。
箸(二本の魔術スティック)の先で、まずは分厚くふくよかな純白の肉塊……この魔神のコア(プリプリの牛ホルモン・小腸)を一つ摘み上げる。
それは、ただの肉ではない。
焦げた味噌ダレの赤黒い魔力を全身に纏い、内側からはち切れんばかりの極上の脂(甘み)を隠し持った爆弾だ。テラテラと光り輝くその表面からはジュワーッという微小な爆発音が鳴り続けており、熱波(シズル感)が私の眼球を直接灼きに来ている。
「フスッ……。見事な照り(装甲)だ。だが、私の絶対防御(顎)を抜けるかな?」
パクリ、とホルモンを一口で放り込む。
その瞬間だった。
「……あちつつつつつッ!!」
思わず素でダメージ判定(火傷)を食らいそうになった。
鉄板から直接持ち上げたばかりのホルモンは、尋常の温度ではない。表面のカリッとした焦げ目を歯で噛み破った瞬間、中に封じ込められていた灼熱の脂が一気に解放され、防壁(舌)を焼き尽くしにかかってきたのだ。
「ゴフッ、ふぐぅ……ッ! だが、この攻撃力……ッ!?」
熱い。痛い。しかし……それ以上に、圧倒的に『甘い』!
ジュワァァァァッ……と口いっぱいに広がるのは、上質な和牛特有の、脳髄を痺れさせるような暴力的な旨味と脂の甘さ。
それが、幾重にも熟成された味噌ダレの深いコクと強烈なニンニクの香りと複雑に絡み合い、噛めば噛むほどに新しい味の魔法陣が口の中で展開されていく。
「……ククリ。素晴らしい。物理防御(歯応え)すら無効化する、溶けるような脂(治癒魔法)か。我が胃袋の深淵まで届く、会心の一撃だ」
ホルモン特有の弾力をクニクニと数回噛み締めただけで、脂はあっという間に形を失って喉の奥へと消えていく。残るのは、ガツンと響く生姜と味噌の野性的な余韻だけ。
このままでは、ホルモンの強烈な脂の連撃に耐えきれん。
防壁(炭水化物)が必要だ!
「いでよ、大地の火炎吸収結界ッ!!」
私はすかさず、ホルモンの濃厚な魔力をその身にたっぷりと吸い込み、元の白さなど微塵も残さぬほどに黒光りしている極太のうどんを箸で一気に掴み取った。
ズズズッ、ズブォバアアァァァッ!!
情け容赦ないけたたましい音(すする音)を立てながら、うどんの束を口内へとダイブさせる。
普通の汁ありうどんとは構造が違う。鉄板に押し付けられ、タレを吸って焼かれたうどんは、表面が少しチリチリと焦げてクリスピーな食感(物理バフ)を帯びながらも、内側には強靱なコシ(モチモチの弾力)を残している。
「がはっ、はふはふっ、ン、ンまァアアイッ!!」
熱い。熱すぎる。
口の中の上顎の皮が剥けそうなほどの高温結界(超熱々)であるにも関わらず、私はうどんを啜る速度を落とすことができなかった。
なぜなら、この焼きうどんは、ただの麺ではなく、先ほどのホルモンから流れ出した極上の脂を全て吸収した『旨味の絶対障壁』なのだ。
噛みしめるたびに、麺の中から味噌の香ばしさと獣の強烈な旨味がドワァァッと逆流してくる。
「……ハッハッハ! なんという回復力(ジャンク感)だ! これはもう、単なる食事ではない。己の闘争本能を剥き出しにして挑む、狂乱の生存競争だ!」
私は一人、カウンター席の端で額に大粒の汗を光らせながら、不気味な笑い声を上げていた。
隣の席のサラリーマン(一般兵)が、ビクッと体を震わせて私の顔を二度見してきたが、もはや知ったことではない。
私は今、津山の奥深くに眠るこの偉大なる魔獣と、文字通りの死闘(至福の時間)を繰り広げている最中なのだから。
「フンッ……ハッハッハ! まだまだだ、魔獣の群れはこんなものではないぞ!」
特大の鉄板(漆黒の炎熱結界)の上で、ダブルサイズのホルモンうどんは依然として圧倒的な存在感を放っていた。
私は次なる一撃を放つべく、箸(双槍)の矛先を今度はうどんではなく、その脇に積まれた緑と白の防壁(ざく切りのキャベツと太モヤシ)に向けた。
シャクッ、ボリボリィッ!
「……ほぉっ!」
これだ。肉の魔力(脂)に完全に支配されそうになっていた私の口内(最前線)に、一陣の清らかな回復魔法(シャキシャキの水分)が駆け抜けた。
この野菜たち、単なるカサ増し(スライム級のザコ)などではないぞ。
強烈な火力で短時間だけ炒められたため、その細胞壁(クリスピーな食感)を完璧に保っているのだ。
「ホルモンの暴力的な柔らかさと、野菜の強靱な歯ごたえ(物理装甲)。この絶対的なコントラスト(光と闇の二重属性)が、胃袋への負担を劇的に軽減させている!」
ホルモン特有のゼラチン質が歯に絡みつくのを、モヤシの青臭さがスパッと断ち切り、キャベツの芯の強烈な甘味が味噌ダレの塩分を中和する。
さらに、そのすべてを下から支えるのが、表面が焦げてカリッとしているのに中は極等品のスライムのごとくモチモチの『焼きうどん(重装甲歩兵)』だ。
「完璧だ……。完璧な陣形(布陣)ではないか!」
私は狂ったように箸を動かした。
ホルモン、うどん、野菜。
魔法陣を構築するこの三つの要素を、わざとごちゃ混ぜにしてから一気に口の中へ放り込む『無差別複合魔法』を連発する。
口の周りは、すでに暗褐色のタレ(呪戒の泥)でドロドロに汚れ切っているのも構わず、私は貪欲に目の前の山を崩していった。
額からはポタポタと、滝のような汗(デトックス効果)が滴り落ちる。
それは、ただの暑さではない。体内の魔力回路が、ホルモンの脂と味噌の塩分を取り込み、限界まで活性化(カロリー過多)している証拠だ。
「……だが。これだけ凄まじい質量の一撃となると、流石に後半は防壁(胃袋)の限界値が近づいてくるな」
全体の三分の二を食破したあたりで、私はわずかに箸を止めた。
味噌ダレの甘みとホルモンの濃厚すぎる脂が、ボディーブローのように効き始めている。
「しかし、私の冒険手帳(経験則)を舐めるなよ」
私はカウンターの脇に置かれていた、小さな赤い壺(魔導アイテム)へと手を伸ばした。
中に入っているのは……一味唐辛子、いや、自家製の辛味調味料(炎属性の極大バフ)だ。
「フッ……灼熱地獄に、さらなる業火を注ぎ込む。これが真の勇者の戦い方(味変)だ!!」
私は小さな匙で、血のように赤い粉末をたっぷりとすくい上げ、残り三分の一となったホルモンうどんの山に容赦なくふりかけた。
途端に、味噌の甘い香りに混じって、鼻の奥をツンと突き刺すような鋭利な物理刺激が立ち昇る。
「では、第二ラウンド(クライマックス)と行こうか!」
激辛バフの乗ったホルモンうどんを、私は大きく口を開けて一気に掻き込んだ。
「ギャアァァア……あ、あ、ああッ!! 辛ッ! だが、最高に速いッ!!」
唐辛子の鋭い一撃が、先ほどまで胃を重くさせていた脂のくどさを一瞬で見事に焼き尽くした。
辛味によってリセットされた味覚が、再び味噌ダレの奥深さを感知し始める。
痛覚(辛さ)がアドレナリン(闘争本能)を叩き起こし、私の食事のスピードは、第一ラウンドの時すらをも上回るほどの凶暴性を帯びていた。
「フスッ、フハハハッ! 燃える! 我が胃袋が、爆発するように燃え盛っているぞォォッ!!」
私は、おばちゃん(老練NPC)と周囲の客がポカンと口を開けて見守る中、まるで狂戦士のように猛然と鉄板の上の残りすべてを平らげにかかったのだった。
「……ふうっ、ごふぅぅぅッ!!」
最後の巨大なホルモンの切れ端(コアの残骸)と、それを絡め取る数本の焼きうどん。そして鉄板の端にわずかに残った焦げた味噌ダレ(漆黒の呪いの残滓)まで、私はテコを使って綺麗に掬い上げ、己の胃袋へと完全に叩き込んだ。
カチャリ……。
二本のテコと箸を皿の横に置き、私は深く、長く、そして重厚な満足気な溜息(排気ガス)を吐き出した。
「……完全制圧だ。見事なまでに、私の前線防衛(満腹中枢)を破壊し尽くしてくれたぞ」
私は、おしぼり(回復用の布ポーション)でタレと脂でテカテカになった口の周りを丁寧に拭い、ドス黒く光る巨大な鉄板(役目を終えた祭壇)を満足げに見つめた。
「お兄ちゃん、見事な食らいっぷりだったねぇ。うちのホルモンうどん・ダブルをペロリといくとは、大したもんだよ!」
タオルを頭に巻いたおばちゃん(凄腕NPC)が、ニカッと白い歯を見せて笑う。
その顔は、ただ猛り狂う魔獣を抑え込んできただけの調理人ではない。戦い終えた戦友に向ける、最大限の敬意と親愛の情に満ちていた。
「なに、おばちゃん(マスター)の陣形指揮(焼き加減)が見事だったからだ。これほどまでに荒々しく、それでいて計算され尽くした魔力(味の構成)を持つ魔物は、新幹線の沿線の都市部では滅多にお目にかかれない代物だったぞ」
「あっはっは! なんだい大げさな兄ちゃんだね! 毎度ありっ!」
私は金貨(千円札)を気前よく数枚カウンターに置き、再び重たい引き戸を開けて路地へと出た。
外の空気は既にひんやりと冷たく、津山の方角には城郭の影が夕闇に沈もうとしていた。
「ゲップ……ッ!」
私は思わず、盛大な反芻の魔法を漏らしてしまった。
その瞬間、猛烈なニンニクと味噌の香りが私の鼻腔の奥から再び立ち昇り、津山の夕暮れ時に小さな暗黒爆発を引き起こす。
「……フスッ、くっくっくっ。素晴らしい。私の胃袋の限界値(レベル上限)が、また一つ引き上げられた音がしたぞ」
私は、駅の方角から微かに聞こえる『キハ47形(ディーゼル鉄獣)』のカラカラというエンジン音を背に受けながら、ニヤリと不敵に笑った。
西日本の全てを喰い尽くした気でいた己の無知を恥じよう。
光速の移動結界(新幹線)の影には、まだこれほどまでに凶悪で、暴力的に美味い魔神たちが封印された『辺境の魔導軌道(ローカル線)』が無限に広がっているのだ。
「フハハハッ! 待っていろ、辺境の魔獣(絶品B級グルメ)どもよ! この胃袋が、次なる未知の魔力(未知の味)を求めて、全てを喰らい尽くしてやろう!!」
私は、腹の底でドス黒く煮えたぎる極上の旨味と油の重みを感じながら、もはや光属性の勇者などではなく、ただの美食の魔王と化したかのような高笑いを上げ、津山の夜桜が咲き始める街へと歩き出したのであった。
(第36話 了)




