第24話:目を見開く呪いと、緑の巨大岩石
深い山々に囲まれたエルフの隠れ里(奈良の吉野)を後にした私は、特急列車(山岳踏破型ビークル)に揺られ、さらに南へと下っていた。
紀伊半島の深い森を駆け抜け、やがて視界が開けた先に広がっていたのは、雄大なる太平洋(果てなき外海)と、荘厳な大河(熊野川)が交わる神聖なる都市であった。
「……ここが、神々が宿るという和歌山県の最深部『新宮』か」
私は、駅のホームに降り立ち、どこからともなく漂ってくる太古の魔力(大自然の気配)を感じ取っていた。
和歌山といえば、かつて私は北部の和歌山市で、強烈な酸味デバフ(早すし)と強制前衛バフ(和歌山ラーメン)の波状攻撃に苦しめられた経験がある。
だが、この南部――『熊野』と呼ばれる地域一帯は、あの雑多なラーメンギルドの熱気とは全く異なる、恐ろしいほどの静寂と威厳に満ちていた。
商人ギルドの情報(世界遺産リスト)によれば、ここは『紀伊山地の霊場と参詣道』と呼ばれる、国を挙げて保護されている超規模の神聖ダンジョンの一部なのだという。
「……なるほど。これほど強力な霊脈の集中する地が生み出した食べ物があるなら、それは並大抵の霊薬ではないはずだ」
私は気を引き締め、新宮の中心部にある古びた食事処(老舗ギルド)の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい!」
「……うむ。この熊野の地において、最も恐ろしい『呪い』が掛けられているという名物を頂きたい」
私の言葉に、店主はニヤリと笑い、こう答えた。
「ああ、あれね。はいよ、『めはり寿司』一丁!」
めはり寿司。
私が事前の情報収集でその名を知った時、背筋に冷たいものが走ったのを覚えている。
商人ギルドの文献(観光ガイド)には、はっきりとこう記されていたのだ。
『目を見張るほど大きい。そして、目を見張るほど美味しい』と。
「……なんという恐るべき強制ステータス異常(呪い)だ」
私は席に座りながら、己の身にこれから降りかかるであろう事態をシミュレーションしていた。
食べ物自体が巨大すぎるがゆえに、食べる者の顎の筋肉を強制的に限界まで拡張させ、眼球を見開かせる(驚愕のデバフを与える)。
さらに、その味によって脳内に過剰な幸福感を叩き込み、二重の意味で対象の表情を硬直(スタン状態)させるというのだ。
「……ふん。この魔王を討伐した肉体が、たかが食べ物の呪い(顔面硬直)ごときに屈するものか」
私はテーブルの上に力強く両腕を組み、その恐るべき呪具(めはり寿司)の到着を待ち構えたのである。
「お待ちどおさん! めはり寿司ね!」
ドンッ!!
という重みのある鈍い音とともに、私の目の前に木製の丸い器が置かれた。
「……なっ! なんだ、この質量はッ!!」
私は、その器の中に鎮座している物体の異様さに、思わず椅子から立ち上がりそうになった。
そこにあったのは、昨日、吉野で見た『柿の葉寿司(長方形のスマートな結界)』とは似て非なる、圧倒的なまでの『暴力的な塊』であった。
深い緑色に染まった、ソフトボールほどもある巨大な球体。
それが、幾重にも重なった巨大な植物の葉っぱによって、ガチガチに隙間なく包み込まれている。
「……ゴブリンの頭部か!」
私は戦慄した。
あるいは、森の奥深くから転がり落ちてきた、緑色の巨大岩石のようにも見える。
これが、寿司だと? 王都(江戸)で供されるような、一口サイズの洗練された酢飯の塊とは、根本的にサイズと概念(スケール感)が狂っているではないか!
「おい、冗談だろう。この巨大な岩石を、このまま食えと言うのか?」
私は店主を睨みつけたが、店主は当然さといった顔で厨房の奥へと引っ込んでしまった。
商人ギルドの情報(Wikipedia)が、私の脳裏をよぎる。
――めはり寿司。高菜の浅漬けの葉で、大きなおにぎりを丸ごと包んだ熊野地方の郷土料理。昔、山仕事や農作業の間の弁当として作られたため、一つで腹が膨れるように巨大に作られている。
「……なるほど。過酷な労働(採掘クエスト)に耐えうるよう、持ち運べる限界ぎりぎりまで圧縮された特大型ポーション(エルクサー・ボール)というわけか」
しかも、外側を覆っている緑の装甲は、吉野の『柿の葉結界(剥がすもの)』とは異なる。
これは『高菜』という、それ自体が塩気と旨味を帯びた、食用の魔導植物(漬物)なのだ。
「……剥がす結界ではない。防具ごと噛み砕けというのか!」
私はごくりと息を飲み、両手(両刃の大剣)でその巨大な緑の岩石(めはり寿司)を下からがっちりと掴み上げた。
ずっしりとした重み。
中にどれほどの白飯(マナの結晶)が詰まっているのか、想像するだけでも恐ろしいほどの密度(質量)を感じる。
高菜の葉から指を伝って落ちる、ほんのりとした塩水と醤油の雫(魔力の漏出)。
「……よかろう。和歌山の南部に強固に張られたこの恐るべき『目を見開く呪い』……! 私の強靭なる顎門で、真っ向から打ち破ってくれるわ!」
私は、己の口を限界まで――まさしく『目を見張る』ほどの極限まで――大きく開き、巨大な緑の岩石(めはり寿司)の頂点に向かって、渾身の一撃を叩き込んだのである。
ガガッ……!!
「……ングォォォッッ!!」
私は、己の両の目を本当に限界まで引ん剥いたまま、巨大な緑の岩石(めはり寿司)の装甲(タカナの葉っぱ)に食らいついた。
それは、私の予想を遥かに超える『物理的な強靭さ(バリア・オーラ)』を持っていた。
外側を覆う高菜は、浅漬けによって植物特有のパリッとした食感を残しており、簡単には噛み千切れない。
私の世界では、ドラゴンの鱗を断ち切るほどの威力を誇った我が顎の力を以てしても、この植物の防壁は容易には崩れなかったのだ!
「……なんと分厚い結界だ! この葉の繊維……生半可な咀嚼(小手先の魔法)では通らん!」
私は、両目を限界まで見開いたまま(つまり、めはり寿司の『目を見開かせるスタン呪い』に完全に引っかかったまま)、全力でその緑の岩石を噛み千切った。
ブチィッ!!
ついに装甲が破れ、中の純白のエネルギー・コア(白飯)へと歯が到達したその瞬間。
「……ッ!! これは……!!」
口の中へ一気に押し寄せてきたのは、絶望ではなく、途方もない『多層構造の旨味』であった。
外側の高菜の葉から染み出した塩気と醤油(ソース魔法)。
白飯に染み込んだ仄かなごま油の香り(油の恩恵)。
そして何より、巨大な白飯の中心部に仕込まれていた『細かく刻まれた高菜の芯』が、強烈なシャキシャキ感とともに私に襲いかかってきたのだ!
「……コアの中にも、さらなる物理装甲(食感)が潜んでいたというのか!」
私は、顔中の筋肉(目と顎)を限界まで広げながら、歓喜の涙(物理的なデカさによる生理的な涙)を流していた。
巨大な食べ物は大味になりがちだという、私の前世の偏見(固定概念)は、ここでも見事に粉砕された。
外の防壁(葉)で味を調え、中の拠点(飯)で満腹感を与え、心臓部(芯の漬物)で最後の食感を叩き込む。
この『巨大緑岩石』は、ただ大きいだけではなく、過酷な山仕事を生き抜く農民たちによって完璧に設計された、最強のスタミナ・ポーション(総合回復魔法液)であったのだ!
「……見事だ! これこそまさしく、目を見張るほどの巨大さと、目を見張るほどの美味さ! 和歌山の民が仕掛けたこの恐るべき『呪い(スタン)』、私が確かに受け切って見せたぞ!」
私は、両目をまん丸に見開いたマヌケな顔(呪い状態)のまま、夢中で残りの岩石へと食らいついていったのである。
「……ふぅぅっ、ぐはぁっ!!」
私は最後の一口となった白飯(マナの結晶)を高菜(結界)ごと丸呑みし、深く、そして力強い充実の息を吐き出した。
腹の中には、先ほどの巨大な岩石(めはり寿司)がズシリと鎮座し、圧倒的な重量感(満腹バフ)を私に与え続けている。
この一つを腹に入れるだけで、おそらく一昼夜は山の中を不眠不休で走り回れるほどの体力が回復した(HP完全回復)に違いない。
「……恐ろしい。奈良の白菜(天理)や葉っぱ(吉野)に続き、ここ和歌山南部にも、植物魔法を限界まで高めた超生命のアイテムが存在していたとは」
私は大きく見開いていた両目(呪い)を静かに閉じ、額に浮かんだ汗を拭った。
私が案内された席のすぐ横にある窓からは、新宮の町並みの向こうに、雄大な熊野川のエメラルドグリーンの水面(聖なる河の魔力)が見えていた。
かつて修験者たちは、この巨大なめはり寿司を腰に下げて、何日もかけて過酷な参詣の旅(大巡礼クエスト)へと赴いたという。
それを今、私はこうして快適な食堂(安全地帯)に座ったまま、その究極の保存食の力を直接味わうことができた。
「……先人たち(古の勇者たち)に、深い敬意を抱かざるを得んな」
私は静かに立ち上がり、カウンターの奥で手際よく次の岩石を練成している店主に、多めの硬貨(感謝の印)を渡して店を後にした。
新宮の駅前に戻ると、南国の陽射し(太陽の加護)が私を照り付けていた。
これで、奈良の山奥から和歌山の深部へと至る、近畿地方・南部山岳地帯の探索行は完遂された。
私の胃袋(HPバー)は、かつての魔王討伐時よりも遥かに頑丈に、そして恐ろしく拡張されている。
「……さて。次はどこへ向かうべきか」
私は再び商人ギルドの端末を取り出し、新幹線の巨大ネットワーク(魔導路線)の先へと視線を向けた。
私が長崎で経験した、『洋食』という名の混沌魔法。
それが、さらに軍事的な洗練(軍用のシステマチックな規律)を受けたという、強烈な魔導国家(海軍の街)が存在するという情報が、私の探知にピンと跳ね返ってきたのだ。
「……広島の南、『呉』と呼ばれる軍港都市か」
そこには、兵士たちの曜日感覚を操作するための特殊な洗脳魔法と、鉄の塹壕で供される完全計画食(軍用シールド)が存在するという。
「……行くぞ。海軍の魔導士どもよ、私を洗脳できると思うなよ!」
私は、巨大な緑の岩石による満腹感(ヘヴィ・アーマー状態)の体を揺らしながら、再び本州を西へと向かう特急列車へと乗り込んだのであった。
(第24話 了)




