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第22話:白菜の炎嵐と、宗教都市の暴力的な回復薬

 西日本を巡る私の長きにわたる旅(ダンジョン行脚)は、大都市や海岸沿いの要衝を制圧し、いよいよその深部――『特急』や『ローカル線』と呼ばれる、魔導ネットワークの細い毛細血管の先へと足を踏み入れようとしていた。

 新大阪という巨大ターミナルから魔導列車(在来線・大和路快速)を乗り継ぎ、私が降り立ったのは、かつて日本の中心として栄えたという古都にして、強大な霊的エネルギーを秘めた大魔境『奈良ナラ』である。

 だが、今回の私の目的地は、大仏(巨大なゴーレム)や鹿(自由に街を練り歩く聖獣)が跋扈する王都の中心部ではない。

 そこからさらに南へ下った場所に位置する、ある特異な街であった。

「……ここが、『天理テンリ』か」

 私は、改札を抜け、美しく整備された駅前の広場を歩きながら、周囲の空気を深く吸い込んだ。

 商人ギルド(スマホのWikipedia)の情報によれば、この街は日本でも極めて珍しい、単一の巨大な信仰組織(天理教)の総本山を中心に形成された『完全なる宗教都市ホーリー・シティ』だという。

 なるほど、どこを見渡しても道は広く清潔で、人々は穏やかな顔(カルマ値の高さ)をして歩いている。

 街の各所には、彼らの信仰の対象である巨大な神殿群がそびえ立ち、静かで神聖な気配が辺り一帯を包み込んでいた。

「……素晴らしい。京都の寺院群とはまた違う、静謐せいひつで清らかな空間だ」

  আমিは、かつて魔王軍と戦う前に訪れた、エルフの森の隠れ里や、高位の白魔導士たちが修行する霊峰の寺院サンクチュアリを思い出していた。

 このような神聖な街で食される料理(聖餐)といえば、当然、京都の湯豆腐に通じるような、肉や魚を使わない純粋な精進魔法ヒーリング・フードに違いない。

 過酷な戦いを続けてきた私の胃袋を、優しく、そしてクリーンに浄化ピュリファイしてくれることだろう。

「……ふむ。では、この街の代表的な霊薬(ご当地グルメ)とやらを、頂こうではないか」

 私は、スマホの地図アプリが示す赤いピン――この街で最も古くから民に愛され、夜な夜な多くの信者(若者たち)が集うという巨大な屋台(青空ギルド)へと向けて歩き出した。

 しかし。

 その現場ダンジョンに近づくにつれて、私の『危機感知スキル』が、かすかに、だが確実に警鐘を鳴らし始めたのである。

「……ん? なんだ、この匂いは」

 静かな宗教都市の夜風に乗って漂ってきたのは、清らかなお香の匂いでも、穏やかな昆布出汁の香りでもなかった。

 それは、私の鼻腔を直接殴りつけてくるような、圧倒的に暴力的で、ジャンクで、そして何よりも生命力に溢れた――『ニンニクと豚の脂が焦げる匂い(魔獣の咆哮)』であった!


「……まさか。ここは大いなる祈りのホーリー・シティのはずだぞ?」

 私は信じられない思いで、その暴力的な匂いの発生源(巨大なスーパーの駐車場)へと足を踏み入れた。

 そこには、幾張もの巨大なビニールテント(野戦キャンプ)が張られ、煌々と灯る裸電球の下で、何十人もの若者や屈強な男たち(戦士)が、プラスチックの丸椅子(簡易陣地)に腰掛け、一様に汗をだらだらと流しながら『何か』を猛烈な勢いで貪っていた。

 テントの中央(厨房)では、作務衣を着た神官(店員)たちが、静かに祈りを捧げるどころか、巨大な鉄鍋(錬金釜)を力任せに振り回している!

「……っ!! なんだあの業火は!」

 神官の一人がお玉(魔法の杖)で何らかの液体(特製調味料)を鍋に放り込んだ瞬間、ボワァァァッ!! と凄まじい炎の柱が立ち上がった。

 それは精進料理の繊細な火加減などという生易しいものではない。大量の野菜と肉を、超高温の炎属性魔法で強引にねじ伏せ、その旨味を暴力的に引き出す『焦熱地獄インフェルノ』の儀式であった。

「いらっしゃい! スタミナ一つね!」

 という威勢のいい怒号(詠唱)とともに、私の前にもその赤い鉢(スライムの器)が叩きつけられた。

『天理スタミナラーメン』。

 あるいは、地元民からは単に『天スタ』や『彩華サイカ』といった名で親しまれる、この宗教都市が誇る最強の霊薬(B級グルメ)。

「……な、なんだ、この禍々しいまでに赤いスープは!」

 私は目を見開いた。

 豚骨と鶏ガラをベースにしたと思われる、茶濁したスープ。そこには大量のラー油と豆板醤(赤い火魔法の結晶)が容赦なく浮かんでいる。

 そして何より私の目を引いたのは、丼の上部を完全に覆い尽くしている、異常なほど大量にブチ込まれた『白菜(緑の防壁)』の群れであった。

「……白菜。通常は鍋料理ハーフポーションなどで体を温めるために使われる、温和な植物属性のアイテムだ」

 私は震える手で箸を握り、スープに浸ったその白菜を一枚摘み上げた。

「だが、この白菜は……完全に赤く染まり、ニンニクという狂気の魔法薬に完全に侵食されているではないか!」

 おだやかな神の街で供されるべき白菜が、なぜこれほどまでに凶悪な『炎とニンニクのスタミナ・バースト』の中で踊り狂っているのか。

 私は、己の「宗教都市=おとなしい味」という完璧な先入観フラグが、この暴力的な一杯の前に見事にへし折られたことを悟った。

「……よかろう! 神仏も恐れぬスタミナの暴力、この勇者の胃袋で真正面から受け止めてみせる!」

 私は覚悟を決め、その真っ赤に燃える白菜の山に、顔ごと突っ込んでいったのである。


 ズズッ!!

 私は真っ赤なスープに沈んだ白菜と豚肉を、細めのストレート麺(白き魔弦)ごと豪快に啜り上げた。

「……んぐぉッ!!」

 直後、私の口腔内から胃の腑にかけて、巨大な火柱フレイム・ピラーが一直線に突き抜けた。

 すさまじい。なんという攻撃力だ!

 豆板醤のピリッとした辛味(火属性)が舌を焼き、ラー油の油膜ファイア・シールドがスープの熱を一切逃さない。

 そして何よりも、この赤いスープ全体に限界まで溶け込んでいる『すりおろし生ニンニク』の存在。

 かつて高知でカツオのたたきに添えられていた生のニンニク(吸血鬼殺し)が、ここではスープという液体媒体ポーションを通して、私の全細胞に直接叩き込まれてくるのだ!

「……はぁっ、はぁっ! 熱い、そして辛い! だが……なんだこの後から押し寄せてくる圧倒的なコク(回復力)は!」

 私は、顔中の毛穴という毛穴から滝のような汗(魔力のオーラ)を吹き出しながら、必死に箸を動かし続けた。

 このラーメンの真の主役マスターピースは、間違いなくこの『白菜』だ。

 普通、ラーメンに乗る野菜といえば、もやしやネギといったシャキシャキ感を重視したサポートバッファーである。

 しかしこの天理の白菜は違う。

 鍋の底から立ち上る超火力の炎によってクタクタになるまで炒められ、スープの強烈な辛味とニンニクの魔力を、その細胞の隅々まで完全に吸収しきっている。

 本来は甘く優しいはずの白菜が、ここでは自ら真っ赤な毒々しい魔装マントを羽織り、私の胃袋を徹底的に破壊し(ヒールし)に来ているのだ!

「……ふふっ、ははははっ! 素晴らしいぞ、天理の魔術師たちよ! 祈りや静寂などという生ぬるいものではなく、自らの胃袋(肉体)を炎とニンニクで強制的に燃え上がらせることで、悪霊(疲労)を物理的に祓うというのか!」

 私は、その極めて実戦的かつ野蛮な『暴力的な回復魔法リジェネレイト』に、完全に魅了されていた。

 周囲を見渡せば、巨大なテントの下でラーメンをすする何十人もの信者(地元の若者)たちも皆、私と同じように無言で汗を流し、一心不乱に赤いスープと闘っている。

 彼らは、この神聖なる都市の片隅で、毎夜こうして己の肉体に強制的な『スタミナ・バフ』をかける儀式を行い、明日を生き抜くための活力を練成しているのに違いない。

「……負けてはいられんな! 私の胃袋のキャパシティ(最大HP)、とくと味わうがいい!」

 私は、卓上に置かれていた追加の『おろしニンニク(ブースト・アイテム)』の壺に手を伸ばし、それを一切の躊躇なく、真っ赤なスープの海へとさらに大量に投下したのである。


「……ふしゅぅぅぅっ……!!」

 最後の一滴、真っ赤なスープの底に沈んでいたニンニクと豚肉の欠片までもを完全に飲み干し、私は大きく、そして熱い息を吐き出した。

 私の体からは、文字通り湯気(オーバーヒートの予兆)が立ち昇っている。

 胃袋の中では、豆板醤の炎と大量のニンニクが激しくエネルギーを放ち続け、私の消耗しきっていた体力(HPゲージ)を限界突破カンストさせる勢いで回復させていた。

「……見事な霊薬スタミナポーションであった。これならば、どんなアンデッドの群れの中も無傷で突破できよう」

 私は、空になった赤い丼(魔法陣の残骸)に向かって短く感謝の念を捧げ、プラスチックの椅子(簡易陣地)から立ち上がった。

 会計(ギルドへの奉納)を済ませ、巨大なビニールテントの外へと出る。

 深夜の天理の街は、相変わらず静まり返り、冷たく清らかな夜風(神聖防壁)が吹いていた。

 だが、今の私の体には、その冷気すらも全くダメージを与えない。むしろ、燃え盛る体内を心地よく冷却してくれる最高のクーリングシステムとして機能していた。

「……宗教都市ホーリー・シティだからといって、精進料理のような穏やかな癒やしばかりではない。この街は、時として『ニンニクを以て毒(疲労)を制す』という、とてつもなく荒々しい救済ヒールの手段すらも併せ持っているのだな」

 私は、己の吐く息が強烈なニンニク爆弾ヴァンパイア・キラーと化していることを自覚しつつも、満足げに夜空を見上げた。

「さて、次はどう動くか……」

 この暴力的なまでの超回復スタミナ・バフを得た今の私なら、さらに南の魔境――神々が鎮座するという深い山々(吉野・熊野の地)へと進軍することも可能だろう。

 そこには、古代の精霊エルフたちが施した恐るべき『封印魔法(葉っぱのお寿司)』の数々が眠っていると、商人ギルド(ネット掲示板)の噂で耳にしている。

「次なる敵はエルフの葉っぱ封印術、か。面白い。どんな堅牢な結界トラップが張られていようと、この燃え盛る胃袋フレイム・ストマックの前に敵はない!」

 私は、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる巨大な神殿群を背に、力強い足取りで駅舎(魔導ワープポイント)へと向かった。

 神の街の片隅で手に入れた赤い炎嵐スタミナラーメンの余韻は、これから始まる『紀伊半島(南の大森林)』への過酷な探索クエストに向けて、最高のブーストを与えてくれたのであった。

(第22話 了)


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