第21話:絶望からの錬成術と、香ばしき乾麺の帰還
西日本の最西端、長崎での巨大なキメラ(トルコライス)との死闘を終えた私は、再び本州への帰還ルートである超高速魔導列車(新幹線)へと乗り込むべく、九州の玄関口へと足を踏み入れていた。
福岡県北九州市――その中心部たる『小倉』である。
「……ここが、九州と本州を繋ぐ巨大な関所か」
私は、小倉駅の広大なコンコースを歩きながら、周囲の空気に微かに混じる油とソースの焦げた匂い(鉄板魔法の残滓)を嗅ぎ取っていた。
この小倉という街には、商人ギルド(ネット検索)の情報によれば、かつての世界大戦(食糧難の時代)において生み出された、ある種の『奇跡のサバイバル魔法』が、今もなおB級グルメとして民に愛され続けているという。
「……目指すは鳥町食道街。そして、小倉焼うどんの聖地(発祥の店)だ」
私は駅前の入り組んだ路地(アーケード街)へと足を進めた。
近代的な駅ビルのすぐ近くに、まるで時が止まったかのような、薄暗く細い路地が存在していた。
昭和の時代(古き魔導文明)の面影を色濃く残す、木造の古い建物がひしめき合う空間。そこが私の目的地であった。
「……ここか。凄まじい歴史(年季)を感じる外観だな」
私は、色褪せた暖簾を掲げた小さな店(ギルド出張所)の扉を開けた。
店内は油の煙にいぶされ、壁はセピア色(歴戦の魔法使いたちのオーラ)に染まっている。
私は奥のカウンター(前線陣地)に腰を下ろし、迷うことなくその名を告げた。
「……『小倉焼うどん』。一つ頼む」
「はいよ。焼うどんね」
年配の店主(老練な魔導士)が、使い込まれた黒鉄のフライパン(大盾)を取り出し、凄まじい手つきで具材を炒め始めた。
ジュウウゥッ! と肉とキャベツが焼け焦げる音が店内に響き渡る。
ここまでは、かつて私が長田(兵庫)で経験した『そばめし(粉砕魔法)』の詠唱シーンとよく似ている。
――しかし。
私が注視していた最大の魔法の鍵は、次の一手であった。
「……来たか!」
店主が取り出したのは、冷蔵庫から取り出された生麺ではない。
茹で置きされた柔らかいうどん玉でもない。
それは、真っ直ぐにピーンと張り詰めた、水分を完全に失った細い棒の束――『干しうどん(乾麺)』であったのだ!
「……なっ! 本当に『乾麺(保存食)』を茹でてから、鉄板に叩き込むのか!」
私は目を見開いた。
商人ギルドの情報によれば、この小倉焼うどんは、終戦直後のすべての物資(魔力)が枯渇した絶望的な状況下で生み出されたという。
本来であればソース焼きそばを作るための『中華麺(生麺)』が手に入らない。
兵糧が尽きかけた絶望的な籠城戦の最中において、この店の先代の店主(錬金術師)は、備蓄用の『干しうどん(長期保存用の魔導具)』を茹で戻し、それを無理やり焼きそばの代替品(代替兵器)として鉄板の上で焼き上げるという、狂気の錬金術に手を出したのだ。
「……なんという柔軟な発想。生き残るためならば、常識すらも自ら破壊してみせるというのか」
私は、釜の中で茹で上げられた干しうどんが、重力と水分を得て白く輝くスライム(生麺)へと変化し、そのまま激しく熱されたフライパン(戦場)へと投下される様を、息を呑んで見つめていた。
ジュワアァァァッ!!
ソースが焦げる強烈な匂い(魅了の妖気)が、店内に爆発した。
本来、乾麺は茹でた後に冷水で締め、出汁で食べるのが定石だ。
それを、再び高温の油とソースの炎(業火)に晒す。
それは、一度蘇生させた戦士に、休む間もなく炎属性のエンチャントを付与して最前線へと放り込むような、過酷極まりない魔法行使であった。
「お待ちどおさん」
やがて私の前に、熱気を放つ鉄皿に乗せられた、褐色の山がドンッ! と置かれた。
小倉焼うどん。
それは、キャベツの緑と、細切れの豚肉の茶色、そしてソースの色に完全に染まり切った、平打ちの干しうどんのうねる触手であった。
その頂上では、大量の削り節(アジやサバの乾燥霊獣)が、熱気によって 마치 生きているかのように踊り狂っている。
「……ゆくぞ!!」
私は箸(聖杖)を取り、その熱々の褐色の山脈へと深く突き入れた。
「……むんっ!?」
箸から手首へと伝わってくる、奇妙な感覚。
香川の讃岐うどん(極太の生麺)のような、押し返すような暴力的なまでのコシ(物理硬度)とは違う。
しかし、普通の茹でうどんによくあるような、ブツリと切れるような頼りなさ(HPの低さ)とも違う。
これは……。
私は、ソースの絡みついた麺をたっぷりと掴み、一気に口の中へと啜り上げた。
「……ふはっ! な、なんだこの食感は!」
モチモチ……ッ!! パツンッ!
私の臼歯がソースの染み込んだうどんを噛み千切った瞬間。
なんという奇妙な、そして強烈な『弾力』だ!
生うどんの持つ、どこまでも伸びていくような柔らかさはない。
茹で戻された干しうどんは、水分を内側に抱え込みながらも、表面(アーマー層)は鉄板の熱(火属性)でこんがりと焼き締められ、ギュッと凝縮された特異な反発力を備えていた。
「……美味い! なんだ、この香ばしさは! 茹で麺をただ炒めただけの焼きうどんとは次元が違う!」
私は驚きのあまり、箸を持つ手を止めることができなかった。
鉄のフライパンの上で、動物の脂(豚の魔力)と、甘辛いソース(漆黒の魔法液)、そして小倉の地酒(発酵の秘薬)が絶妙に絡み合い、それが干しうどんに完全に『吸着』しているのだ。
生麺であれば、ソースの水分を吸いすぎてべちゃべちゃになるか、熱で千切れてしまうところを、この干しうどんは一切の妥協なく『硬度』を保ち続けている。
「……見事なサバイバル錬金術だ。物資不足(生麺がない)という絶望的なデバフを、乾麺ならではの『コシと香ばしさ』という強力なバフへと転換してみせおった!」
私は、その力強い褐色の大軍勢(焼うどん)を、猛烈な勢いで削り取っていった。
削り節(アジやサバの乾燥霊魂)が、食べるたびにソースの香りに濃厚な海の風味を上乗せし、豚肉とタマネギの甘みが私のHP(体力)を急速に回復させていく。
「……はふ、はふっ! これぞまさしく、民衆が極限状態から生み出した『B級グルメ(兵站食)』の最高峰だ!」
私は、顔中にソースと汗を付けながらも、その泥臭く、しかし洗練されたサバイバル魔法の結晶体に、完全に心(と胃袋)を奪われていた。
私が前世で魔王と戦っていた頃、戦場で食べていた干し肉や固いパンなど、この小倉の焼うどんと比べれば、ただの石ころ(低レベルアイテム)に過ぎない。
彼ら(日本の民)は、平和な時代においてすら、かつての戦乱(食糧難)から生まれた生への執着(工夫)を忘れず、それを連綿と受け継ぎながら、一つの完成された料理へと昇華させ続けているのだ。
「……フッ。西日本、恐るべし」
私はついに皿に残った最後の一本の麺(勇者の最後の一手)を咀嚼し終え、大きな息を吐き出した。
口の中に残る、甘辛いソースとラードの重厚な余韻。
腹の中、限界まで詰め込まれた圧倒的なカロリー(魔力)の重み。
私は、この西日本の最果ての街・小倉で、三度目の大きな区切り(第三部の制圧)を完遂したことを悟った。
「……ごちそうさまでした。素晴らしい錬成術(料理)であった」
私は、油と煙にまみれたカウンターの向こう側、無言で次の客のフライパンを振るい続ける店主(歴戦の魔導士)に深く頭を下げ、銀貨(少額の紙幣)を置いて店を出た。
薄暗い鳥町食道街の路地(ダンジョンの通路)を抜け、駅前へと戻る。
そこには、コンクリートとガラスで構成された近代的な巨大建造物(小倉駅・新幹線の魔導軌道)が、燦然と輝いていた。
「……さて。随分と長く、そして果てしない旅であったな」
私は西に傾きかけた冬の太陽を眺めながら、これまでの幾多の死闘(食事)を脳内に呼び起こした。
第一部、名古屋での味噌カツ(茶色き暗黒防壁)に始まり、松阪、伊勢、奈良のカオス。
第二部、京都のぶぶ漬け(幻術)から始まり、滋賀のサラダパン(名称偽装)、そして富山のブラックラーメン(暗黒物質)に至る深淵の探求。
そして第三部。
山口の極限野戦闘争・瓦そば。香川の狂信的周回システム・セルフうどん。高知の吸血鬼殺しバフ・ニンニク塩たたき。大阪の密室毒ガス戦・551豚まん。京都の神聖浄化魔法・湯豆腐。長崎の多国籍キメラ・トルコライス。
最後を締めくくる、この小倉の絶望からの蘇生術・焼うどん。
「どこの地も、狂気と熱意に満ちた規格外の魔国ばかりであった」
私の胃袋(HP)も、精神(MP)も、そしてズボンのベルトの穴(物理防御限界)も、もはや限界を超えて拡張を続けている。
元勇者としての私の全ステータスは、異世界で魔王を倒した頃よりも、遥かに凶悪なものへとアップグレード(進化)を果たしていたに違いない。
「……フスッ。これにて、西日本大討伐戦は、一応の完結をみる」
私は、帰還の魔導列車へと続く長いエスカレーターに足を乗せた。
しかし、私の冒険者としての魂は、まだ完全に満たされてはいなかった。
東の巨大要塞(王都・東京)、北の極寒の魔境(北海道・東北)。
日本(この異世界)には、私の胃袋を試そうと待ち構えている未知の強敵(B級グルメ)が、まだ無数に潜んでいるはずなのだから。
「……ゆくぞ。我が新たなる戦場(日常)へ。我が食欲の炎が尽きる、その日まで!」
超高速魔導列車が、唸りを上げて東の空へと飛び立っていく。
勇者の果てなき戦い(大食い)の記録は、ここに大いなる区切りを迎え、ただ夕暮れの光の中へと溶けていった。
(第三部 完)




