第20話:謎の三国同盟と、大人用キメラランチ
京都の底冷えという名の氷雪結界を、究極の引き算魔法(湯豆腐)によって見事に突破した私は、一気に本州を西へと駆け抜け、海峡を越え、ついに西日本の最果てたる巨大大陸――『九州』へと上陸を果たしていた。
その中でも、私が目を付けたのは、九州のさらに西端に位置する港町『長崎』である。
「……ここが、かつて外界との交易(南蛮貿易)を唯一許されていたという、異国情緒あふれる魔導都市か」
私は、石畳の坂道や、異国の意匠が凝らされた洋館が立ち並ぶ美しい街並みを歩きながら、深く息を吸い込んだ。
潮の香りに混じって、どこからともなくスパイスや油の匂い(未知の魔力)が漂ってくる。
この長崎という地は、多種多様な文化が一つの鍋に放り込まれ、複雑怪奇な進化を遂げた『魔女の坩堝』のような場所だという。
そして、その坩堝の底から生み出された最も凶悪な『合成獣』こそが、今回私が討伐すべきターゲットであった。
『トルコライス』。
その名を冠する料理は、長崎の至る所に存在する『洋食屋(西洋風ギルド)』にて広く提供されているという。
「……トルコ。中東にあるという、巨大な帝国の名だな」
私は、レトロなレンガ造りの外観を持つ、一軒の老舗洋食屋の扉を押し開けた。
カランカラン、と古めかしいベル(来客探知の魔導具)が鳴り響く。
店内は薄暗く、重厚な木のテーブル(堅牢な陣地)が並んでおり、いかにも年季の入ったハンター(常連客)たちが、それぞれの獲物を無言で貪っていた。
私は空いている席に腰を下ろし、マスター(ギルドマスター)に向かって短く告げた。
「例の魔獣を一つ。最も強大なやつを頼む」
「はいよっ、特製トルコ一丁!」
厨房の奥から、複数の調理音(詠唱)が同時に響き渡る。
ジュウウゥッという油の爆ぜる音(カツを揚げる音)。
カチャカチャとフライパンを振るう金属音(ピラフを炒める音)。
そして、甘酸っぱいトマトソースの焦げる匂い(ナポリタンの妖気)。
「……なんだ? まるで、3つの全く異なるパーティー(料理)が、同時に私のために動いているようではないか」
私は訝しんだ。
通常、一つの料理といえば、一つのメイン魔法(肉や魚)にいくつかの付与魔法(付け合わせ)が添えられるのが基本だ。
だが、厨房から放たれる3つの『主役級のオーラ』は、どれも一歩も引かず、むしろ互いに牽制し合っているようにも感じられる。
そして数分後。
ついに、その凶悪極まりない合体魔獣が、巨大な銀の皿に乗せられ、私の目の前にドンッ! と着弾した。
「……なっ! これが、トルコライスだと!?」
私は思わず席から立ち上がりそうになった。
皿の上に展開されていたのは、私の想像を遥かに絶する『三国同盟』の圧倒的な布陣であった!
巨大な銀皿の上で、文字通り大群を成してこちらを威圧してくる三つの勢力。
右翼を担うのは、濃厚なケチャップの魔力(赤い流血の呪い)にまみれ、ズルズルと長くうねる『スパゲッティ・ナポリタン(西洋の触手兵器)』。
左翼にそびえ立つのは、カレーのスパイス(中東の熱砂魔法)で黄金色に染め上げられ、重みのある打撃を予感させる『ドライカレー・ピラフ(砂漠の重装歩兵)』。
そして、その二つの強国の中央、まさに王の座に君臨しているのが、分厚い豚肉を黄金の衣で包み込み、さらに漆黒のデミグラスソース(暗黒の瘴気)を纏った『豚カツ(極東の重装甲騎士)』であった!
「……馬鹿な! この三つは、それぞれが独立した巨大国家ではないか!」
私は目を見開いたまま戦慄した。
かつて金沢で戦った『ハントンライス』も、オムライスの上にフライを乗せるという強力な合成魔法であったが、ベースはあくまで「一つの国」だった。
しかし、このトルコライスは違う。
ナポリタン(イタリア)、ピラフ(中東・トルコ)、カツ(日本や西洋の融合)。
歴史も文化も生い立ちも全く異なる三つの覇権国家が、なぜか一つの皿(長崎の地)の上で奇跡的な『軍事同盟』を結んでいるのである。
「……だからパスタ(イタリア)とピラフ(インド・中東)を結ぶ架け橋として、『トルコ』の名が冠されているという説があるのか……!」
商人ギルドの不確定情報(ネットの諸説あり)が、私の脳内で恐るべき説得力を持ってパズルのように組み合わさっていく。
「……フッ、だが所詮は烏合の衆よ。私がその歪な同盟を、各個撃破(切り崩して)してくれるわ!」
私はフォーク(三叉の槍)を握りしめ、まずは中央で最も威圧感を放っている総大将――デミグラスソースのかかった『豚カツ』に向かって、容赦ない一撃を振り下ろした。
サクッ! ジョワッ!
フォークの先端が、黄金の衣を貫通し、豚肉から熱烈な肉汁が溢れ出す。
「……んむっ! ほう!!」
口に放り込んだ瞬間、私の味覚に重厚なファンファーレが鳴り響いた。
豚肉の暴力的な旨味と、衣の香ばしさ。そして何より、この上にかかっている『デミグラスソース(特製魔力液)』がとんでもなく奥深い!
牛の骨と野菜を何日も煮込んで作られるというこの黒い液体は、カツの脂っこさを完璧なまでに支配(調教)し、ただの揚げ物を『最高位の魔導料理』へと昇華させている。
「……見事な重装甲(防御力)だっ、が、しかし!」
私は豚カツを咀嚼しながら、休む間もなく次の標的――ケチャップで真っ赤に染まった右翼『ナポリタン・パスタ』へとフォークを突き立て、グルグルと巻き取った。
「パスタ(麺)という炭水化物を、肉の付け合わせ(副菜)として扱うというのか。西洋の騎士どもが泣いて怒るぞ、この長崎の魔導士め!」
そう毒づきながら、私は真っ赤な触手の大群を口に迎え入れた。
フォークに巻き取られた真っ赤なナポリタン(血塗られた魔弦)が、私の口腔へと侵入する。
「……ッ!! あまああっ!」
私は驚愕した。
イタリア(西洋)の洗練されたトマトの酸味やバジルの香り(ハーブ魔法)など、微塵も存在しない。
玉ねぎとピーマンがケチャップ(赤い甘味ポーション)とともにクタクタに炒められ、完全に日本の洋食(ガラパゴス魔法)としての、暴力的なまでの『甘じょっぱさ(シュガー&ソルト属性)』を放っているのだ。
「……なんだ、この懐かしくも強烈な旨味は! スパゲッティでありながら、完全に白飯(米)を要求してくるような、この主役級の存在感(ヘイトの高さ)は!」
だが、この皿の上に白飯という、味覚を中和・回復させる安全地帯はない。
あるのは――。
「……ゆくぞ! 左翼、貴様だ!」
私は休む間もなく、スプーン(魔導のしゃもじ)に持ち替え、黄金色に輝くスパイスの丘(ピラフ山脈)へと突撃を敢行した。
ザクッ、とスプーンが乾いた米粒の山を崩し、私はそれを大口を開けて放り込んだ。
「……フッ、くはははっ! そう来るか!!」
私は口の中で弾ける、スパイシーなカレーの香り(炎属性のパッシブ効果)と、パラパラに炒められた米の香ばしさに、もはや笑うしかなかった。
ドライカレー。
それ単体で食べれば、間違いなく極上のスパイシー料理である。
だが、今の私の口の中には、まだ先ほどのナポリタンの『甘み(ケチャップ)』と、豚カツの『重厚な脂』の残滓が、強烈な余韻(バフ効果)として居座っているのだ。
甘い、脂っこい、そしてスパイシー。
三つの全く異なる超高カロリー属性(複合属性魔法)。
これらが、一口ごとに順番に、あるいは渾然一体となって、私の舌(味覚バリア)と胃袋(HPゲージ)に波状攻撃を仕掛けてくるのである!
「……すさまじい。これが『トルコライス』という名の三国同盟(多国籍キメラ)の真の恐ろしさか!」
どこから食べても、休まる暇がない。
常に重火器で殴られ続けているような、圧倒的なまでの飽和攻撃(絨毯爆撃)。
それは、私の体力を急速に回復させると同時に、とてつもない魔力酔い(満腹感と胃もたれ)を引き起こしつつあった。
「……負けんぞ。長崎の洋食屋(錬金ギルド)が仕掛けた、この規格外の暴食試験! 私の胃袋の限界を見せてやる!」
私はコップの水(ただの清められた湧き水)を一気に飲み干すと、再びフォークとスプーンを両手に構え、残る大軍勢の中央へと、渾身のアサルト・チャージ(突撃)を仕掛けたのであった。
「……ふっ、ふはははっ!」
私はもう、ただ無心で目の前の皿(戦場)を薙ぎ払い続けていた。
ケチャップの赤、デミグラスソースの黒(豚カツ)、そしてカレースパイスの黄色。
この暴力的な三原色が、私の胃の腑という巨大な収容施設(亜空間ボックス)の中で、完全に一つの巨大な『満足感』へと融合していく。
時折、申し訳程度に添えられたキャベツの千切り(僅かな生草バフ)が、私に一瞬の休息を与えてくれる。
だがそれすらも、すぐに豚カツの強烈な脂(肉の呪力)とナポリタンのソースによって浸食され、ただの美味しいサラダ(追加のカロリー源)へと変貌してしまうのだ。
「……フウウゥゥゥッ……!!」
そして数十分後。
私の前にあった巨大な銀の皿からは、米の一粒、ソースの一滴に至るまで、すべての魔晶石(美味)が完璧に消失していた。
「……見事だ。私の完全な勝利だが、同時に完全なる敗北(体重の増加制裁)でもある」
私は腹をさすりながら、大きく、そして重い息を吐いた。
私の限界近くまで引き上げられていた物理防御壁(ベルトの穴)が、中からパンパンに張り詰め、今にも決壊しそうな悲鳴を上げている。
恐るべき、大人のお子様ランチ(トルコライス)。
子供の頃に抱いた『好きなものを全部一つの皿に乗せてしまえ(全属性の魔法を同時にぶっ放してみたい)』という無敵のドリーム(夢)。
それを、圧倒的な力(カロリーと調理技術)でねじ伏せ、一つの完成された料理(魔法兵器)として成立させてしまった長崎の民の、狂気と浪漫。
「……多文化が融合する街、長崎。確かに貴様らの胃袋の広さは、私の想像を遥かに超えていた」
私は銀貨と銅貨(数百円のチップ込み)をテーブルに置き、重い足を引きずりながら、洋食屋(魔導ギルド)を後にした。
外に出ると、いつの間にか日は傾き、長崎の入り組んだ坂道にはオレンジ色の夕焼け(黄昏の魔法)が降り注いでいた。
海から吹く風が、火照った私の頬と、限界まで膨れ上がった胃袋を優しく撫でていく。
「……フッ。西日本の果て(九州)まで来て、ついにこれほどの強敵と巡り会えたか」
私は、己の冒険手帳(記憶の魔導書)に、この長崎の誇る『トルコライス』という極上の名を深く、強烈に刻み込んだ。
――だが。
真の西日本大討伐戦の幕を引くための、最後の戦場がまだ残されていた。
「さあ、帰還の途につくとしよう。だがその前に……九州の心臓部(玄関口)、そして私の愛する粉もの文化がまたしても異形の進化を遂げたという街」
私は、夕暮れの空に向かって、静かにその恐るべき名前を呼んだ。
「……待っていろ、小倉。焦げ付いたうどん(乾麺のキメラ)の街よ!」
私は、重い体を新幹線(帰還の超特急)へと向かわせるべく、ゆっくりと歩みを再開したのだった。
(第20話 了)




