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第18話:超高速魔導列車と、豚まんの匂い(毒ガス)テロ

 四国という巨大な隔離施設ダンジョンから無事に生還を果たした私は、ついに西日本の経済と食の心臓部、すなわち近畿地方の魔都『大阪オオサカ』へと帰還していた。

 かつて私に『たこ焼き(球体爆弾)』や『お好み焼き(鉄板の大盾)』といった恐るべき粉もの(炭水化物兵器)の洗礼を浴びせた、因縁の地である。

「……フッ。だが今回の私は、ただの観光客(駆け出し)ではない」

 私は、新幹線の巨大な発着拠点が鎮座する『新大阪駅グランド・ターミナル』のコンコースを、余裕の笑みを浮かべて歩いていた。

 この地における粉ものの波状攻撃は、すでに経験済みだ。

 私はいま、次なる未知の目的地(京都や長崎)へ向かうため、この新大阪を通過地点トランジットとして利用しようとしているに過ぎない。

 駅の売店で適当な弁当(使い捨てポーション)でも買って、超高速魔導列車(新幹線)の中で優雅に英気を養おうではないか。

 ――そう高を括っていた私の前に、突如として奇妙な長蛇の列(数百人規模の兵団)が現れた。

「……なんだ? この駅の中に、魔王軍でも攻めてきたのか?」

 私は足を止め、その列の先へと視線を向けた。

 人々は皆、何かに取り憑かれたかのような真剣な面持ちで、一つの赤い看板を掲げたギルド出張所(売店)へと吸い込まれていく。

 その看板の中央には、力強い白抜き文字で数字が刻まれていた。

『551 蓬莱ほうらい』。

「……551? なんの暗号パスワードだ?」

 私が訝しんでいると、ちょうど列を抜け出してきた恰幅の良い商人が、両手に巨大な紙袋を提げ、ホクホク顔で私の横を通り過ぎていった。

 その瞬間。

 紙袋の隙間から漏れ出した『それ』が、私の鼻腔を強烈に殴りつけた。

「……ッ!! なんだ、この匂い(オーラ)は!」

 私は思わず後ずさった。

 豚のポーク・エナジーの重厚な香りと、それを包み込む強烈な玉ねぎの甘み。そして、発酵した小麦生地が放つ、人を直接狂わせるような麻薬的(魅了魔法)な匂い!

『豚まん』。

 商人ギルド(ネット検索)の情報が、私の脳内でフラッシュバックする。

 ――大阪の民がこよなく愛するソウルフードであり、その殺人的なまでの旨そうな匂いは、周囲の人間を無差別に空腹状態(ステータス:飢餓)へと陥れる、悪魔の兵器であると。

「……なるほど。これを買って、列車の中で食えというのか」

 私は、己の冒険者の血が激しく騒ぎ出すのを感じた。

 見渡せば、巨大な駅弁(幕の内陣形)を買う者よりも、この『551』の袋を提げて新幹線の改札へと向かう戦士たちの方が圧倒的に多い。

「よかろう。大阪の魔導士たちが生み出した最新兵器ポッシュ・ボム。私がその暴威を、列車という密室の中で直接確かめてやろうではないか!」

 私は意気揚々と、その長蛇の列の最後尾へと並んだのである。


 強烈な甘い毒ガス(匂い)を封じ込めた巨大な赤い箱を両手に提げ、私は『新幹線(超高速魔導列車)』のグリーン車(上級貴族用車両)へと乗り込んだ。

 この閉鎖空間ダンジョンにおいて、私が手に入れた『551の豚まん(四つ入り)』は、ただのファーストフードではない。

 取り扱いを少しでも誤れば、この車両にいる数十名のエリート(出張帰りのビジネスマン)たち全員をパニック(飢餓の連鎖)に陥れかねない、恐るべき広範囲デバフ兵器である。

「……さて」

 私は静かに席に座り、足元の赤い紙袋をまじまじと見つめた。

 商人ギルドの情報(ネットの噂)によれば、この新幹線内で豚まんを開封する行為は『豚まんテロ』と称され、ある種の禁忌タブーとされているらしい。

 明確な法的拘束力(ギルドの掟)はないが、暗黙の了解として「車内での高致死性の匂い散布は控えるべき」という、紳士協定が存在するのだ。

「……フッ。なるほど」

 私は、周囲の乗客たち――パソコン(魔導端末)を打つ猛者や、疲れ切って眠る戦士たちの様子を、油断なく『観察』した。

 彼らの中には、明らかに私が手提げ袋から放つ微かな「魔力の漏れ(匂い)」に気づき、チラチラとこちらを警戒している者もいる。

 私が今、ここでこの赤い箱を開けた瞬間。

 彼らの放つ強烈な『ヘイト(敵意と羨望)』が、私一人に集中することは火を見るより明らかであった。

「くくっ……面白いじゃないか。私に、その周囲のヘイト(殺気)を全て引き受けるだけの度胸があるかどうかを試そうというのか」

 私はゆっくりと、紙袋に手を伸ばした。

 カサリ、と鳴る音が、静まり返った車両内に異常なほど大きく響く。

 ビクッ!

 隣の席のサラリーマン(中級戦士)の肩が揺れた。

 斜め前のOL(魔法使い)が、露骨にこちらへ顔を向けた。

 私が紙袋の中から、いまだ強烈なファイア・オーラを放ち続ける赤い箱を取り出した瞬間。

 車両内の空気が、完全に凍りついた(フリーズ魔法が発動した)のを感じ取った。

 誰も口には出さない。

 だが、彼らの目は確かにこう語っていた。

『まさか……お前、ここでその「悪魔の兵器」の封印を解くつもりか!?』と。

「……安心しろ。私はただ無闇に周辺被害を撒き散らすような、無能なゴブリンではない」

 私は静かに目を閉じ、精神を極限まで集中させた。

 箱を開ける。

 その瞬間、私は己の『風魔法エア・コントロール』と『気配遮断ステルス』スキルを全開にするつもりであった。

 匂いの拡散を己の周辺半径50センチメートル(パーソナル・スペース)のみに完全に留め、一切の魔力漏れ(匂いテロ)を防ぐという、神業に近い結界構築である!

「……ゆくぞ!! 封印シール解除オープン!!」

 私は、箱の蓋を一気に跳ね上げ、中から真っ白な巨大な爆弾(豚まん)を一つ、素早く取り出した。

 そして即座に箱を閉じ、私が構築した見えない風の結界の中で、その巨大な物体に噛み付いたのである。


「……ッ! がふっ……!」

 私は、その巨大で不格好な白い塊(魔法の粉の塊)を口に含んだ瞬間、あまりの衝撃(旨味)に声にならない呻きを漏らした。

 分厚い小麦の皮(外殻アーマー)は、ただのパン生地などではなかった。

 それは、ほのかに甘い発酵の魔力を帯びており、ふかふかでありながらも、千切ろうとすると驚くほどの粘り気(モチモチとした物理耐性)を見せてくる。

 そして、その分厚い皮を食い破った先に待ち構えていたのは、豚の粗挽き肉と大量の玉ねぎが織りなす、凄まじい密度の『肉の爆弾ジューシー・コア』であった!

「……美味い! なんだ、この暴力的なまでの甘みと肉汁(ポーション液)は!」

 噛みしめるたびに、豚の猛々しい脂(獣の魔力)と、玉ねぎの甘さ(植物の回復成分)が、私の口腔内で激しく融合フュージョンして弾け飛ぶ。

 それを分厚い皮が余すことなく吸い込み、私の胃袋へと完璧な状態でデリバリー(着弾)させているのだ。

 これが、大阪の民が熱狂する551の『豚まん』。

 その殺傷能力(カロリーと旨味)は、間違いなくAランク以上の魔獣に匹敵する!

「……はふ、はふっ、むぉっ!」

 私は、風魔法エア・シールドで匂いを周囲に撒き散らさないよう必死にコントロールしながら、二口、三口とその巨大な爆弾を食いちぎっていった。

 だが、その強烈な肉の熱気ファイア・オーラは、私の構築した見えない結界を中から激しく叩き、今にも破裂しそうな勢いで膨張し続けている。

「……くっ、抑えきれん! 魔力漏れ(匂い拡散)が発生するぞ!」

 私の額から脂汗が吹き出す。

 豚まんから放たれる、特有の甘く重い匂い(食欲増進パッシブスキル)が、私の結界のわずかな綻びから、徐々に、確実に、車両(ダンジョン空間)の空気を汚染し始めたのだ。

 ピリッ。

 隣のサラリーマンが、あからさまに鼻を動かした。

 前方のOLが、書類(魔導書)から視線を上げ、小さく舌打ちをした(ように聞こえた)。

 ――来た。

 これが、この密室(新幹線)において、強烈な誘惑の香り(匂いテロ)を放った者に対する、無言の総攻撃ヘイト・ストライク

『貴様、許さんぞ。こんな密室で、そんなにも美味そうな匂いを撒き散らしおって!』

『私たちの空腹ゲージをカンストさせる気か!』という、強烈な呪詛クレーム・オーラが、私を一斉に突き刺してくる。

「……ふっ、はははっ! よかろう、来い! この絶望の密室(グリーン車)で、己の欲望(豚まん)を貫き通すことこそが勇者の覇道!」

 私は、心の中で高らかに哄笑しながら、残りの半分を一気に口へと押し込んだ。

 圧倒的な視線の魔法デバフを受けながら食らう、極上の肉の塊。

 この上ないスリルと、背徳感ギルティ

 それこそが、ただでさえ強力な551の豚まんを、限界突破した魔境の美味アルティメット・テイストへと昇華させているのだ。

「……最強のスパイスだ。この周囲からの嫉妬ヘイトこそが!」


「……ごくり」

 私は最後の一口を胃の奥底へと飲み込み、周囲の気配ヘイト・レーダーを再び探った。

 私の手に残ったのは、肉汁と油が染み込んだ薄い木のフィルム(装甲の残骸)のみである。

 私はそれを手早く畳み、再び赤い箱(封印の宝箱)の中へと戻し、匂いがこれ以上漏れないようにしっかりと口を塞いだ(二重封印)。

「……ふう」

 私はハンカチで額の汗と口の周りの脂を丁寧に拭い取り、何事もなかったかのように背もたれに体を沈めた。

 車両内を満たしていた強烈な豚の魔力(匂いのオーラ)は、新幹線の強力な空調設備(大型換気魔法)によって、数分のうちに徐々に浄化ディスペルされていった。

 隣のサラリーマンは、諦めたように小さなため息をつき、再び眼を閉じた。

 斜め前のOLも、どこか恨めしそうな視線を一度だけこちらに向けた後、ノートパソコン(仕事)へと意識を戻していった。

「……私の勝ちだ」

 私は、完全な勝利の余韻(豚肉と玉ねぎの後味)を噛み締めながら、車窓を流れる西日本の景色に瞳を細めた。

 物理的な暴力(味の濃さやボリューム)で客をねじ伏せるだけが、ダンジョン(ご当地グルメ)ではない。

 他者の存在、閉鎖空間という環境、そして『匂い』という触れることのできない精神魔法そのものを武器として扱い、周囲の人間すべてを巻き込んだスリリングな心理戦ヘイト・コントロールを強要してくる悪魔の兵器。

 551蓬莱。

 この豚まんが、なぜこれほどまでに大阪の民から熱狂的に支持され、新幹線という限られた空間において常に「論争(聖戦)」の的となるのか。

 それは、この食べ物が持つ圧倒的な『覇者のオーラ(美味さと匂いの暴力)』が、他者の常識(マナーという結界)を容易く破壊してしまうからに他ならない。

「……見事な戦いだった。大阪の錬金術師たちよ。君たちの放つ毒ガス(豚まん)は、間違いなく西日本最強の精神攻撃魔法だな」

 私は一つ、また私の世界(冒険譚)に刻むべき新たなる伝説(神話)を手に入れた満足感とともに、静かに眠りについた。

 ――そして、数十分後。

 私の鼓膜を、優雅で厳かな車内アナウンス(精霊の導きの声)が揺らした。

『まもなく、京都キョウトです』

 私は目を見開いた。

 京都。かつて私が、一見さんお断りの強固な精神結界と、ぶぶ漬けという恐るべき幻術(撤退戦)に苦しめられた、あのみやびなる魔都。

 しかし今回は、以前訪れたのとは全く異なる、苛酷な顔(環境デバフ)を持つ季節であった。

『冬』。

 京都の冬は、底冷えという名の『強力な氷属性の持続魔法スリップダメージ』が常に街全体を覆っているという。

「……ゆくぞ。次なる戦場は、底冷えの結界都市だ」

 私は立ち上がり、再び赤い紙袋(残りの爆弾)を提げて、ホームへと降り立った。

(第18話 了)



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