第17話:混沌の市場と、吸血鬼殺し(ヴァンパイア・キラー)の厚切り鰹
香川という、狂信的なまでに研ぎ澄まされた素早さ(アジリティ)と安さを誇る『うどん教』の総本山を後にした私は、四国山地という巨大な天然の壁を越え、さらに南へと向かっていた。
次なる目的地は、太平洋という荒れ狂う外海に面した常夏の(と私が勝手に思い込んでいる)国――『高知』である。
事前の商人ギルド(スマホ検索)の情報によれば、この地には、昼夜を問わず荒くれ者(酒飲み)たちが集い、獲物を切り刻んでは大量の霊薬とともに胃袋へ流し込むという、巨大なコロシアムのごとき施設が存在するという。
『ひろめ市場』。
それが、今回のダンジョンの名である。
「……ここか」
私は、高知城(巨大なランドマーク)のすぐ傍に位置するその施設へ一歩足を踏み入れ、あまりの熱気に思わず息を呑んだ。
そこは、巨大なドーム状の屋内結界の中に、無数の屋台(個別のギルド支部)がひしめき合っている空間だった。
中央には巨大な長机(共有テーブル)が所狭しと並べられ、そこにはまだ真昼間だというのに、大量のジョッキ(玻璃の杯)を手にした老若男女が、大声を張り上げながら笑い合っている。
「……酒盛りだと? 真昼間から!?」
私の常識(冒険者のルール)において、昼間から大っぴらに酒を飲むなど、明日の命も知れぬ傭兵(あるいは狂戦士)のすることである。
しかし、この高知という地においては、それが『日常の中の魔法修練』として完全に許容(容認)されているのだ。なんという豪快なカルマ!
「……ふむ。郷に入れば郷に従うのが勇者の流儀だ」
私は、その熱気にあてられながらも、なんとか小さな隙間を見つけて席を確保した。
香川のセルフうどんでは「席取りは料理を持った後」という厳格なルールがあったが、ここ高知(ひろめ市場)の独自の掟によれば、「まずは陣地(席)を死守してから、各屋台へ狩りに出る」のが正攻法だという。
「よし。陣形は整った。いざ、高知最強の海魔獣を狩りに行こうか」
私が狙いを定めたのは、ひろめ市場の中でもひときわ長い行列(討伐隊)ができている一角。
『明神丸』と呼ばれる、炎属性特化の狩猟ギルド(藁焼き専門店)である。
「……見事な火力だ!」
私は列に並びながら、ガラス張りの厨房(見世物小屋)の中で繰り広げられる激しい炎の舞に見とれていた。
職人が、巨大な魚の肉塊を鉄の槍(金串)に突き刺し、燃え盛る巨大な炎――『藁(わら・大地の乾燥魔具)』の業火の中に直接突っ込んでいる!
パチパチという轟音とともに、魚の表面の脂が焼け焦げ、尋常ではない香ばしい煙が立ち昇る。
これが、高知が誇る最強の調理法(炎属性錬金術)、『藁焼き(わらやき)』か。
私は、その焼き上がったばかりの巨大な肉塊――カツオ(海洋型の高速魔獣)の切身を手繰り寄せるべく、小銭の入った革袋(財布)を固く握りしめた。
「お待ちどおさん! 塩たたき一丁!」
威勢の良い職人の声とともに、私の手に渡されたのは、まだ微かに温かい熱を帯びた、漆黒の皿(盾ボード)。
私は急いで先ほど確保した自陣(テーブルの隅)へと戻り、その獲物をまじまじと観察した。
「……なっ! なんという装甲の厚さだ!」
私は驚愕の声を上げそうになった。
皿の上に規則正しく並べられた『カツオのたたき(焦がし海竜肉)』。
その一切れの厚みが、尋常ではないのだ。
王都(東京)の安酒場で供されるような、向こうが透けて見えるような薄っぺらい切り身(ダガーの刃)ではない。
これは……分厚い辞書の角か、あるいはドワーフの斧の刃ほどの厚み(約二・五センチ)があるではないか!
「……噛み切れるのか、これを?」
私の『鑑定』スキルが、その圧倒的な質量(タンパク質の塊)に軽い警告音を鳴らしている。
しかし、驚くべきは厚さだけではなかった。
この巨大な肉塊に対して、高知の錬金術師たちが用意した『剣』は、王道であるはずのポン酢(柑橘系の魔法液)――ではなかった。
肉の上には、ただパラパラと『白い結晶(岩塩)』が振りかけられているのみ。
「……塩、だと?」
私は絶句した。
生魚(海産魔獣)の臭みを消すために、香草や酸味(ポン酢)でコーティング(偽装)するのが、これまでのセオリーだったはずだ。
それを、何の誤魔化し(デバフ)も効かない『塩』という純粋すぎる物理強化だけで食えというのか。
それは 마치、強力な魔法防具を一切捨て去り、己の肉体(素材の鮮度)ひとつで魔王に挑むような狂気の沙汰であった!
「……よかろう。高知の民がその純粋な刃(塩)を突きつけてくるのなら、勇者として受けて立つのみ!」
私は箸(聖杖)を構え、その分厚い肉塊を一つ摘み上げると、一切の躊躇なく大口を開けて放り込んだ。
「……むぐっ!!」
ガツンッ!!
私の脳天を、直接巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が貫いた。
美味い……! いや、美味いという次元ではない。
『命が、口の中で暴れている!』
藁焼きの凄まじい業火(瞬間火力)によって焼き固められた表面の皮目が、私の歯をわずかに弾く。
だが、その防壁を突破した瞬間。
中から現れたのは、一切の氷魔法(冷凍保存)の手垢がついていない、生々しく、滑らかで、ねっとりとした『究極の赤身(極上のスライムゼリーのような食感)』であった!
塩。
その真っ白な結晶が、カツオの持つ強烈な鉄分の香り(血の魔力)と、藁の焦げた香ばしさを、100倍、いや1000倍にまで増幅させている。
ポン酢のような酸味に頼らなくても、素材が内包する圧倒的な『生命力(マナ・鮮度)』そのものが、一切の臭みをねじ伏せているのだ!
「……ははっ、これは凄い。高知の民は、自国の海から上がる魔物をどれだけ信じ切っているというのだ!」
私は次なる猛攻(二切れ目)へと手を伸ばそうとし、その皿の脇に添えられた、小さな白い円盤の群れ(スライス状のアイテム)に気付いた。
「……なんだ、これは?」
私は、その薄くスライスされた白い欠片を一枚つまみ上げ、鼻を近づけた。
「……ッ!! に、にんにく(ガーリック)だと!?」
私の『危機察知スキル』が、全力で警鐘を鳴らし始めた。
ニンニク。
それは、私の世界においても、アンデッド(吸血鬼やグール)を退け、冒険者の体力を一時的に限界突破させる、極めて攻撃的で危険な魔導薬草であった。
普通は、それを細かく刻んで魔法料理の隠し味として火を通す(弱体化させる)のが定石である。
だが、この高知の民が皿に添えているのは、あろうことか『生』の、しかも一枚一枚がはっきりと形を保ったスライス状の生ニンニクではないか!
「……これを、このまま食えというのか?」
私の前に鎮座する、分厚いカツオの赤身の塊塊。
それに、この強烈な破壊力(デバフとバフの混合薬)を持つ生のニンニクを添える。
それはまるで、強力な両手剣(赤身)にさらに雷属性の攻撃魔法を付与するような、オーバースペックの極みであった。
「……よかろう。高知の民の狂気(狂戦士魂)を、この私が真っ向から受け止めてみせる!」
私は、一切の躊躇なく、その分厚い一切れのカツオの上に、生のニンニクスライスを二枚、いや三枚も乗せ、一気に口の中へと放り込んだ。
「……っはぁぁぁぁぁっ!!」
私の脳内で、ドカンッ! と巨大な火柱(魔力爆発)が上がった。
凄まじい! なんという破壊的な旨味の相乗効果か!
カツオのねっとりとした赤身の深遠なる旨味(HP回復)。
それを、塩(ただの物理強化)が極限まで引き上げた状態に対し、さらに生ニンニクの強烈で暴力的なまでの『辛味と香り(スタミナのブースト)』が、鋭い槍のように一直線に突き刺さってくるのだ!
「……すさまじいバフ効果だ! 全身の血流が沸騰しているのがわかる。これほどの強烈な生命力を胃袋に叩き込まれれば、どんな巨大なモンスターでも一撃で屠れそうだ!」
私は、額から大量の汗(魔力の残滓)を流しながら、歓喜の笑声をあげていた。
そして何より、生ニンニクを噛み砕くたびに発生する、あの強烈な『口臭』という名の呪い(デバフ)。
これを食せば、今夜中に王都(高知)の酒場で誰かと親密な関係を築くことは完全に不可能となるだろう。
だが、この高知という地において、そんなちっぽけなペナルティ(口の臭い)など、誰も気に留めていない。
「……なるほど! 周囲を見渡せ! この『ひろめ市場』に集う何百人もの戦士たち(平民)全員が、この強烈なニンニク(吸血鬼殺しの薬)を昼間からバリバリと喰らっているではないか!」
私は愕然とした。
ここは、全員が互いに強烈なデバフ(口臭)を共有し合うことで、逆にそれを『無効化』している、狂気の結界なのだ!
「……ふはっ、ははははっ!」
私はもう、箸を置くことができなかった。
高知の民の、おおらかさを通り越した暴力的なまでの食への執念。
塩、カツオ、生ニンニク。
このシンプルな三種の神器が織りなす、最強の攻撃魔法に、私は完全に翻弄され、魅了され、そしてむさぼり喰い続けていたのである。
「……ふうっ」
私はついに、最後の一切れとなった「塩とニンニクで武装したカツオの塊(最終兵器)」を胃袋へと流し込み、深々と息を吐いた。
漆黒の皿(盾ボード)の上には、ニンニクの小さな欠片と塩の粒しか残っていない。
私の体温(魔力)は限界まで高まり、額からは玉の汗が流れ落ちている。
分厚いカツオの赤身がもたらす極上のタンパク質(回復魔力)と、生ニンニクが直結させてくる強烈なスタミナ・バフ。
この暴力的なまでの回復力に、今ならどんな強大な魔王でも一撃で粉砕できるような全能感が私の全身に漲っていた。
「……大将、見事な狩り(焼き)だった。私の魂は完全に満たされた」
私はガラスの向こう、いまだに藁の炎(劫火)を操る店主に向かって、心の中だけで深く礼を言った。
なにせここは戦場(ひろめ市場)。声をかけても周囲の騒音(大宴会の怒号)にかき消されてしまうのだから。
私は、少しだけふらつく足取り(スタミナ過多の反動)で席を立ち、市場の出口へと向かった。
周囲を見渡せば、真昼間だというのに、相変わらず無数のジョッキ(霊薬の器)が飛び交い、豪快な笑い声があちこちで爆発している。
高知の民(土佐の戦士たち)は、この市場というギルドで、夜まで、あるいは次の日の朝まで、酒とカツオを無限に補充しながら『返杯』という恐るべき毒酒の回し飲み儀式に興じるという。
「……恐ろしい街だ。これほどの強国が、四国という隔離された大陸に存在していたとは」
私は市場の外、南国の熱気(と私が勝手に感じている風)に吹かれながら、大きく伸びをした。
口から微かに漏れる、強烈なニンニク(ヴァンパイア・キラー)の死の香り。
今の私に近づける魔物は、この西日本広しといえども皆無であろう。
「さあ、四国を制圧した。いよいよ海を渡って、近畿(関所の前衛)の心臓部へ攻め上るか……!」
私の次なる目的地は決まっていた。
かつて食い倒れ(カロリー・オーバー・デス)の街と呼ばれ、ありとあらゆる粉もの(炭水化物兵器)の巣窟として私を悩ませた、あの魔都……『大阪』である。
だが、次なる敵は粉ものではない。
商人ギルドの情報によれば、それは『新幹線(超高速の魔法陣)』という密室空間で、無差別に強烈な匂い(毒ガス)を撒き散らすという、大阪人にのみ許された禁断の遠距離範囲魔法のアイテムだというのだ。
「……豚の化身が放つ、匂いテロ(ポイズン・ボム)、か。ならば私が、その魔兵器の真価を味見してやろうではないか」
私は不敵な笑みを浮かべ、強烈なニンニクのブレス(息)を吐き出しながら、高知駅へ向かう路面電車(魔導ビークル)へと飛び乗った。
勇者の西日本完全踏破への道は、いよいよ終盤戦へと近づきつつあった。
(第17話 了)




