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第15話:熱き屋根の上の攻防戦と、緑の錬金術

 富山の地で暗黒物質ブラックラーメンを白米結界で中和し、西日本の深淵ディープ・エリアを一つ平定した私であったが、我が胃袋からの『更なる未知なる魔力カロリーを寄越せ』という飽くなき欲求は留まるところを知らなかった。

 私は次なる戦場を求め、再び新幹線という名の超特急魔導列車に乗り込んでいた。

 目指すは、本州の最西端。かつて二つの巨大な武士の勢力(源氏と平氏)が、海の覇権を賭けて激突したという歴史的な決戦の地、すなわち『山口ヤマグチ』である。

 その中でも、今回私が標的と定めたのは、下関市にある『川棚かわたな』と呼ばれる、静かな湯治場(温泉が湧き出る回復ポイント)であった。

「……西日本の果てか。随分と遠くまで来たものだ」

 私は列車を降り、長閑な風情漂う温泉街を歩きながら呟いた。

 魔王を倒したあとの長い平和ボーナスタイムにおける私の日課は、これまで未知のダンジョン(B級グルメ店)を開拓することに費やされてきた。

 だが、事前の商人ギルド(スマホでのネットリサーチ)の情報によると、この川棚という地には、これまで私が遭遇してきたどの料理とも一線を画す、極めて『戦術的』かつ『野蛮』な配膳ルールが存在するという。

『瓦そば(かわらそば)』。

 それが、今回のターゲットの名である。

「……瓦、だと?」

 私は路地を曲がり、目的の巨大な食事処の暖簾をくぐりながら、その名前の異様さを反芻していた。

 瓦といえば、通常は家屋の屋根を守るための、粘土を高温で焼き固めた硬固な防具シールドである。

 それを、なぜ料理の名前に冠しているのか。

 私は案内された座敷席(和の魔法陣)にどっかりと腰を下ろし、迷うことなくその名を告げた。

「あの……最も巨大な『瓦そば』を頼む」

「はーい、瓦そば二人前ですねー!」

 ――数分後。

 ジュージューと、何やら禍々しいほどの熱気と焦げる音を響かせながら、店員が『それ』を運んできた。

 机の上の、耐熱用の分厚い木の板(防御台座)の上に、ドゴンッ! と鈍い金属音を立てて鎮座した巨大な物体。

「……なっ!?」

 私は思わず、腰から見えないフォークを抜きそうになった。

 私の目の前に置かれたのは、比喩でもなんでもない。巨大な『本物の瓦(屋根のパーツ)』であった。

 しかも、それは下から強烈な炎魔法で焼かれたのか、恐るべき熱を帯びており、周囲の空気を歪ませている。

 そして。

 その赤茶けた熱き瓦の上には、まるで山のように高く盛られた『緑色のソバ』が、ジュウウウゥッ!と激しい音を立てて焼き付けられていたのだ!

「……正気の沙汰ではない」

 私は戦慄した。

 屋根(瓦)を引っぱがして焼き網とし、その上で直接麺を焼くなどという行為。

 それは、私の知る限りにおいて、後方に物資の補給線を持たない傭兵たちが、戦場の焼け野原で見つけた廃屋の屋根材を使い、なんとか命をつなぐために行う『極限の野戦食サバイバル・クッキング』の光景に他ならなかった。

「……山口の民よ。これほど平和な時代において、いまだに屋根の上で食事をするという、凄まじい戦闘態勢スクランブルを維持しているというのか」

 私は、圧倒的な火力オーラを放つ巨大な屋根材(瓦)を前に、ごくりと唾を飲み込んだ。


 圧倒的な熱量(熱ダメージ)を放つ巨大な瓦の斜面。

 その上に高く盛られた『緑の麺』の上に、さらなる具材(追加装甲)が重なるように配置されているのが見て取れた。

 細く黄金色に輝く『錦糸卵きんしたまご』の防壁群。

 甘辛い醤油の魔力が染み込んだ『牛肉煮ビーフ・アーマー』の重装甲部隊。

 そして、その頂点コアを護るかのように、ネギと刻み海苔、さらには真っ赤な『もみじおろし』と『レモンの輪切り』という、明らかに属性の異なる回復・浄化アイテムが鎮座している。

「……なんという複雑な陣形だ」

 私は目を細め、まずはその基礎ベースとなっている緑の麺に、箸(二刀流の杖)を差し込んだ。

 熱い。凄まじい熱気だ。瓦から直接伝わる炎の波動バーン・エフェクトが、私の指先までビリビリと伝わってくる。

 私はその緑のソバをたっぷりと掴み、横に用意されていた温かい『つゆ(琥珀色のポーション)』の中に半分ほど浸し、一気に啜り上げた。

「……むっ!! これは!」

 私の舌(鑑定スキル)が、即座に成分分析を完了させた。

蕎麦ソバの香りに混じって……『ティー』のオーラが吹き抜けたぞ!」

 そう、この緑色の正体。それは毒やスライムの体液などではなかった。

 これは『茶そば』。

 すなわち、強力な浄化・解毒作用を持つ『お茶(聖なる葉)』を、炭水化物ソバの中に限界まで練り込んで融合させた、防御と回復を兼ね備えた高度な錬金術の産物ヒーリング・ヌードルだったのだ。

「……凄まじい。ただ味付けをするだけでなく、麺そのものに薬効(茶の香り)を付与しているのか」

 温かいつゆの中で、茶そばの爽やかな香りと、牛肉から染み出した甘辛い動物性の脂が見事に混ざり合い、私の胃袋を優しく、かつ力強く満たしていく。

 ――だが、本当の魔法はそこからだった。

「……ん!? な、なんだ、この食感は!」

 私が二口目、瓦の『底』に直接触れていた部分の麺を啜り上げた瞬間。

 私の臼歯は、モチモチとしたソバ特有の弾力ではなく、パラパラ、パリパリに弾ける『強烈な物理反発クリティカル・ヒット』に遭遇したのである。

「パリッ、パリパリッ!!」

 私は目を見開いた。

 熱せられた瓦の斜面に直接触れていた部分のソバが、水分を完全に飛ばされ、香ばしい『お焦げ(アーマー・コーティング)』へと劇的な変貌を遂げていたのだ。

「お、同じ一本の麺が、途中で食感(物理属性)を変えただと!?」

 上部の麺は、蒸気で蒸されてフワフワ・モチモチの軟体スライム状態(打撃吸収特化)。

 しかし下部の麺は、瓦の炎属性魔法によって水分を奪われ、カリカリのクリスタル装甲(貫通特化)と化している。

「……なんという恐ろしい時間差魔法ディレイ・マジックだ!」

 食べる部位によって、そして時間(瓦の熱が伝わる速度)によって、刻一刻と陣形(食感)が変化していく。

 それは 마치、状況に合わせて前衛タンク後衛マジック・キャスターの配置を瞬時に入れ替える、熟練の精鋭部隊の演習を見ているかのようであった。


 パリパリ。モチモチ。

 私は、瓦の熱によって刻一刻と硬度(防御力)と香ばしさを増していく茶そばの兵団を相手に、夢中で箸(二刀流のメイス)を振り下ろし続けていた。

 錦糸卵の上品な甘み(プリーストの回復魔法)が、茶そばのほのかな苦味を中和していく。

 そして牛肉の強烈な動物性タンパク(バーサーカーの物理特化攻撃)が、私の胃袋の限界値(レベル上限)を底上げしてくる。

「……美味い! だが、なんという凄まじい熱量カロリーだ!」

 私は額に大量の汗(魔力の残滓)を浮かべていた。

 瓦の下からは常に一定の火竜の息吹(コンロの熱気)が吹き付けており、目の前の戦場(瓦そば)は、時間が経つごとにその水分を失い、より強烈な『焼き』のダメージゾーンへと変貌しつつあった。

 このままでは、私の味覚(HP)は単調な熱気と甘辛い油の連続攻撃コンボによって、いずれ底をついてしまう。

「……そろそろ、盤面フェーズを移行させる頃合いか」

 私は目を細め、瓦の頂点、いわば魔王の城の最上階に鎮座している二つの『異物アイテム』に狙いを定めた。

 真っ赤な『もみじおろし(ファイア・ラディッシュ)』。

 そして、鮮やかな黄色の『レモン(サンダー・シトラス)の輪切り』である。

「ゆくぞ!」

 私はまず、もみじおろしの赤い塊を箸でつまみ、温かいつゆ(琥珀色のポーション)の中に投下した。

 ボトッ。

 そして、すかさず茶そばをその赤く染まったつゆに浸し、啜り上げる。

「……むうっ!!」

 ピリリッ!

 私の舌を貫いたのは、大根おろしのさっぱりとした冷気(氷魔法)と、唐辛子の鋭い刺激(炎魔法)が見事に融合した、強烈な複合魔法フレア・ブリザードであった。

 先ほどまで口の中を支配していた牛肉の脂っこさと、茶そばの熱気。

 それらが、赤い大根おろしの強烈な刺激によって、一瞬にして洗い流され、私の味覚がリセット(状態異常解除)されたのである。

「……素晴らしい! なんという鋭利な浄化ディスペルだ!」

 私は興奮のあまりテーブルを叩きそうになった。

 しかし、山口の錬金術師たちが用意した罠(味変コンボ)は、これだけでは終わらなかった。

 私は続いて、レモン(黄色き雷鳴の果実)を取り上げると――瓦の上で熱風に晒されている肉と麺の群れに向けて、ギュッと力を込めて絞り落とした。

「……ッ!! シュァァァーッ!」

 レモンの強烈な酸味アシッド・レインが、熱された瓦と食材に触れた瞬間、激しい音とともに蒸発し、凄まじく爽やかな香りの煙(魅了の霧)となって立ち昇ったのだ。

「……なんだと! 香り(オーラ)そのものが、完全に作り替えられた(リライトされた)!?」

 私は驚愕したまま、レモン果汁を纏ったパリパリの茶そばを、もみじおろしのつゆに浸して口へと運んだ。


「……美味い! 美味すぎる!」

 私は、瓦そば(灼熱の戦場)で繰り広げられる、味覚と物理法則を無視した錬金術の連続攻撃ラッシュに完全に圧倒されていた。

 瓦の熱でさらに硬度(防御力)を増した茶そばの底の部分カリカリ・クリスタル・フォーム

 それが、レモンの爽やかな酸味(風属性バフ)と、もみじおろしのピリッとした辛味(火属性エンチャント)、そしてつゆの温かい旨味ポーションのベースという三重の魔法陣を同時にくぐり抜け、私の口内で爆発的な旨味クリティカル・ダメージへと昇華されていく。

 サバイバル。

 本来であれば、戦場の屋根(瓦)の上で兵士たちが肉と野菜を焼いて飢えをしのぐという、この上なく泥臭く(ハードコア)、過酷な食事だったはずの料理。

 それを、現代の山口の錬金術師たちは、茶そばという高貴な魔草と、レモン・もみじおろしという精緻な味覚パズル(バフ・デバフの管理)によって、極限まで『洗練されたエンターテインメント闘争アリーナ・バトル』へと磨き上げていたのだ。

「……フスッ、ハッ、ハハハッ!!」

 私はもう、箸を止めることができなかった。

 瓦の下からのスリップダメージによって、どんどんとクリスピーになっていく茶そば。

 少しでも気を抜けば焦げ付いてしまう(戦闘不能に陥る)という絶妙な時間制限タイムリミット・クエストが、私の闘争本能(食欲)をさらに激しく駆り立てる。

 私は、牛肉も、卵も、麺も、ネギも、すべてを無慈悲に一つにまとめ上げ、琥珀色のつゆへダイブさせては胃袋へと流し込み続けた。

 そして――。

「……ふうっ」

 ついに瓦の上から、緑の麺も、黄金の卵も、茶色の肉も、すべてが消失した。

 残されたのは、ただ赤茶けた素肌をさらし、いまだに微かな熱気(残り火)を放ち続けている、ただの巨大な瓦(戦闘後の更地)のみであった。

「……見事な手並みだ、山口の民よ」

 私は額の大汗を拭い、目の前の瓦に向かって深く一礼した。

 これほどまで『熱』という物理現象をエンターテイメントとしてダイナミックに楽しませてくれるダンジョン(飲食店)は、私が旅してきた東西南北の世界のどこにも存在しなかった。

 瓦とは家を守るためのものでありながら、時に、人々の胃袋を満たし、生命力モチベーションへと変換するための究極の調理器具マジック・アイテムとしても機能し得るのだ。

「……フッ。西日本は、どこまで私を楽しませてくれるのか」

 私は、満腹感という名の重厚なフルプレートアーマー(バフ)を身に纏い、店を後にした。

 腹の中に渦巻く、茶そばの香りと牛肉の脂、そしてレモンの爽やかな余韻。

 それらは、私がこれから向かうべき『海を越えた大魔境(四国・九州)』への挑戦を、力強く後押ししてくれる最高の前衛バフであった。

「さあ、次は海を渡ろう。うどん教という狂信者たちが集う、白き巡礼の地(香川)へ!」

  저는, 川棚温泉の硫黄の香り(回復のオーラ)が漂う夕暮れの空を見上げながら、次なる壮大なサバイバル・クエストへの予感に、不敵な笑みをこぼすのだった。

(第15話 了)


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