表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/23

第14話:漆黒の暗黒物質(ダークマター)と、白き浄化の魔法陣

 金沢の華麗なる二面性(金とフライ)を堪能した私の肉体は、度重なる暴食による強烈なバフ(ステータス向上)と悲鳴を同時に上げながら、いよいよ北陸のさらに奥地――西日本探索(ダンジョン巡り)の第一チェックポイントたる最終目的地へと歩を進めていた。

富山トヤマ』。

 三方を嶮しい山々(飛騨山脈という名の天然の城壁)に囲まれ、北には豊かな魔力の源泉である巨大な海(富山湾)を抱える、まさに難攻不落の要塞都市。

 商人ギルド(事前のネット検索)の情報によれば、この地には、かつて私が和歌山や博多で遭遇したどのラーメンをも凌駕する、最も恐ろしく、そして最も『黒い』猛毒のスープが存在するという。

「……ブラック・ラーメン、か」

 私は、富山の駅から少し歩いたところにある、年季の入ったラーメン店の前で足を止めた。

 看板には、ただ一言、無骨な筆文字で店名が書かれているのみ。

 私が店先から内部へ『魔力探知』のパッシブスキルを走らせてみると……そこには、圧倒的な塩気ナトリウムと、何か鼻を突く鋭利な香辛料(胡椒の魔力)が、禍々しいオーラとなって渦巻いているのがはっきりと感知できた。

「……凄まじいな。入る前からこれほどのプレッシャー(威圧感)を放つ料理屋ダンジョンは、かつての魔王の玉座の手前以来だ」

 私はゴクリと唾を飲み込み、意を決して暖簾をくぐった。

「いらっしゃい」

 店員の声は短く、無駄がない。

 私はカウンターに座り、ただ一つ、この店の名物である中華そば(富山ブラック)を注文した。

 ――そして数分後。

 私の目の前に置かれたどんぶりの中身を見た瞬間、私は己の目を疑い、思わず息を呑んだ。

「……なっ! これが、スープだと!?」

 黒い。

 あまりにも黒すぎる。

 和歌山の豚骨醤油が「濁った茶褐色(泥水)」だったとすれば、この富山のスープは、文字通りの『漆黒ダークマター』であった。

 光を一切反射しない。どんぶりの底すら見えないどころか、スープの表面に浮かぶ油すらも黒く染まりきっている。

 さらに、その暗黒の海の上には、極太に切られたメンマ(呪いの竹杭)と、分厚いチャーシュー(魔獣の肉塊)、そして、スープの黒さをさらに引き立てるかのように、大量の『粗挽き黒胡椒ブラックスパイス』が無造作に、いや暴力的なまでに叩き込まれていた。

 私の『鑑定』スキルが、視界の中央で激しく明滅し、最大級の警告アラートを発し始める。

【対象:富山ブラックラーメン】

【属性:暗黒・塩・激辛】

【脅威度:極大(致命的な塩分濃度)】

【備考:単体での長距離摂取は、味覚細胞の破壊および深刻な内臓ダメージ(塩分過多)を引き起こす可能性が極めて高い】

「……致死量の塩分、だと」

 私は額に脂汗を浮かべた。

 このスープは、飲むためのものではない。敵を殺すための劇薬ポイズンゼリーに等しい。

 商人ギルドの古い記録(ルーツ調査)によれば、このラーメンはそもそも、昭和と呼ばれる時代の初期において、肉体労働(土木作業)で大量の汗(魔力)を流したドワーフや戦士たちが、失われた塩分を最速で補給するために作られた超濃縮の現場用ポーションだったという。

 それを、現代の平和な時代において、ただの食事としてそのままの濃度で提供し続けているというのか。

「……私を殺す気か、富山の民よ」

 だが、勇者は逃げない。

 出された試練(毒薬)は、この胃袋で飲み干す。

 私は震える手でレンゲ(魔法の匙)を取り、その漆黒の暗黒物質を一口、掬い取って口へと運んだ。


 暗黒の海をすくい上げたレンゲ(シルバー)を、静かに唇に寄せる。

 ズズッ。

「……ぐ、がぁぁぁぁぁっ!!!」

 私の体内に、物理的かつ絶望的な『毒(塩・エンチャント)』が容赦なく襲いかかった。

 和歌山の豚骨醤油が与えたショックが「鋭利な刃」だとするなら、富山ブラックのこの一撃は「巨大な塩の塊による圧倒的な質量兵器メテオ・ストライク」であった。

 醤油の塩辛さ(ナトリウム値)が限界をゆうに突破し、さらには舌の全域を焼き尽くす粗挽き黒胡椒のスパイシーな炎属性魔法が、完全に私の味覚受容体を破壊しにかかっている。

「か、辛い! しおからい……痛い!!!」

 私は顔を歪め、思わずむせ返った。

 これは、単体の料理ポーションとして成立していない。ただの劇物の塊だ!

 私の『毒耐性パッシブ』が、限界域を越えて全力で稼働し始める。額からは脂汗が吹き出し、手が小刻みに震えている。

 だが、待て。

 私は周囲の様子――つまり、この店に集う富山のエリート戦士たち(地元の常連客)の様子を即座に『観察スキャン』した。

 彼らは顔色一つ変えずに、この真っ黒に染まった太麺(漆黒のワーム)を啜っている。

 そして――。

「……ん? なんだ、あれは」

 私の双眸がルーンの輝きを帯び、ある恐るべき事実に気が付いた。

 この店内にいる全ての客(戦士たち)の左手に、『それ』が握られているのだ。

白米ライス・シールド・マックス』の入った茶碗。

 しかも、小盛りなどではない。どんっと山盛りにされた、ただの純白の米!

「……な、なるほど……そういうことか!!」

 私は戦慄とともに、瞬時にこの異常な魔法大系システムの全貌を看破した。

 和歌山の民が、重いスープを『早すし』の酸味で中和したように。

 この富山の暗黒錬金術師たちは、最初からラーメン単体を「主食」として作っていないのだ。

 ラーメンは、あくまで『極東最強のおかず(バフ要員)』。

 この暴力的なまでの塩分と胡椒のパンチは、純白にして無味無臭、いかなる強烈な味も全て優しく吸収し、調和(無)へと還元する、日本最強の守護結界たる『白米』へと合わせるためだけに設計された、究極の尖った『剣』だったのだ!

「……店主!! 私にも、至急『ライス』を、大盛りで寄越してくれ!! 早く!!」

「はいよ、ライスいっちょぉ!」

 私の悲痛な、だが大いなる希望に満ちた絶叫オーダーに応え、即座に店主からどんぶり飯が提示される。

 これだ。

 私はついに最終兵器アンチドートを手に入れた。

 まずは、漆黒に染まりきったメンマと、分厚いチャーシュー、そして太麺の束を、箸で思い切り掴み上げる。

 それらを、無慈悲に純白のライス・シールドの上にバウンド(物理接触)させる!

 白米の結界に、漆黒の醤油と胡椒の魔力がじゅわっと染み込んでいく姿は、かつて魔王の軍勢が神聖な街を侵食する光景にも似ていた。

「……行けッ!!」

 私は、その醤油の色が染み込んだ白米ごと、麺と肉を同時に大きく口へとかき込んだ。

「……!!! う……美味い!!」

 奇跡ミラクル・ユニゾンが起きた。

 先ほどまで致死量だった殺人的な塩分と醤油のエッジ、そして黒胡椒のスパイシーな刺激。

 それらの暴力(過剰ダメージ)の全てが、白米のもつ圧倒的な包容力(炭水化物の甘み)によって完璧に吸収・中和され、強烈でパンチのある『絶大なるご飯の相棒アルティメット・オカズ』へと完全変化を遂げたのだ!


「……はっ、ははははっ! これは! 米の消費率が異常だ!!」

 私は、己の中で湧き起こる無限の食欲バーサク・モードにただただ身を任せていた。

 富山の戦士たちが生み出したのは、単なる『塩辛いラーメン』ではない。

 それは、白米という無垢なる大地ベースに、最も効率よく、最も爆発的な塩気を運び込むための『漆黒のパイプライン(補給線)』だったのだ。

 箸(二刀流の短剣)が、麺を掴んでは口へ、そしてすかさず白米をかき込む。

 メンマの強烈な塩味が、白米の甘みを限界まで引き上げる。

 チャーシューの重厚な獣の脂と醤油の刃が、白米という強固なシールド(物理防御)に弾かれ、後味の幸福感ヒールだけを残していく。

 時折、どんぶりの底に沈殿している粗挽きの黒胡椒(ダーク・フレア属性)が舌を焼き、額から止めどなく汗が吹き出していく。

 だが、その痛み(デバフ)すらも、次の一口の白米へと手を伸ばさせるための強烈なトリガー(強制行動キャンセル)にすぎない。

「……計算され尽くした兵器だ。洋食屋のハントンライスとはまた違う、労働と塩分補給という純粋なる『生存本能』だけに特化した、究極のサバイバル魔法オカズ!」

 私は完全にトランス状態に陥っていた。

 最初の致死量だと思われた黒いスープの塩気は、今や、白米を無限に消費させるための『至高の麻薬エリクサー』へと完全に反転している。

 白米が、スープの攻撃力エンチャントを吸収し、その旨味だけを見事に抽出ドロップさせてくれる。

 私はどんぶり飯をあっという間に空にし、すかさず叫んだ。

「……店主!! 라이스(ライス)をもう一杯だ!! ここにある漆黒の海(魔力溶液)を、全て干上がらせてみせる!」

「あいよ! ライスおかわり一丁!!」

 私が完全に『正解タクティクス』を導き出したことを見て取った店主の顔に、微かな笑みが浮かぶ。

 そう、この地(富山)の神聖なる儀式において、ライスを頼まないなどという愚行は、盾を持たずに炎のブレスの前に立ち尽くすような自殺行為に他ならなかったのだ。

「……むおうっ!」

 私は二杯目の白米を受け取り、残された漆黒のスープと、スープをたっぷりと吸い込んだ太麺残党エリートスライムの掃討戦へと突入した。

 麺をすするのではない。麺で、白米を『食う』のだ。

 これこそが、炭水化物に炭水化物をぶつける(バッシュ・プロージョン)、西日本に古くから伝わる最凶の錬金術。

 私は汗だくになりながら、かつて魔王の軍勢(一万の大軍)を単騎で打ち破った時以上の集中力マナを消費し、一心不乱に箸を動かし続けた。

 そして――。

「……ふうっ」

 最後に残った漆黒のスープの一滴すらも、白米に全て吸い取らせて残さず平らげた私は、深々と、魂の底から絞り出すようなため息をついた。

 完全なる燃焼クリア

 どんぶりの中は、ただ微かな胡椒の粒と黒い油の跡だけが残された、何もない更地(平定後)へと還っていた。


「……大将। 見事なエンチャントだった。お陰で、私の白米シールドは二枚も砕け散ったよ」

 私は、汗と満足感にまみれた顔で笑いながら、一枚の紙幣(魔力チケット)を置いた。

「おおきに! うちのブラックは、ライスと一緒に食わんとあかんからな。よう分かっとるわ兄ちゃん!」

 店主もまた、富山の猛毒ブラックを完全に攻略した私に対して、初めて戦友(ギルドの猛者)に向けるような熱い眼差しと、白い歯を見せて応えてくれた。

 店を出ると、富山の空はすでに深い藍色に染まりかけていた。

 北の富山湾から吹き下ろす、冷たくも透き通った海風が、熱と塩分で火照った私の頬を心地よく撫でていく。

 ――これで。

 私の目的であった『西日本(巨大なる迷宮)』の深部への探索、その第二章(ディープ・エリア篇)が、完遂されたことになる。

 京都の、一見さんお断りという絶対の結界(コミュニケーション防壁)と、にしんそばの繊細な錬金術。

 滋賀の、名称偽装の罠(サラダパンという名のたくあん魔薬)と、猛毒判定からの超回復を遂げる原初のなれずし(フナズシ)。

 兵庫の、あらゆる炭水化物を粉砕し一つの質量へと融合させる鋼鉄の魔法陣(長田のそばめし)と、粉の防御力をゼロにして黄金のポーション(出汁)だけで勝負する明石の玉子焼き。

 和歌山の、致死量の豚骨醤油を絶え間ない酸味のバフ(早すし)で中和し続ける、無限の攻防戦と高カルマの自己申告システム。

 鳥取の、牛骨という超高コスト素材を安価に提供する砂の民の強かさと、世界的商会スタバにダジャレで抗う砂丘焙煎ファイア・ローストの珈琲。

 石川の、純金ゴールドをそのまま装甲として食す成金魔術(金箔ソフト)と、洋食という名のあらゆるバフ魔法を一つにドカ盛りしたキメラ魔神ハントンライス

 そして最後が、ここ富山。炭水化物(白米)を無限に消費させるためだけに生み出された、漆黒の劇物(塩分と胡椒のパンチ)と白米の完全なる調和魔法(富山ブラック)。

「……凄まじいな」

 私は、腹の中で渦巻くこれら莫大なカロリー(膨大なステータス上昇の魔力)を感じながら、夜空を見上げて独りごちた。

 西日本の民は、食という行為において、いかなる過酷な環境(制約)であろうとも、一切の妥協を許さなかった。

ある者は保存の魔法を極め、ある者は粉とソースの暴力を追求し、またある者は純粋な労働へのエネルギー補給のために劇薬へと魂を売った。

 それらはすべて、彼らがこの地で『生き抜く』ために編み出した、紛れもない『生活の錬金術サバイバル・スキル』の結晶なのだ。

 異世界におぞましい魔獣や狡猾な魔王があまた存在しようとも、己の身と知恵一つでそれらを食らい尽くしてきた私が、これほどまでに圧倒され、そして魅了される(胃袋を鷲掴みにされる)とは。

「……私の限界(胃袋)は、まだここではない」

 私は太り気味になった(レベルアップした)腹の肉をポンと叩き、夕闇に沈む富山駅へと歩き出した。

 西日本の深遠なる胃袋ダンジョンは、東にも、西にも、南の島々(四国や九州のさらなる奥地)にも、まだまだ口を開けて私を待っているはずだ。

「さあ、次はどこへ行こうか」

 私の鼻腔を、ふたたび見知らぬソース(魔力)と、出汁ポーションの香りがかすめた気がした。

 無敵の魔王すら胃袋で沈めた勇者の、終わりの見えない『暴食探索グルメ・サバイバル』は、まだまだ果てなく続いていく――。

(第二部・了)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ