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第10話:鋼鉄の錬成陣と、海に沈む黄金の宝珠(オーブ)

 私が滋賀の霊湖(琵琶湖)から次に向かったのは、以前訪れた大阪オオサカのさらに西に位置し、海と山に挟まれた細長い都市――『兵庫(ヒョウゴ県・神戸)』であった。

 この地はかつて、異国との交易(貿易)で栄えたハイカラな魔法都市であると聞く。

「……だが、私が求めるのは上流階級(貴族)たちの嗜好品ではない。労働者(戦士)たちの魂である」

 私は煌びやかな港町の中心部を避け、少し西へ外れた『長田ながた』と呼ばれる下町エリアへと足を踏み入れた。

 この一帯は、かつてゴム靴や鉄鋼といった工業(ドワーフの鍛冶技術)で栄えた街であり、戦士たちの胃袋を満たすための強固な独自の『鉄板文化』が根付いている。

 路地裏を歩いていると、ソースの焦げる重厚な香りが風に乗って漂ってきた。

(……間違いない。この匂いは、広島で嗅いだものと同系統の、高度な鉄板魔法(お好み焼き等)の存在を示している)

 私はその匂いの出処である、大衆的なお好み焼き店へと突入した。

 店内には、巨大な鉄板(鋼鉄の錬成陣)が横たわり、常連客たちがその前でヘラ(短剣)を振るいながら談笑している。

 私は空いている席に陣取り、この長田エリアでのみ独自進化を遂げたという伝説のキメラ料理――『そばめし』を注文した。

「あいよ! そばめし一丁!」

 店主マスター・ブラックスミスが威勢よく返事をし、鉄板の上に材料を展開し始めた。

 まず鉄板に落とされたのは、大量の冷やご飯(白米)と、そして太めの中華麺(焼きそば)であった。

 それと同時に、細切れのスジ肉(牛の魔装筋)とコンニャクを甘辛く煮込んだ『ぼっかけ』と呼ばれる魔法の肉塊が投下される。

「ほう。米と麺を両方同時に炒めるのか」

 私は興味深くその工程を観察していた。

 だが、次の瞬間、店主の動きが劇的に変化した。

 チャカカカカッ! チャンチャンチャンッ!

「……なっ!?」

 店主は両手に持った二本の鉄のヘラを、狂ったような速度で鉄板に叩きつけ始めたのだ。

 鉄と鉄が激突する甲高い打撃音が、店内に響き渡る。

 その神速の斬撃網ヘラさばきによって、鉄板の上の焼きそば(中華麺)が、容赦なく数ミリ単位の微塵切りに粉砕されていくではないか!

「な、なんという物理粉砕魔法クラッシュだ! 麺としてのアイデンティティ(長さ)を完全に否定しにかかっている!」

 私はあまりの光景に身を乗り出した。

 異世界において麺とは、その長さを以て『長寿』や『生命力の延長』を象徴する神聖な食べ物であった。それをわざわざ包丁ではなく、鉄板の上で調理しながら直接叩き切る(粉砕する)など、狂気の沙汰である。

 だが、店主の顔に狂気はない。

 あるのは、ひたすらに『効率』と『融合』を求める職人としての研ぎ澄まされた冷徹な眼差しのみ。

 細かく粉砕された麺は、次第にその体積の粒度を『米』と同一のものへと変化させていく。

 麺が米サイズになり、米と麺の境界線が完全に消失した瞬間、店主はそこに漆黒のウスターソース(魔力)を大量に注ぎ込み、全体を一気に高火力で炒め合わせた。

「……完成だ。お待たせ!」

 鉄板の上を滑るようにして私の目の前に提示されたのは、米と麺が完全に融合し、ソースの黒光りを放つ巨大な『炭水化物のダーク・マスタング』であった。

 米を食いたいのか、麺を食いたいのか。

 そんなチンケな二元論(迷い)を、物理的な粉砕力でねじ伏せ、「両方食えばいい」という究極の合理性へと昇華させた長田ドワーフ族の最終兵器。

 それが『そばめし』であった。

「……見事な鍛冶の技だ。いただこう!」

 私は小さなマイ・ヘラ(装備品)を手に取り、その熱き塊へと斬り込んだ。


 ズンッ。

「……むおうっ!」

 私は、ヘラ(魔法の短剣)で口に運んだ『そばめし』の第一撃を前に、思わず低く唸り声を上げた。

 ソースの焦げた圧倒的な香ばしさ。

 だが、真髄はそこではない。

 口の中に入れた瞬間、細かく粉砕された麺の『もっちりとした弾力』と、米粒の『パラリとした硬さ』が、全く同時に舌の上に展開されたのだ。

「……なるほど! これは、食感の多重魔法陣マルチ・レイヤーか!」

 米だけを炒めた焼きチャーハンでは、パラリとしすぎて腹持ちの重圧プレッシャーに欠ける。麺だけを炒めた焼きそばでは、もっちりとしすぎて飲み込む際のスピード感(喉越し)が足りない。

 その両者の弱点を見事に補い合い、二つの全く異なる歯ごたえが、漆黒のウスターソースという強力なバインダー(接着剤)によって、完璧な一つの巨大な質量(エネルギー体)へと変貌を遂げている。

 さらに、時折現れる『ぼっかけ』と呼ばれるスジ肉とコンニャクの激しい甘辛さが、単調になりがちなソースの平原に、突如として火柱クリティカル・ヒットを上げてくる。

「……恐るべき労働者ドワーフたちの合理性。箸を使う間すら惜しみ、ただヘラ一本で作ってすくって食う。己の戦い(労働)のために生み出された、究極の野戦食群!」

 私は狂気のような速度で鉄製ヘラを口に運び続けた。

 鉄板の熱は百度を優に超えている。だが、私の『状態異常無効』スキルと、この強力な炭水化物の連合軍(米と麺のタッグ)が、もはや周囲の熱を全く感じさせないトランス状態へと私を誘っていた。

 熱い。旨い。そして重い。

 これほどの強力な満腹感(ステータス異常:超重量過多)をもたらす料理が、この世に存在しようとは。

「……大将、見事な錬金術だった。私の胃袋タンクが、悲鳴を上げつつも歓喜に震えている」

 私は大量の汗を拭いながら、鉄板の上に一枚の銀貨(数百円)をピタリと貼り付けた。

「おう、おおきにな! また来いや!」

 店を出ると、長田の街は昼時の活気に満ちていた。

 工場から響くドスンドスンという金属のプレス音。

 それが、先刻店主が鉄板をヘラで叩き切っていたあの神速の乱打音と見極めがつかないほどに同調し、この街のビートとして私を包み込んでいる。

「素晴らしい。やはり西の国は、鉄と粉とソースの帝国だ」

 私は胃袋にずっしりと沈む炭水魔獣そばめしの重みを感じながら、再び港の方へと歩みを進めた。

 だが、兵庫の地はまだ終わらない。

 私の次なる目的地は、ここからさらに西。

 明石あかしと呼ばれる、海に面した古き城下町である。

 そこには、大阪の『たこ焼き(物理防壁の粉の玉)』の祖先とも呼ぶべき、真の姿にして究極の回復魔法を秘めた黄金の球体モンスターが存在するという。

「行くぞ。私の魔力(胃袋の空き容量)は、歩くごとに回復リジェネしているのだからな」

 私は強がりのような独り言を吐きつつ、特急列車の車窓から、白く輝く明石海峡の海面を睨み据えた。


 長田の狂乱(鋼鉄の粉砕儀式)から西へ。

 私は、雄大な「明石海峡大橋」と呼ばれる世界最大級の純白の巨大橋梁きょうりょうを遠目に望みながら、『明石あかし』の海辺に降り立った。

 潮の香りが鼻腔をくすぐる。

 ここは古くから海産物の宝庫(大漁旗がはためく漁師ギルドの拠点)であり、そして何より、私がかつて大阪でその物理防壁(カリッとした衣)と魔力弾タコに驚倒した『たこ焼き』の、真祖オリジンが存在する地だ。

 商人ギルド(事前のネット検索)で仕入れた情報によれば、明石ではそれを『たこ焼き』とは呼ばない。

『玉子焼き(たまごやき)』。

 そう呼ばれる黄金の宝珠オーブこそが、この地の民が愛してやまないソウルフード(生命力回復アイテム)である。

 私は明石駅周辺にある『魚のうおんたな』と呼ばれる活気あふれる市場商店街を抜け、とある老舗の玉子焼き専門店へと足を踏み入れた。

「いらっしゃい!」

「玉子焼きを、一つ頼む」

 私はテーブルに座り、店内を鋭く観察した。

 大阪のたこ焼き屋であれば、店内には甘辛いソースの匂いが充満し、鉄板の上で弾ける油の音が鳴り響いているはずだ。しかし、この店は違う。

 ソースの焦げる匂いがない。

 あるのは、極めて澄み切った、昆布と鰹節から立ち昇る上品な出汁(ポーションのベース液)の香りだけだった。

 そして、私の目の前に運ばれてきたのは、赤い板(神聖な祭壇)の上にズラリとならんだ、見たこともないほどに美しく、柔らかそうな十五個の黄金の球体オーブだったのだ。

「……なっ!?」

 私は目を見張った。

 大阪のたこ焼きが、強固な物理装甲(カリッと焼かれた外皮)を持った攻防一体の城壁だとすれば、この玉子焼きはどうだ。

 防御力など皆無。

 自重でふわりと沈み込み、赤ん坊の頬よりもなお柔らかく、ただそこに存在するだけで崩れてしまいそうな儚さ(スライム的な流動性)を保っているではないか。

 表面には、ソースという名の黒き呪縛(魔力)も、青海苔やマヨネーズという追加の重装甲バフも一切かけられていない。真の素肌スッピン状態。

「これを、どうやって食えというのだ」

「はい、こちらのお出汁だしにつけて召し上がってくださいね」

 店員が優しく微笑みながら、熱い透明の液体(出汁)が入った器と、小さな三つ葉が浮かぶ小鉢を置いていった。

「……出汁、につけるだと?」

 私は混乱した。

 粉の塊(しかも極限まで柔らかい)を、そのまま液体の中に水没ダイブさせろと言うのか!

 異世界の料理の常識で言えば、パン(粉)を水分に浸すという行為は、極度の飢餓状態で硬くなった食料を無理やり流し込むための最終手段(あるいは病人食)だ。

 それを、わざわざ焼きたての黄金の球体に対して処方せよというのか。

 これは、粉という物質のアイデンティティ(固体であることの尊厳)を、真正面から否定する暴挙ではないか!

「……いや。待て」

 私の『鑑定』スキルが、目の前の出汁から放たれる圧倒的な『回復ヒール魔法』のオーラを読み取っていた。

 ただの湯ではない。大量のうま味成分群(アミノ酸の魔力)が、極めて高い純度で融合した完全なるエリクサー。

 この出汁という名の聖水ホーリー・ウォーターに、黄金の球体(卵と粉の集合体)を沈めることで、初めて発動する儀式コンボがあるのだとすれば……。

「……試してみる価値はある」

 私は唾を飲み込み、箸を滑らせて、その最も柔らかい黄金の球体を一つ、慎重に持ち上げた。

 柔らかい! 箸の先から、重力に負けて崩れ落ちてしまいそうだ。

 私はギリギリのバランス(剣術の極意)を保ったまま、熱い出汁の器の中へと、その球体を静かに沈めた(投下した)のだった。


 チャプン、と。

 黄金の球体が、琥珀色の出汁ポーションベースの中に沈み込んだ。

 その瞬間、球体からジュワッと微かな音が鳴り、出汁を急速に吸い込んでいくのが見て取れた。

 防御力ゼロの無防備な肉体(スライム卵球)が、熱気とともに魔法薬を深部まで浸透させ、さらにその体積を膨張させている。

「……食うぞ」

 これ以上時間をかければ、完全に出汁の中に溶け崩れてしまう。

 私はギリギリのタイミングでそれを掬い上げ、ハフハフと息を吐きながら、熱々のまま口に放り込んだ。

「……はあっ!? なんだ、これは!」

 私の世界観(粉ものという物理攻撃への認識)が、音を立てて崩れ去った。

 噛む必要すらない。

 口蓋に触れた瞬間、それはまるで天上の雲(あるいは最上位のスライムゼリー)のようにホロリと崩れた。

 そして、中から溢れ出したのは、先ほど吸い込んだ極上の出汁と、生地そのものに大量に練り込まれていた卵の圧倒的な甘みと旨味だった。

 さらに、その中心に鎮座するコア――コリッとした歯ごたえを持つタコ(海産魔獣)の滋味が、フワフワの海の中で強烈なコントラストの反撃カウンターを放ってくる。

「……美味い!! いや、美味いという表現すら生ぬるい!」

 私が大阪で食した『たこ焼き』が、強烈なソースという名の呪力(魔法攻撃)で外側から叩き潰す剛のツーハンド・ソードだとすれば。

 この『玉子焼き(明石焼き)』は、出汁という至上の回復魔法を内側に限界まで溜め込み、食した者の胃腸から直接、全身の疲労と魂の傷を癒やしていく、完全無欠のエリクサー(聖霊の雫)だ!

 ソースの焦げた刺激的な匂いも、過剰な重みもない。

 ただひたすらに優しく、そして極限まで洗練された足し算と引き算の魔法。

 出汁に浸すという行為は、粉を貶めるものではなかった。

 むしろ、粉と卵の持つ無限のポテンシャル(魔法キャパシティ)を最大まで引き出し、最終形態アルティメットへと昇華させるための、必須の最終詠唱ルーンだったのだ!

「はふっ、はふっ!」

 私は一心不乱に、残りの十四個の黄金の球体を出汁の海に沈めては食らい、沈めては食らった。

 時には、机に置かれた少量のソース(異端の呪薬)を微かに塗った上で出汁にダイブさせるという複合魔法(味変)すら編み出し、その奥深さに狂喜した。

「……ふうぅっ」

 十五個すべてを平らげた後、私は器に残った熱い出汁(ポーションの残り)を、両手で包み込むように持ち上げた。

 玉子焼きから染み出した卵の甘みと、タコの海鮮エキスが溶け込み、琥珀色はさらに深みを増している。

 私はそれを、最後の一滴まで飲み干した。

「……大将。恐ろしい回復魔法だった。私の傷(旅の疲労)は、これで完全に癒えた」

 長田のそばめしという超質量の炭水化物爆弾で酷使された胃袋に、この明石焼きの優しい出汁が、完璧な順番で染み渡った。

 重装甲からの回復魔法。

 兵庫という土地のもたらした、この極端すぎる食の振れツンデレに、私は深い感銘を受けていた。

 私は店主(白魔道士)に深く一礼し、店を出た。

 目の前に広がる明石海峡の海風が、熱くなった体に心地よい。

 しかし、休んでいる暇はない。

 私の肉体は全快し、再び空になった胃袋からの「次なる探索クエストを寄越せ」という貪欲な雄叫びが聞こえていた。

「よし。次はさらに南下し……和歌山という、梅とラーメンの大魔境を目指すとするか」

 私は、特急列車の車窓に流れる海景色を眺めながら、不敵な笑みを浮かべたのだった。

(第10話 了)


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