第8話 視線の先
【俺は幼馴染が好きだ!!~だが変態紳士という二重人格のせいで自重します~】
今回はヒロイン同士が直接向き合う回です。
恒一抜きでの会話だからこそ、感情がはっきり見える構成にしています。
俺は神谷恒一。
昨日の放課後から、胸の奥に小さな石が沈んだままだ。
教室に入ると、桜庭美咲がいつもの席にいた。
視線が合う。
彼女は一瞬だけ微笑んでから、すぐに前を向いた。
(……見てたよな、昨日)
「神谷くん」
(なんだ……)
「幼馴染嬢の心拍数は上昇傾向にある。警戒せよ」
(いちいち報告するな)
午前の授業は、内容がまるで頭に入らなかった。
ノートは取っているはずなのに、文字が滑っていく。
そして、昼休み。
「美咲」
呼ばれた声に、俺は一瞬だけ身体を強張らせた。
声の主は、白石凛だった。
「……なに?」
美咲は戸惑いながらも立ち上がる。
「ちょっと、話していい?」
教室の空気が、わずかにざわついた。
俺は席から動けない。
「神谷くん」
(……)
「これは“当事者不在の会談”だ。介入は推奨されない」
(分かってる……)
二人は教室の外へ出ていった。
――残された俺は、ただ待つことしかできなかった。
数分後。
廊下の向こう、窓際。
「……単刀直入に言うね」
白石は、穏やかな声で切り出した。
「私、神谷くんのことが好き」
美咲は驚いたように目を見開いたが、すぐに視線を落とす。
「……そう」
「でも」
白石は続けた。
「奪うつもりはない」
「……え?」
「正確には、“邪魔をするつもりがない”かな」
美咲は、少し困ったように笑った。
「それ、同じじゃない?」
「違うよ」
白石は首を振る。
「私は逃げない。でも、押しのけもしない」
「……よく分かんない」
「分からなくていい」
白石は一歩だけ前に出る。
「ただ、知っておいてほしい」
「?」
「神谷くんが自分を抑えてる理由、私は察してる」
美咲の肩が、ぴくりと揺れた。
「恒一は……」
名前を呼んだ瞬間、美咲は口をつぐむ。
「……優しいから」
それは、ずっと信じてきた答えだった。
「うん」
白石は頷く。
「だから、放っておくと壊れる」
その言葉は、重かった。
「私ね」
白石は、少しだけ視線を逸らす。
「神谷くんが“普通でいられる時間”を、奪いたくない」
美咲は黙り込んだ。
「……私も」
しばらくして、ぽつりと言う。
「恒一が、無理してるの、分かる」
声が震えた。
「でも……」
言葉が続かない。
「でも、取られるのは嫌」
正直な言葉だった。
白石は、しばらく黙ってから、静かに言った。
「じゃあ、同じだね」
「……え?」
「好きで、守りたくて、でも不安」
美咲は顔を上げる。
「それって……」
「三角関係、ってやつ」
白石は苦笑した。
「正直、楽しくないよ」
美咲も、小さく笑う。
「……うん」
二人は同時にため息をついた。
「でもさ」
白石が言う。
「神谷くんが逃げてる限り、何も決まらない」
「……分かってる」
美咲は拳を握った。
「だから」
白石は、真っ直ぐ美咲を見る。
「私は、待たない」
「……」
「でも、あなたを敵にもしない」
それは、宣言だった。
教室に戻ってきた二人は、何事もなかったように席に着く。
だが、空気は確実に変わっていた。
美咲は一度だけ、俺の方を見た。
その視線は、逃げ場を許さないものだった。
「神谷くん」
(……)
「もはや状況は明白だ」
(ああ……)
「次に動くのは、君だ」
俺は、深く息を吸った。
自重は、終わりに近づいている。
第8話を読んでいただき、ありがとうございました。
三角関係は、感情だけでなく覚悟の差が表に出始めました。
次回はいよいよ、恒一自身が“逃げない行動”を取る段階に入ります。
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次回もよろしくお願いします。




