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第32話 当日の空気

【俺は幼馴染が好きだ!!~だが変態紳士という二重人格のせいで自重します~】


今回は初デート当日回です。

大きな事件はなく、緊張と距離感を中心に描いています。

 俺は神谷(かみや)恒一(こういち)

 約束した土曜の朝は、やけに静かだった。


 目覚ましが鳴る前に起きる。

 時計を見る。

 まだ早い。


「……早すぎだろ」


「神谷くん」


(……)


「初デート当日は、

 覚醒が早まる傾向にある」


(科学的根拠あるのかそれ)


「ない」


(即答すんな)


 カーテンを開ける。

 空は、晴れている。


 服を選ぶ。

 何度も、鏡を見る。


「……普通でいい」


 そう言い聞かせているのに、

 普通が分からなくなる。


「神谷くん」


(……)


「清潔感、過不足なし」


(評価いらない)


 集合は、駅前。

 時間の十五分前。


 ベンチに座り、落ち着かないまま周囲を見る。


(……まだ来てない)


 それだけで、胸がざわつく。


「神谷くん」


(……)


「心拍数、上昇」


(実況すんな)


 視界の端で、見慣れた影が揺れた。


「……恒一?」


 桜庭(さくらば)美咲(みさき)が、こちらを見つけて歩いてくる。


「……おはよう」


「……おはよう」


 一瞬、言葉が止まる。


 服装は、いつもより少しだけ違う。

 でも、無理はしていない。


「……早いね」


「……そっちも」


 沈黙。


「神谷くん」


(……)


「初対面のような緊張が発生している」


(初対面じゃねえ)


「だが、近い」


(……確かに)


 歩き出す。

 並ぶ距離が、微妙に定まらない。


「……どこ行くんだっけ」


 美咲が聞く。


「……映画」


「……うん」


「そのあと、少し歩く」


 計画は、シンプルだ。


「……楽しみ?」


 不意に聞かれる。


「……緊張の方が勝ってる」


 正直に言う。


 美咲は、くすっと笑った。


「……私も」


 その一言で、少し楽になる。


「神谷くん」


(……)


「相互開示は、

 緊張を緩和する」


(解説いらない)


 映画館。

 チケットを買う。


 隣の席。

 暗くなるまでの時間が、妙に長い。


 予告編が流れる。


 肘が、触れた。


「……っ」


 一瞬、互いに動く。


「……ごめん」


「……ううん」


 でも、離れすぎない。


「神谷くん」


(……)


「偶発的接触」


(言い方!)


 本編が始まる。

 内容は、正直あまり頭に入らなかった。


 隣の存在が、意識を占める。


 音が大きいシーンで、

 美咲の肩が少し揺れた。


(……)


 迷って、手を伸ばす。


 触れるか、触れないか。


「神谷くん」


(……)


「今は、

 “触れない選択”も正解だ」


(……)


 手を、戻した。


 でも。


 美咲の指が、そっとこちらに触れた。


 絡めるほどじゃない。

 でも、離れない。


 胸が、熱くなる。


 映画が終わる。


「……どうだった?」


「……面白かった」


 嘘じゃない。


「……私も」


 外に出ると、日差しが眩しい。


「……歩こうか」


「……うん」


 駅前の通りを、並んで歩く。


 会話は、途切れがち。

 でも、沈黙は重くない。


「ねえ」


「なに?」


「……今日さ」


 美咲が言う。


「ちゃんと、デートしてる感じするね」


「……ああ」


 それは、確かだった。


「神谷くん」


(……)


「成功判定」


(評価やめろ)


 帰り道。

 夕方の風。


 駅前で立ち止まる。


「……ありがとう」


 美咲が言う。


「……こちらこそ」


 視線が合う。


 少し、名残惜しい。


「……また」


「……うん」


 約束は、まだ次を決めていない。

 でも、不安はなかった。


 初デートは、

 派手じゃなくて、

 ぎこちなくて、

 緊張だらけだった。


 それでも。


 ちゃんと、隣にいた。


 それだけで、

 今日は――成功だった。

第32話を読んでいただき、ありがとうございました。

次回はデート後の余韻、

もしくは少し踏み込んだ関係性の変化を描く予定です。

よろしければブックマーク・評価で応援していただけると嬉しいです。

次回もよろしくお願いします。

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