駆け落ち~天才王子と神童少女は手に手を取って逃亡する
いつものように魔法学校の教室で、エドと新作魔道具について話をしていた。
エドとのひと時は楽しいな。
「魔法陣のそっちを弄るだろう?」
「ええ、爆発? あたし兵器みたいなのはあまり好きじゃない」
「僕だって好きじゃないさ。ここに注目してよ」
「変な回路だと思ったんだ。色とか幾何学模様とか、何これ?」
「面白いだろう?」
得意げに鼻を膨らませる目の前の同級生は、実はラークアルチ王国の第三王子エドワード殿下。
気軽にエドなんて言ってるけど、王子様なんだよ。
初めて王子と知った時は本当にビックリした。
魔法学校に通うのなんか、普通は平民ばっかりだ。
何故なら平民が成り上がる四つの手段の一つだから。
四つの手段とは何だって?
商売と武芸と魔法と美貌だよ。
王族や貴族は通常、王立ノーブルスクールに通うものなんだ。
大体何でも学べるし、普通に考えて偉い人は人脈が大事でしょ?
上流階級の人が皆通うなら、ノーブルスクール行くに決まってる。
ノーブルスクールでだって魔法を勉強することはできるはずなのに、エドはどうして魔法学校なんかに来たんだろう?
聞いたことあるけど一言だけ。
『察して』
何をどう?
王族や貴族の事情なんて、平民にはわからないよ。
面倒な理由がありそう、ということだけは何となく。
「つまり爆発とともに色や模様を発するってこと? 面白い魔道回路だとは思うけど、何に使うつもりだったの?」
「さあ、それだ。ジーナが考えてくれ」
「ええ?」
まったく勝手なんだから。
ともかくエドは頭がよくて面白いやつだ。
時々今日みたいにすごく変なことを思いつく。
言われなきゃ王族なんてわからないし、学校にも溶け込んでる。
あたしもエドが王子じゃなかったら好きになれるんだけどな。
爽やかでいたずらっぽい顔が可愛いから。
エドも平民に好きなんて言われても困るだろう。
ずっと胸に秘めておくつもり。
「……外国に花火というものがあるんだよ。火薬に金属の粉を混ぜると、燃やした時に色が出るの。夜にその様子を楽しむというアトラクション」
「ほう? 元々爆発の魔法の改造だったから、夜に使うというのは盲点だった。なるほど、奇麗かもしれないな」
「エドの考えた方法は火薬を使わないから、安全に楽しめるんじゃないかな」
「魔道花火か。さすがジーナだな!」
「えへへー」
エドに褒められた。
嬉しいな。
「早速調整してみる。今度スイーツ奢るよ」
「わあい!」
◇
――――――――――エドワード第三王子視点。
僕の第三王子という立場は実に気楽だね。
王太子などという責任の重い面倒な立場は、長兄であるマディソン兄上に任せときゃいいんだから。
僕は皆の機嫌を適当に取って、好き勝手してりゃいい。
ただ次兄ウルフラム兄上も王太子になりたいみたいなんだよなあ。
どうしてマディソン兄上もウルフラム兄上も退屈な仕事をしたがるのか。
僕には理解できないよ。
働き者だこと。
僕は自由を謳歌するね。
王になんかなりたくないから、ノーブルスクールに通わず魔法学校に入学した。
僕は魔道とその応用が好きだから。
もちろんノーブルスクールでも魔法は学べるけど、魔道だけを学ぶ魔法学校とは密度が違うよ。
周りは平民ばかりだろうって?
だからどうした。
魔法学校での一番の収穫は、神童ジーナと出会えたことだ。
ジーナは孤児なのに、孤児院長の推薦で魔法学校に送り込まれてきた特待生だ。
図書館に通い詰めていて、やたらといろんなことを知っている。
僕が気分だけで思いついた魔法の回路は、まあそのままじゃ使えないゴミみたいなもんだ。
でもジーナがいれば、さっきの魔道花火みたいに有用なものになる。
持ち前の知識を利用した応用力がすごい。
本当に頼りになる。
王子と平民の孤児じゃ、本来出会わなかった立場だろう。
でも僕は神童ジーナの友達になることができた。
このままだと使い潰されるか、見過ごされてしまうだろうジーナの才能を生かしてやるのは、明らかに僕の仕事だ。
またよからぬ勢力がジーナの才能に目をつけてもよろしくない。
ラークアルチ王国で保護すべきだ。
となると僕のお嫁さんなんてピッタリなんじゃない?
第三王子妃だったら、身分なんて割とどうでもいいだろうし。
僕とは気が合うし、王家なら研究費もまあまあ出るだろうし、ジーナも特に不満はないんじゃないかな。
まいったなー、ジーナがお嫁さんか。
恥ずかしがったりする時、かーわいいんだよなー。
まあ先の話ではあるか。
目先はスイーツ食べ放題の店を予約することだな。
◇
――――――――――マディソン第一王子視点。
現在のラークアルチ王国の最も大きな問題は、正妃様に王子が生まれなかったことにある。
一時期は正妃様も娘を女王として立てようと画策したこともあったが、結局諦めたようだ。
正妃様の息女は三人とも淑女ではあるが凡庸だものな。
ラークアルチ王の器ではない。
となればいずれも母の違う側妃の王子である、俺とウルフラムとエドワードの争いになることは明白だ。
ウルフラムはわかりやすい。
しょっちゅう突っかかってくるからな。
俺に対抗意識を持ってるのが丸わかりで、そんな腹の底が見え透いてるやつは俺の敵じゃない。
問題は三歳下の弟エドワードだ。
やつはいつも愛想よく接してくる。
何とノーブルスクールではなく、魔法学校に入学した。
一見貴族と人脈を築かない、俺と王太子を争う敵にはならないという意思表示のように見える。
だがエドワードは天才だ。
教育係の誰もが、一を聞いて十を知る偉才と褒め称えていた。
……実はエドワードは次期王の座を狙っていて、俺を油断させようとしているのではないか?
事実やつは正妃様に目をかけられ、その王女達と仲がいい。
考えてみれば平民の中にも優れた人物はいるものだ。
やつのコミュニケーション能力なら貴族と知り合う機会なんかいくらでも作れるから、平民の有力者と知り合う機会を求めたということはあり得る。
またエドワードほどの天才ならば、とんでもない魔道具を開発するかもしれない。
バカなウルフラムよりよほど注意が必要なのではないか?
考え過ぎかもしれない。
が、俺はエドワードに密偵をつけた。
「マディソン殿下」
「うむ、何かあったか?」
密偵からの報告だ。
「エドワード殿下の机の上に、『世界を堕落させる魔道具』とのメモがありました」
「……何だと?」
世界を堕落させる魔道具だと?
やはりエドワードの人当たりのいい笑顔は仮面だったのか。
つまりやつはラークアルチ王国だけに飽き足らず、世界を相手にしようとしていた?
俺よりもデカいことを考えているんじゃないか。
エドワードは只者ではないという思いを新たにした。
「世界を堕落させる魔道具か。危険だな。詳しいことはわかるか?」
「私は魔道についてはわかりません。また中は暗号で書かれておりました」
「暗号か。当然だな」
「一つ読み取れたことに、その世界を堕落させる魔道具なるものはジーナという少女のアイデアだそうで」
「ジーナ? 誰だ?」
「魔法学校の同級生じゃないでしょうか」
なるほど、魔法学校の同級生には、エドワードと対等に話ができるほどの逸材がいるのか。
エドワードは俺の知らない人材を見出しつつある。
いよいよ危険だ。
「そのジーナなる少女を捕らえろ」
「御意」
エドワードとジーナが何を考えているかはわからない。
しかしジーナがいなくなれば、エドワードはおそらく何らかの行動を取る。
やつの仮面を剥ぎ取ってくれるわ。
またエドワードが注目するほどの才能の持ち主ジーナを味方にできれば、俺の勝利が近付くことは間違いない。
事態は動く。
俺は王太子になってみせる。
◇
――――――――――数日後、魔法学校にて。ジーナ視点。
「ねえ、エド。最近おかしいんだよ」
「おかしい? 何が?」
「尾行されてるんだ」
感知器に悪意が引っかかるの。
意識をはぐらかす魔道具があるし、武器になる魔道具もエドに持たされてるから大丈夫だけど。
「ついにジーナの可愛さに目をつけるやつが出始めたか。僕だけでいいのに」
「もう、エドったら」
冗談でもそう言ってくれると嬉しいな。
ドキドキしちゃう。
「認識阻害の魔道具を使ってやり過ごして、そいつらの話を聞いてたらさ。マディソン殿下に報告だって言ってたんだ」
「マディソン兄上?」
「うん。エドのお兄さんなんでしょ?」
王子の中で一番年長で、次の王様に一番近いと言われている人。
どうしてあたしが追われるんだろう?
ちょっと意味がわからない。
珍しくエドが真剣な顔をしているけど。
「……ははあ。困ったな」
「何が?」
「マディソン兄上はきちんとした人なんだけどさ。疑い深くてメッチャしつこいの」
「しつこい人は嫌だなあ。あたしに注意が向いたのは何でだろう?」
王子のエドと仲良くしてるから?
それ以外に理由が思い浮かばないけど。
「ジーナに教えてもらった世界を堕落させる魔道具があったろう?」
「コタツのこと?」
異国にコタツという暖房器具がある。
テーブルと布団と火鉢などの熱源を組み合わせたものだよ。
火事とか悪い空気による中毒とかの問題があるから、発熱部分を魔道具に置き換えた試作品を作ったの。
そうしたらエドが、世界を堕落させる魔道具から脱出できない、悪魔の発明だって騒いで。
いや、エドが気に入ってくれたのは嬉しいけど、今回の件とコタツは何の関係が?
「僕の部屋にコタツの仕様書を置いといたんだ。誰かが触れた形跡があった」
「えっ?」
「侍女にも入るなって言ってある奥の部屋なんだ。そうか、マディソン兄上の手の者が見たんだな」
「ええと、その仕様書にはまさか『世界を堕落させる魔道具』って書いてあったんだ? あたしの名前とともに?」
「ああ」
ええ?
完全に誤解されていそうな気がする。
あたし悪の魔女みたい。
「すまない。僕も自分がそこまでマディソン兄上に警戒されてるとは知らなかったんだ」
「警戒されてると言うと……」
「まあ王太子の座を巡ってだね。くだらない話だが」
淡々と話すエド。
やっぱり王子なんだなあと、急に遠くに感じた。
「もっとも僕は王太子や王になんて全然興味がない。またそのことを父陛下やマディソン兄上にも言ってあるんだけどな」
「じゃああたしもマディソン殿下に釈明するべきなのかな? コタツはただの暖房器具ですよって」
エドの顔がさらに深刻になる。
えっ? 怖いんだけど。
「……いや、兄上は僕が考えていたよりもずっと猜疑心が強いな。のこのこ兄上の前なんかに出て行ったら、捕まえてくれって言ってるようなものだ」
「そ、そんなに大げさなものなの?」
「ああ。マディソン兄上の性格からするとね。僕も考え方を修正しなくてはならない」
「怖い……」
「王家の事情に巻き込んですまない。ああ、ジーナの有能さと可愛さが白日の下に晒されてしまうとは」
突然こういうこと言うからエドは油断できない。
恥ずかしくなっちゃう。
「後手に回るとよろしくないな。僕達の運命だけでなく、魔法学校にも迷惑がかかってしまう」
「どうすればいいの?」
「仕方がない。国を出よう。もちろん僕も一緒に行く」
「えっ?」
孤児だったあたしはもちろん外国になんか行ったことない。
エドと一緒に外国なんて胸躍るけど、エドはいいのかな?
「嬉しいけど、エドは王子の地位を捨てることになっちゃわない?」
「王子なんてものより、ジーナの友であることの方が重要なんだ」
「エド……」
もう、エドは格好いいんだから。
「卒業できなかったことは悔いの一つだな」
「エドは意外と律儀だよね」
「せっかくだから魔法文化の発達しているサザナリアへ行こうじゃないか。なあに、僕らの魔道具があれば追っ手なんか怖くないさ」
◇
――――――――――それから。サザナリア共和国にて。ジーナ視点。
エドは楽しそうだった。
魔道花火のテストだという名目で、ある夜どーんと打ち上げた。
すごい音だった。
「……奇麗は奇麗だが、音にムダな魔力が使われてしまっているな。まだまだ改良の余地がある」
王都の人々を驚かせ混乱させた隙に、エドとあたしは手に手を取って逃げ出した。
ちょっと手が汗ばんだのは秘密だ。
もっとも逃避行はどうってことなかった。
エドとあたしの魔道具があれば見つかりっこない。
追いつけっこない。
マディソン兄上は絶対にサザナリア共和国方面に逃げることを警戒してるって、エドは言ってたけどね。
サザナリアはあたし達の興味ある魔道が盛んな国だから。
でもあたし達には魔道具がある。
連絡も届かないスピードで電撃的に逃げれば察知できるわけがない。
サザナリア方面で何も手掛かりを得られなければ、他の道にも意識を割かざるを得ない。
あたし達は楽々サザナリア共和国に到着した。
「これからどうするの? あたしはわかんないから、エドの言う通りにする」
「ハハッ、任せておけ。冒険者ギルドに登録しよう。他国の情報も手に入るから兄上の打つ手がある程度読める。僕らの実験や研究に必要な素材を手に入れることができる。金策にもなる。どうだい? 一石三鳥だ」
エドは頼りになるなあ。
エドの接触電撃の魔道具を改良して、魔物を遠くから無傷で倒す武器を作った。
魔獣を狙って倒すと、肉、毛皮、剥製用途ですごく高価で買い取ってもらえるんだ。
あたし達は有名な冒険者になった。
「ある程度僕達の名が知れてくれば兄上も手を出せまい。が、念のために……」
冒険者ギルドの魔道具専門の職員になった。
何でもギルドの職員は公務員だから、あたし達に手を出すことはサザナリアにケンカを売ることになるんだって。
「マディソン兄上はバカじゃないから、リスクの大き過ぎることはしない。これでようやく魔道具作りの環境が整ったな」
「うん。頑張る」
エドがメッチャ推してた魔道コタツを売り出した。
本当に『世界を堕落させる魔道具』っていうキャッチコピーをつけて。
センセーショナルなほど評判になってデタラメに売れた。
世界中に広まり、大マジで世界を堕落させる魔道具って呼ばれるようになった。
あたし有名人になっちゃった。
でも『世界を堕落させた魔女』っていう二つ名はどうにかならないかなあ?
また魔道花火は安全安心のイベントの花として、サザナリア共和国の名物になった。
花火大会の日には世界中から観光客が集まるようになり、外貨の獲得に貢献したとして勲章をいただいた。
エドの得意そうなこと。
よかったね。
あたしその顔好き。
冒険者ギルドでもあたし達の作った安価な魔道具が活躍している。
武器ばかりじゃなくて、魔力の明かりとか、飲料水や火の出る魔道具とか。
充魔力式の回復用魔道具は、冒険者必携品とまで呼ばれるようになったんだよ。
「細かく気を回せる魔道具はジーナに敵わないなあ」
「えへへー。でもエドの発想はすごいよ」
あたしはエドと結婚した。
とっても感慨深い。
逃亡者になるなんてことがなければ、王子のエドと一緒になることなんてなかっただろうから。
マディソン殿下には少しだけ感謝している。
マディソン殿下?
それがねえ、今ラークアルチ王国は揉めちゃってるみたい。
マディソン殿下の有能さはよく知られてるんだけど、その疑り深さを警戒する人もいるみたいで。
単純だけどサッパリした性格のウルフラム第二王子殿下を推す人も多くなってるんだって。
「父陛下が亡くなるとお家騒動が勃発するかもしれないな」
「エドはいいの? 故国が内乱になっても」
「よくはないさ。だが残念ながら今の僕には何もできない」
エド悔しそう。
無関係の人が混乱に巻き込まれるなんて、エドの一番嫌いなことだから。
「幸い僕らも名が知れてきた。もうラークアルチから僕らにちょっかいかけてくる暇はないだろう」
「うん。でも協力要請はあるかもよ?」
「そうだな。マディソン兄上とウルフラム兄上の勝者が決まったら、新作魔道具の製造販売許可で融通を利かせてもいい」
勝者とはいい関係を保っておこうってことだね。
エドは現実的。
今あたし達の目標は、世界の平和を実現するための魔道具を作ることなんだ。
まだどうすればいいかっていう方向性さえ決まっていないけれど。
エドとあたしならば、きっといつかは実現できると思っている。
大好きなエドとともに、輝ける未来をこの手で掴みたい。
ぽかぽかしているこの気持ちは、世界を堕落させる魔道具のせいばかりじゃない。
きっと。
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