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第八話「みかんの缶詰」

「なんだかおいしかったから、つい食べちゃってた……」

「お、おう。腹が減ってたら、しょうがないよな」


 しょんぼりと落ち込むアルム。

 だがそれは長く続かなかった。


「ちょっとアルム、いつまでかかってるの!? 早く送られてきたものを私たちにも見せなさいよ!」


 そんな声とともに闖入者が現れたからだ。


「じょ、ジョリー!? なんで入ってきたの!?」

「アンタがいつまでも戻ってこないからよ! 食糧が送られてきたから色々と聞いてみるっていったきり、戻ってこないじゃない。みんな待ちくたびれているのよ!」


 画面の向こうではアルムがジョリーという闖入者に詰問されている。

 肩で切りそろえられた赤い髪の毛で、少し吊り上った目をした、声の高い小柄な女性だった。

 肌はアルムと違って白く、小さな鼻に小さな口。美人と可愛いの丁度中間くらいの容姿だ。

 アルムの職業が勇者なのだとしたら、多分この女性の職業は魔法使いだろう。

 ゆったりとしたローブに、とんがりハットはまさにイメージ通りだったからだ。

 首飾りや指輪を多くしているようだが、意匠も統一されていない上、ファッションにしてはやけにごてごてしすぎているように見える。ファッションなど今のアルム達には無縁だろうから、多分あれらには魔術が組み込まれているのだろう。

 アルムはジョリーになにも言い返すことはできない。

 そりゃそうだ。俺と話し込みながら、一人でごはんを消費してしまったのだから。

 それについては俺にも責任はある。だから俺は助け舟を出すことにした。


「あー、すまん、ジョリーさん。俺の説明が長くなってしまったんだ。だからアルムをあまり責めないでやってくれ」


 俺の声に気付き、ジョリーがこちらを覗き込む。

 その訝しげな鋭い視線に、俺は思わず後ずさりしそうになった。


「ねえ、これが貴方の言っていた、賢者? なんだかパッとしない男ね」


 こちらを指差し、アルムに向くジョリーに俺はディスられた。

 というか賢者ってなんだ? もしかして、結界攻略のヒントをアルムに伝えたせいだろうか?


「なっ!?」

「だって、どう見たって賢者って顔じゃないわよ、これ。こんなの、せいぜいが村の門兵ってとこでしょ」

「な、何を言うのジョリー! 失礼だよ!」


 まあ確かに俺は、日頃から若干影が薄いと言われる。

 仕事を風邪で休んだりしたときなんて、「あれ? 昨日いなかったっけ?」と言われることは多々ある。

 しかしまあ、人を「これ」呼ばわりはないんじゃなかろうか。


「そんなことよりアルム。食糧はどこなのよ?」

「そんなことってないよ、ジョリー!」

「ああ、もううるさいわね。いいじゃない、どうせこっちでお金は用意したんだし、ろくなものじゃなかったら承知しないわよ」


 ジョリーさんの目力が半端ない件について。

 なんというか、放たれる雰囲気がトラとかライオンとか、肉食獣のそれだ。

 ちなみにアルムの雰囲気は犬である。それも柴犬とかの中型犬だ。大変和む。


「それで? 食糧っていうのは、その箱の中? ……なによこれ、紙の箱? 変なものを作るわね」


 ジョリーは段ボールの箱をしげしげと眺めているようだ。こちらからは後ろ姿しか見えないから、想像でしかないが。

 段ボール自体が珍しいのか、「……紙? なんでわざわざ高級な……? ……どうやって? ……素材は?」などとぶつぶつと何かを呟いている。

 やはり魔法使いというのは理論派で研究者肌なのだろうか。

 そして中身を見て一言。


「……なにこれ?」


 両手で段ボールの箱のふたを開けたまま固まっているジョリー。

 その恰好はおしりをこっちに向けたままである。小柄だが、とても形のいいおしりをしていると、俺は思う。


「……うむ」

「何が「うむ」なの?」

「うおっ!?」

「あっ、ごめん」

「い、いや、大丈夫だ」


 ジョリーのおしりに目を奪われていたら、突然アルムの顔がアップになった。

 思わず声を出して驚いてしまったが、アルムの様子を見るに、俺が何に気を取られていたのかは気づかれていないようだ。


「あ、ジョリーのことなら気にしないでいいよ。ジョリーってば、夢中になるとしばらくああやって動かなくなるから。それよりも、今度はこれ、これはなに? なんだかすごいおいしそうな果物の絵が描いてあるんだけど」


 そう言ってアルムが手にしていたのは、俺が送った物資の中のひとつ、ミカンの缶詰だった。


「ああ、それは蓋の上につけられているプルタブに指を引っかけて開けるんだ」

「ぷるたぶ……って、このこと?」

「そうそう。そこに指を引っかけて、起こして引くんだ」

「えっと、こう? ……わわっ!? なんか汁が出てきたよ!?」

「あああ……! 傾けないで、水平に開けるんだ!」

「わわわ、わかった!」


 少しばかり貴重な汁をこぼしつつも、その後は慎重に蓋を開けるアルム。

 その甲斐あって、彼女は中身を零すことなく缶詰の開封に成功した。


「うわー! すごいおいしそう! 食べていい? 食べていいかな!?」


 興奮するアルムは俺の返事など聞かず、まずは汁に指を浸してそれを舐めた。


「……!? っ!? …………!?」


 指を口にくわえたまま、目を見開いているアルム。

 声にならない声、それはやがて絶叫に変わった。


「あ、あまーーーーーいっ!?」


 どこかのお笑い芸人ばりの絶叫だった。

 リアクションには薄々期待していた俺だったが、ここまでは期待していない。

 少し呆気にとられ、声をかける……が、聞いちゃいなかった。


「あまい! あまい!? すっごい甘い! なにこれ!?」

「お、おいアルム、落ち着け」

「ちょっとアルム、うるさいわよ! 何をそんなに騒いでいるの!」

「あ、ジョリー! これ! これ! これ! すごいよ!」

「ちょ、ちょっと、落ち着きなさい。……何これ? 金属の器に入ったむき身のレガレッタの実?」

「これ! すごい! ちょっと舐めてみて! ね、ね!」

「はあ? この汁を? そんな得体のしれないもの――」

「いいからほら、早く!」

「ああー、もう! わかったわよ!」


 興奮したアルムは、その様子を見て何事かと近寄ったジョリーにテンションそのままにみかんの缶詰を勧める。

 アルムの満面の笑みを伺いながら、ジョリーは渋々と指先をみかんの缶詰の汁につけ、そして口に含むと。


「あ、あまーーーーーい!?」


 絶叫した。

 ここに二人目のお笑い芸人が誕生した。


「ちょ、ちょっとこれ、甘いんだけど!?」

「うん、うん、うん!」

「程よい酸味と、それを上回る甘さ。でも甘すぎるということはない、これはまさに甘露! そう、甘露だわ!」

「でしょ! でしょ!」

「ええ、これはすごいわよ、アルム!」


 そのあとはもう二人で夢中だった。

 俺が落ち着けと声を掛けるも、二人が耳を傾けることはなかった。

 だから俺は二人を鎮めることは早々に諦め、近くにあった本を手に、彼女たちの歓声を聞きながら読み進めるのだった。

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