第六話「転送してみた」
それから二時間後。
「……やばい、腕が死ぬ」
買い込んだ食糧は合計三万円。
俺は合計八個に及ぶ段ボールを駐車場から部屋まで運んで、汗だくになっていた。
食糧もそうだが、特にきつかったのは、水だ。
宅配の配達員が嫌う荷物上位に入るというのも頷ける。
二リットルの水が六本入った段ボールは単純計算で十二キロだ。重いはずだ。
「さてと、結構買ったなあ」
床に広げることはしないが、食糧の入った段ボールで部屋が圧迫されている。
俺は一息つけてからタブレットを手に、アルムにメッセージを送った。
『食糧を送る準備が整ったんだが、送っていいか?』
返事はすぐに来た。
『あ、うん! 是非!』
レスポンスがいいことは良いことだが、もしかしてずっと待っていたのだろうか?
ちょっと疲れたからって、帰りにゆっくりと休憩をとっていたことを思い出して、少し罪悪感を感じてしまう。
『了解』
一言だけのメッセージを送る。それからサイトのメニューから、『転送』という項目をタップすると、転送方法についての説明文が表示された。
それによれば、転送自体は簡単で、送り先の相手を選択し、送りたい物品をカメラで撮ればいいらしい。転送費用については、その物品の大きさや重さ、貴重品かどうかで変わってくるという。
どうやって写真のみで大きさや重さを測っているのかは不明だ。
……いや、そもそも転送なんていうことができることがおかしい。魔法といわれてしまえば、それまでなのだが。
手順に従ってタブレットを操作する。
送る物品を写真の中心に、全体が入るように撮る。
すると自動的に転送料金が表示された。
金額は三千円だそうだ。猫のマークの宅急便よりも高いと思ったが、異世界へ送るのだ。この金額が安いということはあっても、高いということはないだろう。
いや……相場なんてさっぱりわからないが。
金額に同意し、転送しますか? というメッセージの下のオーケーボタンをタップすると、段ボールは白く発光しだすのだった。
「おお、おおおお……!」
光は徐々に強くなり、ひときわ強い光を発したかと思えば、光は消えて、ついでとばかりに段ボールも消えている。
あまりにも呆気ない。
何かこう、魔法陣のようなものが出るのかと思っていたんだが。
『荷物はこっちから消えてなくなったんだが、届いたか?』
『マサ! 届いたよ! ありがとう!』
『良かった。同じような箱があと七個あるから、一気に送っていいか?』
『え? まだあるの? うん、こっちは大丈夫』
『了解、じゃあ送るよ』
了承を得られたので、さっきと同じ手順で残りの段ボールを転送していく。
それから五分もしないうちに、俺が苦労して運んだ段ボールはすべて消え去っていた。
『すごいたくさん! ありがとう、マサ!』
『いえいえ、どういたしまして』
一仕事を終え、俺はゆっくりとコーヒーを淹れることにした。
さっき買ってきたばかりの瓶の封を開けて、マグカップに少量落とす。
このときについでに砂糖を入れてしまう。どうせあとで入れるのだ。今入れてしまっても問題ないだろう。
電子ケトルのお湯を注いで、スプーンでかき混ぜれば完成だ。
一口口に含み、ホウッと息を吐き出す。
なんてことのないインスタントのコーヒーだが、それがやけにうまく感じた。
窓の外を見れば、少し重い感じの雲が青空の半分を覆っている。
もしかしたら、これから雨でも降るのだろうか?
そんなどうでもいいようなことをボーっと考えていた。
そういえば、残りの資金を返金しなければ。
日本円に変換するのに百万円も取られてしまったが、経費である車のガソリンや、俺自身の手間賃などを含めたって、まだ資金の一パーセントも使っていない。
残りの資金を送り帰す。そんなメッセージを入力しようとしたときだ。タブレットから、コール音が鳴り出したのは。
「うお!?」
昔の黒電話のベルみたいな音に、思わず声をあげてしまう。
よく見れば、ビデオ通話の通知画面には呼び出し相手の名前と顔写真が表示されていた。
「……これ、アルムじゃん。」
まさかビデオ通話をしてくるとは思わなかった。
というかそんな機能まであったのか。どれだけ盛り沢山なんだよ。
でも、ビデオ通話か……。俺もサイトに顔写真は乗せたけど、幻滅されたらいやだよな……。でも、わざわざ電話してきてくれてるんだよなあ……。
鳴ったコール音は五回。
俺は少しの葛藤のあと、それに応じた。
「あ、どーもー」
「あっ! 繋がった! マサさんですか!? マサさんですよね!?」
「あ、ああ」
我ながら弱々しい第一声だった。しかしアルムの第一声は俺とは真逆。びっくりするくらいに大きな声だった。
写真の通りの黒髪と、ボーイッシュな髪型。日に焼けた肌。少しエキゾチックな印象な顔立。少しハスキーな高い声。動いている姿を見れば、間違えようのない美少女だ。
「えっと、アルムか?」
「そうですよ! わー! 本当にマサを見ながら会話できるんですね!」
目をキラキラさせてこっちを見ては興奮しているアルム。
動いている彼女は活発で、とても可愛らしい少女だった。
俺はそんな可愛らしい少女に注目されるのがなんだか恥ずかしくて、でも可愛いから目が離せない状況で、なんとか声を出すのだった。
「と、とりあえず、自己紹介でもしないか? 俺のことは知っているだろうが、マサだ。本名は白井正孝。あっ、念のために言っておくけど、苗字が白井で、名前が正孝だ」
「あ、はい! 私はアルム……、アルム・レイトです! このエーディアースで勇者をやっています!」
「よろしく、アルム」
「よろしくお願いします、マサ……タカさん!」
はにかむように俺の名前を呼ぶアルム。……とてもいい!
「えーと、それで、なんでいきなりビデオ通話なんてしてきたんだ?」
「あっ! そうそう! すごくいっぱい送ってもらって、すごいありがたいんだけど、その……」
「ん?」
なんだか急にモジモジしだすアルム。美少女が上目使いでそんな仕草をしたら、可愛すぎてどうにかなってしまいそうなんだが。