第五話「勇者アルムのお願い」
ぐー……。という腹の音で、時計に目を移す。時間はもう一時をまわっていた。
午前中からはじめて、もう三時間以上が経っていたらしい。
『ちょっと俺、昼飯食べるから、席外すよ』
『え? お昼ご飯?』
『うん、そう。アルムも何か口にしたほうがいいんじゃないか? もう結構時間経ってるぞ』
『えっと、あの……。ちょっとみんなと相談してくる!』
『お? おう』
なんだ? 昼飯を食うのに、相談が必要なのだろうか?
それから俺はお湯を沸かし、カップラーメンに注いだ。
朝も食べたが、別にいいだろう。
ちなみに朝は塩味、これから食べるのは味噌味である。
三分経とうかというところだった。アルムからメッセージが届いたのは。
『あの……マサさんにお願いがあるんですが』
『うん? 俺にできることならするけど』
俺はこの勇者アルムに対し、協力できることならばするつもりだった。
どうしようもない世界で、仲間と共に必死で頑張っているこの少女の助けになりたいと思ったのだ。
『本当に?』
『うん』
『じゃあ……その。食糧を、送ってもらえたら嬉しいなって』
『食糧? なぜそんなものを?』
『私たちが今、魔王城の目と鼻の先にいることは話した通りなんだけど、実は食糧の持ち合わせが心もとなくなってきて……。ここに出る魔物や植物は魔素毒の強いものばかりで食べられないし、町まで戻るなんていったら、ひと月以上もかかっちゃうから』
なるほどと、その言葉に納得している間に次のメッセージが届いた。
『あっ、もちろん費用はこっちで用意するから! 少し待ってもらえるかな』
『わかった』
またお金が空中から現れるのかと期待しながら、出来上がったラーメンをズルズルとすする。
「でも向こうの金を送ってもらってもなあ。こっちとは通貨が違うから、使えないだろう」
どれほどの量を期待しているのかわからないが、最悪俺が負担すればいいだろう。
既に指輪を向こうは送ってくれたのだし。それだけで対価としては十分だ。
でもどれだけ待っても、さっきと同じような光景は現れなかった。
「うーむ?」
既にラーメンは食べ終わっている。
何かメッセージはきていないかとタブレットに目を移すと、新着メッセージが来ていたようだ。
『とりあえず、一万ゴルダを送ってみたんだけど、どうですか?』
それを見て俺は驚いた。
んん? もう送ったとな?
俺は周囲を見渡す。2Kの俺のアパートは、扉を開ければすぐに全体を見渡せる程度の広さだ。しかしどこにも何の痕跡もない。
『ごめん、確認したんだけど、お金らしきものは現れなかったぞ?』
『え? 確かに送ったんだけど……』
アルムを疑うことはないが、どういうことだ? アルムが何か手順を間違ったのか?
俺は再度部屋の中、玄関の外も確認するが、ない。
「こういうときは、ヘルプだな」
俺はサイトのメニューの中にヘルプがあったのを思い出して、タブレットを操作する。
ヘルプの項目をタップすると、いくつかのカテゴリが表示された。
その中で、二番上に表示されている『よくある質問』を選択する。
ちなみに一番上は『このサイトについて』という項目だ。非常に気になるが、今の目的はそれではない。
「えっと、物品や金銭転送時のトラブル……これか?」
カテゴリはさらに細分化していた。
他の大項目を考えればどうれほどあるのだろう。
やる気のないサイトだと、運営への問い合わせという項目があるだけで、よくある質問というヘルプですら作ってないところが多いというのに。
「えーと、なになに? 転送されてきた物品に不具合があるから送り帰す……違うな。というか送り帰すことができたのか。物品が転送されてこない……これっぽいが、これは取引の場合のようだから、違う。金銭が送られてこない……金銭の場合は、一度チャージされる……?」
どうやら金銭は通貨などがちがうことから、一旦サイトのアカウント情報に保存されるとのこと。
早速アカウント情報のチャージという項目があったのでタップしてみる。
するとアルムの言うとおり、確かに一万ゴルダがチャージされていることが確認できた。
『ごめん、確かに送られてきていたみたいだ。金銭に関しては、一度アカウントに保存される仕組みみたいだな』
その上でレートに応じた金額を銀行振り込みしたりすることができるらしい。
どこのだれが作ったのか知らないが、電子マネーや仮想通貨にも対応しているようだった。
『そっか、良かったよ』
『とりあえず、このお金で食糧を買って送ればいいんだな?』
『うん。お願いします』
『そういえば、物を送る際に転送料金がかかるとか見たんだが、さっきの指輪でどれくらいかかったんだ?』
『さっきの指輪は、確か二ゴルダくらい、だったかな?』
『そうか。あと、食糧については、何か希望はあるか?』
『そう、だね。できれば保存のきくものがいいかな。私を含めて五人分をお願いできる?』
『わかった。今日中には送れると思うから、また連絡するよ』
『ありがとう!』
さて、忙しくなってきた。
俺は早速アルムから託された一万ゴルダを日本円に換えるべく、銀行振り込みを選択して処理した。 だがその金額に度肝を抜かれた。
「……マジですか?」
俺の銀行口座に振り込みの処理をされたのは、凡そ九百万円。
換金および振り込み手数料で一割持って行かれているから、一万ゴルダは一千万円という金額になる。
アルムは俺にどれだけの食糧を用意させようとしたのだろうか。
俺はせいぜい段ボールひと箱くらい送ればいいかと、軽く考えていたのだが。
「いや、とりあえず今は考えてないで、動くか」
仕方ないと、俺は車のキーを手に、玄関へと向かう。
向かうは近所のスーパーではなく、ホームセンターだ。