第四話「勇者の話」
送られてきたのは、勇者アルムからのメッセージだ。
俺は震える手で、緩慢にタブレットを操作する。
『これは……貴方が送ってくれたものなのか?』
なんとか送ったメッセージ。返信は早かった。
『そうです。良かった、無事届いたようですね。その指輪は勇者の指輪。とある王国から賜ったもので、使用者の能力を僅かに上昇させる効果があります。毒などの状態異常の耐性も向上するはずです。あまり優秀な魔道具ではないのですが、私の勇者としての証で、繋がりをというのでしたらこれ以上のものはないかと思います。お受け取りください』
指先でつんつんとつついてから、恐る恐る指輪を拾い上げる。
見た目通りの金属の重さのそれは、まだ仄かに熱を持っていた。
銀色の指輪で、くすんでいる。素材はよくわからないが、銀のように思えた。
複雑な文様と、ライオンに翼が生えたような動物の紋章が彫られていて、いかにも由緒ありそうな品である。
勇者の指輪だというが、これってもしや、かなり貴重なものなのではないだろうか?
『指輪は届きました。ですがこれ、かなり貴重なものなのではないですか? さすがに受け取れません。俺としては、貴方の連絡先でも教えてもらえればと思っただけですので』
そう送ったはいいが、果たしてどうやって送り返せばいいのか?
魔法……としか考えられないが、俺にはそんなものは使えない。
でももしかして、これは俺が知らないだけのゴーグル社が作り出した最新技術なのだろうか? どっちにしろ、俺には使えないだろうけど。
そこで気づく。
送ったという本人に聞いてみればいいということに。
『ところで、この指輪、どうやって送ったんですか?』
『え? この魔法板の機能の中にある、転送というものを使っただけですよ』
「……転送? ……魔法板?」
それを見て俺はすぐにサイトのメニューを確認した。
そしたらそれはすぐに見つかった。物品転送という四文字が。
その他にも能力転送、チャージ機能、召喚機能という見慣れないメニューが一覧の中に混じっている。
物品転送については、勇者アルムが指輪を俺に贈ってくれた機能のことだろう。
しかし、能力転送とは何ぞ? チャージ機能は、お金とかをチャージするのだろうか?
最後に召喚機能。
名前の通りなら、俺が勇者アルムの世界に召喚されるという意味なのだが……。
指輪が実際に送られてくる前までならば一笑に付したであろうその機能も、今となってはやけに重く感じる。
果たしてこの機能で本当に召喚されるのか? されてしまうのか? 逆に召喚することができてしまうのか? 帰ることはできるのか? 送り帰すことはできるのか?
おいそれと試してみることなんてできない。
怖くて、それをタップすることすら躊躇った。
悩む俺に、新しいメッセージが届く。
それは思いのほか、重いメッセージだった。
『どうですか? 指輪は装備してみましたか? その指輪は確かに貴重なものかもしれません。しかし、私にはもうその指輪を付ける資格はないのです。その指輪を私に授けてくれた王国は魔王の手によって滅びました。私はそれを食い止めることができなかったのです。私は今でも忘れることはできません。いたるところから聞こえる民の悲鳴。王は殺され、姫もまた自ら命を絶ちました。生き残った王子からは怨嗟の声が……。私が今までそれを所持していたのは、ひとえに未練があったからにほかなりません。決戦は目の前です。私は命と引き換えにでも、魔王を倒すつもりです。その指輪を貴方が持っていてくれれば、私がいたという証にもなるでしょう』
……重い。いや、重すぎる。
余計に受け取れんわ!
『貴方の覚悟に圧倒される思いです。ですがこの指輪は貴方がその王国から賜ったものです。やはり関係ない私などが持っているのはおかしいですよ。それに、まだ死ぬと決まったわけじゃない。死ぬことを覚悟なんてしないでください』
『ありがとうございます。貴方は優しいですね。とても優しい。私たちの世界では、人々が優しさを忘れてしまっています。人が人を信じられないのです。ですがきっと、魔王を倒せば人は貴方のような優しさを取り戻せると、私は信じているのです』
話を聞けば、人々の中に魔族を入り込ませては人間の結束力を失わせようと、魔王が様々な策略を重ねたのだそうだ。
時には川に毒を流し、それを人間の誰かのせいにしたり。
時には為政者に成り代わって、人民に重税を強いたり、生贄の儀式をさせたり。
国民的某ロールプレイングゲームにあるような話がたくさんだった。
ゲームの中ではキャラがデフォルメされていたり、表情や声色なんかがわからないということもあって、色々と考えさせることはあっても、それほど心に痛みを感じるようなことはなかった。
でも、この勇者アルムの話は違う。
彼女が救えなかった命、救うことができた命。それが痛いくらいに伝わってくるのだ。
彼女自身がどうして勇者として戦うことになったのか。
それは彼女が勇者の血筋のものだったからだという。
彼女自身がまだ小さかった頃、彼女の父親である勇者オルガスは、魔王討伐の旅に出た。
人々の声援を受けて旅立っていく父親を見て、誇らしい思いを抱いたアルム。
はじめのうちは、オルガスの旅の成果はアルムのもとに届き、彼女と母親と、人々の希望となっていたのだという。
ついに始まった人類の逆襲に、人々は思ったのだ。きっと魔王は勇者オルガスによって打倒され、魔物のいない平和な世界が訪れると。
だがそれは叶わなかった。
勇者オルガスが魔王の城へと向かう際、白霊山脈にてその消息を絶ったのだ。
人々は絶望した。しかしきっと無事であるだろうと願った。
しかしそれは叶わぬまま、五年という月日が経つのだった。
オルガスが姿を消してすぐに、アルムは次代の勇者として名前を売り出されたという。
そのときアルムは十一歳。子供だ。
父が行方不明になり、自身は勇者としての重責を負わされたらしい。十六歳になったら、魔王討伐の旅に出ることを決定づけられて。
……そんな子供に何を期待してるんだよ!
そう思ったが、アルムは何でもないことのように言っていた。
それが自分の運命なんだと、受け入れているようだった。
とにもかくにも、話が重い。
そういえば、あのゲームでも勇者は十六歳の誕生日に王様から僅かな資金をもらい、仲間と共に旅立っていた。それまでどうやって日々を過ごしてきたのかなんて描かれてはなかったな。アルムはずっと訓練の毎日だったそうだ。そして誕生日の前日に実家に戻り、最後の晩餐をとった。
誕生日とは、アルムにとっては祝い事などではなかったはずだ。
『プロフィールを見たんだが、アルムの誕生日って、丁度来月なんだな』
『あっ、そうだね。もうそんなに経つんだ』
いつの間にか、お互いに言葉づかいは気兼ねないものになっていた。