第十八話
『プロフィールを見たんだが、アルムの誕生日って、丁度来月なんだな』
『あっ、そうだね。もうそんなに経つんだ』
私はそう答えるものの、誕生日なんて旅立ってから一度も気にしたことなんてなかった。
季節が巡る度に感じるのは、焦りだけだったから。
それからまた少しして、マサはこんなことを言った。
『ちょっと俺、昼飯食べるから、席外すよ』
『え? お昼ご飯?』
お昼ご飯て、お昼なのに食事するの?
私はそう文章を打とうとしたけど、マサからの新しい文章を目にして指は止まった。
『うん、そう。アルムも何か口にしたほうがいいんじゃないか? もう結構時間経ってるぞ』
やっぱり、食事なんだ!?
私は思い返してみるけど、今までの旅で訪れた世界中の場所で、お昼に食事をとる国なんて、ほんの一握りしかなかった。
その一握りとは、魔王の領域からもっとも遠い位置にある、栄えた国。そこに住む貴族くらいのものだった。
もしかして、マサは貴族なの!?
でもそれよりも、なんの臆面もなくそう言うマサだ。それに彼が優しいことはもうわかってる。
その優しさにつけこむのは嫌だけど……。
『えっと、あの……。ちょっとみんなと相談してくる!』
私はそう文章を送って、急いで部屋を出た。
そういえば、かなり時間が経っている。
みんな私の姿が見えなくなって、心配してるかも……!
だけどみんなは、私が離れたときと変わらない様子だった。
「あら、アルム、どこに行ってたの?」
「え?」
ミリアが私に気づいて呼びかけるけど、心配もなにもしていないような様子。
他のみんなも同じ……?
その様子に私はなんだか違和感を感じて、聞いてみることにした。
「あの、みんな……? 私、結構長い間、離れてたと思うんだけど?」
「……いえ? アルム、貴方が洞窟の奥に向かってから、多分半鐘も経っていないわよ? ねえ、ブルミス」
「うむ、そうだな」
「ワギャ、ワギャ!」
私は多分、鐘三つか四つはあの部屋の中にいた……はず。
でも返ってきた言葉は、私がまるでそんなに長く離れてなかったみたいで――。
「えっと、本当に、そんなに経ってないの?」
「え? ……ええ。なんでそんなことを聞くの?」
「あっ、実は――」
私はあの部屋と魔法板のことをみんなに話した。
不思議なことに魔法板は部屋から出ると、マサには繋がらなかった。
「へー」
私の話に一番興味を持ったのはジョリーだった。
「それは面白いわね。時間の流れも違うなんて」
「うん。私は半鐘どころじゃない時間をあの部屋で過ごしたはずなんだけど」
「ちょっとアルム、そこに案内しなさい」
「それはいいけど……そうだ、その前に相談したいことがあったんだよ!」
「あら、なにかしら?」
「食糧が、手に入るかもしれないんだ!」
「……どういうこと?」
「うむ、その時間の感覚が違う部屋と、食糧がなぜ結びつくのだ?」
私はまず、あの部屋のこと。そして魔法板を通じて色々な人と出会えること。その中で出会ったマサのことを話さなきゃいけなかった。
でも、私は何かを説明したりするのが苦手だった……!
「……つまり、どういうことよ?」
「よく、わからないわ」
「その魔法板を通じて出会ったマサ殿とやらが、なぜ食糧を提供してくれるのだ?」
……やっぱり、無理だった。
ジョリーだったらうまく説明できるのかもしれないけど、私には難しかった。
私はどちらかというと勢いに任せて物を言うのが得意……といっていいのかわからないけど、とにかく、その場その時に感じたことをそのまま口にしてしまうのが私だった。普段みんなは私はそれでいいって言ってくれているのだけど、こんなときはやっぱり困ってしまう。
「えーと、とにかくその、魔法板を通じて出会った人が、お昼ご飯をこれから食べるって言ってて、お昼ご飯食べるくらいの人なら、少し食糧を分けてもらえないかなって思って……!」
「まあ、よくわからないけど、わかったわ。それで、なにを相談したいのよ?」
「あ、それで、お金を送りたいんだけど、いいかなって」
「お金?」
「成程、それでそのマサ殿から食糧を購入するということか」
「さすがにタダで恵んでもらわけにはいかないものね」
なんとなく何かを忘れているような気がするけど、みんなには理解してもらえたみたいで良かった。
「うん。それで、金額としては、一万ゴルダくらいでいいかな?」
「いいんじゃない? 本当に食べることのできる食糧が手に入るなら、安いくらいよ」
「うむ、異存はない」
「賛成よ」
「良かった! それじゃ、お願いしてみるよ!」
私はまた急いで部屋に向かった。
『あの……マサさんにお願いがあるんですが』
『うん? 俺にできることならするけど』
マサの返事は簡潔で、私が望んだ通りのものだった。
貴族の人だったらもっと遠回しな言い回しで断られるか、それか何か交換条件をつけられるものなんだけど、マサは違った。
だからつい『本当に?』と聞いてしまった。
その返事は『うん』と簡単なもの。
だから私はあまり気負うことなく、その言葉を送ることができた。
『じゃあ……その。食糧を、送ってもらえたら嬉しいなって』
『食糧? なぜそんなものを?』
『私たちが今、魔王城の目と鼻の先にいることは話した通りなんだけど、実は食糧の持ち合わせが心もとなくなってきて……。ここに出る魔物や植物は魔素毒の強いものばかりで食べられないし、町まで戻るなんていったら、ひと月以上もかかっちゃうから』
あと、肝心なことを伝え忘れてはいけない。
『あっ、もちろん費用はこっちで用意するから! 少し待ってもらえるかな』
『わかった』
私はなんだか浮かれたような気分でお金を一万ゴルダ送金した。
なんということはない。いつも魔物の魔石を魔法板で売る手順と同じようなものだった。
「送金完了……っと」
送金の文字を意味も無く強く押して、その反動で人差し指を高く天井に向けた。
私は何かをやり終えたような、そんな清々しさを覚えていた。
「ちゃんと送れたかな……? マサに受け取ってもらえたかな?」
何度もマサと文章をやりとりしている画面や、送金の画面を切り替えてしまう。
送りあった文章の履歴を見たり、送金できているか確認したり。
不安と期待が半々で、そわそわしてしまうのだ。
そのまま少しして、それでも返事は来なかった。
「……あれ?」
なかなか来ない反応にそわそわは鳴りを潜めはじめて、今度はぴりぴりと不安がよぎってきた。
どうしたのだろう? 何か問題があったのか?
私はいてもたってもいられなくて、手早く文章を送った。
『とりあえず、一万ゴルダを送ってみたんだけど、どうですか?』
その返事が来たのは、そのすぐ後だった。
『ごめん、確認したんだけど、お金らしきものは現れなかったぞ?』
「……え?」
私はすぐに送金の画面を確認する。
「確かに送れてる、よね……?」
魔法板では、確かに送金がされている。
お金の残高だって、きっちり一万ゴルダ減っているし、うん、間違いない。
なんでだろう……? もしかして、魔法板がおかしいのかな?
でも、今まで魔法板がおかしくなったことはない。
『え? 確かに送ったんだけど……』
すぐに私は文章を送った。
「……お金を騙し取られた?」
いやいや、それはない。
自分で口にしてしまったことだけど、マサはそういう人じゃないと思う。
というか、そもそも要求したのはこっちなのだし、お金だって勝手に送ったんだし……。
私を安心させる文章が届いたのは、それからすぐのことだった。