第十六話「登録完了?」
「……ふぅ」
魔物は普通の動物と違って、魔王が作り出した魔生物だ。
だから、その生命活動が終われば、こうやって青白い光の粒子を放って、消えていく。
逆に言えば、この現象が起こらない限り、魔物は死んでいない。
完全に消え去ったバラク・ナーガの死骸。
「アルム、魔石はどうするのだ?」
その死骸の中からブルミスが拾い上げたのは、赤く透き通った魔石だった。
「……もうお金はいらないといえばいらないよね」
「そうね。だけど放置しておいたら、魔王がまた魔物を生み出すかもしれないわ。拾っておいたほうがいいわよ」
「そうだね。魔法板のおかげで、お金の管理も簡単でかさばらないから、それでいいよね」
「ええ、じゃあ早速魔法板を通じて売却してしまうわね」
ミリアがブルミスから魔石を受け取って、魔法板で売却の処理をする。
魔石は光を発してどこかへ消え去り、魔法板にはお金が入金された。
この魔法板、とある町の雑貨屋で見つけたものなんだけど、私たち自身のステータスを確認できたり、こうやって冒険者ギルドを通じなくても魔石の売却ができたり、銀行の預金額を確認できたりと、本当に便利なものだった。
どこのだれがどうやって作ったのか、それはわからない。
魔法に詳しいジョリーでさえも、その仕組みは解明できなかった。
「魔石の売却額は、五千ゴルダね」
「そう」
「ちなみに今の私たちの預金額は、五十万ゴルダを超えたわ」
「……国の国家予算を超えてるよね、それ」
「仕方あるまい。この島の魔物はのきなみ強い。魔石もそれに準じた貴重なものとなるのだ」
「わかっているけど……うーん」
「お金は貯まっても、使い道がないものね」
そう。お金は貯まっていても、使い道がない。その通りだった。
ここには町もなければ、行商人だって勿論通ることなんてない。お金は貯まっていく一方だ。
「とりあえず、移動しなければな」
「そうだね、バラク・ナーガの悲鳴で、他の魔物が近寄ってきてるだろうからね」
そうして私たちはその場所を離れて移動した。
こうするのはもう十回を超えている。
「いい加減に、結界をなんとかしないと……」
私たち中の焦りは、どんどん大きくなっていった。
それから十日が経った。
「……だめね、結界を破ることはできないわ」
ため息とともにそう告げるジョリーは、目に見えて憔悴していた。
結界を攻略できないだけじゃなく、魔力が回復しきっていないからだ。
それはミリアも、私も同じだった。
幾度となく魔物の襲撃に遭い、幾度となく撃退した。
夜だって油断はできない。暗闇に紛れて襲ってくる魔物を察知するために神経を減らした。
見つけられたものと言えば、結界から少し離れた場所に建っている五つの塔。
そして、今私たちが二日前から拠点として使っている、奥が行き止まりの洞窟くらいのものだった。
不思議なことに、この洞窟には魔物の気配はなく、清浄な空気が流れている。
「みんなは少し休んでいて」
小さな焚火を囲んで、残り僅かとなった食糧を口にしていたみんなに声をかけて、私は魔法板を手に立ち上がった。
「……アルム、どこへ?」
「魔法板なんて持って、どうするの?」
ブルミスとミリアが心配そうに問いかけてくる。
ジョリーは下を向いたまま、ブツブツと何かを呟いているだけ。
「ちょっと洞窟の奥で気になるものを見つけたから、行ってみるだけだよ」
「気になるもの?」
「それは、どういうものなの? それに魔法板は関係あるのかしら?」
「魔法板が関係あるかはわからないけど、なんとなく、これの気がするんだ」
「危険はない?」
「多分、大丈夫」
「わかったわ。何かあったらすぐ知らせてね」
「うん」
この洞窟の中ならば危険はないだろうと、二人はそれ以上言うことはなかった。
「ここ、かな」
洞窟の奥はなだらかな曲線を描いて、左に曲がっていた。
奥まで来るとみんなの姿は見えなくなる。
私は光魔法で明かりを出して、洞窟の一番奥の壁を探っていく。
「あった」
私が見つけたのは、壁にあった長方形の窪み。
その部分だけツルツルしていて、綺麗に磨かれたようになっていた。
窪みの大きさは魔法板と同じ。
「……やっぱり、丁度この魔法板と同じ大きさだ」
私はその窪みに魔法板をはめてみることにした。
「……何も、起きない? …………え? ……えええ!?」
何もおきないと見ていた矢先に起きた変化。
小さな鳴動とともに現れた変化。それはある意味予想していたものの、思いもよらないものだった。
「部屋……が現れるのは、なんとなくそんな気はしていたけど……。この部屋は一体……?」
洞窟にぽっかりと開いた通路のその先。
そこはなんとも奇妙な部屋だった。
「えっと……お邪魔しまーす」
つい、そんな言葉を発してしまうのは、多分仕方が無いこと。
だって部屋の中には綺麗な調度品が並んでいて、一つの机と二脚の椅子。机には花までも生けられていたのだから。
天井には、白い光を放つ照明器具が部屋の中を照らしている。
多分魔道具なのだろう。
火なら、もっとゆらめきがあるはずだから。
「……この部屋は、なに? あれ? 魔法板が――」
私の疑問に答えるかのように、魔法板が鐘のような音を鳴らした。
そこに目を移すと、魔法板には文字が現れているのに気づく。
『異世界マッチングサイトへようこそ!』
これは、一体なんだろう? 雪のように真っ白なそこに、黒い文字が現れている。
文字は読むことができる。だけど意味がわからない。
「異世界……? えっと……? あっ! あわわ、なんか変わった!?」
魔法板に指が触れたら、現れている文字が変化した。
変なことをしてしまったのかと焦ったけど、それ以外に変化はないみたいだった。
『まずは登録します。あなたの情報が表示されますので、問題がなければ”次へ”を触れてください』
……登録? なんのことだろう?
そんな疑問を頭に浮かべていると、情報が表示されるって書いてあった通りに魔法板は変化する。
「これって、私のステータスだよね? ……うん、間違っていないけど」
出身国に年齢や性別、身長や体重、職業に各種ステータス。
特に間違ってるものはなかったから、魔法板に書かれていた通り、”次へ”を指の先で触れる。
するとまた魔法板の表示は変化した。
『あなたの写真を撮りますので、この画面を見つめてください』
写真って、なんのことだろう……?
とりあえず、書かれている通りに魔法板を見つめる。
……カシャッ!
「わっ!? なんか光った!?」
魔法板から白い光が一瞬放たれた。
思わず顔を逸らしたけど、それ以上に何かが起こるということはなく、私は恐る恐る魔法板に顔を戻す。
魔法板には、予想外のものが表示されていた。
「……え? 私の、顔??」
そう、そこには私の顔が表示されていたのだ。
美しく磨かれた鏡よりも私の姿を捉え、どんな名画よりも精巧に描かれていた。
これが、写真……?
「ふわー……」
あまりのすごさに、思わず見とれる。
自分の顔だから、ちょっと恥ずかしいという思いもあったけど、それよりもその素晴らしさに感動していたから。
どれくらいの間目を囚われていたのかわからない。
私は自分の写真の下に、文字が表示されているのに気が付く。
『この写真で登録していいですか? はい/いいえ』
私は勿論『はい』に触れた。
この写真の出来に文句なんかあるわけない。
また魔法板の表示が変わる。
「えっと、『最後に自己紹介文を登録します。テンプレートも用意してあります。そちらを利用することも可能です。テンプレートを利用しますか? はい/いいえ』って、テンプレートってなんのことなんだろう?」
その疑問も、『はい』と選択することで解けた。
そこに表示されたのは、いくつかの文章。
どれも自己紹介の文章だった。
『こんにちは、私は勇者です。真剣な出会いを求めています』
『こんにちは、私の名前はアルムです。周りに出会いの縁ががなく、思い切って登録してみました』
『こういったサイトは不慣れで、使い方よくわかってません。返信は遅くなりますのでご了承ください』
『友達としての輪を広げるより、真剣なお付き合いを望んでいます』
他にも何種類もあった。
でもなんて書いてあるのかはわかるけど、意味がわからない。
どれもこれも出会いを求めている感じだけど、出会いってなんなんだろう? この魔法板を通じて、誰かに会うことが出来るんだろうか? 出会う人は、どんな人なんだろう?
とりあえずどれかの文章を選ばないと先に進めないようだったから、私は一番上に表示されていたものを選んだ。
「あ、これで終わりだったのかな?」
魔法板に表示されたのは、『ようこそ』という文字。
それを少し眺めていると、また表示が切り替わった。
次に表示されたのは、色々な男の人の写真だった。