第十四話
「マサ! 今日はギュードンをお願いね!」
「私はハンバーガーよ!」
「カツドンを送ってくれ!」
「おいしいパンをお願いします!」
「はいよー」
皆の要望をメモに書き留め、気の入っていない返事を返す。
あれから三日。俺は普通にアルム達とやりとりをしていた。
彼女たちが攻略できた塔は一つ。
彼女たちはその攻略した塔の最上階――主のいなくなった部屋に陣取っていた。
その理由は、別にこうやって俺の送る食事を堪能したいからではない。
「そういや、どうなんだ? 結界解析の目途は立ったのか?」
出かける準備をしながら、画面の向こうにいるジョリーに話しかける。
「まあなんとかね。結界の術式の構成はわかったから、あとは書き換えるだけ」
「流石、天才と呼ばれるだけのことはあるな」
「ふん、当然でしょ。じゃなきゃ勇者パーティーに入ることなんて出来ないわよ」
このはねっかえりで高飛車な魔法使いのジョリーは、ハルガスタという魔法都市の出身で、百年に一人の才能と言われるほどの天才だそうだ。
その天才ぶりは伊達ではないようで、結界の塔に挑む前にふと俺が言った「結界って、要するに何かの仕組みで動いているんだろ? なら、ハッキングできないのか?」という言葉に、すぐそれを実行に移して、こうして成果をあげている。
はじめはハッキングという言葉も通じなかったが、要するに結界を構成している術式とやらに干渉して、こちらの都合のいいように書き換えることはできないのか、といったところだ。
見せてもらったのだが、大きな水晶がはまった台座にケーブルがたくさん繋がっているそれが、結界を発生させる装置の操作部であり、心臓部なのだそうだ。
「でも、出力はものすごいけど、この結界、構成自体はすごく簡単なものよ」
「そうなのか」
「ええ。他の四か所と連携して物理結界と魔法結界を高めているその出力とそれを制御する術式は驚いたけれど、それだけね。こんなの、魔法学校の学生でも解けるんじゃないかしら」
「ええ……」
そこまで虚仮にしなくてもとは思ったが、そもそもアルム達人間の敵である魔族たちの多くは、細かな魔力操作が得意ではないとのこと。
人間に比べて強靭な体と強い魔力を生まれながらにして持っている魔族は、それが故に魔法技術が発達していないのだとか。
たまに人間が誑かされたりして魔族側につくことがあり、緻密な魔法を使われることはあるそうだが、魔族というのは概ね脳筋と考えて間違いないらしい。
「でもそもそも学生がこんなところに来ることなんて、できなかったし、やっぱり私だからこそ、この大役がこなせるというわけね。……というか、何をのんびりしているのよ。早く食べ物を買ってきなさい」
「はいはい」
俺は適当に返事をして、食糧を調達するために家を出た。
「まずは牛丼だな」
車をいつも行く牛丼チェーンの店に向かわせる。
この間はコンビニの牛丼を送ってやったのだが、俺としてはやっぱりこの店のほうが好きだ。
店内に入り、牛丼五個を持ち帰りとして注文する。
いろいろな種類の牛丼があるので、全部種類は違うものをチョイスした。
普通の牛丼に、キムチ牛丼。チーズ牛丼に、オクラ牛丼。そしてうな牛だ。
どれがアルムのお気に入りになるだろう?
その反応が楽しみだった。
なんというか、餌付けしているような、そんな気分だな。
「送ったぞー。ごはんが汁を吸うとまずくなるから、早めに食えよー」
「わかった! ありがとう!」
「じゃあ、どれが一番かは後で教えてくれ。俺は次の店に向かうから」
「え? どれがって? え? マサ?」
「それじゃ!」
話し込むと長くなってしまうので、一方的に話を切った。
次はハンバーガーだ。
有名な黄色と赤のロゴの店に入り、これまた種類を多めに持ち帰りで注文する。
ハンバーガー各種とポテトを送って、またアルムに連絡する。
「あ、マサ!」
アルムはすぐに反応した。
「追加だ。感想はまた後でな。あと二か所行かなきゃいけないんだから」
「え!? ちょっと、それより、ギュードンが、ギュードンがいっぱいあったよ! 全部違ったよ!?」
「おう、知ってる」
「どういうことなの!? どれがギュードンなの!?」
「どれも牛丼だって。それよりも次に行かなくちゃいけないから。またな!」
「あっ、ちょっと、マサってば!」
さて、次はカツ丼か。これもチェーン店で持ち帰りかな。
カツ丼については、この間送ったのはオーソドックスな卵でとじたカツ丼だった。
だがこの店では、ソースかつ丼も売っている。
カツ丼とソースかつ丼を五個ずつ。計十個を注文し、アルムに送る。
「マサ! ハンバーガーにこんなに種類があるなんて、聞いてないわよ!」
「お、ジョリーか。カツ丼を送ったけど、届いてるよな?」
「え? 届いてるけど……。って、そんなことはいいのよ! それよりも、何よあれ! あの細長いホクホクのものは!?」
「あれはフライドポテトだ。揚げたてだから美味かっただろ?」
「ええ、おかげでちょっとした取り合いになったわよ!」
「また感想は後で聞くから、じゃなー」
「あっ! 待ちなさ――」
ジョリーもいい反応をしてくれる。
ハンバーガーよりもポテトのほうに強い反応をしていたのが気になるところだが。
そういえば、取り合いになったって言ってたか? エルサイズを送っておいたが、もっと送ってやったほうが良かったかもしれないな。
「ともあれ、あとはパンだけだが」
時間を見ると、もう夜の八時近かった。
仕事を定時であがってから店をはしごしているうちに、ずいぶんと時間が経ってしまっていたようだ。
これから向かうパン屋は確か八時までだったはず。
「ギリギリだな。まあ最悪、またコンビニのパンでもいいか」
できればそのパン屋のパンを食べさせてやりたかったが、無理なら仕方がないだろう。
だがそんなことにはならなかった。
本当にギリギリの時間に、俺はパン屋に滑り込むことができたのだ。
閉店間際ということもあって他に客もおらず、残っていたパンも少なかった。
そして値段も半額になっているものが多数。
俺はほとんど買い占める勢いでパンを購入した。
「ありがとうございましたー」
店員さんの声を背に、店を出る。
手に持つ袋の中身は、さまざまなパン。
ミッションコンプリートだ。
……まあ別に、この店ものをと頼まれたわけじゃないが、できれば少しでも美味い物を食べさせてやりたいじゃないか。チェーン店のものがうまいのかと言われればそうでもないかもしれない。だが同じものを送るよりは喜んでもらえるはずだ。
「これで良し……っと」
パンを転送して、俺は家に向かう。
家に着いたとき、もう時刻は九時を回っていた。
タブレットを取り出して、アルムに連絡する。
待っていたのは、嵐のような怒涛の感想の数々だった。
「飯を食ってきておいて、正解だったな……」
「何か言った? それよりも、これについて、どういうこと!?」
「――はいはい……」
――アルム達が魔王城に突入した。
一週間前のことだ。
突入した直後から、連絡は入っていない。こちらからの呼び出しにもアルム達は応えなかった。
今も戦っているのか。それとも何か理由があって、連絡することができないのか。
真相はわからない。
ただ、彼女たちが魔王に殺されたとか、そんなことは考えたくなかった。
「今日も連絡なし、か」
メッセージを何度か送っているが、音沙汰はない。
アルムだけなら、俺が何か気に障ることをして連絡をとりたくないだとか、そういうことはあるのかもしれなかったが、他の全員がそうではないはずだ。
いや、アルムがそんな態度と行動をするはずがないと、今ではもうわかっているのだが。
アルムのプロフィールを意味もなく開き、そこに表示されている写真を眺める。
「……無事でいろよ」
俺はアルムの写真に、そう呟いた。