第十話「勇者の仲間達」
彼女達に開放されたのは、その一時間後。
アルムたちは笑顔だった。
「今日は本当にありがとう! そういえば、ミカンノカンヅメを買ってもらおうとして送ったお金だけど、できれば追加で買ってもらえたら嬉しいな。残りはそのまま、マサへの報酬ということで、お願い」
「わかった。他にも追加でほしいものがあれば教えてくれ。というか、初回のお金も返しておくよ。あれじゃ貰い過ぎだ」
「え? 初めに送ったお金、まだ残ってたの!? あれだけのものを送ってくれたから、てっきりもうないものだと思ってた……」
あれだけの大金。というか、むしろ足が出ているものと思っていたようだ。
いやいや、どんだけだよ。
「……ちなみに、追加でいくらこっちに送ったんだ?」
「えと、とりあえず、十万ゴルダ、だったかな」
「……はじめの、十倍……だと?」
確か一万ゴルダが、一千万円だったはず。
ということは、十万ゴルダは……。
「……一億、円…………!?」
「どうしたの? マサは何をそんなに驚いてるのさ?」
「だっておま……、一億円だぞ!?」
「それって、大きい金額なの?」
「大きいよ! すっごく大きいよ!」
「そうなんだ」
「そうなんだって、おまえ」
「あ、ごめん。そうだね、確かにこっちでも十万ゴルダは小さな金額じゃないや。普通の人なら、一生手にすることはできない金額かもしれないね」
そう言うものの、アルムはその金が大きいものだとあまり認識していないようだった。
それは何故と聞くと、彼女はこう答えた。
「だって今私たちがお金を持っていたって、使いようがないんだもの。ここには私たち以外の人間はいない。いるのは魔物だけ。魔物を倒せばお金は手に入る。正確には魔石と呼ばれるものなんだけど、これを換金すれば、簡単にお金は手に入るんだ。それに、私たちはこの世界の各国から支援を受けていて、十万ゴルダはその一部でしかないんだよ。このお金は、私たちが自由に使っていいってことになってる。だったらマサに預けて、食料を買ってもらったほうがいいかなって。それにマサの送ってくれた食料は貴重で……私たちにとって本当に貴重で、一万ゴルダ……ううん、十万ゴルダ出したって手に入らない。だから、それはマサが持っていてくれればいい……、いや、持っていて欲しいんだ」
真剣な表情だった。
これが彼女の勇者としての顔なのだろう。
背負った責任の重さを受け止めて、逃げないでここまでやってきたのだ。
強い意志のこもったその瞳を真っ直ぐに向けられて、俺は断ることなどできなかった。
「……わかった。これは預かっておく」
「うん、お願い!」
アルムの笑顔は、まるで太陽のようだった。
思わず見とれてしまうその笑顔に、俺は自分の顔が赤くなるのがわかった。
だからあえてその笑顔から目を逸らし、努めて冷静に声を出す。
「ところで、さっきから少し疑問に思っていたんだが」
「どうしたの?」
「いや、アルムとジョリーは見たんだが、他の仲間もいるんだよな?」
「え? ああ、勿論いるよ? あとは戦士のブルミスに、神官戦士のミリア。あとは、フルタンていう、ちびドラゴンが。あ、そういえば紹介してなかったね。呼んでくるよ!」
「あ、違う違う。そうじゃない。アルム、ステイ!」
「えっ? あわわ……!」
ガシャーン!
既に行動を開始していたアルムは、その動きに急制動をかけ、たたらを踏んで、そしてこけた。
思わず目を瞑ってその瞬間を見ることはなかったが、結構派手な音を出してしまっていた。
「いたたたた…………もー」
「お、おーい、大丈夫かー?」
「あ、うん、大丈夫大丈夫。でもどうしたのさ?」
「ごめんごめん、仲間を紹介してもらいたいのはやまやまなんだけどさ」
「うん」
「他の仲間に、食べ物持って行ってやらなくていいのかなと思って」
「あ……あ、……あああっ!?」
アルムの顔は、見事に青くなっていった。
まさかとは思っていたがこやつ、本当に仲間のことを忘れていやがったのだ。
慌ててどこかに走っていくアルムを見送り、俺は少し息を吐き出して、力を抜いた。
タブレットの向こうから、ごめんなさいとしきりに謝るアルムの声が遠く聞こえてくるのだった。
「すまぬ、マサ殿。かたじけない」
「いやいや、問題ない。そもそもそれはあんた達の金で買ったものだ」
「それでも、これだけのものをこれほど短時間に用意するのは、骨が折れたであろう? 失礼ながら、貴殿はそれほど体を鍛えているようには見受けられぬ」
「あー、まあ少し疲れたけど、大したことはないさ」
「まことに、かたじけない」
戦士ブルミスは、まさに戦士といった風貌の巨漢だった。
鎧から見えるむき出しの筋肉ははちきれんばかり。頑丈そうな重厚な金属の鎧の表面には、大きな傷がいくつも見受けられる。
それは鎧だけではなく、彼自身の肉体も同じだった。
むき出しの腕、そして顔には古傷の跡が刻まれている。
両目に横一文字に走るそれは、かなりの大怪我だっただろう。
獅子のような厳めしい顔はその傷のせいでさらに迫力を増してしまっている。
受け答えはかなり丁寧だ。俺の印象では、戦士というより武士に近いような気がする。
「本当に、この子は夢中になると、他のことを忘れちゃうから。いつも困ってるんですよ」
「ああ、そういうところありそうですよね、アルムは」
「ええ……、何度言っても直らないんです。それがこの子のいいところでもあるのですが、ね」
「あ、あははは」
ミリアと呼ばれる神官戦士は、それはもう、豊満な体の持ち主だった。
豊満といっても、横に大きいわけではなく、女性的な体の魅力が満載だという意味だ。
おっとりとした口調のミリアさんはなんというか、人妻感がものすごい。それもそのはず。あとで聞いた話だが、このミリアさんとブルミスは結婚していたのだから。
「ではすまぬ。ありがたく頂戴する」
「いただきますね」
「あ、はい、どうぞどうぞ」
送った物資の説明はさっきアルムたちにしてある。
彼らはまずは食事するというので、一旦通話を切らしてもらった。
部屋の中に静寂が戻る。
「ふうー……。ちょっと疲れたな」
俺はひとりごちると、タブレットを伏せてから、床に大の字に寝そべるのだった。