4-15. 魔力を喰らう暴食
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
亡霊たちが消えていく。
だが、それは目に見えぬほど細かな粒子へと霧散し、ダンジョンそのものを満たす濃密な魔力への回帰だった。
「せめて我が糧となれ!」
ジュイオは周りの魔力を際限なく吸収していき、その体躯が倍ほどに巨大化していった。
「亡霊たちの魔力が集まっている?」
「もっとだ! もっと魔力をおおおおおっ!」
ジュイオがそのように叫びながら、頭上に見える赤茶色の魔力球、イライドの魅惑の果実を難なく引き寄せて、まるで自分のもののように遠慮なくガツガツと食らいついた。
ジュイオを中心に噴き出す魔力の圧がさらに高まり、ほか全員の動きを止めさせる。
「あ! イライドさんの魅惑の果実まで!」
「嘘!? いくら手元から離れたとしても、魔力の質がまったく異なる私の魔力を吸収するなんてあり得ないわ!」
クレアとイライドが同時にぎょっとした様子で叫ぶ。
ダンジョン由来ではない魔力さえも貪り食らい尽くすジュイオの姿は、まさに暴食の悪魔のようだった。
「気を付けるニャ! そんなあり得ないことが起き始めているニャ!」
ウィノーが焦りを隠しきれず、全員に警戒を怠らないようにあらん限りの声を発する。
その瞬間、クレアは以前の死の蟷螂のことを思い出し、当時の絶望が冷たい水のように流れ込んで、彼女の思考と身体を震わせていた。
「そんな……また……相手都合の奇跡が起ころうとしているの?」
「クレア、しっかりしなさい! これからなのよ!」
よろけるクレアを支えて一喝するイライドもまた余裕のない表情を隠せていなかった。
やがて、魔力に満ち満ちたジュイオが自身の身体をまじまじと見つめて、確認とばかりに何度か拳を握ったり開いたりする。
ジュイオは残念そうな雰囲気を醸して、溜め息のように小さく息を漏らした。
「……やはり、ただ強大なだけの魔力じゃダメだな。そう、エミハマス、お前が欲しい!」
「…………」
エミハマスはジュイオの言葉に眉根一つ動かすことなく、ただ真剣な眼差しで彼を見つめ返す。その彼女の表情には、憤りや怖れもなかった。
ここでジュイオがエミハマスの方へと動き始める。
「ジュイオオオオオッ! 閃掌底!」
まずの先制に打って出たのはリッドだ。彼は低姿勢から鳩尾を目掛けて鎧ごと破壊せんとする勢いの掌底を繰り出そうとする。
しかし、直後に頭上から振り下ろされるブロードソードに気付いて咄嗟に回避行動へと切り替えた。
間一髪。
轟音が響くジュイオの攻撃によって、リッドのいた場所に子どもならすっぽりと入ってしまうような穴ができる。これほどの一撃を喰らってしまえば、いかにリッドであろうと無事では済まされない。
リッドたちは思わず冷や汗が出た。
「どけえええええいっ!」
ジュイオが目の前に立ちはだかるリッドを蹴散らそうとブロードソードを振り回し続ける。元より小枝のように難なく振り回されていたが、それすら超越してまるで何も持っていないかのようだ。
リッドはギリギリ躱すだけで精一杯だった。
「ぐっ……速い!」
ここですかさず、オティアンが魔法剣を切り上げるように振る。
「リッド殿っ! ぬんっ!」
「甘いっ!」
ジュイオはまるで予知でもしていたかのように、ブロードソードを横薙ぎに払った。
「ぐ、弾かれたっ!?」
リッドとオティアンの2人掛かりでもジュイオを押しきることができず、次に期待できるはずの異界の剣客も魅惑の果実が失われた今、如何なる理由でも動かない。
やがて、オティアンが蹴りの一撃を受けてしまい、一時戦線離脱を余儀なくされたタイミングで、リッドとジュイオのせめぎ合いが激化していく。
「リッド! オティアン! 黄巻紙を1枚! 【不本意な操り人形】!」
ここでウィノーがジュイオの動きを止めるべく、【不本意な操り人形】を10本放つ。
それらがジュイオの四肢や間接に突き刺さろうとした瞬間、すべてがジュイオの手によって巻き取られてしまった。
「こんな小細工など通用せん!」
「ニャッ!? しまっ——うわっ! ギャッ!」
ウィノーはまずいと判断して【不本意な操り人形】を外そうとするも遅かった。
彼の軽い身体はすぐさま宙に浮かされた後、そのまま天井へと強く叩きつけられる。
消える【不本意な操り人形】と同時に、ウィノーは自重によって地面にも再び叩きつけられた。
「ウィノー!」
「ウィノーちゃん!」
「ウィノーさまあああああっ!」
リッド、クレアが呼びかけ、イライドが割れんばかりに絶叫する。
「…………」
ウィノーは気を失い反応こそしなかったが、彼の小さな身体が呼吸と痙攣で小刻みにビクビク動いている。
怒りによって増幅するイライドの魔力が、一瞬で魅惑の果実の発動条件を満たした。
「よくも貴様あああああっ! 【魅惑の果実】! 異界の剣客! 憎き仇敵を微塵切りにせよおおおおおっ!」
涙を止めどなく溢れさせたイライドは数歩前へと歩み出て、異界の剣客に怒りをぶつけるように叫びながらも魅惑の果実を投げつける。
「GAHAHAHAHAHA!」
「いけえええええっ!」
直接魅惑の果実を渡された異界の剣客は、イライドの怒りなどどこ吹く風で、与えられた魅惑の果実を齧りながらジュイオに大剣での攻撃を仕掛けた。
「……HA?」
一瞬だった。
異界の剣客の大剣が今振り下ろされようと天を指し示していたとき、既にジュイオの剣閃は異界の剣客の胴を断ち切っていた。
空気を切り裂く音が後から遅れてやってくる。
「異界の者よ、自分が強いと慢心したな」
「GAAAAA……」
「ふむ。手によく馴染むじゃないか」
霞のように消えていく異界の剣客。
しかし、大剣はジュイオに掠め取られた後に魔力を強制的に供給されることで存続し続け、今、ジュイオがブロードソードから大剣へと持ち替えた。
さらに大きくなった得物を手にしても、ジュイオの振るスピードに変わりはない。
「なんでよおおおおおっ!」
仇を取れなかったイライドの叫びは、怒りから悲しみへと込められた感情が変わっていった。
「ジュイオ!」
「まだいたのか、拳闘士! 鬱陶しいわ!」
飛び出したリッドはジュイオに拳を叩き込もうとしたが、逆に彼のブロードソードを持たない方の手で裏拳を叩きこまれる。
「ぐおおおおおっ!?」
リッドは金属籠手で受けるも勢いよく壁へと吹っ飛ばされる。
「エエエエエミイイイイイハアアアアアマアアアアアススウウウウッ!」
ジュイオがその巨躯に似合わず、あっと言う間にクレアやエミハマスのいる最奥へと強襲する。
「【屍霊浄化】!」
クレアの【屍霊浄化】の光がジュイオを浄化するために包み込むが、浄化どころか怯む様子さえなくジュイオが彼女の目の前まで寄ってきていた。
「エミハマスに効かぬ術が我に効くわけもあるまい!」
「きゃあっ!」
「クレア!」
ジュイオが大剣を振り回して斬りかかり、クレアはあわや真っ二つになる寸前で、防御壁を張りつつ助けに入ったイライドとともに数回地面にバウンドして、エミハマスの下から離れていく。
今、立っているのはジュイオとエミハマスの2人だけだった。
「ジュイオ王子殿下……もうおやめください」
「周りを傷付けたくないならば、我のものになれ!」
ジュイオがエミハマスの胸ぐらを掴み、足が地に着くか着かないかというところまで持ち上げていく。
「ぐっ……」
「エミー!」
オティアンは叫んで立ち上がるも足がふらつきおぼつかない様子だ。
そのような彼が心配する中、エミハマスが強い意志を見せる。
「ジュイオ王子殿下、聡明なあなたならお気付きでしょうが、私たちはもう亡霊なのです。私を手に入れたところで、あなたは満たされない。王にもなれない。生き返るわけでもない。もう何も変わらないのです」
エミハマスの紡いだ言葉の後半は、まるで自分に言い聞かせるようにひどく落ち着いたトーンだった。
ジュイオは彼女に反発するかのように、ニヤリと口の端を上げる。
「変わるとも! お前もオティアンも吸収し、ダンジョンを完全なる崩壊へと堕とし、我はここから出て王国を我が物とする!」
「それが何になるというのです」
「君臨すること! この力を持ってして、他国をも滅ぼし、我がすべての頂点に立つ!」
「……欲望に目が眩み、簡単なことも分からなくなってしまったのですね」
「何?」
「私たちはもう過去の幻に過ぎないのです、ジュイオ王子殿下」
ジュイオとエミハマスの問答は平行線のまま終わりを迎えようとする。
「……無駄か。ならば、我が一部となり、我が覇道を見ているがいい」
ジュイオが一瞬だけ悲哀の表情を見せた後、片手でエミハマスの胸ぐらを掴んだまま大剣を振り下ろそうとする。
エミハマスは今まさに振り下ろされようとする大剣を目にしても、諦めた雰囲気を微塵も感じさせなかった。
「させるかあああああっ!」
「させるかあああああっ!」
動けるまでに回復したリッドとオティアンがジュイオの背後から攻撃を仕掛ける。
「まだ歯向かうか! 邪魔をするな!」
ジュイオはエミハマスを放り捨てて、リッドとオティアンの方へと大剣を振るった。
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