4-12. 膨れ上がる憤怒
約4,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
ジュイオの護衛騎士軍。王国軍と完全に別であって1000人弱の大隊規模の軍勢だが、ジュイオ自らが選別して幾多の淘汰を経て残り続けた精鋭中の精鋭であり、当時の10000人規模の王国軍よりも戦力的に強かったとされている。その中でも特に選り抜きの30人を特別小隊と呼んで、彼はどこにでも連れていた。
もちろん、彼の死ぬ間際まで。
その特別小隊が今、ジュイオを守る亡霊となって、ジュイオを討たんとするリッドたちの前に立ちはだかる。
「エミハマスを捕えて、それ以外の立ちはだかる者は全て始末せよ」
ジュイオが右手を上にかざしてからすっと前へと振り下ろして静かにそう命令した。
その瞬間。
「OOOOO!」
「AAAAA!」
「URAAAA!」
亡霊の雄叫びと足音が地響きのように轟いて、その30の身体が雪崩のように一気にリッドとオティアンの方へと迫っていく。
「っ」
その鬼気迫る状況に、クレアとエミハマスが少しだけ怯んで不安を表情に滲ませる。
しかし、間近まで接しているリッドとオティアンたちはむしろ笑みさえ浮かべている。
「GUUUUU」
リッドたちに迫りくる前衛は要所を防ぐ軽甲冑に隙間を革で埋めて、比較的素早く動けるような装備に加えて、広間であれば十二分に振るうことのできる騎士剣を手に取り、目も虚ろなる亡霊ながらに刀身を窓から映り込む月光に煌めかせている。
しかし、大盾持ちがおらず、完全に攻撃陣形の位置取りだ。
「HUUUUU」
待機中の中衛から後衛も甲冑こそ全身金属で覆っている重々しいものだが、騎士剣のほか聖職者同様の金属製の棍棒を持っているくらいだ。
リッドは若干の違和感を覚えつつ、数の差から手を抜く気がない。
「【戦咆哮】! ウィノー、ハトオロ! 援護を頼む!」
最初に亡霊たちへ攻撃を仕掛けたのはリッドだ。
リッドは、近接戦闘職が体得する強化術【戦咆哮】を発動して攻撃力を高めた後に、亡霊たちが振るう騎士剣の切っ先の軌道を読んで最小限の動きで躱していきながら、軽く鎧を小突くようにして前衛の足止めに徹する。
その中で、オティアンは一度発散させてしまった魔法剣の準備に集中していた。
「承知しましたよ! 【吟遊詩人の知る城壁】」
次にハトオロがリッドに向けて、吟遊詩人の固有技の1つ【吟遊詩人の知る城壁】を楽器の音色とともに発動する。
吟遊詩人の固有技はいずれも上昇量の点で近接戦闘の強化術や魔法職の強化魔法に劣る部分もあるが、近接戦闘職系統が戦闘時に使う強化術と重ね掛けもでき、また、魔法にも属さない特殊系統で魔力無効にも影響なく、効果範囲も自由が利くため、状況次第で吟遊詩人がどの職業よりも支援職として非常に重宝される。
「次はオレかニャ! 黄巻紙を1枚! 【不本意な操り人形】!」
「GU!」
「MU!」
「NA!」
ウィノーが足止めを喰らっている亡霊たちの隙間を掻い潜って抜けてから、振り向きざまに【不本意な操り人形】を発動し、10体の前衛の足のいずれかにワイヤーを突き刺して動きを止めた。
時間にして数秒にも満たないその一瞬の停滞が亡霊たちの命取りになる。
「足に警戒し過ぎだ、腹ががら空きだぞ! 軍鶏蹴爪!」
リッドは停滞した亡霊たちの陣形をさらに崩すべく、最前線の亡霊の腹部を目掛けて勢いよく跳び蹴りを放って、ほかの亡霊数体も巻き込むように吹き飛ばす。
甲冑を大きくへこまされて吹き飛ばされた亡霊が宙に浮いている間に、ウィノーは無意味になった【不本意な操り人形】を素早く外して、次の対象へと息も吐かせぬ速さで突き刺していく。
「……それでも我が精鋭か?」
「GI!?」
「AA!?」
ジュイオの言葉がポツリと出てくる。彼の近くにいた後衛が恐れおののき、僅かながら前線の方へと進んでしまう。
ジュイオは睨みつけつつも何かを言うことがなかった。
「ぐぐっ! 悪いけど、1回の発動じゃここまでニャ!」
前線側では、足止め役を買って出ているウィノーの四肢から伸びた【不本意な操り人形】が徐々に薄くなって消えかかっている。
「いいや、喋るシャムよ、助かる! ずええええいっ!」
魔法剣の発動を終えたオティアンが魔法剣をただ真っ直ぐに亡霊たち目掛けて突き出した。ぐんぐんと伸びる魔法剣の刀身が、一列に連なってしまっていた5体をグサグサグサと串刺しにしていく。
「GA!」
「GIGI!」
「GYA!」
「UGU!」
「GUA!」
5体の亡霊がすぐに動きを止めて消えたことを確認し、リッドは何かに気付いた表情になる。
「すっげえニャ! 一気に5体も串刺しにしたニャ!」
「ふはははははっ! 全盛期ならもう2体分くらいは余裕で伸びたのだがな!」
オティアンの豪快な笑いが部屋中に響き、エミハマスが彼を楽しそうに見つめている。
「…………」
ジュイオは特別小隊の前衛が崩れていく様を見て、苦々しい顔を隠さなかった。
「GAAAAA!」
「YOOOOO!」
「UAAAAA!」
ジュイオの冷たい眼差しが特別小隊の士気を高めていく。
「本当かニャ! あ、まずいニャ! 切れたから一時撤退ニャ!」
ウィノーがオティアンの串刺し突きに興奮しているところで、【不本意な操り人形】の出力が切れてしまったため、踵を返すように亡霊たちの足元をすり抜けてリッドよりも後ろに下がろうとする。
「GAAAAA!」
「げっ!?」
撤退するウィノーに食らいつこうとした亡霊の一撃が迫らんとするその瞬間、金属音がウィノーのそばで鳴り響く。
「なるほどな……こいつらくらいなら俺の付け焼き刃の剣技でもどうとでもできる」
リッドは亡霊の手から離れた騎士剣を2本ほど拾い上げて手に取り、双剣の構えでウィノーを攻撃しようとした敵を迎え撃った。
「GA……GA……GUGU!」
亡霊とリッドがお互いに睨み合ってから、僅かに先に動いた亡霊の振るう剣をリッドが難なくいなしていき、数度の剣戟を見せた後にお互い数歩引く。
「どうした? 俺は拳闘士であって、騎士や戦士ではないが?」
リッドは鍛え上げた自身の肉体や打撃技、金属籠手のほか、相手の得物を奪って使用する『現地調達』という彼独自の戦闘スタイルで戦っていく。おおよその武器なら中級者レベルで扱えるため、並大抵の相手では彼に太刀打ちできない。
「ふぅ……リッド、助かったニャ」
「……なにをしているお前たち」
先ほどまで冷たかったジュイオの言葉にいよいよ怒りという熱が加わってくる。
ぶるぶるぶる……。
残った特別小隊約20名が一斉に震え上がった。
「どうした? ジュイオの特別小隊は上手くやれないと、後でお仕置きでもあるのか?」
「GI……GIIIII!」
「URAAAAA!」
「KUSOOOOO!」
徐々に亡霊の言葉に人間味が帯びてくる。
ジュイオに対する恐怖が亡霊たちの奥底に眠っていた感情を引き出していった。
亡霊の動きに躍動感が乗り、先ほどよりも統制の取れた動きを思い出したかのように使ってくる。
しかし、1体、2体、3体と次々に特別小隊の亡霊たちがリッドやオティアンに薙ぎ倒されていく。
「やはり、オティアンに比べて……圧倒的に弱いっ!」
手に持っていた騎士剣を2つとも投げつけて、亡霊2体の額に勢いよく刺した。
「GYAAAAA!」
「AAAAA!」
「……なんというザマだ」
30体もいた亡霊たちは数度の交戦で半数以下に減っていた。
ジュイオは怒りを通り越して呆れかえっているようにも見える表情で、亡霊たちに侮蔑の目を向ける。
しかし、亡霊たちもリッドやオティアンを相手では迂闊に動けないと悟り始めたのか、微動だにする気配を見せずに静かに対峙する様相を呈していく。
それは不意に生まれた小休止のようなものだった。
「リッド、やはりってなんだニャ?」
膠着状態をいいことにウィノーが引っ掛かっていたことをリッドに聞くと、リッドが当時の記録や物語の流れを頭の中でなぞってウィノーに説明しようと口をゆっくりと開いた。
「いやな、予想はしていたんだが……間違いない……当時の記録通りなら、ここでオティアン1人が侵入者をほぼ全員を倒したことになっている」
「それって」
「ああ、こいつらは今だと多くがC級冒険者程度の実力。精鋭と言っても、やはり雇われ兵士だな」
リッドは嘲るわけでもなく、淡々と事実として述べる。
「でも、オティアンは地方領主の自衛軍所属で国王軍ですらないのに強いニャ!」
ウィノーの言葉を聞いて、オティアンは少年に若返ったかのように快活な笑いをする。
「わはははは! シャムよ、嬉しいことを言ってくれる。だが、儂なんてまだまだよ! リッド殿と同じ時を生きていれば、儂の全盛期はより研鑽を積んで強くなっていただろうな」
「いやはや、まさしく。悲恋の物語の英雄と、現代に生きる英雄リッドさんのデュエットは物語の華になりますねえ」
話に参加したくなったのか、先ほどまで演奏と回避に注力していたハトオロが急に話しかけ始める。
リッドは話の内容にも行動にも苦笑いを浮かべた。
「ハトオロ、戦闘に集中しているよな?」
「ええ、もちろん?」
「だと、いいんだがな」
オティアンとリッドが再び構え、次の獲物に狙いを定める。
「GU」
「GI」
2人のギラリとした視線に、亡霊たちの足が地面から少しも離れない。
「……ええい! この雑魚どもがあああああっ!」
「A!」
噴きこぼれた怒りに身を任せたジュイオは帯刀していた騎士剣を抜き放ち、後衛で様子見をしている亡霊の1体を後ろからバサリと切り裂いてしまった。
その燃え上がる怒りの奥に見えるジュイオの冷徹さは、彼の熱くも冷たい視線とともに、オティアンとリッドの気持ちをひどくざわつかせた。
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