4-11. 死してなお強欲な者
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
不気味な男の声が聞こえてくる中、ウィノーとイライドはキョロキョロと回りを見渡して、苦いものでも噛んだかのような顔をする。
「ウィノーさま、ダンジョン内の魔力が……アレに集中していますね」
「マズいニャ……覚悟が必要ニャ……」
イライドとウィノーが目を向けた先に、影が濃くなったような何かが揺らめきながら少しずつ姿を形作って固定し始める。
「エミハマス……エミハマスはそこか……何故我のものにならん……」
何かが徐々に人の形を成していく。
徐々に、徐々に、服装も形作られていく。
「声の主はまさか……王子様?」
クレアがピンと来たような顔つきで恐る恐る自分の推測を口にする。
何かが顔の造詣や手足のシワ、髪の毛などの微細な部分まではっきりとしてくる。
やがて、できあがった人型の何かは眉目秀麗だが気位の高そうな青年だった。青年の茶色の髪はエミハマスの金髪に勝るとも劣らない艶やかさを持ち、切れ長の目とその中に宿す茶色の瞳はクレアさえも釘付けになるほど美しい。
「ジュイオ王子殿下……」
エミハマスは美形の青年に向かって、悲恋の物語に出る王子の名前で呼ぶ。
王族としての権力、多くの女性を魅了する容姿、類稀なる明晰な頭脳、そして、誰よりも深く底なしの欲望。
数多のものを有しても満足せず、すべてを欲する愚かなる者、ジュイオ。
「あぁ……エミハマス……やはり、お前は美しいな……我の下にいるのに相応しい……」
湖上の姫君にまつわる悲恋の物語の中で悪役となるこの王子は、湖城の姫君エミハマスや近衛騎士オティアンに比べても多くの記録が残っている。
ただし、その記録は決して良いものばかりではない。
幼少の頃は欲望もまだかわいいものだったか神童や天使とも呼ばれていたが、大きくなるにつれて徐々に片鱗を見せ始め、やがて、自分の欲望のために人の意見や命でさえも軽んじるような者へと変貌していった。
「今宵、まさかまさかで、役者が揃いましたねえ!」
ハトオロは興奮冷めやらぬといった様子で、エミハマス、オティアン、ジュイオを順繰りに眺めている。彼はこのまま一曲でも作りそうなほどに手をうずうずとさせていた。
「あぁ、残念だ。喜劇だったのなら歓迎だったがな」
悲劇の再演を望むわけもなく、リッドは3人の視線上に立たないように、しかしジュイオを警戒するように、足をゆっくりと動かしていく。
リッドの動きに合わせて、ウィノーやクレアはエミハマスの方へと近付き、イライドが遅れてウィノーについていく。
スポットライトもない中で、ついに動き出したのはオティアンだ。
「こんな夜更けに、エミハマス様に何の御用ですかな? ジュイオ王子殿下」
オティアンは恭しい態度と裏腹に、エミハマスをしっかりと守るような立ち位置に動いた。エミハマスもまた、オティアンを頼るように彼へと近付いていく。
「オティアンか……」
ジュイオがそう呟くと、オティアンは少し驚いた表情を浮かべる。
「おや、儂の名をご存知であったとは」
「よく分かっているではないか。我が近衛騎士風情の名を覚えていること自体、実に稀有なことであろうと」
ジュイオがオティアンに向ける眼差しは嫌悪を隠すこともなくてまるで見下したようなものだ。彼は口や眉間も歪ませ、殺気さえも臭わせるほどに苦々しい顔をしている。
敵意剥き出しのジュイオに対して、オティアンは老齢の貫禄と言わんばかりに笑った。
「それはそれは身に余る光栄でございますな。して、再度問いましょう。こんな夜更けに、エミハマス様に何の御用ですかな?」
ただし、オティアンの眼光は鋭く、ジュイオを一瞬怯ませることも容易かった。
「……エミハマスをもらいに来た。それは我の下にいるのが相応しいだろう」
ジュイオがエミハマスに向かって指を差す。
オティアンはジュイオの「それ」という言葉にピクリと反応する。
クレアもリッドも嫌そうな顔を隠さなかった。
「ジュイオ王子殿下におきましては、数度、エミハマス様から直接お断りのお話があったと……儂はそう存じておりますが?」
「……過去がどうであろうといずれは我のものになる。何故なら、我がそう思っているからだ。その来るべき事実を避けることなどできない」
ジュイオの冷徹な笑みと言葉に、オティアンは作り笑いを浮かべる。
オティアンの拳に力がこもって震えており、彼がすんでのところで怒りをどうにか抑えている様子が誰の目にも明らかだった。
「ひどい……エミーの気持ちなんてこれっぽっちも考えていない」
クレアがオティアンの代弁をしたかのように、ジュイオにも聞こえるように呟く。
ジュイオはクレアの方を向いて首を傾げた。
「誰だ、お前は? それの気持ちがなんだと言う? しかし、お前も……エミハマスに少し劣るが悪くないな」
「…………」
クレアは早々に話す気さえ失せたようで、無言のまま嫌そうな顔をする。
「まあ、今日はもう夜も遅いですから、お帰りいただきたく存じます」
オティアンが丁寧な言葉を放ちつつも、殺気に近い何かも発している。彼はジュイオに帰ってもらうように言葉で促して、ジュイオの後ろにある扉へと誘導しようと近付いていく。
「少し腕が立つだけの老兵が……お前さえいなければ!」
ジュイオはオティアンの殺気に呼応するように腰に提げていた剣を抜き放ち、いきなりオティアンを切りつける。
「オティアン!」
オティアンは咄嗟に身を躱すも完全に避けるまでに至らず、エミハマスからもらった白いマントの端を切り裂かれてしまう。
「……何をなさるのですかな?」
オティアンが発する殺気。
オティアンを愛するエミハマスさえも慄くほどの圧倒的な殺気が、この場の雰囲気をほぼすべて飲み込んでいく。
不遜なジュイオを除いて。
「エミハマスがお前に懸想していることは百も承知」
「そうですな」
「オティアン……?」
オティアンは切り裂かれたマントを手に取り、マントとエミハマスを交互に見つめる。
不安げなエミハマスはオティアンの名前を口にし、胸の前に両手を合わせて祈るように立っている。
「ならば、お前を亡き者にすればよい」
「はっはっは……それはいささか話が飛躍しておりますな。仮に儂が亡くなったとしても、エミハマス様がジュイオ王子殿下をお慕いになるとは到底思えますまい」
「ならば腕ずくですべてを奪い去るまでだ。よって、お前さえいなければ、その先などどうとでもなる!」
2人の会話は行き着く先を見失った。もしくは最初からどこにも辿り着かない無益な話し合いだった。
オティアンは魔法剣の柄を構える。
「……儂は残りの生涯すべて、エミハマス様の……エミーの隣にいると誓いました」
オティアンがエミハマスを愛称のエミーで呼ぶ。
「オ、オティアン!? 嘘っ!?」
予断を許さない状況の最中、エミーの顔がオティアンの言葉だけでパっと明るくなった。
「オティアンさん!」
「悲恋が変わるニャ」
「いや、これから変える……だな……」
クレアとウィノーもエミーにつられて喜ぶ顔を見せるが、リッドは真剣な表情でジュイオを目で捉えている。
「ふっ……我はすべてを手にする者だ! さあ、お前ら……いつまでボーっと突っ立っている? エミハマス以外をすべて……亡き者とせよ!」
ジュイオの静かな号令とともに、30体もの武装済みの騎士が突如として姿を現し、オティアンへと突撃し始める。
「急に騎士たちが現れたニャ!? また魔力が!」
「ウィノーさま! このままじゃすぐにでもダンジョンが崩壊してしまいます!」
ダンジョン内の魔力の集中。場所によって魔力が弱まる程度ならいざしらず、魔力がほとんどこの場所だけに集中した場合、ダンジョンは崩壊の結末へと辿るほかない。
もはや、ジュイオたちがダンジョンの崩壊による暴走と同義になり、リッドたちの目的もまたジュイオの撃破になる。
「オティアン……悪いが、嫌だろうと何だろうと俺たちは俺たちの理由でオティアンに加勢させてもらう」
オティアンに迫りくる攻撃をリッドが横から蹴り飛ばした。
「リッド殿、いや、助かる! これは決闘ではない」
「あぁ、これはただの——」
「喧嘩だ」
「喧嘩だ」
リッドとオティアンが並び立って異口同音にその言葉を放つ。
「……いや、喧嘩じゃないニャ」
「すっかり熱くなっているようですねえ」
少し呆れ気味のウィノーやハトオロも中衛の立ち位置で警戒する。
「クレア、念のためにエミハマスさんを頼む」
「イライド、エミハマスさんを頼むニャ」
「分かりました!」
「分かりました!」
クレアが【屍霊浄化】の準備を始め、イライドが異界から何かを呼び寄せようとする。
「行くぞ!」
リッド、ウィノー、ハトオロの3人はオティアンとともに、ジュイオとその護衛騎士軍の中へと突っ込んでいった。
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