4-10. 終わりを迎えかけた悲恋に相容れぬ乱入
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楽しんでもらえますと幸いです。
エミハマスの隠すことのない大きな感情のうねりに伴う表情は非情に険しく、全員を静かにさせるのに十分すぎた。
ただ一人、忠義の騎士オティアンを除いて。
「オティアン? 何を言っているのでしょう? クレアのす……仲間であるリッドさんが私の伴侶に? 私にはさっぱり分かりません」
静かに、ただ静かに響く美しくも綺麗な声は、その奥に潜んでいるであろう感情をより強く感じさせている。
「説明が足りずにとんだ無礼を! 詳しくお話をいたしますと、こちらのリッド殿は儂に引けを取らぬ剛の者! 手合わせをしてみて、彼の誠実さや実直さ、物事に対する真摯さなどが読み取れました! 見目も悪くないですし、何より強い!」
リッドやクレアたちは「分からないってのはそういうことじゃない」という顔をしていたが、それ以上にエミハマスの放つ無言の圧にすっかり気圧されていた。
「……それで?」
「ははっ! 以前よりエミハマス様は儂のような者と人生を伴にしたいと仰っておりましたので、儂が直々に儂のような者を探しておりました!」
エミハマスが首を横に振った。
「はあ……オティアン、それは違います」
「ははっ……えっ?」
一度返事したオティアンだが予想外の言葉だったようで、彼は垂れていた頭を上げて不思議そうな表情をエミハマスに向けていた。
「私はあなた、の、よ、う、な、殿方を求めているのではなく、あなたを求めているのです! オティアン、私が愛する人はあなたでしかありえません!」
エミハマスが「のような」を強調して否定した上で、分かっていなさそうなオティアンに真っ直ぐな視線と言葉を想いとともにぶつけていく。
「ふあっ!? なんて情熱的な愛の告白なのでしょう」
湖城の姫君の愛の告白。
それに一番大きく反応したのは、オティアンではなくクレアだった。
クレアはまるで舞台劇に夢中になっている観覧者のように、両手で口元を隠しながらも目元に嬉しさと恥ずかしさと感動を露わにしている。
リッドとウィノーはクレアの様子に優しく微笑んだ。
「……エミハマス様。お言葉は嬉しく思いますが、何度も申し上げておりますように、儂とエミハマス様では年齢が違い過ぎます。言うなれば、爺と孫のようなものです。それほどに離れすぎてしまっているのです」
オティアンが浮かべた表情は嬉しさと困惑だった。
「オティアン! 私こそ何度も言っていますが、恋愛に、想う気持ちに、年齢は関係ありません!」
「仰っていることは以前から申し上げているように理解できる部分もありますが、とはいえ、やはり、身分もまた違いますから。儂は一介の騎士に過ぎません」
「もう! 次から次へと! それももう終わった話のはずです! お父さまも私とオティアンが結ばれてもいいと認めてくださっているではないですか!」
以前からこのやり取りをしていることもあって、2人の会話はまるで予め分かっているかのように滞ることもなく進んでいく。
「おぉ、理解のある人だったのですねえ」
ハトオロの相槌のような言葉にオティアンは難しい顔をする。
「たしかに領主様は優しく、多くのことに理解を示すお方です。ただし、これに関してはエミハマス様に嫌われることを恐れた領主様が渋々承知しただけのこと。あの方は小さい頃には母親に、若かりし頃は奥方に、エミハマス様がお生まれになってからはエミハマス様にも嫌われないようにと心を砕くような方です」
「領主の性格まで熟知しているのか」
リッドはオティアンの言葉から騎士としての役割だけでなく、目付け役としてもこの一族に仕えていたのだと理解した。
「本来であれば、エミハマス様と同年代の若く、凛々しく、逞しく、誠実で、実直で、真摯で、エミハマス様を大事にし、子を多く成すことができて、領主としての器もあるような殿方が望ましいのです。身分も良ければなお良い」
「……子どもね。まあ、若い方がいいとは言うけれど」
イライドは子どもという単語に反応する。
「だから! 私は私とオティアンの子を成したいと前々から言っているはずです! だから、毎晩、寝室に来てほしいと言っているのに! だから、オティアンが好きだって言う服も着ているのに!」
エミハマスは自身の胸元に手を当てて、必死にオティアンへ訴えかけている。
彼女はおそらくほとんどの男性を射止められるであろう絶世の美女であるにも関わらず、唯一にして無二、愛して止まない相手を射止めることができずに空回りをしているようだった。
ウィノーがしっぽをゆらゆらとゆっくり振りながら溜め息を吐いた。
「まさかの積極的だニャ」
「おおっ!? シャムが喋った!? ど、どういうことだ!?」
「今はどうでもいいでしょう!」
思わずウィノーに驚くオティアンに、話が逸れないようにエミハマスが声を荒げた。
「お言葉ですが、女性が男性を寝室に誘うことすら良くないことです」
エミハマスの気持ちが昂れば昂るほどに、オティアンの気持ちは冷静に、彼女を諭すように優しくなっていく。
「そんなことありません! オティアンは考えが古いのです!」
「いいえ、断じてそのようなことはありませぬ。女性は慎ましやかにいるべきかと」
「本当に……本当に! もう! オティアンの頑固者! 石頭! 堅物! 偏屈!」
もはや大人と子供の喧嘩の様相も呈してきた。
オティアンが忠義の騎士であるからこそ、年齢や身分の大きな乖離は彼の気持ちをエミハマスの至近距離まで近付けさせない大きな溝になっている。
「……エミハマス様、儂があなたを危険から守ってくれる存在だから、愛しい存在と勘違いし、転じて恋をしているだけです。だからこそ、儂に代わってエミハマス様を守れるような男がいればよいのです」
オティアンの説明に、エミハマスは恥も外聞もなく髪を振り乱している。
「違うって……違うって言っているのに! どうして!? もしかして、私のことが嫌いなの? だったら、私のことが嫌いなら、そう言えばいいのに!」
「そのようなことも断じてありませぬ! 儂は……あなたのことを……」
オティアンは真剣な眼差しをして、エミハマスの肩を掴んで動きを止める。
「えっ?」
一瞬、ほんの一瞬だけ出たオティアンの本音に、エミハマスは頬を赤らめて期待に満ちた目で見つめ返す。
しかし、オティアンは目を逸らして、俯き加減で数度首を横に振る。
「……いえ、エミハマス様、この老いぼれがあなた様のようなうら若き乙女と番いになることなど許されるものではありません」
「……むうううううっ! オティアンと一緒になれないなら、私は命を断ちます!」
エミハマスが折れた騎士剣の切っ先を見つけてそちらに走って行くので、オティアンが目を見開きながらエミハマスの腕を急いで掴んだ。
「エミハマス様、なんてことをお考えに! そんな脅しをなさらんでください!」
「はーなーしーてー! 一緒になれないなら、もーいーのー!」
「ワガママはよしてくださらんか!」
「いーやー!」
これでは一向に埒が明かない。
そう思ったリッドが仲間たちに目配せをした後に、エミハマスとオティアンの目の前まで歩いてから口を開く。
「オティアン、エミハマス、そのことなんだが……2人とももう死んでいて……」
その言葉を皮切りにして、リッドは2人の物語やその後の顛末、また、ここの現状がダンジョンであって、2人が霊体とも魔物とも言える存在になっていることなどをすべて話した。
2人は最初、信じられないといった様子だったが、徐々に記憶が戻ってきたのか、自分たちを改めて眺めてから愕然としていた。
「ええっ!? 儂らは亡くなっていて、ここがダンジョン!?」
「ええっ!? 私たちはもう亡くなっているの!?」
呆然とし始めるオティアンとエミハマス。
リッドはこの後の暴走を防ぐことや2人を含めた人の想いを吸収することなどをどう説得しようか迷っていた。
「そうなんだ。なあ、2人とも、大人しくしてもらえるか?」
リッドの言葉に、エミハマスが何かにピンときて、手を拍手でもするように数度叩いてから嬉しそうな顔でオティアンの方を向く。
「オティアン、もうこの世の枷はなくなりましたよね? もはや私たち2人に、年齢も身分もすべて関係ないでしょう? それにどうせ消える存在ならば、私のことを少しでも想えるのならば、どうか最期に私と一緒になってください」
「しかし……ですが……うーむ……いまだに……うーむ……」
エミハマスは諦めなかった。
死してなお、オティアンを想い、彼と添い遂げようと懇願する。
オティアンももはや断る理由も見つけられなかった。
だが、あと一歩、どうにも踏み出せずに考えあぐねている様子で、歯切れの悪い言葉ばかりが彼の口からこぼれてくる。
そんなこんなでエミハマスとオティアンの押し問答が続いていたそのとき。
「我は……欲しい……」
どこからか聞こえてくる男の声。
「誰だ」
「っ!」
「ニャ!」
「ふむ」
「嫌な気配ね」
「エミハマス様」
「オティアン!」
「……我は……エミハマスが欲しい……」
その男の声に全員が身構えた。
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