4-9. 姫君の愛と老騎士の忠義
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
魔法技術と刀剣技術を融合させ、一世を風靡した魔法剣。今や廃れた技術と言っても過言ではないそれをリッドは目の当たりにしていた。
「魔法剣……まさか、本物といえるものを見る日が来るとはな」
「今はほとんど見ることもないですからね」
ハトオロがリッドのぼそっとした呟きに反応する。
「そうだな。魔法剣を選ぼうとすると、ほとんどが立ち位置の難しいどっちつかずの冒険者になりがちだからな」
「そう、中途半端になりますからね」
魔術の発達はごく最近であり、以前は詠唱も長かったり触媒が魔力以外にも必要だったりと不便だった。しかし、それらの不便さが解消されるとともに、魔法適性のある者が剣術を覚えるよりも魔術を極めて魔法特化にした方が良くなった。
一方で、剣術に才のある者が適性の低い魔術に力を割くのも無駄に近い。
つまり、魔法剣は魔術の黎明期に発明された技術の亜流であり、融合された技術であるが故に体得や技術向上が難しく、いつしか選ばれなくなった技術である。
「まあ、昔は騎士が台頭していた時代で魔法職の士官などいなかったからな。魔法適性のある者もどこかに仕えるなら剣術を覚えざるを得なかった時代でもある」
「歳月は人の世も変えますね」
リッドとハトオロの会話が終わりを迎えそうな雰囲気を出し始めたところで、まじまじと自身の魔法剣を見つめていたオティアンがふっと笑みを浮かべる。
「主らの長話は終わったか?」
オティアンはもう一方の手で蓄えた髭を撫でるように触りつつ、鋭いままの眼光をリッドに向けた。
その雰囲気に当てられたのか、リッドは再び戦闘態勢に入るために数歩前に出て構えを取る。
「待っていてくれたのか?」
オティアンの笑みは先ほどの上品なものからニカッと歯を見せるほどのものへと変わる。
「いーや? 儂が勘を取り戻すのに時間を使ったまでよ。おかげさまで魔力の出力も安定してきたぞ」
魔法剣は対人戦闘において比較的優秀である。魔力の刀剣は、物理防御ではなく魔法防御が必要な攻撃となり、魔法適性の低いことが多い近接職相手に有効打となる。
残念ながら、リッドも必要最低限の魔法を習得しているものの、適正自体は決して高くない。
「この魔法剣はどっちつかずの中途半端ですかね?」
「ふっ、その冗談は笑えないな。あのオティアンの剣技と魔力を見て、あれが中途半端だと言うならこの世のほとんどが中途半端にすらなれない」
ハトオロの冗談に、リッドは苦笑いを表すほかなかった。
「厄介ということですね。加勢しましょうか?」
「その冗談も笑えないな。ここまで来て美味しいところを持っていこうとするなよ」
リッドはオティアンだけを見据えて、一度もハトオロの方を向こうとしなかった。
いや、リッドには別の方を向く余裕がなかった。騎士であるオティアンが不意打ちをすることなど万が一にもなかったが、一瞬でも気を抜けばその時点で決着となる。
また、リッドが得意とする状況把握のためにオティアンの魔法剣をしっかりと目に焼き付けていることも一因だ。
「はあ……リッドさんも1度火がつくと厄介ですね」
ハトオロは肩を竦めて、2人の邪魔にならないように再び壁の前へと戻っていく。
「では、リッド殿、改めていくぞ!」
オティアンの掛け声が再戦の合図だった。
リッドが近付き、先ほどの騎士剣の間合いと2倍ほども離れた距離でも、オティアンは魔法剣を袈裟斬りのように振るう。
白銀の刀剣が瞬間的に伸び、それを見越したリッドは斬撃の切っ先の軌道上から逃げるように離れる。
「くっ……刀身の伸びがあるから斬撃の間合いが」
「避けたか! ならば!」
「おっと! 梟鉤爪撃!」
オティアンは次に大きく横薙ぎの軌跡を描くように魔法剣を払い、それも看破したリッドは跳び上がってから落下する勢いも含めた踏み潰し攻撃をオティアンへと繰り出す。
「ふんっ! ぬっ!? 足に魔力を集中させて纏っているのか!」
オティアンが魔法剣で迎え撃ち、そのままリッドの足を切り裂こうとするも刃が通らなかった。
「魔力の少ない近接職が魔法剣や魔法職の遠距離攻撃に対抗する手段として培った技術だ!」
魔術の発達は決して魔法職だけに恩恵のあるものではない。近接職が魔物や魔法職に対抗する手段もまた編み出されている。
「まだまだっ!」
「閃掌底!」
掌底に魔力を込めたリッドの一撃をオティアンが魔法剣で受け流すように傾ける。
「この儂に同じ技で二度も真芯で捉えられると思ったか!」
その受け流しの切り返しとばかりにオティアンが魔法剣をリッドに向かって振るうと、リッドは体勢を崩しながらも全力で避けた後に地面を転がってオティアンから少し離れる。
リッドの頬の薄皮にうっすらと斬撃の余韻が現れて血が滲み始めた。
「くっ! ぐっ……掠ったか……」
リッドが頬の血をなぞり、オティアンが汗を滲ませつつ不敵な笑みで再び構える。
「こう相対するのは楽しいが、これは決闘ではなく喧嘩。長引くのも興ざめ。次の一撃で決めようではないか」
全力の喧嘩ではあるものの、お互いが疲弊しきるまでダラダラと続けるのは格好がつかないと考えるオティアン。
「同感だ」
リッドも肯く。
2人は似ている。故に、頃合いと判断する見解も一致しており、2人は次の一撃で決着しようとすんなり合意した。
「リッド殿、ここで倒させてもらう!」
「それは俺のセリフだ!」
互いに言葉を発し、その次の一瞬で互いに詰め寄る。
「ずえええええいあああああっ!」
「龍爪連旋脚!」
オティアンの魔法剣とリッドの回し蹴りがぶつかろうとする瞬間に、オティアンの後ろの壁で隠し扉になっていた部分がバンという大きな音を立てて開かれた。
魔法剣とリッドの足はお互いが触れるか触れないかの際でピタリと止まる。
「そこまでです!」
エミハマスが姿を現し、開口一番に喧嘩を止めさせる一言を放つ。
「エミハマス様!?」
オティアンはまるでリッドがいなくなったかのように、魔法剣を瞬時に片付けて、片膝を着いて頭を垂れ始める。
「……湖上の姫君?」
「おぉ、美しい! 真なる美は幾年月経ようとも変わらないのでしょうか!」
エミハマスの登場に、リッドは不思議そうな顔で状況を把握しようと周りを見渡し、ハトオロは嬉々とした顔を露わにして彼女の美しさを絶賛していた。
「リッドさん!」
「リッド!」
エミハマスの後ろからクレア、ウィノー、イライドが現れて、クレアとウィノーがリッドを見るなり喜びと安堵の声色で彼の名前を呼んだ。
リッドもまたオティアンとエミハマスなどいないかのように、そちらへと駆け寄っていく。
「クレア、ウィノー、イライド、無事だったか」
「はい!」
リッドの問いにクレアが大きな声で返事をし、エミハマスはそれを見て何か得心したような面持ちになる。
「エミハマス様!」
「オティアン、無事ですか? 万が一にもあなたが傷付いてしまうと私の心は散り散りに裂けてしまいそうになります」
エミハマスはオティアンの呼びかけで彼の方を向いて、彼の様子から怪我がないと判断したのか、ホッと胸を撫で下ろすように小さな溜め息と笑みをこぼす。
エミハマスの笑顔にはオティアンへの愛情も傍目から分かるほどに溢れていた。
「エミハマス様、心配はご無用です! ですが、お気遣いとお言葉ありがたく!」
オティアンはさらに深々と頭を垂れる。
「オティアン、その者たちは見てわかるように私の友人であるクレアの連れです。つまり、客人なのです。双方、大事に至らなくて本当に良かったわ!」
エミハマスがクレアを友人と呼ぶと、リッドとクレアが見つめ合うように目を合わせた。ただし、その目の色はどういう状況か知りたいリッドと、どう説明したら分かりやすいかを考えているクレアで若干異なるようだ。
「なんと! ちょうどいい!」
「……ちょうどいい?」
オティアンの「ちょうどいい」という言葉を理解できずにきょとんとしていたエミハマスを置き去りにするように、オティアンがここでようやく頭を上げる。
「はい! エミハマス様! リッド殿はエミハマス様の伴侶に相応しい! このオティアン、太鼓判を押します!」
「……はい?」
「……は?」
「……え?」
「……ニャ?」
「……ほう?」
「……ふうん?」
意気揚々とリッドを推薦するオティアン。しかし、彼以外の全員がその場で固まってしまう。
その中でも、エミハマスは恍惚とした愛しげな表情から怒りと悲しみに溢れた形容しがたい形相へと変わっていくのだった。
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