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ダンジョン仕舞いのリッド  作者: 茉莉多 真遊人
第4話 孤城は姫君の想いを守る
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4-8. ぶつかり合う金属籠手と騎士剣

約4,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 近衛騎士オティアン。彼は数多くの二つ名を有していた。忠義の騎士は悲恋の物語に相応しい後から使われるようになった呼び名だが、それまでは彼と敵対する者から白銀の髪にちなんで「白銀狼」とも呼ばれており恐れられていた。


 彼の髪や口元に蓄えた髭は真っ白で白銀の名を持つに相応しく、また灰色の全身甲冑とエミハマスから受け取ったとされる真っ白なマントを身に着けていた。腰元には一般的な騎士剣が携えられていて、騎士とはかくあるべきという姿そのものだ。


 その彼が水色の双眸でリッドとハトオロの2人を真正面から捉えている。


「オティアンはその昔、白銀狼とも呼ばれていたようですが、これでは老いる方の白銀老ですねえ。まさかご高齢の騎士だったとは」


「そんなこと言っている場合か」


 ハトオロのちょっとした冗談にリッドが冷静に返していると、オティアンが大きな口を開けて笑い始めた。


「ぐあーはっはっは! 儂の前に居てもなお豪胆! よほどの場数を越えてきたものと推察する。これならエミハマス様も気に入るかもしれんな。さあ、求婚者よ、名を名乗ってもらおうか! 儂は既に名乗ったぞ!」


 リッドとハトオロは少し不思議そうな顔で互いに見合わせた後にオティアンの方へと向き直す。


「俺の名前はリッドだが、ちょっと待ってくれ。求婚者ってのは?」


「私はハトオロ。しかしながら、私も求婚者ではないですねえ。ただの吟遊詩人です」


「……ん? 2人とも求婚者ではない? では、どこに求婚者が?」


 オティアンもリッドたちの返答を聞いてきょとんとした顔になり、求婚者と思しき者を見回して探す。しかし、オティアンのほかには、目の前のリッドとハトオロしかいない。


 3人がきょとん顔で見合わせる。


「だから、待て、待ってくれ。さっきも言ったが、求婚者ってのはなんなんだ?」


「お主ら……エミハマス様を手中に収めようと夜這いに来たのではないのか?」


 リッドが「夜這い」の言葉に思わず苦笑いを浮かべた。


「なんで、夜這いで求婚になるんだ……」


「エミハマス様は決して首を縦に振られないから、手籠めにしようと護衛の薄くなる夜に求婚者がやってくるようになったのだ!」


「なったのだ、って……それは単なる狼藉者じゃないか?」


 リッドが苦笑いしっぱなしの表情で返答していると、彼の後ろからハトオロがポンポンと肩を叩いてきた。


「リッドさん、メイクラブって言いますし、身体から創る愛もあるのでしょう」


「夜這いを変なオブラートで包むなよ……合意の下で愛を育んでくれ……」


 リッドはがっくりと肩を落としてそう呟いた。


「ほう、夜這いに来たのではない、と。では、主らに問おう。何をしにここまで来た?」


 先ほどまでの柔らかくなった雰囲気から一転し、オティアンの鋭い眼光がリッドたちを品定めするように向けられる。


「リッドさん、オティアンは過去の記録だと出てこないこともあったようですが」


「あぁ。何かしらの条件を達成したようだな。そして、過去に倒した記録がなかった」


「ですね。となれば、無難で穏便な方法で解決したいものです」


 リッドとハトオロは、オティアン自身がまだ魔物になっていることに気付いていないと察して、明言を避けてこの場の解決策を模索し始める。


 オティアンは訝しがり、腰元にある騎士剣を鞘から抜き放つ。


「2人でこそこそと何を話している? エミハマス様狙いでなければ、城にある財宝か? しかし、こんな堂々と現れている限り、盗人のようには見えんが……」


 リッドは考え抜いた結果、オティアンの騎士剣に迎え撃つように構えた。


「そう、俺たちは盗人でもない。忠義の騎士、いや、白銀狼の噂を聞いた。手合わせを願おう」


 オティアンの目が輝き出し、ゆっくりと構えを取る。


 ただただ抜き放っただけの騎士剣がオティアンの静かな構えによって、凄まじいほどの威圧感を伴い始める。


「……ほう? ほう、ほう、ほう! 目当てはこの儂とな! この老騎士もまだまだ手合わせを請われるとは!」


「強さに年齢は関係ない。強いか弱いか、それだけだ」


「ふくくくっ……がはははははっ! 実に気味が良い青年だ! よかろう、若き闘士よ! 久方ぶりの喧嘩に儂も興奮を隠せぬ! これは勝負の行方に関わらず、きっとエミハマス様もお主を気に入るぞ!」


 リッドはひりつくような威圧を感じながらも、それをものともせずに構えつつ数歩前に出る。


「ハトオロ、下がっていろ」


「なるほど、単独での勝利で様子見ですか。まあ、普通、魔物相手に単独戦闘なんてしないですからね。ですが、あのオティアンに勝てますか?」


「勝つしかないだろう?」


「……ご武運を」


 ハトオロの一抹の心配をよそに、リッドもまたオティアン同様に昂り小さく笑んでいる。


 生きた時代の違う戦闘狂どもがここに出遇ってしまった。


「では、行くぞ!」


 オティアンの掛け声とともに2人が走り出す。


 オティアンが試しとばかりに、大上段から鋭い斬撃を繰り出した。


 ガキンッ……ギチギチ……。


 その攻撃に対してリッドは避けるつもりだったが、予想以上の速さに金属籠手を掲げるしかなかった。騎士剣に勢いが乗り切る前に金属籠手で受けたにも関わらず、オティアンの踏み込みが重いためにリッドの足が屈しそうになる。


「ぐっ……細身の騎士剣のくせに……重い」


「受けきったか! まだまだこれからあああああっ!」


 オティアンが一旦引いた後に目にも止まらぬ鋭い突きを放つ。


「っ! 燕旋翼(えんせんよく)!」


 ガンッ!


 とっさに横にズレ、リッドの手刀が騎士剣の側面を叩くように激しくぶつかる。騎士剣の軌道が大きく動き、オティアンはその勢いに身体を持っていかれないように片手を離して何とか持ちこたえつつ、リッドの次の攻撃を警戒して体勢を維持する。


「中々! 剣の横っ腹を正確に叩きおったな!」


「今度はこちらから行くぞ! 群連拳(ぐんれんけん)!」


 ドガガガガガッ!


 リッドの左右の拳が次々とオティアンにぶつかっていく。しかし、オティアンが大打撃に至らないように受けている。


 再びオティアンが剣を振るうと同時にリッドが後ろに飛び退って避ける。


 素早さはリッドの方に分があるようだ。


「いくら金属籠手とはいえ、ただ殴るだけじゃ鎧には効かんぞ!」


「これならどうだ、狼牙掌(ろうがしょう)!」


 メキメキメキッ……


 リッドが両手を開いて両手首を重ねた後、がら空きの脇腹目掛けて勢いよく掌底で突く。


 オティアンの身体が吹っ飛び、壁にぶつかる寸前で踏ん張りを効かせて堪える。


「ぐうううううっ! 煽り過ぎたか。重い一撃だな、鎧がひしゃげたわ。だが、まだまだ動けるぞ! はあああああっ!」


 オティアンの横薙ぎの一振り。それをリッドは避けるように跳び上がり、くるりと一回転して踵をオティアン目掛けて振り下ろす。


落雷踵(らくらいしょう)!」


 ガンッ!


「まだまだっ!」


「ぐっ、今度は俺が弾かれた?」


 リッドの踵を騎士剣の側面で受けきって、オティアンはそのまま払いの動作でリッドを跳ね除ける。


 リッドが着地してオティアンを見据えた瞬間、彼の瞳に映った光景は迫りくる騎士剣だ。


 リッドは笑った。


「うらあああああっ!」


「甘いっ! 閃掌底(せんしょうてい)!」


 リッドは立ち上がる動作と同時に、先ほどの落雷踵(らくらいしょう)で入ったヒビに目掛けて見切れない速さの掌底を打ち込む。


 ガンッ! ベキッ!


「ぬんぐっ!?」


 目の前で折られてしまった騎士剣の剣先の行方を視界の端に捉えつつ、オティアンは目を丸くして言葉が出てこなかった。


「騎士剣を折りましたね!」


「オティアン……勝負あったな?」


 騎士剣を握ったままうな垂れるオティアンを見て、ハトオロもリッドも勝ちだと確信していた。


 しかし、オティアンからの言葉がなく、彼の身体が小刻みに震える。


「ふふ……ははは……がはははははっ!」


 オティアンは高らかに笑った。彼は笑いながらも折れた騎士剣を鞘に収めてから、床を滑らせて退場させる。


「剣を失ってもなお高らかな笑い……まだ何かが? まさか、第二形態があるとか?」


「いや、魔物じゃな……いや、今は魔物か……ややこしいな」


 魔物の中には状況が変化すると同時に形態変化を起こすものがいる。


 ハトオロがそのことを呟き、リッドはヒトなら無理だろうと言いかけたが、既にオティアンは亡霊、魔物のためにその可能性も十分にあるために口を噤まざるを得なかった。


「すまぬな、お主を……いや、リッド殿を心のどこかで侮っておった。では、本気で行かせてもらおう」


 丸腰かに見えたオティアンは背中から別の騎士剣、柄だけの騎士剣を取り出した。


 次の瞬間、オティアンが力を込めると柄だけだった騎士剣に光の反射で煌めいているかのように光り輝く白銀の刀身が現れる。


「白銀の……刀身?」


「魔力でできた刀身か……厄介だな……」


 リッドとハトオロはこのとき初めて、オティアンの白銀狼の由来がその髪色だけでないことを知る。


「鋼の刀身はあくまで鍛練用。さて、改めて参る! ずえええええいっ!」


「ぐっ!?」


 お互いがまだ遠く、オティアンの騎士剣の間合いにすら入っていない状態にもかかわらず、オティアンがリッドに向かって垂直に振り下ろすの動きを見せた。


 本来なら遠すぎる一撃。しかし、リッドは本能的にその振り下ろしの軌跡になる直線上から即座に横にズレた。


 直後、天井や壁、床に斬撃の跡ができ、一部の壁はガラガラと大きな音を立てて崩壊していた。


「ぬあっ!? 久々過ぎて刀身を大きく見誤ってしまった! 壁がっ! また叱られてしまうではないか!」


「オティアンの魔法剣の刀身は……伸びる?」


 まるでコントのように1人ではしゃいでいるオティアンをよそに、圧倒されたハトオロが驚きを隠さずに呟き、冷や汗を垂らすリッドは同意するように無言で小さく1度縦に頷いていた。

お読みいただきありがとうございました。

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