4-6. 姫君の秘めきれぬ想い
約4,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
湖城の姫君にまつわる悲恋の物語。ここで人物の姿が描写されるのは、湖城の姫君エミハマス、近衛騎士オティアン、愚かな王子ジュイオの3人だ。
エミハマスは真っ暗闇でさえ照らすと言われた美しいキャラメルブロンドの髪をロングウェーブにしている。さらに、大きな目の中にある瞳は全ての光を吸い込むような漆黒色をしていて、一方で純白に透き通った肌が美しい対比を成していた。
その描写に違わぬ姿の幽霊体の美女がかわいらしいパジャマ姿でロッキングチェアに腰かけていた。クレアたちが扉を開けて入ってくるまで、美女は部屋に唯一の窓から星空を眺めていた雰囲気があった。
「もしかして、あなたは……湖城の姫君さま?」
クレアは驚きと喜びを半々の様子で目を輝かせた。
美女は突然の来訪者にも関わらず、クレアたちの姿を見て嬉しそうに両手を胸の前で合わせてから、自分の呼ばれ方に少し苦笑した様子でゆっくりと扉の方へと近寄ってくる。
「こんな夜更けにごきげんよう……なんてね。うーん、そんな大それた呼ばれ方はくすぐったいわ。はじめまして、私はエミハマス。かわいくないからエミーって呼んでほしいわ」
「そんなかわいくないなんて——」
「ありがとう。でも、あぁ、お父さまは我が子かわいさに何でも私の喜ぶものを与えてくれたけど、この名前だけは私ちょっと気に入らないの。だって、かわいくないもの。でも、お父さまには内緒にしてね? お父さまはきっと一生懸命、私が幸せになれるようにと名前を考えてくれたに違いないから」
「分かりました。はじめまして、私はクレアです。エミーさまは——」
クレアが自己紹介の後にエミーをさま付けした瞬間、エミーが大きな身振りとともに言葉を口から出していく。
「あら! クレア、嫌よ、さま付けなんて。せっかく同い年くらい……ちょっと私より若いかしら? でも、年ごろの女の子とお話ができるのにそんな畏まられたら私切なくなっちゃいそうだわ」
「切なく、ですか?」
「そう! 私もクレアをクレアって呼びたいもの。私たちはもう仲良しだと思わない?」
「あ、ありがとうございます。仲良しなんて嬉しいです。では、エミーと呼ばせてもらいますね」
「うふふ、ありがとう。クレア、よろしくね」
すっかりと会話のペースをエミーに握られてしまい、クレアは言葉を時折返すことがやっとだ。
「思ったよりお喋りさんニャ」
「仰る通りですね。湖城の姫君というから物静かだと思っていましたけど、しかしながら、品を失うことなく明るい女性という感じですね」
「だニャ」
イライドとウィノーに至っては2人でこそこそと会話を始めていた。
「ところで、エミーはどうしてここにいるのですか?」
ウィノーとイライドの会話をよそにして、ようやくクレアが核心に迫る問いを投げかけるも、エミーはクスクスと小さな笑い声を漏らす。
「うふふ、クレアはおかしな人ね。ここは私の部屋よ? どうして私の部屋に私がいちゃいけないのかしら? むしろ、お外に出ようと思うこともあるけれど、お外に出ると決まって殿方が花束や金銀財宝を持ってきて私のことを口説こうとするのよ? 私、楽しくお喋りをしたいのに、贈り物を持ってくる皆さんったらご自身の話ばかりで退屈しちゃうわ。だから、殿方に見つからないように隠れているのよ」
クレアはエミーの言葉で自らこの場所にいるということが分かったからか、少しばかり安堵した溜め息を漏らした。その時、ウィノーが不意にクレアの肩にそっと乗って耳打ちを始める。
「クレアちゃん、もしかしたら、亡くなった時の記憶がなくて、いや、亡くなった時の衝撃を忘れ去って、今も彷徨っているかもしれないニャ」
クレアはウィノーの言葉の意味を理解したのか一度だけ小さく肯く。
「……エミー、今日の日付は分かりますか? 私、ちょっと忘れてしまって」
「あらあら、えっと、そうね、まだ日が変わっていないのであれば……」
幽霊体には亡くなったときの記憶が失われて、亡くなる直前までの記憶を延々とリピートするタイプもいる。
エミーはまさにそのタイプで、彼女の示した日付はクレアたちが村でおじいさんに聞いた話の時期とぴったりだった。
「やっぱりニャ。彼女の中で時間が止まっているニャ」
ウィノーがクレアに耳打ちをしていると、ウィノーを待ちきれなくなったイライドがウィノーやクレアに近寄ってきた。
「でもウィノーさま、たしか、ダンジョンに踏み入った過去の冒険者の記録ではこのような場所やエミーの記載はなかったはずですが」
クレアの背中に垂らしたウィノーの尻尾がゆっくりと振り子のように左右に振られる。
「そうだニャ……いろいろと考えられるけど、そうだニャ。可能性が高いのは、ここが条件付きの隠し部屋か、エミー自体が特殊条件下でのみ出現することになっているところかニャ。見たところ、このお姫様がいなきゃ、宝物もないただのかわいらしい女の子の部屋だし記録にならない可能性は高いニャ」
ウィノーの推測に、イライドが少しばかり上を仰いでから数度首を縦に頷いた。
「なるほど。それなら可能性もありますね」
「あらあら、内緒話? 私も入れてもらえると嬉しいのだけど」
イライドに続いて、エミーまで話したくてうずうずとした様子でクレアたちに近寄って内緒話に参加しようとし始めた。
「エミーの恋バナを聞きたいと思ったニャ」
ウィノーが話しかけると、エミーが目を真ん丸にして白黒させていた。
「あらあら!? このシャム、お話もできるの!? なんて素敵なの。この子、かわいいだけじゃなくてかしこいのね!」
「シャム?」
「サイアミィズの昔の呼び方ニャ。オレ、ウィノー。よろしくニャ」
クレアが聞き慣れない言葉に首をかしげると、ウィノーがくるりと一回転してから言葉の意味の解説をする。さらにそのままウィノーはエミーに改めて自己紹介をした。
「よろしくね、ウィノーちゃん」
珍しいものを見たとばかりに満足げなエミーは、微笑みながらウィノーの頭を優しく数回撫でた。
当然のようにイライドが一瞬ムッとする。
「エミーのことを聞いたニャ。求婚者がたくさんいるのに全部断っちゃうなんてよほどニャ。好きな人がいるのかニャ?」
ウィノーが何も知らないかのようにエミーにそう訊ねる。
「うふふ、そうね。好きな人はいるわ。でも、私のお話もいいけど、クレアや……あら、ごめんなさい。そう言えば、あなたのお名前を聞いていなかったわ」
「……イライドよ」
「イライドね! 私、クレアやイライドの恋バナも聞きたいわ! まだ夜は長いのだからどうかしら?」
先ほどのムスッとした様子からイライドの返事がどこかつっけんどんな感じでとっつきにくさをありありと示していたが、それをエミーが気にした様子もなく、イライドを巻き込み始めた会話はエミーを中心に展開していく。
「じゃあ、順番に話しましょう? 私たち、エミーのお話を聞きたくて来たの」
「あら! それでわざわざ来てくれたのね? それなら私からお話をするのは礼儀かしらね。私が好きな人はオティアンというこの城の素敵な騎士長よ」
「騎士長……忠義の騎士オティアン……ですね?」
クレアの返した言葉に、エミーは今までで一番興奮した様子を見せた。
「そう、オティアン! オティアンは優しくて、余裕のある立ち振る舞いで気品もあって、でも騎士剣を握れば誰も勝つことのできないほどの強さもあって、ちょっとやそっとじゃ誰も太刀打ちできないのよ! でも、オティアンったら、私の気持ちには応えてくれない頑固さがあって、それはちょっとうんざりしちゃうし、困っちゃうけれど! でもね、オティアンはやっぱり、私にはすごく優しくて……だから、全然嫌いにもなれなくて、もっと困っちゃうの……オティアンたらもう、私を困らせてばかりなのよ?」
困る、困る、と連呼しながらも、エミーの顔は笑顔で綻んでおり、好きな人の名前を自分の口から出す度に声色の嬉々とした感じが増していく。
その嬉しさのお裾分けをもらったのか、クレアはもちろん、先ほどまでムスッとしていたイライドまで思わず顔が笑みで溢れてくる。
「エミーの好きが溢れていますね。オティアンさんはエミーの想いに気付いているのに応えてくれないのですか?」
クレアは上手く話を乗せられるようで、エミーの話は澱みなくポロポロといろいろな情報とともに零れてくる。
「そうなの! 歳の差があるって言って相手にもしてくれないの!」
「歳の差ね……」
「あら、イライドもそういう経験があるの?」
歳の差という言葉に一番に反応したのはイライドだ。
イライドは長命種の代表格ともいえる森人であり、実に数千年以上を生きられる者たちだ。
それに対して、ウィノーはダンプであったときを含めてもリッドと同じ数十年の時しか生きていないし、長くても100年を超えられるかどうかだ。
同じように時を進められないもどかしさはイライドが一番感じていた。
「そうね、私も想い人とは数千年の歳の差があるけれど、それでも愛しているわ」
「うふふ、数千って……面白い冗談を言うのね」
「冗談ではないのだけれど!?」
「うふふ、そうよね、恋は本気よね。クレアもそうなの?」
イライドの言葉を華麗に躱して、エミーは次にクレアの方を見る。
「え? 私ですか?」
「そう、クレアの好きな人はどんな人かしら? 同い年? 年上? まさか、年下!? クレアの歳で年下はいけないわ!」
「いえ、私は……その……えっと……いえ、私にはまだそういう……」
クレアは恥ずかしそうにもじもじとしているが、自分から順番に話そうと言った手前か、どうにか口を少しずつ動かしていく。
その時だ。
「ニャ!?」
「ん?」
「えっ!?」
「っ!?」
エミーの部屋にいる全員が若干の震えとそう遠くはない場所から出てくる轟音に思わず思考や身体の動きが停止する。
「下の方から音が……こ、この音は何かしら!?」
「そうね、戦いの音かしらね?」
「戦い!? この城の中で!? まさか……オティアンが危ないわ!」
「エミー、もしかして、微かに記憶が? あ、エミー!」
エミーはイライドから帰ってきた言葉に、近衛騎士オティアンの危機だと読み取ったのだろう。エミーは重くて開きっぱなしになっていた扉を滑り込むように通り過ぎ、階段を無音で下っていく。
「……あの夜も、エミーでも気付くような騒ぎがあったとしても、重い扉ですぐにオティアンの下へ行けなかったのかもしれないわね」
「追いかけるニャ!」
「エミー! 待って!」
クレアの呼ぶ声にエミーが反応した様子もなく、ウィノーが素早くエミーを追いかけていった。
お読みいただきありがとうございました。