4-5. 出会う聖女見習いと麗しの姫君
約3,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
クレア、ウィノー、イライドは落とし穴の底へ向かって落ちていた。
一体どこまで落ちるのか、暗がりの中では誰も知る由もないが、少なくとも生身で落ちて大丈夫な高さを既に超えている。
「きゃあああああっ!」
「マズいニャ! 黄巻紙を1枚! 【不本意な操り人形】!」
ウィノーがクレアの下へと回り込み、首輪に付けた小さなポーチから黄色い紙を1枚取り出して叫ぶ。すると、ウィノーの手足から太めの丈夫な線が飛び出して、線どうしが交差をしながら勢いそのままに落とし穴の壁に突き刺さり、ウィノーを中央に据えた網目状のハンモックのようになる。
クレアはそのハンモックの上を数度跳ねて動きが止まった。
「ウィノーちゃん、ごめんなさい、私のせいで」
クレアがハンモックの上を不慣れな感じで四つん這いになってウィノーの方へと近寄る。
「うぐぐっ……クレアちゃんは悪くないニャ! 敵が解除された落とし穴の床をぶち抜いたからニャ! イライド……早くっ……」
クレアを落下から助けられたはずのウィノーの顔は決して安堵していなかった。
ウィノーの【不本意な操り人形】は線の強度が決して強くなく、ウィノーだけならともかく、クレアまで支え続けるような丈夫さがない。
「ウィノーさま! 私をお呼びでしょうか……っ!?」
「イライド! このままじゃ【不本意な操り人形】が切れるからクレアちゃんを受け取って——」
「ズルい……」
「え?」
イライドの拗ねたような声色の言葉に、ウィノーは目を丸くし始めた。
「クレア、ズルいわ! 私もウィノーさまの作ったお手製ハンモックを使いたいわ!」
「ニャ!? イライド! 今はそんな場合じゃ……って、イライド乗ったら……あっ……」
クレアに加えて、イライドまで【不本意な操り人形】の上に乗ってしまったため、重量に耐えきれずにハンモックがブチブチという音を立てて切れた。
「きゃあああああっ!」
「にゃあああああっ!? イライド! 早く、頼むニャ!」
「ちょっと怒り気味のウィノーさまも素敵……イライドにお任せください」
イライドがクレアの手を握り、ウィノーを逆の手で引き寄せたあと、全員の落下速度が急激に遅くなった。
クレアが周りを見回しながら自分の状況を必死に確認する。
「う、浮いている……?」
「浮いているわけじゃないわ。ただゆっくりと落ちているだけよ」
「ゆっくりと……落ちている?」
「そう、そういう魔法もあるのよ。私が近くにいるだけでも少しは効果があるのだけど、私と身体が繋がっていればより効果があるのよ」
クレアの出した回答が間違っているとばかりにイライドが訂正し、クレアはイライドの出した言葉の意味にまだ理解が追いついていない様子で口を少しばかりぽかんと開けた。
そこでイライドにぬいぐるみかのように抱きしめられているウィノーがクレアの方を向く。
「森人には樹上からの転落や滑落に耐えるための落下速度低下の固有魔法があって、それを詠唱なしに使えるニャ。もしイライドがいなかったら、さっきのオレの魔法詠唱もおそらく間に合わないニャ」
「そ、そうなのですね」
クレアは納得したようなしていないような判然としない表情で、ただイライドから離れてはいけないとだけ理解したのか、ぎゅっと両手でイライドの手を握っている。
「だけど、慣れてない上に【不本意な操り人形】が切れた後だったから心臓に悪いニャ」
「ふふっ……ドキドキは恋にも繋がるようですよ」
「はあ……吊り橋効果をここで試さないでほしいニャ……」
イライドがウィノーを嬉しそうに抱きしめて、ウィノーはその笑顔に怒りが霧散して安堵の溜め息をこぼす。
ふわりふわりと時間をかけて降りて行き、やがてクレアの足に落とし穴の底が触れた。
イライドは自分の足も地に着いたときに落下速度低下の魔法を解除する。
「さて、底まで来ましたね。これほどまでに深い穴だとは」
「高い崖から落ちたような感覚だったからニャ……イライド、【ライト】を頼むニャ」
「はい、改めて、【ライト】!」
イライドが先ほどよりも数少ない【ライト】を呼び出して、辺りを照らし始める。
「うっ、人骨」
クレアが真っ先に見つけたのは腐敗もとっくに終わってしまった人骨だった。
「魔力があまり感じられない……どうやら落とし穴の底までダンジョンというわけではないようね」
「そうだニャ……ん? 風ニャ。ってことは、出口があるニャ。この穴から戻って上に上がるのも大変だし、別ルートでリッドたちと合流するニャ」
ウィノーはひげで風を感じ、クレアとイライドを先導するようにささっと風の吹く方向へと向かっていく。
「分かりました」
「さすがウィノーさま、承知しましたわ!」
じめじめとした地下道は城がダンジョン化して人も住みつかなくなった結果、手入れのされていない苔むした道が延々と続く場所に変わり果てている。
やがて、ウィノーたちは分岐点へと差し掛かった。
「うーん、分かれ道だけど、どちらも入り口とは別方向のようだニャ。でも、どっちがいいかニャ。分からないからくじでも引くかニャ」
どちらの道も目印はない。
侵入者が仮にこの道を見つけたとしても道を知らなければ迷うような造りになっている。ただし、幸いにして地下道がダンジョン化していないために、彼らが慌てて動く必要がない。
「……こっち」
「え? クレアちゃん?」
「こっち、何か感じます」
ウィノーが悩み、その様子をイライドが楽しそうに眺めている中、クレアがゆっくりと1本の道を指差して道を選んでいた。
ウィノーは別の意味で悩み始めるも、考えることをやめたようにすぐさま縦に頷いた。
「うーん……クレアちゃんを信じるニャ」
「はい! では、こちらに行きましょう」
クレアは青い瞳を爛々と輝かせながら意気揚々と進み始め、その後にウィノーとイライドが続いていく。
「ウィノーさま、どうして躊躇されたのですか?」
「クレアちゃんはちょっと道に迷いやすい体質でニャ」
「……それは方向音痴と言うのでは?」
イライドが冷静にツッコミを入れる。
「そうとも言うニャ、おっと、これは」
「上の階に戻る階段のようですね?」
「そうだニャ。まあ、ほかに道もないし、昇ってみるかニャ」
そのやり取りの途中で、ウィノーたちは上へと続く階段に差し掛かった。
ほかに道はなく、避けるなら来た道を戻るしかない。
「そうですね。こっちからより強い何かを感じます」
「私には何も感じませんけど」
「まあ、当てもないし、信じると決めたニャ」
クレアが何かを感じると言い続けているが、イライドやウィノーにそのような感覚が芽生えていないようで不思議そうにクレアのことを見つめている。
しかし、行く当てもない彼らがクレアの提案を止める理由もない。
「こっちです」
「まだ昇るのかニャ? てっぺんまで昇ったらさぞかし朝日と湖が綺麗に見える場所に出るだろうニャ」
「まだ夜ですし、星空がより見える場所かもしれませんね。ウィノーさまと星空を眺めるのも素敵です」
クレアの思うままに進んでいくと、長く続いた階段は途中にいくつかの扉を用意していたが、まだ先があるとばかりに彼女が昇っていくために落とし穴と同じ高さよりもずっと高い場所へと彼らを誘っていた。
やがて階段も終わりを迎えると、そこには綺麗な装飾が施された扉がクレアたちを待ち構えていた。
「扉?」
「そうみたいね」
「開けられるニャ?」
「……開きますけど……っ……重い……です」
クレアがゆっくりと扉に手を掛けて押すと、ギギギという滑りの悪い音を立てて重々しく扉が開いていく。
クレアたちの目の前に広がった光景は、古ぼけた印象がありつつもかわいらしい調度品や装飾が部屋の至る所に散りばめられた女の子の部屋だった。
「あら? こんな夜更けにお客様?」
そこにいたのは幽霊体の絶世の美少女だった。
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