4-4. 意図せず別れる二手
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楽しんでもらえますと幸いです。
3代前の王の兄は、愚か者の象徴として語り継がれる男だった。王子として生まれ、能力も備えていたが、傲慢さゆえに全てを力でねじ伏せた。
時を同じくして、湖に浮かぶ城とも呼ばれた湖城には、誰もが愛してやまない姫君がいた。才知と愛嬌に満ちて聖女のようと謳われた彼女には多くの求婚者が後を絶たなかったが、彼女の心はただ一人の近衛騎士に捧げられていた。
しかし、騎士は姫君を守るべき大切な存在として、その恋心に応えることがなかった。
やがて、愚かな王子は姫君を力ずくで手に入れようと夜襲を仕掛け、騎士を手にかけた。その結果、傲慢な願いは叶わず、王子と騎士は相討ちとなり命を落とす。翌朝、その事実を知った姫君は、愛する騎士の後を追うように自ら命を絶った。
すべてを欲し、すべてを失った男。すべてを失っても、愛を貫いた姫君。
クレアが泣き腫らした話は当時の情勢などの仔細を除けばこのような流れだ。
「ううっ……思い出すとまだ涙が……」
クレアは下唇を噛みながら涙をこらえている。
「相当だニャ……」
「無意識に自分と重ねているのかもしれませんね」
「なるほどニャ……まあ、こっちも悲恋になりそうニャ……」
イライドの言葉を聞いて、ウィノーはクレアからリッドへと視線を移す。
クレアが湖城の姫君に共感するのであれば、その対象は間違いなくリッドであり、一方でリッドはクレアに対して恋心を抱いていない。
2人はまるで話に出てくる姫君と近衛騎士のようだった。
「ウィノー、クレア、イライド、こっちに来てもらえるか」
リッドたちは既にラケ湖の廃城ダンジョンの中にいた。
湖城はその悲劇の後まもなくして、その悲しみを漏らさず包み込むようにダンジョンと化してしまった。今では魔物のほか、敵味方も分からない亡霊となった男の兵や湖城の兵士が冒険者に襲い掛かり、かつての美しい城の雰囲気もなく、当時やダンジョンになった後の戦いの傷跡が色濃く残る場所となり果てた。
ダンジョンになってすぐは財宝も残っていたために冒険者の出入りも多かったが、最近では宝箱も取り尽くされて実入りが少ないことや主要都市から遠い場所にあることもあって、すっかり静かな場所になってしまった。
ダンジョンのボスは姫君が愛した近衛騎士であり、ある場所で来た者を返り討ちにし、逆に打ち取られてもしばらくすると復活する不死身の亡霊騎士である。
「すみません、出遅れてしまって」
クレアの申し訳なさそう表情と言葉に、リッドは首をゆっくりと横に振った。
「いいさ。まだ時間はある。それよりも調査結果がある意味芳しくない。ダンジョンは通常魔力が豊富な場所なんだが、ここは魔力量が極端に低すぎる。よくダンジョンを維持しているなってくらいだ。まあ、俺にとっては好都合すぎるが」
リッドがギルドから渡された調査用の魔力測定器を地面に突き刺し、しばらくしてからその結果を見て彼は少しばかり険しい表情を垣間見せる。
「ここは人の想いが強すぎるのかもしれませんね」
クレアはリッドの言葉にそう呟く。
「たしかにそれもあるだろうが、それにしたってここまでとなると異常だな。まあ、今は気にしても仕方ないな。さて、クレア、ここはD級ダンジョンだ。普段潜り込んでいるE級ダンジョンや最初の地下共同墓地のような場所よりも1ランク上だ。しっかりと気を引き締めてほしい」
「はい!」
「あぁ、だが、クレアの【屍霊浄化】にも期待しているぞ」
「は、はい! 任せてください!」
冒険者としてはE級のクレアだが、彼女は見習い聖女でもあるために屍霊系に有効な【屍霊浄化】を自在に扱える。
「ちなみに、こういった場所だと侵入者対策の罠を張っている可能性もある」
「わ、罠ですか……」
クレアは「罠」という言葉に身を強張らせた。
リッドはクレアの様子に少しだけ笑う。
「ははっ、大丈夫だ。ここのダンジョンは昔からあるし、再生能力も低いようだ。だから、大抵の危険な罠は以前に解除されてからそのままだろうし、もし罠に当たっても被害は少ないだろう。ただの念押しだと思ってくれ」
ダンジョンの修復能力は罠にも適用される。リッドはダンジョンの床や壁、さらに魔力の測定結果を見て、ダンジョンに解除された罠を修復する力が残っていないと判断した。
「わ、分かりました!」
クレアはまだ少し固いがリッドの笑みに安心感を覚えたのか、口の端が堪えきれずに若干上がり始めている。
そのとき、リッドたちのいる部屋にある奥の扉がバンッという大きな音を立てて開かれる。
「GRRRRR……」
「UUUUU」
リッドたちが戦闘態勢で身構えた瞬間に、四足の獣骨だけが動いているような骨の魔物スケルトンハウンドや、鎧を着込んだ半透明の幽霊体ゴーストナイトが連れ立って現れた。
「骨でできた魔物と亡霊が一緒に来ています!」
クレアがそう叫ぶと、リッドやハトオロが肯く。リッドはそのままウィノーやハトオロとアイコンタクトを取って、ウィノーが肯いた後にイライドへと尻尾の動きで意思疎通を図る。
リッドがウィノーとイライドに出した指示は「待機」だ。
「この程度ならウィノーとイライドの魔力を温存するぞ」
「クレア、亡霊めがけて【屍霊浄化】を頼む!」
リッドはクレアに口頭で指示をする。
クレアはまだとっさにアイコンタクトやジェスチャーを理解したり指示を元に行動できたりするほどに至っていない。故に、リッドはクレアにだけ常に声を掛けながら戦闘を進めていく。
一方、リッドからの指示がなかったハトオロはスケルトンハウンドから距離を取るようにして勝手に動き始める。
「はい! 【屍霊浄化】!」
クレアは自身の不甲斐なさに表情を曇らせつつも、リッドに声を掛けられて自然と口元が綻んだ。
「GUUUUU」
「GAAAAA!」
クレアの透き通った青い瞳が目の前の敵に照準を合わせて【屍霊浄化】を放ち、それが敵である鎧を着込んだゴーストナイトに命中するとまるで初めからそこに何もなかったかのようにゴーストナイトが塵も残さずに消え去る。
四足獣骨スケルトンハウンドは【屍霊浄化】を野生の勘か掠りすらしないように避けて、避けた勢いのままにクレアの方に向かって飛び出していく。
「お前の相手は俺だ」
「GAGA!」
スケルトンハウンドの牙は狙い通りとならずに、リッドの金属籠手に阻まれて噛み砕けることのないそれを必死に噛み続けている。
リッドは逆の手でスケルトンハウンドの頭蓋骨を思い切り叩き割って動きを止めた。
「リッドの言う通り、これならオレやイライドの出番は遠そうだニャ」
ウィノーはしっぽをゆっくりとくねらせながら余裕綽々で歩いている。
その時だ。
「RAAAAA!」
突如、誰も警戒していなかった頭上から人骨の魔物スケルトンが天井の崩落とともに落ちてきた。
その下にはクレアがいる。
「ニャ!? 頭上から来たニャ!? クレアちゃん、危ない!」
「えっ!? あわわわわわっ!」
ウィノーの声に反応してクレアが咄嗟に横っ飛びで回避して崩落した瓦礫の直撃は免れるが、不運は重なるもので解除済みの落とし穴の仕掛け床が瓦礫にぶち抜かれて床にぽっかりと穴が開いた。
クレアが真っ先に落ち、ウィノーが彼女を追いかけ、イライドがウィノーをさらに追いかける。
「ウィノー! クレア! イライド!」
リッドが穴を覗くと、数m程度ではきかない深さを持つ落とし穴の真っ暗闇が広がっていた。
しかし、彼が分断された余韻に浸る間もなく、彼を狙って新しく現れたスケルトンハウンドたちが襲い掛かる。
ハトオロが横からスケルトンハウンドを蹴り上げてリッドを助ける。
「呆けている場合じゃありません! イライドさんがいますし、着地は大丈夫でしょう。それに落とし穴から風を感じます。おそらく、外か別の場所に繋がっているでしょうし、ウィノーさんがいれば何とかなるでしょう。ということで、今はダンジョン調査を進めましょう!」
リッドはすぐに体勢を立て直して、ハトオロと落とし穴を背にするように並び立つ。
「それしかないか……しかし、またか……」
「……なにか?」
「いや、なんでもない」
リッドはハトオロと2人でいたくないという感情を飲み込んで先へと急いだ。
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