4-3. 夜に開く孤城にすすり泣く聖女見習い
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
数日後の夜。動物はもちろん、草木も眠ると言われるほどの夜も深い時間帯。
風もまた眠りにおちたのか凪状態の湖は波紋1つも立たず、静かにリッドたちを出迎えているようだった。
「明るいニャ。やっぱり移動系の【ライト】は便利だニャ」
ウィノーは周りを照らす照明魔法【ライト】に感心した。
照明魔法の【ライト】は生活魔法の一種で個人差があり、今回はリッドやイライドのものだ。
リッドの【ライト】は、敵味方問わずリッドの意志によって誰かにまとわりついていく追尾式だが、魔法職でないために数も少なく追尾する際の対象との距離も短い。
一方のイライドの【ライト】は彼女を中心に移動する追従式で、さらに彼女が魔法職ということもあって周りを昼間かと思わせるほどに煌々と照らすことができるほどの数の多さと範囲の広さを併せ持っている。
故に、リッドやイライドの放つ移動式の【ライト】が彼らの周りを照らしていた。
「ウィノーさま! 私が【ライト】を出しております!」
「素晴らしいニャ。さすが、オレのイライドニャ」
「オレの……なんという身に余るお言葉です……」
イライドが褒めてほしいとウィノーへ盛大にアピールするので、ウィノーはうんうんと頷きながら彼女を盛大に褒めていた。すると、イライドの表情が恍惚としたものへと変わっていく。
リッドはその2人のやり取りを横目で見つつ、クレアの方に目を向けている。
「クレア、大丈夫か?」
リッドが言葉を掛けると、クレアは顔をハンカチで覆いながら歩いていた。
「は、はい……すみません……ぐすっ……ずびっ……あぁ……なんて悲しいのでしょう」
煌々と照らされるリッド一行の中でクレアは足音以外の音も出していた。彼女の目からはじわじわと溢れて止まることのない涙がこぼれていて、彼女の鼻が断続的にすんすんと音を鳴らし、彼女の口が涙声の吐息を出し続けている。
「まさかクレアちゃんがあんな前のめりになるほどに聞き入っちゃうなんて予想すらしていなかったニャ」
ウィノーが昼間に近くの村で当時を知るおじいさんの話を聞いているときの様子を思い出した。
村のおじいさんがしてくれたお話。愚かな王族の1人に見初められてしまった上位貴族の娘、湖城の姫君と呼ばれた娘の叶わなかった恋と自身の貞操を守るために自ら命を絶ったお話。
まるで小説のような実話に、クレアはすっかり聞き入ってしまっていた。
その話を聞いてからクレアは今に至るまで目に涙を浮かべていたのだ
「ウィノーさま、それはちょっと良くないですわ。乙女はいつだって恋愛話に興味があって聞き入ってしまうものですよ。それが悲恋ともなれば、なおのこと」
ウィノーがリッドとクレアの会話に割り込み始めると、イライドもまたウィノー目当てに会話に割り込んでくる。
「ううっ……お姫様の恋が……結局、結局叶わなかったなんて……今もありますけれど、身分差の恋……越えられないなんて……切なすぎます……ぐすっ……」
ウィノーとイライドのやり取りを聞いて、クレアは自分の状況を自覚したのか、彼女の涙の理由をウィノーやリッドに告げていた。
ウィノーもリッドもクレアの言葉に同意の頷きを返す。
「なるほどニャ」
「そうか」
ウィノーとリッドの言葉が続かなかったタイミングでハトオロが後ろから声を掛け始める。
「クレアさんはうら若き乙女なのですね。ということは……おっと」
ハトオロは次の言葉を口から出す前に、イライドから放たれる魔力の小さな塊を難なく避けた。
イライドは先ほどのウィノーとのやり取りでしていた満面の笑みから打って変わって、苛立ち混じりのぶすっとした表情でハトオロを睨みつけている。
「何か言おうとしたかしら? 森の養分さん? まさか私のことを何か言うつもりだったのかしら?」
イライドはハトオロの言いたいことを察しているとばかりに、不敵な笑みを浮かべた彼に向かって苦々しい顔をする。
ハトオロは不敵な笑みから小さな笑みへと少しばかり表情を変えて肩を竦ませた。
ここで、ウィノーがイライドの方へ寄り、何の合図もせずに跳び上がってからイライドの頭にちょこんと乗る。
今まで地面を歩いていたウィノーの足が頭に乗ったことでイライドが怒りを見せるかと思いきや、むしろ彼女の表情は急に明るくなった。
「イライド、まだハトオロは何も言っていないし、言ったとしても味方にそこまではしちゃいけないし、それに、これからダンジョン攻略だから魔力の無駄撃ちもやめるニャ」
ウィノーの注意にイライドが焦る。
「で、ですが……さすがに私もその乙女ですし……あの吟遊詩人はあまりにも無礼な立ち振る舞いで……先日も私を年増扱いして……私も立派な乙女なのに……」
イライドがごにょごにょと小さな声で反論すると、ウィノーは今までと雰囲気をガラッと変えた。その雰囲気の変化に彼女はビクンと全身を跳ねあがらせている。
「へぇ……ハトオロへの怒りって、それはオレ以外の男にも女の子扱いされたいということかニャ?」
「……えっ!? い、いえ、そんなことは……」
ウィノーの問いに、イライドは思わず首を横に振りそうになったが、彼女の頭上にウィノーが乗っているため頭を動かすことなどできなかった。
そのイライドの意図を知ってか知らずか、ウィノーはイライドの首にご自慢の長い尻尾を軽く巻き付け、そのシュッとした顔をまるで耳打ちするかのように彼女の頬まで寄せている。
「ふぅん……でも、さっきのだと、オレがイライドのことを女の子扱いするだけじゃ物足りないってことなんじゃないかニャ」
「そ、そんなことはありません! 絶対に!」
ウィノーのイライドへの責めは続き、イライドはクレアと同じように涙声になった上で、目にうっすらと涙を浮かべていた。
ウィノーがイライドの頭をその柔らかな肉球のある前足で撫で始める。
「じゃあ、周りがどう思おうが、どう言おうが、オレがイライドを女の子として扱っているんだから、それで十分ニャ。違うかニャ?」
「は、はひ……とても光栄です……」
ウィノーがイライドの言葉に満足して彼女の頭から飛び降りた後、ウィノーは次にハトオロの方を向いて口を開き始める。
「ハトオロはハトオロで冗談が過ぎるニャ。女の子を優しく扱いなさいって教わらなかったかニャ?」
「はてさて、教わったような、教わらなかったような。いえ、私は男女平等だと教わったような」
ハトオロの言葉にウィノーが小さく笑う。
「どうやら頭に収めた処世術を買い直した方がいいようだニャ」
「そうですか。では、今度、雑貨屋で見つけたら買っておきますよ」
「そうするといいニャ。ついでに目薬も買っておくといいニャ」
「なるほど。では、そのように」
ウィノーはハトオロの対応に納得した様子で次にクレアの方を向く。
「それとクレアちゃん、乙女の涙は綺麗って言うし確かにそうだけどニャ、クレアちゃんは笑顔が素敵だから笑ってくれると嬉しいニャ。みんなもそう思うニャ」
ウィノーがみんなと言いつつ、クレアと目を合わせた後で視線を誘導するかのようにリッドの方をちらりと見る。
クレアはちらりとリッドの方を見てみると、リッドが少し心配そうな顔で彼女のことを見ていたことに気付いた。
クレアがそのことに気付いた途端に目に溜まっていた涙がすべて引っ込む。
「ぐすっ……そ、そうですか。えへへ……これでいいですか?」
「バッチリニャ」
こうしてウィノーが機転を利かせたおかげで大事に至ることなく話が進もうとしていた。
「上手く丸め込んだな。イライドの視線が鋭いがな」
リッドはお礼とばかりにウィノーに声を掛けた。
ただし、リッドの言葉のとおり、先ほどまで自分に向いていたはずのウィノーの言葉や視線がクレアに向かったことでイライドは嫉妬の鋭い視線をウィノーに送り付けている。
ウィノーは笑みを浮かべた。
「誠心誠意で伝えれば届かない言葉はないニャ。それと、イライドのヤキモチなんてかわいいもんニャ。昔、複数人のファンに監禁された勢いに比べれば全然問題ないニャ」
「……そうか。昔に何度か数日行方をくらましていたのはそういうことか。しかし、なんというか、誠心誠意か……金言、恐れ入った」
100人以上の女性を手籠めにした男の言葉として聞いてしまったため、リッドは皮肉を込めた言い方をする。
ハトオロがウィノーに少しだけ近付く。
「ははは。ウィノーさんの方が私よりも吟遊詩人向きかもしれませんね」
「冗談きついニャ。オレが得意なのは女の子との語らいだけニャ。もっとも、今はイライドとクレアちゃんとしか話せないけどニャ」
ウィノーはこの世界に生まれ落ちた最初からサイアミィズと呼ばれる愛玩動物だったわけではない。あくまで彼の下であるダンプの一部である残ってしまった魔力や自我を仮の器として、サイアミィズの身体に入れ込んでいるだけだ。
「ちゃっかりクレアさんを入れているあたりがなんともウィノーさんらしいですね」
「オレらしいなんて照れるニャ」
ウィノーが嬉しそうに尻尾をくねらせていた。
「ハトオロは褒めてないだろ」
「ええ、私は褒めてないですよ?」
「ニャ!? 喜んで損したニャ!」
褒められていると思い込んでいたウィノーは2人からの暴露に驚愕する。
こうして、道中はこれからのことを感じさせないほどに賑やかに過ぎていった。
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