4-2. 予定外の同行者
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楽しんでもらえますと幸いです。
リッドの前に現れたのは、『心変わり小劇場のハトオロ』の2つ名で呼ばれる吟遊詩人のハトオロだった。
彼はなめし革の三角帽を目深に被り、上に白の襟付きシャツとなめし革の茶色のレザージャケット、下に薄灰色の厚手の長ズボンにジャケットや帽子同様のなめし革でできたロングブーツを履いて静かな雰囲気でまとめていた。
しかし、その地味な服装の一方で、精悍な顔つきにも関わらず中性的な色香を放ち、背中を覆うほどの長髪が光を当たり方によって色の変わる不思議な髪色をしているため、全体的には冒険者らしからぬ派手さを備えている。
「呼ばれて——」
「呼んでないけどな」
ハトオロが登場の決めゼリフと同時に右手に持っている弦楽器をかき鳴らそうとする前に、リッドが口を挟んで止めてしまった。
「……最後まで言わせてもらいたいものですねえ」
「登場に時間をかけ過ぎだ。魔物ならとっくに襲い掛かっているだろうさ」
綺麗な顔立ちの眉間にシワを寄せたハトオロを見て、リッドはしたり顔で肩を竦ませている。
「おやおや、リッドさんは魔物と同じくらいに粗野でしたか?」
「おっと、知らなかったか? かつて『血塗られた両腕のリッド』と呼ばれたような男が上品だと思ったか?」
「ふむ、どうにも私には分かりませんねえ……さて、私も掴んだ情報でしたが、さすがは冒険者ギルド、吟遊詩人の流浪の語りよりも情報が早いようですねえ」
リッドが自分を若干下げてまでハトオロを小ばかにしているため、ハトオロもこれ以上は無為になると判断したようで話題を変えるべく受付嬢のレセの方に話を振った。
「ハトオロさんもお気付きのように、ギルドは情報が命ですからね」
レセもハトオロの意図に気付いたようで、はいはい、とまるで子どもの喧嘩を仲裁するかのようにリッドとハトオロを交互に見ながら話し始める。
この頃にはクレアやイライド、ウィノーもリッドとハトオロのやり取りに気付き始めていたが、ウィノーがやんわりと2人を制止したために彼女たちが動くことはなかった。
「なるほど。やはり、ギルドは優秀に間違いなさそうですねえ」
「ありがとうございます。A級冒険者さんに褒めてもらえると光栄です」
「で、ハトオロは俺にそれを知らせたくて戻ってきたのか?」
ハトオロとレセの話が何ら意味を持たないやり取りになり始めて、リッドはついにハトオロの本題を確認すべく彼に訊ね始めた。
ハトオロはゆっくりと首を縦に振って頷いている。
「そうですねえ。後は、私もぜひ同行したいと思いまして」
「…………情報ありがとうな。それじゃあな」
ハトオロが依頼への同行を持ち掛けた。
リッドはしばしの沈黙の後に、稀に見る爽やかな笑顔をハトオロに向けてからそのまま立ち去ろうとする。
「ああっ!? 私を放って逃げるなんて勿体ないですよ!? 前回、私がいた方が助かったでしょう? 死の蟷螂のときに私の力なくして勝利はなかったでしょう?」
ハトオロはまるで舞台劇のようにやや大仰な動きをしながら自分の存在価値をアピールしている。
死の蟷螂、前回、ハトオロと合流したダンジョンで現れた特異な存在であり、E級ダンジョンに決して現れるはずのない強敵の名前である。
なお、命名者はハトオロである。
「くっ……たしかに……だけど……どうも苦手なんだよなあ……」
リッドは既にハトオロに対して踵を返していたが、その言葉を聞いた途端にピクッと反応して足を止めながら、もごもごと誰にも聞き取れないほどの小さな声でそのような言葉を呟く。
リッドはハトオロもいる方が戦力的にも優位だと頭では理解しているが、どうもハトオロのことが苦手のようで正直なところ会うこと自体避けている節もある。
「足を止めたということは、どうやら決まりですねえ。今回は受注時に正式にカウントしてもらいますよ」
ハトオロの押しにリッドは大きな溜め息を吐いて一回だけ首を縦に振った。
「……はあ、仕方ない。レセ、今からでも頼めるか?」
心底嫌そうな顔をするリッドが珍しいのか、レセはクスクスと小さな笑い声を漏らしながら依頼書にさらさらと名前を1つ追記する。
「承知しました。……はい、今回、臨時でハトオロさんもリッドさんのパーティーとして受理します」
「……はあ」
リッドはため息が止まりそうになかった。
「あら、私は言われたことをしただけですよ?」
「あ、いや、レセは何も悪くない。結局押し負けた自分に溜め息を吐いているだけだ」
「ふふっ、そうですか。悩まし気なリッドさんも素敵ですが、いつものリッドさんの方が素敵ですよ」
「レセにそう言われたら、どうしてもいつもの俺に戻りたくなるな。俺からも今の俺に伝えておくさ」
「ぜひとも」
レセはリッドの表情が芳しくないため、ちょっとしたイタズラ心で彼に軽口を告げてみる。リッドもその軽口の意図を理解して、申し訳なさそうな顔色で返しつつ自分への皮肉という返しで締めくくった。
ここでようやくウィノーがやってきて、その後ろからクレアやイライドがリッドとハトオロへ近付くように歩いてくる。
「ウィノーさん、クレアさん、イライドさん、よろしくお願いしますねえ」
「にゃあ」
「よろしくお願いします!」
「まあいいわよ」
ニコニコと話しかけるハトオロに、ウィノーは鳴き、クレアは元気いっぱいに返事をして、そして、イライドはあまり興味なさそうに反応する。
「ったく……」
「では、まずは近くの村にいるおじいさんに話を聞きましょう」
リッドは右手で軽くこめかみを押さえていたが、そんな彼の様子を気にした様子もないハトオロがさらにリッドたちに提案をする。
「近くの村ですか?」
「はい、古城の近くに昔からある小さな村ですねえ」
「おじいさんって?」
「ええ、ですが、イライドさんよりはきっと年下ですよ」
「……女性に年齢の話をするなんて、森の養分にでもなりたいのかしら?」
「にゃあ……」
「どういうことだ? 直接向かわないのか?」
クレアやイライドが聞き直し、リッドはハトオロにその意図を訊ねる。
「それも悪くないですが、まあ、どうせ向かっても数日以上かかりますし、中継拠点としてその村を利用するのも手ですよ。おじいさんの話で古城がダンジョン化する話も聞けるでしょう。私から聞くことももちろんできますが、おじいさんから直接聞く方がいいと思いますよ。何より、吟遊詩人は物語を大切にします」
ハトオロはようやく出番となった弦楽器の弦を小さく弾く。
「そうか。吟遊詩人のくだりはさっぱりだが、ダンジョン化のきっかけは暴走や暴走阻止のきっかけにもなる可能性が高いからな。ハトオロの言う通りにしておくか」
人に関係する場所がダンジョン化した場合、人の想いが強く関係している。人の想いが関係する以上、それらにまつわる話は重要な要素を見出すカギになりうる。
つまり、ハトオロの提案はリッドにとって自身の目的をより達成しやすいという意味でも無視のできない提案だった。
「では、リッドさんの理解も得られたようですし、参りましょう。次なる英雄譚へ」
「いや、調査の依頼にだが」
「……野暮ですねえ」
こうして今回のリッドの旅にハトオロも加わることになって、冒険は始まりを迎えた。
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