4-1. 予想外のことに驚く元A級冒険者リッド
「湖上の古城に想いは残った。堕ちた孤城となった今もなお姫君は待ち続けている。待ち人たる騎士は城内にて彷徨い、その使命に駆られた心で忠義を貫く。しかしながら、両者の想いは寄り添いつつも決して交わらず」
吟遊詩人の即興より
約4,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
とある日の遅めの朝。冒険者ギルドは朝の依頼受注ラッシュが終わって一息を吐く頃、ギルドの扉がギギィと開く音を立てる。
開いた扉から真っ先に現れたのは厚布の長袖長ズボン、皮のベスト、マント、ニーブーツ、赤い鉢金と赤い金属籠手で身を整えた男だ。
男の名はリッド。かつて、『血塗られた両腕のリッド』と呼ばれ、今は『ダンジョン仕舞いのリッド』と皮肉と畏敬の念が込められた二つ名を持つ元A級の現C級冒険者だ。
彼は自身の灰褐色の髪を軽く掻きながら、受付窓口にいる布地の真っ白なシャツにタイトなひざ丈のスカートを穿いている事務職然とした受付嬢の前に立つ。しかしながら、しっかりと立っている彼の身体と打って変わって、彼の赤い瞳は受付嬢を直視したくないかのように右へ左へと落ち着きなく動き回る。
「レセ……先日は、その、ありがとう。あ、っと、最後は2人の食事会が変わってしまって申し訳なかったけど……」
リッドは目の前にいる知り合いの受付嬢レセに、申し訳なさそうな表情と声色でお礼と詫びを一緒くたに伝えた。
レセは首を横に振ろうと左に捻った後にふと何かを思ったのか、若干顔の角度がズレたままに悪戯っぽい笑みを浮かべて茶色い瞳の目線だけリッドに返している。
「ええ、いいんですよ? だって、あのままではリッドさん、私とぎこちない会話しかしなかったでしょうし」
「……意外とレセも言う時は言うんだな」
レセは先日のリッドとの食事会で見事にフラれてしまっていたが、1度や2度ではへこたれないとばかりにいつも通りに接していた。
一方のリッドはフッた申し訳なさと、その後の食事会が2人きりから彼の仲間たちまで加わる形になった申し訳なさのWパンチで居たたまれない気持ちでいっぱいの様子だ。
困った様子のリッドを見て、フッと軽く吹いたレセがようやく顔をリッドの方へと戻す。
「ふふっ。リッドさんの好きなピュリフィさんが気の強かった人だなと思い出して、今度からリッドさんにはちょっと強気で行こうかなって……強気な女性は嫌いですか?」
リッドはレセの言葉でさらに困ったような表情を見せ、髪を掻いていた右手を少しばかり下ろして頬をポリポリと掻き始めていた。
「いや、別に、ピュリフィのそういうところに惚れたわけじゃないけど……まあ、強気な女性は嫌いじゃないかな。自分がはっきりしている女性は魅力的だと思うよ」
リッドはレセの猛アプローチでタジタジになりつつも自分の素直な感想を述べる。彼は彼女を喜ばせようという気でそう伝えたわけでもなく、ただ聞かれたことに正直に答えているだけに過ぎない。
レセはそこまでお見通しとばかりに小さく顔を立てに振っていた。
「それは嬉しいですね。だったら、リッドさんにだけ強気でいこうかな」
「普段の会話ならいいけど、受付嬢として話しているときは優しく頼むよ。事務的な手続きの時に語気が強いと緊張してしまうからな」
「それもそうですね。では、そのように」
レセが了承の意を伝えた途端に、何かがおかしいと思ったのか、彼女もリッドも軽く吹いて笑みをこぼす。
その2人を面白くなさそうな顔で見つめる少女がいた。
「ふーん……お2人は仲がとても良いのですね」
「クレア? どうしたんだ?」
リッドにクレアと呼ばれる少女は2人をジト目で見つめている。
彼女は透き通るような色白の肌に眩いばかりの金色をしたセミロングほどの長さの髪、長く細く多いまつ毛を持つ瞼が開くと見える水色の瞳、少し薄めの厚みをした桃色の唇、それらを組み合わせてまるで絵画や彫像ようだと思わせる整った顔と男好きのするグラマラスな身体つきから彼女を誰もが認める美少女だと印象付けていた。
彼女は、上にタートルネックでフードが付いている白地の厚布シャツを着て、その上に網目を粗くすることで軽量化している鎖かたびら、さらに、矢避けか聖職者としての矜持か純白のハーフローブを羽織っている。下もやはり白地で厚布のスカートも付いているロングパンツを穿いた後に左脇腹あたりにポーチのついた革のベルトを締め、膝まで覆う焦げ茶色のロングブーツを履いている。
彼女は聖女見習いながらもリッドとともに冒険をするE級冒険者だ。
「いえ、なんでもありませんよ」
クレアは面白くなさそうにツンケンした様子でリッドの言葉に冷たい返しを放ってから、そっぽを向いてから踵を返して、受付窓口から離れた待機席のソファの方に向かった。
「にゃあ」
かわいらしい鳴き声を発する四つ足の動物はウィノーだ。
ウィノーはサイアミィズと呼ばれる種類の動物であり、特徴的なサファイアブルーの瞳、オフホワイトの身体、凛々しい顔とツンと尖った耳、スラっと伸びた手足や尻尾の先にチョコレート色のポインテッドカラー、全体的に短毛であって非常に愛くるしい容姿をしている。
ウィノーはリッドに向けて鳴き声を発した後に座ったクレアの方へと向かって、彼女の膝の上に丸まり始めた。
「リッドは乙女心が分からないのね? ウィノーさま、私の膝もありますよ!」
リッドの態度に呆れ顔をする美少女は森人とも呼ばれるエルフ族のイライドだ。
彼女はエルフの特徴とも言える長く先の尖った耳と日に焼けることのないきめこまやかな白い肌、整った顔の中でも印象的な釣り目がちな目の中にひと際大きい真ん丸の緑色をした魅惑的な瞳をしており、彼女を構成するすべてが彼女を美少女と裏打ちしている。
髪型は少しばかり特殊で、透き通った若葉色の髪を内巻きのボブカットに加え、左のもみあげだけを長く伸ばした上で、汚れないようにコーティングされた赤、青、黄の3色の巻紙を髪留めとして使っていた。
服装は特殊よりも奇抜といった様相で、胸元から股下までを覆う黒い布地のきわどい服に加えて、胸、下腹部、肩、肘から手、膝から足だけに緑色の金属防具が装着されているために、まるでバニーガールがビキニアーマーまで着込んでしまったような異様な姿に加えて、肩から膝下まで伸びている緑色のマントを身に着けてしまっている。
その彼女はリッドに吐き捨てるような一言を呟いてからウィノーをさま付けして近寄っていく。
「ふふっ」
レセが楽しそうに笑っているが、リッドはバツ悪そうに苦笑いを返している。
「困った。おそらくだが、クレアは寝不足でご機嫌斜めのようだ。多分な」
リッドは肩を竦めて、レセに同意を求めるように呟く。
レセは彼のその様子に口に手を当てて先ほどよりも口の端を上げていた。
「ふふっ、その解釈はどうでしょうね。でも、恋のライバルをフォローするつもりもないですから」
「恋のライバルって……クレアはそういうのじゃ……あぁ、そうか……まったく、からかわないでくれ」
「……からかっているつもりもありませんけどね」
リッドはレセが自分のことを諦めていないことになんとなく気付くもそれを口にしないためにもからかいという言葉を使う。
レセは小さな溜め息を気付かれないように吐いていた。
「ところで、崩壊しそうな臨界ダンジョンが出たと聞いたが」
「そうですね。でも、どうして、『ダンジョン仕舞いのリッド』と言われてまでも崩壊寸前のダンジョンを選ぶのですか」
リッドは臨界または崩壊寸前と表現されるようなダンジョンを求めている稀有な冒険者だ。
崩壊寸前ということは崩壊時にダンジョン内の魔物が一斉にダンジョン外へと飛び出す暴走と呼ばれる現象に巻き込まれる可能性がある。
その暴走に対処し、ダンジョンを完全に崩壊するまで対応することから今の二つ名『ダンジョン仕舞いのリッド』で呼ばれるようになった。揶揄される理由としては、崩壊が低級ダンジョンで起こりやすいことから、彼が頻繁に低級ダンジョンに出入りする元A級冒険者と言われているためだ。
「男には秘密がつきものさ」
「それを言うなら女性にも秘密がつきまとうものですよ。さて、本題に戻りましょう。今回の依頼ですが、寝不足の人にはちょっと辛いかもしれませんね」
レセは深追いをやめてリッドの望んでいる依頼書を探し始める。
「どういうことだ?」
「こちらをご覧ください」
やがてレセが取り出したのは1枚の依頼書だ。
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発行日:○○/○○/○○
依頼名:ダンジョン化している廃城の異変調査
等級:C
分類:詳細調査および調査後の対応
内容:D級ダンジョンとして管理していたラケ湖にある廃城について、
最近、夜間での異常が見られるため、調査することを依頼するものとする。
調査内容として、まだ未解明の城内を含めて、魔力量、魔物の出現数や出現頻度を
資料にまとめて冒険者ギルド本部に提出すること。
なお、暴走する可能性が非常に高いため、阻止も異変調査の内容に含むこととする。
備考:夜間での調査が必須となるため、昼間の調査は対象に含まない。
場所:ラケ湖 廃城
報酬:○○○○○リィン
期限:○○/○○/○○
発注主:冒険者ギルド 中央本部 ギルド本部長
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「むしろ、クレアのような寝不足になるほど夜更かしをする若い子にぴったりだな」
リッドが笑い、つられてレセも笑い始めると、どこからか弦楽器の音色が聞こえてくる。
「湖上の古城に想いは残った。堕ちた孤城となった今もなお姫君は待ち続けている。待ち人たる騎士は城内にて彷徨い、その使命に駆られた心で忠義を貫く。しかしながら、両者の想いは寄り添いつつも決して交わらず」
「ハトオロ!?」
リッドは近くにいることに気付けなかったハトオロという男に向かってそう叫んだ。
お読みいただきありがとうございました。