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3-Ex5. 吟遊詩人は湖に調べを響かせる

約2,500字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 吟遊詩人ハトオロはイライドをリッドの下へ送り届けた後、再びふらふらと目的地も定めずに人気のない場所を渡り歩いていた。


 今も街道から外れた森の中を散策中だ。


「木漏れ日の中を歩き回るのも悪くないですね」


 ハトオロは木漏れ日から目を守るかのようになめし革の三角帽を目深に被り、上に白の襟付きシャツとなめし革の茶色のレザージャケット、下に薄灰色の厚手の長ズボンにジャケットや帽子同様のなめし革でできたロングブーツを履いて静かな雰囲気でまとめていた。


 しかし、その地味な服装の一方で、三角帽に収まりきらずに背中を覆うほどに長い長髪をしていて、さらにその長髪が光を当たり方によって色の変わる不思議な髪色をしているため、全体的には派手に見えてしまう。


 その不思議な髪色と、掴みどころのない飄々とした生き方から『心変わり小劇(ハトオロ・ザ・プリズ)場のハトオロ(ム・ワンマンショー)』と呼ばれている。


「しかし、そろそろ新しい英雄譚が欲しいところですね」


 ハトオロは自身の目的を「失踪から復帰した謎多きリッドの凄さを知らしめること」と会う人々に豪語しているが、先日のリッドの英雄譚『死の(ザ・グリム・)蟷螂(マンティス)との死闘』もそろそろ語り飽きたようでリッドと引き合わせられるような崩壊寸前のダンジョンを探していた。


 ただ、彼は魔物が少し出る程度の魔力溜まりを見つけるものの、ダンジョンと呼べるほどの場所を見つけられずにいる。


「いやはや、苦労は英雄譚のスパイスなのですがね……おや? これは……水辺の匂いが入り混じってきていますね。近くに池か川があるのでしょうかね。ちょうどいい、喉が渇いてきたところです」


 ハトオロは当てのない旅の道中、水辺の匂いがするという方向へと歩き、やがて森を抜けると大きな湖へと辿り着く。


 まだ日が天頂近くに居座っている中、ほどよい風が香りを広げるように漂わせ、大小さまざまな魚影が湖面を通して映り、小動物や鳥たちが水辺でエサを探したりエサになりかけたりと忙しなくしている横で、大きい動物が我関せずとばかりに勢いよく水を飲んでいる。


「おや、こんなところにこれほどまでに大きな湖があったとは……まだまだ地理的な見識が足りませんね」


 まだ見知らぬ場所があったと嬉しさ混じりの顔をして、ハトオロは水分を多く含んだ地面を草ごと踏んでいき、水辺近くに鎮座していた腰掛にちょうどいい岩を見つけて静かに座り込む。


「吟遊詩人といえば、森の湖畔で音楽を奏でて、やってきた動物たちと楽しく演奏会でしょう。近くにそれを見込める観客たちもいますし、これは腕が鳴りますね」


 ハトオロは現実とおとぎ話を混ぜ合わせたような言葉を口走りながら、次の瞬間に楽器を取り出して静かな調べを奏でる。


 その幻想的な音楽には動物を引き寄せるような不思議な魅力がたしかにあったものの、現実はそう甘くなく、動物たちどころか虫の一匹も音に寄ってくる気配がない。


 それでもめげずにかなり長い時間をかけて音楽を奏でていたものの、変わった様子もなく時間だけが過ぎ去って、天頂にいたはずの太陽が帰り道半ばまで進んでいた。さすがのハトオロも手を止めた。


「ふむ。ここの動物たちはもっと明るい楽しくなる調べがいいのかもしれませんね。しかし、今の私はその調べを奏でる気にはなれないのです。つまり、奏者と観客のミスマッチですね」


 ハトオロは妄想と現実のギャップにめげた様子もなく、何かを得心したような面持ちで楽器を仕舞う。


 すると、まるでタイミングを見計らったかのように、小鳥が1羽、何の前触れもなしに彼の三角帽のてっぺんに止まった。


「おや、私の演奏が終わってから来るなんて損をしてしまったようですね。しかし、私は今気分が良くなりました。もう1曲くらいなら弾いてもいいでしょう」


 小鳥の来訪に嬉しそうに楽器を取り出すハトオロだが、小鳥はお構いなしに再び飛び立ってハトオロを呼ぶようにピィピィと甲高い鳴き声を上げる。


 ハトオロの表情が作り物の笑顔から不敵な笑みへと小さく変化した。


「……なるほど。私を呼びに来た、と。いいでしょう。かわいらしいお誘いを無下にもできませんし、潔く連れていかれましょう」


 ハトオロは岩から降り立って、再び歩き出す。


 しかし、先ほどの当てもない散歩のような足取りから目的地のあるしっかりとした足取りになっていた。


 水辺に沿うように湖の横を歩いていく。風が生ぬるさを帯び始め、雨の日の湿気のように魔力も立ち込めてくる。少し重苦しく、ハトオロの額に拭っても拭いきれないほどに嫌な汗がまとわりつく。


 それでも歩いていく。太陽は帰路も終わりに近づいて、一杯引っ掛けてきたかのように赤ら顔で山の奥へと徐々にその身体を沈めていった。


 その頃になってハトオロが辿り着いた先は、湖に出っ張った地面に築かれた城の前だった。ただし、その城は遠目に見ても廃墟同然で、唯一の陸路を塞ぐ鉄の格子扉は錆びに錆びてしまっている。


「ふむ。先ほどの場所からは見えなかったですが、これは城?」


 ハトオロは別の吟遊詩人や老人たちから聞いたこのあたりの歴史を詠った物語を脳内でいくつも再生していく。


 その中で、老人から聞いた話を思い出す。


「たしか、話をしていただいたご老体がまだ幼い頃の話だったと思いますが、王家に嫁ぐことを拒んだ貴族の娘を巡った戦い、その戦いの場になった貴族の居城でしたかね。まあ、貴族の娘を奪いきれずにダンジョン化した城を前に王家が撤退したとか」


 ハトオロは口に手を当てて、城を睨みつける。


「話の通りダンジョンのようですが、魔物がいない? それとこれは……魔力の乱れ? あと……この気配は……」


 ハトオロが何かを思い立ったかのように楽器を取り出して、先ほどよりも静かで陰鬱な曲調の音楽を紡ぎ出す。


 小鳥はハトオロの三角帽の上でその音楽に合わせたかのように頭を垂れ、鎮魂歌に黙とうを捧げるかのように静かにしていた。


「湖上の古城に想いは残った。堕ちた孤城となった今もなお姫君(むすめ)は待ち続けている。待ち人たる騎士(おとこ)は城内にて彷徨い、その使命に駆られた心で忠義を貫く。しかしながら、両者の想いは寄り添いつつも決して交わらず」


 ハトオロは詩的な表現をその音楽に乗せる。


 すると、その音楽と言葉に反応したかのように、松明もないところにボゥっと鈍い明るいを放つ光の球がいくつも現れた。


 やがて太陽もすっかりと消えた今、その門扉は動き、城が開かれる。


「ふーむ……悲恋はいつも人の心を打つ尊いものです。しかし、その想いは添い遂げられた方が万倍も美しいに決まっています」


 ハトオロは目深に被っている三角帽を一度さらに下ろす。


「さて、今回も私からリッドさんの下へ出向きましょう。リッドさんの欲する『人の想い』のために。彷徨う彼らのために」


 ハトオロは踵を返して元来た道を再び歩き始めた。

お読みいただきありがとうございました。

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