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3-Ex4. 気付く小さな想い

約4,500字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 薄暗い灯りの下、酒や焼けた肉の匂いに満ち満ちた酒場の一角、リッドとレセが座る卓では異常事態が発生していた。


「んえ? あ、お(しゃけ)をもらえましゅか?」


 レセがぽわぽわっとしてとても楽しそうに満面の笑みでリッドの方を見つめている。酒を勢い余るほどに飲んだためか、彼女の舌はさっそく呂律が回らなくなってきたようだった。その上で彼女は再び彼に酒を要求している。


「……レセ、もしかして、お酒が飲めないのか?」


 リッドは「飲み方を知らないのか」という意味も多分に含んだ言い方でレセに問う。


「飲めましゅよ? みょう(あたし)も大人でしゅし。ほら、まだいけましゅよ」


 レセはリッドの言葉がよほど不満だったのか、じっと難しそうな顔でリッドを見つめて、頬を若干膨らませながら、コップを再び小さな樽の近くまで寄せていた。


 だが、レセのその呂律の回っていない舌足らずな言葉遣いにリッドは笑みで隠しきれない苦笑をする。


「そ、そうか。でも、ペースが速いから少し抑えようか」


「むぅ」


 リッドはレセの様子を見て再び注ぐこともなく、また、レセが勝手に注がないように小さな樽を自分の手元まで引き寄せて、にこやかな笑顔でレセの動きを制止する。


 レセの頬は中程度に膨らんだ。


「リッド、はいよ、名物3点。芋揚げ、肉揚げ、肉の煮込み串だ」


 ちょうどいいタイミングでウェイターが次の料理を運んでくる。いずれの3品も中皿程度に低い山ほど盛られてきた。


 リッドは選んだこの3品で彼とレセがほどよくお腹が膨れるだろうという目論見だ。


「ありがとう。ところで、本当に何も入れてないよな?」


「あのなあ、冗談と本気の違いくらい分かるだろ?」


「だよな」


 リッドが酒入りのコップを指差して先ほどの冗談を蒸し返すと、ウェイターは不服そうに言い返す。


 その返事にはリッドも納得するほかなかった。


「まあ、俺が言いだした冗談だからな。嬢ちゃんの水も持ってきてやるから待ってろ」


「ありがとう」


 ウェイターが翻って厨房へと急ぐ。


 リッドがレセに再び目を向けると、彼女の目の前に置かれていた肉揚げの1つに目を輝かせながらニコニコと笑っている。


「んふぅ……美味ししょう」


「大丈夫か? あ、食べるなら俺がよそうか?」


 レセはコクコクと頷く。


「お願いしましゅ。リッドしゃんが(あたし)にあーんってしてくれてもいいでしゅよ?」


「はは、それはちょっと恥ずかしいかな。どうぞ」


 リッドは小皿に手を伸ばして、それを手に持つと逆の手でフォークを手に取り、ひょいひょいと3つほど肉揚げを小皿に取り上げてレセの前に置いた。


 あーんはしないようだ。


 一瞬だけレセの頬がかなり膨れたが、すぐさまに気を取り直して小さく手を合わせる。


「ひゃい、ありがとうございましゅ……んふぅ……とっても美味しいでしゅ」


 レセは待っていましたと満面の笑みをこぼして、リッドに軽く頭を下げた後に自身のフォークを手にして小麦色にからっと揚がっている肉揚げの半分ほどを齧って食べる。


「それならよかった」


 リッドは先ほどの「あーん」が冗談だったのかと内心ホッとして、次いで自分の取り皿に分けた肉揚げをひょいと自分の口に放り込む。


 一方のレセはリッドの口に放り込まれている肉揚げを時折物欲しそうに見つめていた。


「あ、リッドしゃん!」


「んぐっ……ど、どうした?」


 リッドはレセが突然自分の名前を呼んだので、口の中の物を急に飲み込みそうになるほどにビクンと身体を震わせた。その後、口の中を空にしてから彼は彼女の方を向いて反応する。


「今付き合っている人はいましゅか?」


「と、突然だな……あ、あぁ……いるよ……」


 リッドは以前ギルド長に言われた「レセは生涯のパートナーにどうか」という言葉を脳内で反芻させる。


 しかし、リッドにはピュリフィがいる。今の彼女は得体の知れない者に身体を乗っ取られて囚われている状態だが、リッドが奪還できる可能性も捨てきれていない。


 故にリッドの頭の中では、恋人であるピュリフィの笑顔が彼に向けられている記憶がいつまでも離れない。


「ましゃか聖女見習いしゃんでしゅか?」


「そうだな。昔からずっとな」


 リッドは酒を口に含み、ゆっくりと口の中で酒を温め、広がるアルコール臭で頑なに話すことを拒んでいる心の壁を1枚だけ剥してレセの問いに答えていく。


「え? 昔かりゃ? クレアしゃん、みゃだ若いのに、昔からって、リッドしゃんってもしゅかしゅて若いというか幼い女性が好きだったんでしゅか?」


「げふっ……え? クレア? いや……あぁ……すまない。勘違いしていた。俺の恋人は後にも先にもピュリフィだけだよ」


 レセが告げる予想外の名前に、リッドは思わず酒を飲み込んでしまった。


「ピュリフィしゃん、最近、見かけませんけど、どこにいらっしゃるんでしゅか?」


「……ここから遠いところだよ」


 リッドがどこか遠くを見つめながら時折酒を口にする姿は、誰の目から見ても離別の哀愁が漂っていた。


 レセはそのような彼を見て、顔を少しクシャっと歪ませて、取り出したハンカチで目尻を数度(ぬぐ)っていた。


「リッドしゃん……一途(いちじゅ)なところも素敵(しゅてき)でしゅ……」


「ん? え? ど、どうした? 今度は急に泣き始めて」


(あたし)がピュリフィしゃんの代わりになりましゅ! ピュリフィしゃんのこと、みゃだ好きなのでしょうけど、(あたし)がリッドしゃんを幸せにしましゅから!」


 酒の勢いのプロポーズ、しかも、女性の方から。


 その事実に、リッドはただただ驚くばかりだった。


「え? あぁ……あ、いや、遠くってそうじゃなくて……もしかして、俺って意外と誤解させやすい言葉を使っているのか?」


 驚きの連続からか、リッドは周りが「何を今さらなことを」と言いそうなことを自ら呟き始めた。


「どうでしゅか? (あたし)じゃダメでしゅか!?」


「…………。レセのような美人にそんな風に思ってもらえていたなんて、その気持ちはすごく嬉しいよ。でも、俺になんてもったいないくらいだ。それに、ごめん、俺はまだピュリフィが好きなんだ」


 リッドは少しだけ間を開けた後、目元に困った表情を浮かべつつちょっとした笑顔で、彼の中でおそらく初めて意識的に突き放すような言葉を放った。


「……しょうでしゅ……か……」


「あぁ……すまない……」


「いえ……私の……方こしょ……」


 リッドの申し訳なさそうな顔に、レセの勢いは徐々に収まる。


 無言の2人。


 2人は次の言葉を考えあぐねている様子で、ちらちらとお互いに相手を見たり下を向いたりと忙しなく目線が動く。


「おい、リッド、水を持ってきたぞ」


 2人はウェイターが来たことでホッと安堵の息を漏らした。


「あぁ、ありがとう。すまない、ちょっと手洗いに行ってくる」


 緊張がほぐれたついでに用を足したくなったため、というよりも、一旦この場の雰囲気を変えるためにか、リッドはわざとらしくそのような言葉を口から出した。


「ひゃい、いってらっしゃい」


「一人にさせてすまないな、すぐに戻ってくるから」


 リッドはレセの頷きを確認してから席を立った。


 トイレへと向かうリッドの姿が見えなくなってからウェイターがレセの方を向く。


「……それで、うちの常連かつ酒豪も酒豪の蟒蛇(うわばみ)なお前さんは数杯で酔ったフリして、恋人がいるかだの付き合ってほしいだのと酔った勢い風に言ってフラれて、それでまた泣いてんのか?」


 レセは先ほどまでコップのふちを人差し指でなぞりながら酒の足らなさそうな顔で深く溜め息を吐いていたが、ウェイターから掛けられた言葉を聞いて視線だけを彼の方へとよこした。


「まさか聞いていたんですか?」


 レセの言葉にウェイターが大きく口を開けて笑った。


「ははっ! 聞いていた? くくく……そりゃ聞きもするさ。酒に酔ったフリとセリフに集中し過ぎて舞台役者のような大声を出してりゃな。まあ、この仕切りのおかげもあってか、店の騒ぎの方が大きいから俺くらいにしか聞こえてないだろうがな」


 ウェイターの言う通り、レセがリッドにフラれたことに気付かない周りの客で今も酒場の中はワイワイガヤガヤととりとめのない会話があちらこちらから流れている。


「うるさかったなら、すみません。なんですけども、デリカシーないですね」


 レセも相手が悪くないと理解しているためか、なんとか別の言葉を絞り出している。


「そんなもん、ここで働いてりゃ3分で消えちまうよ。それに俺にお前さんのことなど初見みたいな下手な芝居までさせたんだから見物料くらいもらってもバチは当たらねえだろ」


 そう言ってウェイターが笑うと、レセは彼と逆の大きな溜め息を吐く。


「はあ……どうせならハッピーエンドのときに見てくださいよ……私、フラれちゃったんですから」


「それはまあ、あの堅物を好きになったのが運の尽きだな。お前さんも、あの子もな」


「え?」


 レセが周りを見渡そうとすると、ウェイターがずずいとレセの視線を覆うように立ちはだかる。


「いきなり見ようとするな、気付いたことに気付かれるぞ。クレアちゃんが森人の女やサイアミィズを連れてきてんだ。ありゃ、リッドのことが気掛かりで来たに違いない」


「そっか……あの子もやっぱりリッドさんのことをね……想い出の強敵も大変だけど、思い出に似た若い子も強敵よね……」


 レセは不意に笑った。


「おいおい、敵って……物騒な言い方をするな。まあ、まだよく分かっていないみたいだけどな」


「その気持ちに気付くのはいつになるかしらね」


 レセは齧り残していた半分の肉揚げをパクっと口に入れる。彼女が幸せそうな顔を取り戻し、そのまま水を一気に飲み干した。


「その前にリッドがクレアちゃんたちに気付いたようだな」


 トイレに向かったリッドがクレアたちに気付き、奇遇だと言わんばかりに近寄って会話をしていた。


 レセがちらりと様子を窺うと、クレアがリッドに話しかけられて困ったような嬉しいような複雑な表情になりつつも会話をしている様子が見えた。


「あれはもうすぐね……。さて、だったら、ここでみんな一緒に食べましょう。リッドさんに声を掛けて、クレアさんやイライドさんやウィノーちゃんも呼んでもらえる?」


 レセは何かを理解したかのように小さく肯きながらウェイターにそのように告げた。


「デートなのにいいのか?」


 ウェイターの訝し気な表情を気にした様子もなく、レセは小さな笑みをこぼした。


「いいのよ、今のリッドさんじゃ2人きりは居心地が悪いからちょうど良かったわ。でも、フラれてもまだ好きなままだし、チャンスもまだあるはずだから諦めないけどね。こうなったら、シラフでももう少しガンガンいっちゃおうかな」


「複雑だねえ」


 今度はウェイターが呆れたように肩を竦めながら大きな溜め息を吐いた。


「乙女ですから」


「乙女でしゅからあ」


 ウェイターが舌足らずな口調でレセのことを茶化す。


「もう! もらった水を飲んで、まともに話せるようになったってことにするんです!」


「へいへい」


 その後、ウェイターが上手くリッドとクレアたちを説得できたため、みんなで仲良く卓を囲んで夕食を取ることになった。

お読みいただきありがとうございました。

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