3-Ex2. 敬愛に至る経緯
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楽しんでもらえますと幸いです。
イライドは皿を出す必要があると思い出したようで、木製のしっかりとした食器棚の方へと近寄っていく。それから彼女は食器棚から、スープ用の深皿とメインディッシュ用の大きめの平皿を4枚ずつ取り出してクレアに手渡した。
「ありがとうございます。イライドさんはダンプさんに感謝と恋心と愛情を覚えて、それと敬服をされているのですね」
クレアのオウム返しのような言葉に、イライドは縦に1度深く肯いた。その後、彼女は両手を胸の前に置き、まるで祈りを捧げるように少し上目遣いに天井を見上げて、うっとりとした表情を見せて過去の記憶を辿っている。
「ウィノー様はまだ若い……いえ、それどころか青臭くて驕り高ぶっていた私を改心させてくれたのよ」
ウィノーはウトウトしながら聞いていて、自分の数百倍生きているであろうイライドが口にする「若い」や「青臭い」に耳をピクピクと動かしツッコミを入れたくてウズウズしているようだが、喉元で何とか抑えこんで飲み干したようだった。
ウィノーは女の子2人の会話に入るような野暮なことをしない。
「改心ですか?」
改心。その言葉にクレアは引っ掛かったようだ。
「別に悪いことをしていたわけじゃないわよ? 先ほども言ったけれど、驕っていた……要は傲慢だったのよ。あの頃の私は同種族の中でもトップクラスの力を持っていて、女帝とまで呼ばれていたから本当に傲岸不遜で偉そうにしていたわね」
「……そうだったんですか。ご自身で仰るということはよほどだったのですね」
クレアは軽く冷や汗を垂らしている。彼女はイライドから今もその傲岸不遜な気配を感じつつ、自覚があるほどにこれ以上の傲慢さだったのかと思ったのか、顔色に苦笑いを禁じ得なかった。
そのクレアの様子に、イライドは気付いていないように話を続ける。
「そう、ウィノー様、当時のダンプ様はそんな傲慢な私の前に颯爽と現れて、イラついて楯突いた私と何度も何度も戦って、赤子の手をひねるように難なく勝ったのよ。おかげさまで高々に伸びきっていた鼻っ柱は気持ちいいくらいに根元からバキッと折られたわ」
鼻っ柱を折られたと言っているイライドだが、その言葉の強さの割に悔しさを微塵も見せず、むしろ、嬉々として過去の記憶を愛おしく思うように頬まで染めながら語っていく。
クレアはふと何かに気付き、おずおずと手を上げた。
イライドはクレアの挙手に気付き、話すように手を彼女の方へと向けて促す。
「えっと、ウィノーちゃんって、ダンプさんって、魔法使いですよね? 魔法使いが森人のイライドさんに勝ったのですか? 魔法勝負で?」
魔法使いの勝負は単純化すれば魔力の勝負になる。魔力の貯蔵量、魔力の制御技量、魔力の放出量などのいくつかの要素が組み合わさって、総合的に魔力をどれだけ上手に使いこなせるかがカギとなる。
一般的に、森人と呼ばれるエルフは魔力の貯蔵量、魔力の放出量において他の追随を許さず、制御技量も上位という魔力勝負で玉座に君臨する種族である。
「そうよ。最初は私もプライドのせいで突っ撥ねて幾度となく再戦を申し込んだのだけれど、結局負け続けたわね。それどころか、私の魔力の使い方が雑だと窘めた上で指導までしてくれたわ」
フッと息を漏らしながら笑みもこぼすイライドは清々しさに包まれているように。感情的にならずに自然体で淡々と自分の汚点とも言えるであろう内容を次々に口にしていく。
「え? イライドさんほどの方がダンプさんに一度も勝てなかったんですか?」
クレアはさらに訝しげな表情を浮かべた。
「ええ、一度もよ。正直な話、魔力の貯蔵量や放出量で考えると決して負けるわけがないはずなのだけど、いつも負けていたわね。私はいつも魔力を空っぽにしていたけれど、ダンプ様は汗1つさえも掻いているに見えなかったわ」
「それって……」
クレアが何かを言いかけるも、途中で何を言ってもイライドの感情を逆撫ですると思ったのか言葉を詰まらせる。
イライドもまたクレアの様子に気付くも、「なんてことはないわ」とでも言わんばかりに軽く肩を竦めておどけてみせた。
「ええ。あなたがきっと思っているように普通じゃあり得ないくらいの恥さらしよね。まあ、魔法勝負ってのは、最大戦力をぶつけ続ける戦略が主流なのだけど、ダンプ様はその主流に乗らずにご自身の戦略を編み出されていたわ」
「ダンプさんの戦略?」
「ええ。簡単に言えば、私の放った魔法の綻びを見つけて、そこに少量だけども非常に制御された解除魔法なり中和魔法なり属性的に相性の良い魔法なりをぶつけるのよ。たとえるなら、私が小さな村を一瞬で焼き尽くすような火を放っても、ダンプ様はバケツ1杯の水で消してみせたようなものね」
イライドの物々しいたとえ話に、クレアは驚きを隠せない。
「そんなことが可能なのですか?」
「大げさに聞こえるかもしれないけれど、魔力の制御は割と大事なのよ? 上位者どうしなら、弱点を晒していればすぐに打ち消されるの」
「だとしたら、イライドさんだって弱点を見せないように隠しているわけですよね?」
「そうよ。でも、私程度ではダンプ様にとって子供だましくらいのものだったのでしょうね。もちろん、ダンプ様以外に見破られたことなんてないわよ? だから、ダンプ様が圧倒的なだけ。ただ、そのときは姑息としか思わずに悔しかったわね。けれど、私がダンプ様の戦略に対応しようと考えてもなお勝てなかった。つまり、魔法の制御技量において、どうしようもないほどの格の違いに気付かされたわ」
「格の違いですか。リッドさんはダンプさんがいて心強かったでしょうね」
クレアは今までのイライドの語ってくれたエピソードをふまえて頭の中でダンプのイメージをどんどん強めていく。
それを引き金に、かつてのリッドの仲間たちの強さと彼女自身の強さとの乖離を意識してしまったのか、彼女は自分の両手をまじまじと見て、表情に少しばかりの翳りが見え始める。
「そうでしょうね。それからだけど、最終的にダンプ様に師事を仰いで、魔法の制御技量以外も学ばせてもらったわ。おかげさまで私はより強くなった。さらにその派生で、その頃に独自魔法を覚えたことで、今の二つ名やらいろいろなあだ名やらまでつけられたくらいよ」
イライドは回想終了という合図の代わりにウィンクをして見せた後、食器棚へと再び向かって取り分け皿を4枚取り出した。
「ウィノーちゃんは強かったんですね」
クレアの言葉にウィノーがしっぽを緩やかに動かし、誰にも見られないようにしつつ嬉しそうにニヤッとする。
「ダンプ様は否定していたけれど、当時、最強の一角であったことは間違いないわ。あとね、ダンプ様はいつでも優しかったのよ」
強いだけが敬愛の要素ではないと言いたげにイライドが「優しい」という言葉を口から出した。
「優しくしてくれるとやっぱり心が温かくなりますからね」
「そうね。特にベッドの上では優しかったわ」
「ベッ……あ、えっと……そうなのですね」
クレアは頷き返すも、イライドの言う優しさの話が少し大人っぽい方向へと向かっていたために、躊躇いの言葉も交えて反応する。
「もちろん、激しく求められたこともあったけれど、それでも私をまるで壊れやすいティーカップのように優しく扱ってくれたわ」
「あぁ……そ、そうなのですね」
クレアは聞いているだけで恥ずかしくなってきたのか、耳まで顔を真っ赤にさせて俯き加減のまま、スープの煮詰まり具合に目を移す。
「あら、恥ずかしがるなんて、もしかしてまだリッドとはそういったことをしていないのかしら?」
イライドの言葉で、クレアは顔どころか全身が真っ赤になりながらブンブンと手を振る。
「な、なんで、そこでリッドさんが!?」
「あら、私の勘違いだったのね。クレアがそっくりだから、てっきりね……」
クレアがイライドに少しばかり非難めいた言葉を掛けるも、イライドはむしろニヤニヤとイジワルそうな笑みを浮かべていた。
「それ以上はよすニャ」
ここでウィノーが耳をピクピクと動かしてから起き上がり、何かに気付いたようでイライドを止めにかかる。
「ウィノー様、分かりました」
「ただいま」
イライドの了承の言葉とリッドが扉を開けて発した言葉がほぼ同時に重なる。
「お、おかえりなさい、リッドさん」
「おかえりニャ」
「帰ってきたのね」
ウィノーとイライドはしれっとした雰囲気で何事もなかったかのようにリッドへ挨拶をし返すが、クレアはまだ先ほどの話が頭の中に残っているためか、少し慌てた様子でリッドの方を向くことなく挨拶の言葉を放る。
「ん? ……あぁ、今日の依頼はちょっと大変だったな。先に風呂に入ってくる」
リッドは少し不思議そうにウィノーやクレア、イライドを順に見つめるも、その答えが返ってこないと理解したのか、やれやれとばかりに装備を外す仕草を始める。
「はい。もう少ししたらご飯もできますから」
「ありがとう。あ、そうだ、クレア。もし今夜も作りに来てくれるなら、急で申し訳ないが、俺の分の晩御飯は要らないからな」
「そうなのですか? 何かあるのですか?」
クレアとリッドのやり取りはまるで新婚夫婦のように初々しさとたどたどしさがあった。
「あぁ。晩御飯をレセと……あぁ、分からないか? 冒険者ギルトの受付嬢と食べに行く約束を以前していたんだが、今日だとレセの都合が良いらしくてな。急ですまないけれど、そういう話になったんだ」
しかし、リッドの言葉でその微笑ましい雰囲気が一気に瓦解する。
「ニャ!?」
「あら」
「えっ……? あの受付嬢さん……?」
ウィノーが驚きで思わず声を発し、イライドが面白いとばかりに先ほどとはまた違った笑みを表し、クレアは目を真ん丸に見開いて両手をぎゅっと身体の横で握りながらリッドをじっと見つめていた。
その後、何事もなくリッドたちが昼食を終えて、しばらく各自が自由行動を取っていたらあっと言う間に夜を迎えていた。
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