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3-Ex1. 仲間が増えた日常

約4,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 リッドの仲間(パーティー)として、イライドが加入して1週間が経過した。


 冒険者ギルドでイライドの起こしたちょっとした騒動については、リッドの仲間になったことが当人どうしの和解に加えて、リッドの監督下に入ったと判断されて、2週間の低賃金労働を強制受諾という最低限の処罰で済んだ。


 その低賃金労働もC級のリッドやA級のイライドから見てコストパフォーマンスの低い最低(E)ランクの依頼という意味合いであり、元からその辺りで活動していたリッドにとって、ほぼほぼ無罰のようなものだった。


 不都合なことも強いて挙げるなら、今まであまりしてこなかった王都の清掃を含む馴染みの少ない依頼も受けざるを得なくなったくらいである。


「ふっふ~ん♪ ふんふん♫ ふ~ん♩」


 太陽が天頂近くにいる頃合い、リッドの家。


 クレアがキッチンで鼻歌交じりのご機嫌状態で調理を危なげなくこなしていく。彼女の手にある包丁がまるで一体化したようにザクサクと葉菜や根菜などを切っていき、彼女の口が鼻歌の途中で火系の生活魔法を唱えて、肉をジュウジュウ焼いたりスープをコトコト煮たりと並行作業も何のそのだ。


「クレアちゃん、いつもありがとうニャ」


「いえいえ、いつものことですし、今日は特にリッドさんが一人で依頼を受けているのですから、ご飯支度くらいはしないと」


 ウィノーのお礼の言葉に、クレアはウィノーの方を向いてニコリと笑って返事をする。


 元々は旅路で体力を温存しやすい回復役であるクレアがリッドから直接料理を学んだのだが、酒場やレストランの料理人などからも調理技術を学んだ結果、今ではすっかりリッドの調理レベルを超えてリッド宅の台所の主にもなった。


 時間さえあれば朝昼晩の食事をリッドたちに作っているため、クレアはまるで通い妻のような状態に収まっている。彼女が不在の場合でも、事前に日持ちのする料理を作り置きしておくことさえあった。


 そうして、リッドがクレアの料理を食べて「美味いな」だったり「今度、これの作り方を教えてくれないか」だったりという言葉とともに笑みをこぼすと、クレアが嬉しそうに微笑むのがいつものことだった。


「ウィノー様! はい! はい! はい! 私も一緒に作っています!」


 突如、イライドの声がウィノーに向かって元気よく発せられる。普段の少々高飛車にも聞こえる口振りを微塵も見せないで、まるで年ごろの少女のように明るくかわいらしい喋り方に変わっていた。


「おぉ、これはサラダかニャ?」


「はい! イライドはウィノー様を想って、サラダを一生懸命に盛り付けています!」


 クレアが台所で八面六臂の動きを見せている横、ダイニングテーブルの方ではイライドがサラダの盛り付けを一生懸命に行っている。


 イライドはある程度クレアの手によって切断処理済みの野菜たちを受け取ってから、まるでコンテストに出品するかのように、大きさや形を見て綺麗に盛り付ける。


 もちろん、彼女自身の美意識も関係しているが、それ以上に彼女がウィノーに褒めてもらうための盛り付けであり、ウィノーの料理はひと際綺麗に盛り付けられていた。


「イライドも本当に助かるニャ。うん、サラダの盛り付けが完璧ニャ。惚れ惚れするほど美しいニャ」


 ウィノーもまた、イライドが褒めてほしいということを充分に察しているため、多少大げさにいつも褒めていた。


 イライドはウィノーに褒められたことでまるで子どものように軽く飛び跳ねて喜んで、すぐにウィノーを抱きしめてクルクルとその場で踊るように回転する。


 ウィノーはイライドの愛情表現を一切嫌がらなかった。


「うふふ……嬉しいです。ウィノー様に褒められちゃった。やった、やった。それに盛り付けが美しいだなんて、私の美意識もウィノー様のお眼鏡に適うのね」


 センスの観点において、ウィノーは奇抜なセンスを持ち合わせているものの、あくまで押し付けることをせずに自身に直接関わるものだけにセンスを発揮しており、他者に関する美醜について基本的に寛大な評価を下す。


 なお、一般人から見れば、イライドの方が圧倒的に美的センスを持っていると判断される。


「ウィノーちゃん、お皿を用意できますか?」


 クレアがイライドとウィノーのやり取りを知ってか知らずか、彼らの方を向かずにかまどの火の方を注視して、言葉だけを彼らに向けていた。


「分かったニャ!」


 ウィノーは食器類を出すためにイライドの腕から抜け出そうとすると、イライドが離さないとばかりにぎゅっと抱きしめた。


 次に、ウィノーがイライドに優しく声を掛けようとするよりも早く、イライドがクレアに向かって口を開く。


「クレア、私がウィノー様に代わってお皿を出します。いいですね?」


「はい、いいですよ。じゃあ、イライドさん、お願いしますね」


 イライドは先ほどまでの笑顔の美少女と打って変わって、淡々と無表情でクレアにそう告げた。


 クレアはやはり調理の方が忙しいのか、ちらっとイライドとウィノーを一瞥した後すぐにかまどの方へと視線を戻しながらイライドの言葉をしっかりと受け止めた。


 イライドは満足げに歩き始めてウィノーをソファにそっと置く。


「いいのかニャ?」


 ウィノーは少し申し訳なさそうにイライドを上目遣いに見つめる。


 イライドは自身を見つめるウィノーの瞳に頬を上気させて、胸に手を当てて、興奮気味に少し鼻息を荒くしながら、ぶんぶんと首を大きく縦に振っている。


「はい! ですから、ウィノー様はソファでゆっくりお寛ぎください!」


「うーん、でも、それはクレアちゃんにもイライドにも悪いニャ。オレも何かしないとニャ」


 ウィノーがそう言うと、イライドは首がもげんばかりに左右へと大きく何度も振った。


「そんなことはありません! ねえ、クレアもそう思うわよね?」


「え? まあ、ご飯の準備ができれば、ウィノーちゃんはゆっくりしていてもいいですよ?」


「そうかニャ」


 クレアにとって、お願いした皿さえ出ていれば何でもよかったので、イライドの言葉に澱みなく合わせていっている。クレアにもそう言われてしまってはウィノーもイライドに強く出るわけにいかず、ただただソファの上でちょこんと座っているしかなかった。


 イライドは踵を返して、台所の方へと向かう。ただし、彼女は皿を取り出すわけでもなく、クレアの横に立ち始めて、じっとクレアを凝視していた。


「クレア……前から、ずーっと、ずーっと、気になっていたのだけど、そのウィノーちゃん呼びは馴れ馴れしいのではなくて?」


 イライドはクレアのウィノーに対する「ちゃん付け」があまりお気に召さなかったようで、ついにそれについて言及し始めたようだ。


「え? そうですか?」


「今でこそかわいらしい愛玩獣とはいえ、かつて、偉大なる魔法使いだったのよ?」


「そう言われても、私はダンプさんだった頃のウィノーちゃんを知らないですし、ウィノーちゃんもウィノーちゃんでもいいって言ってくれたのですけど」


 クレアは不思議そうにイライドにそう切り返した。彼女はウィノーがかつてダンプという魔法使いだということを知らされているものの、実際に会ったこともない人物なので特段の想いがない。つまり、愛玩獣であるウィノーから認識ができているために、かわいらしい言い方で固定化されているだけである。


「それはウィノー様が寛大ゆえに不躾なあなたにも慈悲の心で優しくしているだけよ! ウィノー様にちゃん付けなんて罰当たりにもほどがあるわ……ウィノー、様、よ! 分かるかしら?」


 イライドは「様」を強調する。


 クレアは思わず苦笑いが浮かんだ。


「私、不躾で罰当たりなんですね……」


「不躾でも罰当たりでもないニャ。イライド、それはやり過ぎニャ。呼び方は人それぞれでいいニャ。オレはクレアちゃんにウィノーちゃんって呼ばれたいニャ」


 2人のやり取りを聞いて、当の本人であるウィノーも口を出さざるを得なくなった。


「ウィノー様がそう仰るなら承知しました!」


 イライドはウィノーに決して逆らわないようだ。先ほどクレアに告げたようにいくら自分が不満に思っていても、狂信者のようにウィノーの一言を直接受けただけで簡単に覆ってしまう。


「イライドは相変わらず素直ないい子だニャ。じゃあ、申し訳ないけど、ちょっと寝るニャ」


「素直ないい子……うふふ……ウィノー様、お気になさらず! その身体では睡眠時間も多く必要でしょうから」


「ふわぁ……ありがとうニャ……」


 ひと段落着いたと判断したウィノーがソファの上で丸まって、くぁーと大きな欠伸をしてから寝始める。


「うふふ……凛々しいダンプ様もよかったけど、かわいらしいウィノー様も素敵ね」


 イライドはすっかり皿を出す話を忘れていて、遠巻きにウィノーの寝姿をじーっと見て目に焼き付けている。


「そう言えば、イライドさんは昔のウィノーちゃん、ダンプさんと何があったんですか? 先ほども言ったように私はダンプさんを詳しくは知らなくて……」


「時代が少し違うとはいえ、それはもったいないわね。ダンプ様のことを知らないなんて損以外の何物でもないわ」


「あはは……そ、そこまでなのですね? もしよかったら、まだ時間もありますし、イライドさんからダンプさんのことを教えてもらえますか?」


 クレアは皿の件をおくびにも出さず、以前から気になっていたのだろう内容をふとイライドと2人きりだということで口に出した。


 イライドはしばらくしてから、クレアの方を向いて微笑む。


「もちろんいいわ。殊勝な心掛けね。ダンプ様はね、いくらしてもし尽くし足りないくらいの感謝と、溢れんばかりの恋心と愛情、絶対的な敬服を私が唯一抱いた偉大なお方よ」


 イライドは胸に手を当てて、ゆっくりとした所作で目を閉じていた。

お読みいただきありがとうございました。

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