表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン仕舞いのリッド  作者: 茉莉多 真遊人
第3話 魔女はただ愛に賭す
40/56

3-5. 変わったとしても変わらぬ敬愛

約4,500字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 リッドはイライドに警戒しながらちらりと自分の身体についている赤茶色の魔力球をすべて確認する。いずれの魔力球もまだ解除されていない。


「ダンプ様のことを話す気になったかしら? ここなら私にしか聞こえないでしょう? ねえ……私は知りたいだけなの……それがどれだけ残酷な結末だとしても……お願いよ……私にも教えてよ……」


 イライドはダンプの死をも覚悟したと言わんばかりに真実を求める。


 しかし、リッドはその想いを受け取ることをできなかった。


「……次はまだか?」


 リッドはまだイライドが諦めていないと悟り、再び軽くステップを踏みながら構える。さらに彼は周りに異界との穴ができていないかを見回す。


「……どうしても痛い目に合わないと教えてくれないのね……いえ、言えない理由があるのでしょうね。でもね、私だって、あなたにイジワルで言っているわけではないのよ?」


「俺もイライドにイジワルをしているつもりはない……分かってくれ」


「分からないわ! 分かりたくもないわ! 私の大切な恩人、愛する人のことよ!」


「にゃあ……」


 イライドのその言葉にウィノーは迷っている表情を見せる。


「いいわ……お望みどおり、次よ。さて、質と量ならどちらがお好みかしら?」


 イライドの体外に放出していた魔力が少なくなったとき、しおれていた草花の範囲が徐々に狭まり、イライドの周りを囲む程度まで草花の様子が変わっていく。


「量で満たされるのは若いうちだけだな」


「まだまだ若いのだから、たんと召し上がりなさい? くっ……ぐぐぐぐぐっ……【異界の小隊はよく(サモン・ハング)魔力を喰う小隊だ(リープラトゥーン)】!」


 イライドが魔力を込めて指を鳴らすと、次は10もの異界との穴が広がり、リッドよりも身長が半分ほどの小さな個体が次々と飛び出してくる。


 明らかに統率の取れた動き、10×10の一糸乱れぬ整列、リッド1人に対して100体という圧倒的な物量、まさに小隊(プラトゥーン)の人数で現れる異界の兵たちだ。


 鎧のような重い物を着込んでおらず、全身になめし革のような少し固めの軽装をして、それぞれが剣や斧、槍、スリングショット、弓、鎚などの武器を持っている。


 異界の兵たちは剣客同様に、イライドの魔力球を見て(よだれ)を垂らしている。


「胸やけしそうな量だ」


「……ふっ……ふぅ……残念だけど、これで今日の私のメニューは終わりよ……っ……ふぅ……これでもまだ足りないかしら?」


「どこかの国では、出されたものを残すことがマナーだそうだ」


「あなたの国ではそうではないでしょう? 郷に入っては郷に従って、さあ、残さず召し上がりなさいな!」


 異界の小隊は互いに目配せをしながら、一斉にリッドへと攻め立てていく。


「KIKI!」

「KYA!」

「KUKU!」


 異界の近接職たちがリッドに到達する前、弓やスリングショットによる遠距離攻撃によって、矢や石が雨霰(あめあられ)のようにリッドへと降り注ぐ。それらを躱すと、次には近距離攻撃が四方八方から繰り出される。


 さすがのリッドも苦戦してどうにか囲まれないように後退や撤退と迎撃や反撃を繰り返す。


鰐噛転剝(がくごうてんはく)!」


「KUKYA!?」


 迫り来る異界の斧兵の頭部を両手で掴み、リッドは勢いよく全身を回転させて頭部を千切り飛ばす。


 斧兵の持っていた斧がほどよく重く、彼は斧が溶けて消える前に投擲具として目の前の異界の剣兵に投げつけて剣兵の頭部を半分にぱっくりと裂く。


「KE……KEKE……」


 その後もリッドは自身の鍛え上げた技以外に、彼の得意とする『現地調達(フォームレス)』によって相手の得物を奪って利用して次々に倒していく。


 倒した剣兵の持っていた剣を握って、別の剣兵の腹部に突き刺して剣を奪い取り、両手に剣を構えて槍兵の槍を剣で受け流した後に袈裟斬りで剣を槍兵の身体に深々と食い込ませ、さらに槍を奪えば投擲槍のように弓兵へと寸分の狂いもなく槍を投げ飛ばして撃破する。


「KIIKII!」

「KYOKYOKYOU!」


 しかし、異界の兵たちも一筋縄ではいかない。


 それぞれが撃破された仲間の位置取りから連携をすぐさまに立て直して複数方向からの波状攻撃を絶えず途切れさせることなく続けていく。


 統率の取れた攻撃はリッドが普段相手にする魔物の攻撃方法とまったく異なるため、人間相手に戦っているように対応していく。


「1体1体はC級からB級冒険者程度だが、この数の連携された波状攻撃だと!」


 ただ受け流すだけならまだ問題はなかっただろう。しかし、何が起こるか分からない魔力球に触れさせずにすべての攻撃を躱し、連携の隙を見つけて1体1体を撃破するのは至難の業である。


「KYAKYA!」


「しまっ! ぐっ! ぐうううううっ!」


 30体ほどを殴って蹴って斬って刺して潰してと様々な方法でぐずぐずに溶かした頃、リッドの左上腕に付着していた魔力球が異界の槍兵の一撃でざくりと割れて落ちる。


 リッドは口を閉じて叫ぶ声を抑えていた。その後、彼は少し疲れた顔を見せて、左腕を力の入っていない様子でだらんとさせている。


「KAKA!」

「KYUUUUU!」

「KOKOKO!」

「KYAKYAKYA!」


 落ちた瞬間に兵たちがリッドから目を離して攻撃もしないで我先に魔力球へと群がり、醜い奪い合いを制した8体ほどの兵が切り分けられたような魔力球をムシャムシャと音を立てて喰らい尽くし、その兵たちも満足そうにドロドロと溶けて消えていく。


「はあっ……はあっ……ふふっ……ようやくね。異界の者の攻撃が私の【魅惑の(エンチャンテッド)果実(・フルーツ)】に攻撃成功した瞬間、付着させていたあなたの部位はしばらく動けなくなるのよ。でも、安心なさい。全部を攻撃されなければ、しばらく休むと回復するわ。その間にダンプ様のことを教えてもらうだけよ。ダンプ様の親友と呼ばれるあなたを無闇に傷付けはしないわ」


 イライドは言う必要のない説明までリッドに向けて口にする。彼女も魔力を使い果たしてしまって後がないため、早々に諦めてもらうことにしたようだ。また、彼女とクレアの約束からか、リッドの身体に異界の者たちの直接攻撃が当たらないように手加減をしている節もあった。


「うぐっ……ご丁寧な説明をどうも……それを聞いて諦めてほしかったか? くっ……だが、敵も魔力を吸収すると減ってくれるようだな? 残り半分強か……腕一本程度のハンデならまだいけるぞ?」


 リッドは話す気がない。左腕が動かない状態で先ほどと同じような攻撃が続けばジリ貧確実の状況においても、彼自らダンプの話をする気はないと強く突っぱねていた。


「まだ口が減らないようね。あなたの口に魔力球でもつけるべきだったわね! では、死のギリギリを堪能しなさい!」


 リッドが一度自分で決めたことを自分で曲げることは少ない。


 彼は死んでは元も子もないと分かりつつ、たとえ理屈が通らなくても、死をも覚悟して臨む。


「俺は絶対に諦めない!」


「私も絶対に諦めないわ!」


 リッドとイライドの言葉を皮切りに再び異界の兵たちがリッドへと迫ろうとしていた。


 ここでウィノーが動き出す。


 ウィノーが首輪に提げている小さなポーチから黄色の紙を取り出した。


「すまねえ、リッド。黄巻紙(イエローロー)を1枚(ル・シングル)! 【不本意な(エレクトリック)操り人形(・ワイヤーズ)】!」


 ウィノーがそう叫ぶと、ウィノーの両前足の指、計10本の指から鋼鉄以上に頑丈な魔力の線が飛び出して異界の兵の数体に突き刺さった。


 ウィノーの【不本意な(エレクトリック)操り人形(・ワイヤーズ)】は、ウィノーだけが使える独自魔法の1つであり、魔力が込められた黄色い巻紙を1枚消費することで発動させることができる。突き刺さった魔力の線を介して、ウィノーは対象を自由にコントロールできるようになる。


 しかし、この程度の魔法、しかも数体程度を味方につけたところで形勢が逆転できるわけもない。


「こ、この魔法は……全員待機しなさい!」


 そう、ウィノーは【不本意な(エレクトリック)操り人形(・ワイヤーズ)】を使って直近のリッドへの攻撃を止めることよりも、イライドに自分の存在を示すために使った。


 個人の独自魔法をまったく同じように使うことは難しい。故に、独自魔法の構築と使用は魔法使い、魔術師と呼ばれる者たちの存在証明にもなる。


 イライドが驚きのあまり、右手を突き出してすべての異界の兵を止めてしまう。


「イライド、もうやめとけ」


 クレアに頼まれて付けていたウィノーのかわいらしい語尾が消えている。


「ウィノー! お前!」


 リッドが「秘密を知る者をこれ以上増やすな」と言おうとしていたが、ウィノーはリッドの言葉を遮るように首を横に振っていた。


「悪いな、リッド。親友(ダチ)危機(ピンチ)にだんまりで動けないようじゃ、オレはもうオレじゃなくなっちまうんだよ。ま、今回はオレのワガママに付き合ってくれよ」


 ウィノーは肩を竦めて申し訳なさそうに、しかし、ワガママを突き通すと決めたニヤッとした笑みを浮かべる。


 リッドは自分の不甲斐なさを恥じるように俯く。


「ダンプ様? まさか……ダンプ様……なのですか? そんな……人型が動物に……? こんなことが……?」


 イライドがウィノーの前に立って、魔力の質からダンプであることを理解しつつもすっかりと凛々しかった姿からかわいらしく変わり果てた姿に動揺を隠せないまま、やがて、へたり込むように地面に座り込んだ。


「オレから説明するニャ」


 語尾の戻ったウィノーが自分やリッドに起きた要点だけ話す。全部を話すまでには至っていないが、ダンプにしか興味のないイライドに対して、不要になる情報は取り除いた形にもなる。


「そ、そんな……そんなことが……」


 イライドは静かにうな垂れたまま、指を1回鳴らしてリッドに付着させていた魔力球を外し、今まで待機させていた異界の兵たちにその魔力球を与えてから、それでも残った兵たちを強制的に異界へと送り返した。


「…………」

「…………」


 ウィノーは無言で薄目を開けたまま少し寂し気に、呆然としていたイライドを見つめていた。


 ウィノーも多くの女性を愛していたが、誰1人としてぞんざいに扱ったことなどない。誰に対しても彼なりに全力で愛を注いでいたのだ。


「そう、だから、オレはもうイライドの好きなダンプじゃないニャ。オレは今、ウィノーってただの愛玩獣ニャ。そんな悲しそうな顔をさせたくないニャ。だから、もうオレと関わるのはよすニャ」


 ウィノーは愛おしそうにイライドの頭を撫で、頬を擦り、彼女の頬に零れてきた一筋の涙を(すく)って、やがて、その前足を彼女から離す。


「よかった……死んでいなくて……」


「え?」


 イライドがぼそっと呟いた言葉にウィノーは目を丸くした。


「ダンプ様……いえ、ウィノー様……たとえあなたがどのようなお姿や状況になろうとも、私を心の闇から救い、私に愛と生き方を教えてくれた恩人です。そして、このイライドはどのようになろうともダンプ様を尊敬し愛し続ける者です。ワガママを承知でお願いを申し上げます。どうか今度は私をおそばに置いてください」


 イライドは自分から離れたウィノーの前足を静かに掴み、片膝を着くようにして手の甲に数秒ほどの口づけをする。


「イライド……なあ、リッド……」


「ウィノー、お前のせいでイライドに秘密を知られたんだ。こうなったら、イライドには近くにいてもらわないと困る。イライドの口が軽かったら、秘密を流布されて敵わないからな」


 リッドは動く右腕だけで肩を竦ませるポーズを取って、やれやれと言わんばかりにウィノーの言葉を先取りした。


「リッドぉ……」


 ウィノーがうるうると瞳を輝かせて嬉しそうな顔をする。


 一方のイライドはムッとした顔でリッドを睨みつけた。


「『血塗られた(リッド・ザ・ラスティ)両腕のリッド(レッド・ガントレット)』! 私の口はそんなに軽くないわ! 今のは聞き捨てならないわよ!」


「……イライド、そこはまあ、ちょっとした男どうしの冗談(ジョーク)だから、まともに受けちゃダメニャ」


「はい! ウィノー様がそう言うなら!」


「うんニャ」


「なんだかなあ……」


 こうして、リッドたちの秘密を共有する者として、イライドがリッドの仲間(パーティー)に新たに加わった。


---第3話 魔女はただ愛に賭す 完---

お読みいただきありがとうございました。

以上で第3話が終わり、次回から複数話は幕間となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ