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ダンジョン仕舞いのリッド  作者: 茉莉多 真遊人
第3話 魔女はただ愛に賭す
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3-4. 変化により変わっていく者たち

約4,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 魔力球が付いたままのリッドは冒険者ギルドを出てからレンガ造りの街並みをできる限り疾走していた。


 しかし、時間がまだ朝早く、大通りやその周りの小道は市場へ向かう者や逆に帰っている者たちでごった返している。かといって、路地裏は入り組んでいる上に荷物やごみが散乱しているため、どうしても速度が落ちてしまう。


 リッドは、いつやって来るか分からないイライドと召喚された異界の剣客に、正直焦りを覚えていた。イライドたちが人前で暴れなければ、けが人が出なければよいのだが、先ほどの様子を見るにその保証がまったくないと彼は思わざるを得なかった。


「すまねえニャ、リッド。イライドが迷惑をかけちまってるニャ。イライドは見た目があれだが、オレをいつまでも慕ってくれていたいい女なんだニャ。ただ、ちょいと暴走しやすいんだニャ」


 首根っこを掴まれたままのウィノーがうな垂れているような姿でぶらんぶらんと身体を揺らしながら詫びの言葉をリッドに掛ける。


 リッドはウィノーを掴んでいる手と逆の手でウィノーの頭をポンポンと叩く。


「話は後だ。少し行儀が悪いが、最短ルートで外に行くしかない」


「それって、おわぁ! ニャ!」


 リッドは石畳でできた大通りから小道へ入り、さらに割れた石畳が多い路地裏へと走り抜けた後、路地裏の間隔の狭い壁を三角蹴りで一気に屋根まで駆け上がる。


 屋根に辿り着いたリッドはそのまま瓦の屋根を踏み抜かないように気を付けつつ、一番近い城門の方へと屋根伝いに走り抜ける。


「きゃっ!」

「うわっ!」

「おおっと!」


 少しばかり広い通りに差し掛かり、このままじゃジャンプの飛距離が足りないと考えたリッドは低層の家の屋根から近くにある高層の家の壁を伝って屋根へと昇り、さらに一段高い場所から一気に大ジャンプを仕掛ける。


 リッドの狙い澄ました先、建物の屋上にはB級冒険者のフォイルがおり、朝の鍛練とばかりに鍛え上げられた筋肉をさらに磨き上げていた。


 フォイルはリッドの姿に気付き、跳んでいるリッドの方へ向かって、武器も持たずに素手で構え始める。


「お前は『ダンジョン仕舞(リッド・ザ・ダスキー)いのリッド(グレイ・クローザー)』! 今日こそお前を! ぐえええええっ!?」


 リッドは相手にしていられず、そして、空中で着地地点を変えることもできず、フォイルの頭頂部を思いきり踏み抜く形で着地する。普通の人間なら一たまりもない衝撃だが、元々前衛防御職でB級まで上り詰めたフォイルは大ダメージで済んだ。


 ウィノーはあんぐりと大口を開けて「痛そう」と言葉にしないが表情で言外に伝えていた。


「悪いな、ホイル!」


「お、俺は……フォイルだ……」


 フォイルが倒れ込む間もリッドは急ぐ。しばらくして城門の前まで向かうと、リッドは馴染みの門番に顔パスとばかりに挨拶をして大平原へとどうにかイライドたちに捕まらずに辿り着いた。


 大平原は背の低い草花が群生しているために見晴らしが良く、さらに道から少しでも離れてしまえば人の気配もほぼなくなり、魔力の少ない地域でもあることから稀に出現する魔物もそう強くない。


 そのため、魔法や広範囲攻撃の練習場として使われることもあるが、幸いにしてリッドが見渡す限り、先客はいないようだった。


「ふぅ……」

「ふぎゃ!」


 リッドが少し脱力した瞬間に、ウィノーが彼の手から滑り落ちて地面に落とされる。思わずウィノーは短い悲鳴を上げるが、そこは運動能力の高いサイアミィズ、無様にコケることもなく綺麗に着地した。


「すまない、すっぽ抜けた」


「問題ないニャ。逃げ続けないのは賢明だニャ」


「まあ、いつまでもこの魔力の塊が付いている以上、逃げきれないだろうしな」


 リッドが赤茶色の魔力球をつついてみると、魔力球は多少の弾力がありそうなぶにぶにとした反応を返す。

ウィノーはリッドの見立てに間違いないと言わんばかりにうんうんと首を縦に振った。


「その通りニャ。おっと、そろそろ来る気配ニャ」


 一瞬にして空気が変わる。


 周りの草花はまるで生気を吸い取られたかのように枯れていく。実際は強い魔力を浴びてしまい、それに魔力耐性のない生命が耐えきれずに弱っている。それはつまるところ、イライドがそれだけの影響力のある魔力を放出し続けていることの証左でもあった。


 リッドは改めて異界の剣客をしっかりと見据える。


 人で言えば、骨と青白い肌だけが身体に貼り付いているような少し痩せこけた姿、目が窪んでいるためか眼球が見られず、口から涎をだらだらと垂らしている。装備は一般的な戦士職といった様子で、青白い金属製の武骨な鎧で顔以外の全身を覆い、大男と言っても差支えのない剣客と同じくらいの刀身を持つ2本の大剣を腰の辺りに提げてずりずりと地面に引きずらせていた。


 イライドはリッドが異界の剣客に注視している間も不敵な笑みでリッドとウィノーの姿を視界に映していた。一瞬、彼女はウィノーの姿を見て、(いぶか)し気な表情に変わるが、すぐにリッドの方へと向き直る。


「追いつくのに時間が掛かったわ。結局外まで連れて来られてしまったのね。さすがね」


「お褒めに与り光栄だ」


 リッドとイライドがそう言い合うや否や、(こら)え性のない異界の剣客が両手にそれぞれ大剣を持って振り回し始めた。


 振り回される大剣から響く轟音と強烈な風圧は、並の剣士であれば怖気づいてしまうほどに迫力を持ち恐怖を植え付ける。


「GAAAAA!」


「にゃ」


 異界の剣客の咆哮にウィノーは思わず耳をぱたりと畳んでいた。ヒト型でありながらこの世界の人語を解する能力を持っている様子はない。ただ、イライドの言葉か別の伝達手段か、ある程度は彼女の思うように動いている節があった。


「GAGAGAGAGA!」


 次の瞬間、異界の剣客がその図体に似合わない凄まじい速度でリッドに付着する魔力球目掛けて大剣を振るう。


 右袈裟斬り、左横薙ぎ、正面突き、右横薙ぎ、右斬り上げと次々に繰り出される剣客の素早い攻撃をリッドは(かわ)し、(はじ)き、受け流しと最小限かつ隙のない動きで避けていく。


 その後、再び正面突きを躱したとき、リッドは思いきって異界の剣客の目の前、懐の中へと飛び込む。


「図体の割に速いじゃないか」


 次の振り下ろし攻撃が来る前に、リッドは異界の剣客の二の腕部分を蹴り上げて斬撃の軌道をずらす。


「GUUUUU!」


「鎧が硬いな……だがこの程度なら!」


 リッドは蹴り上げた足を戻して地面を踏ん張るように腰を落としてから拳に力を込める。その後、彼は異界の剣客の鳩尾(みぞおち)に向かって掌底(しょうてい)を打ち付けた。


 メキイッ


 鎧のひしゃげる音とともに掌底の衝撃が異界の剣客に直接伝わる。


 表情が分かりづらいはずの異界の剣客の顔は苦痛に歪んでいるように誰からも見えた。


「AGA……GUGU……AGAAAAA……」


 衝撃に耐えきれずにうずくまり始めた異界の剣客の口からは、先ほどの倍以上の涎が池を作るかのようにぼたぼたと地面に流れて溜まっていく。


「なっ……ただの掌底(しょうてい)で鎧さえも歪ませたの?」


 イライドにとっても異界の剣客がダメージを受けることなど予想外だったのだろう。先ほど不敵な笑みを少し崩して苛立ち混じりのものへと変えていく。その際に彼女の魔力放出量も増えたのか、さらに広範囲の草花がしおれていってしまう。


「相当に硬いな……ちょうどいい相手だ。恥ずかしいが、練習台になってもらうぞ」


「……恥ずかしい?」


 リッドは大きく深呼吸をして集中した後、動きが鈍っている異界の剣客を相手に向かって行く。


閃掌底(せんしょうてい)!」


 リッドはそう叫んでから、先ほどよりも速く、目にも止まらない掌底を再び歪ませた鎧の箇所に打った。


 ミシミシミシッ


 異界の剣客が遅れてやってくる激痛に反応して反撃を繰り出すも、次の瞬間にはもう彼の姿はそこにない。


 反撃は虚しくも空を切ってしまう。


落雷踵(らくらいしょう)!」


 軽く跳び上がったリッドは異界の剣客の遥か頭上から兜に向かって(かかと)落としを炸裂させる。


 グシャッ


 兜が大きな音ともに勢いよく凹み、異界の剣客が頭を痛みから振り乱して涎を撒き散らす。


 リッドは踵を支点にしてぐっと身体を持ち上げて、異界の剣客を踏み台にして再び空中へと跳び上がった。


「GIGI!」


梟鉤爪撃(きょうこうそうげき)!」


 リッドの全体重と落ちる勢いをすべて乗せて、異界の剣客を勢いそのままに踏み潰す。


 ベキンッ


 兜がさらに凹み、異界の剣客の頭蓋骨は完全に砕け散っている音がする。


「GAA……」


巨虎爪牙閃撃(きょこそうがせんげき)!」


 リッドはトドメとばかりに掌底や正拳突き、足刀を素早く連撃で繰り出した。


 最終的に鎧には拳以上の大きな穴が空き、異界の剣客の身体を貫通して、リッドとイライドがお互いに見合う形になる。


 異界の剣客が為す術もなくずぶずぶと熱で溶ける氷像のように徐々に形を崩していく間、イライドは驚きを隠さずにリッドへ小さな拍手を送った。


「2つ驚いたわ。まさかこんなあっさりと倒すとは思わなかった。あれを出すだけでそこそこの魔力を使っているのよ? それにA級冒険者でもここまで簡単に倒せなかった。称賛に値するわ」


「称賛されるなんて思わなかったな。光栄なことだ」


「それと、技名を叫ぶなんて思わなかった。ふふふ、魔法と違って、あまり技名って聞いたことないけど?」


 茶化すようなイライドの言葉がリッドの耳にも届く。


 リッドは息を整えながら構えを一旦解いた。


「本来、剣でも槍でも斧でも拳でも技名はだいたいある。普通に戦うだけなら叫ぶ必要もないが、前線に立つ俺が周りとの連携を取るためには必要と師匠に改めて言われてしまってな」


 リッドはクレアとの連携が上手くいかない時があることを師匠である司教に相談したところ、そのように言われて渋々技名を言い放つように訓練している。


 技名を言い放つことがどこか格好つけているように感じ、20代半ばのリッドには恥ずかしさが勝ってしまうのだった。


「そう……今さらそんなことをしているということは、前は言わなくても済んだのでしょうね」


「……そうだな」


 かつての仲間であれば、ダンプ、ジェティソン、ピュリフィの3人であれば、何も言わずとも初動に目を合わせただけで勝手に連携が繋がっていた。もちろん、それまでの積み重ねやお互いの癖や配慮があってこそだが、今のリッドはその積み重ねがほぼ消えてしまった状態である。


 イライドにそれを指摘され、リッドは歯がゆそうな困った表情を浮かべて返す言い訳も考えられなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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