3-3. 魔力を喰らう異界の剣客
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楽しんでもらえますと幸いです。
リッドが面倒そうな顔をして自分の身体に纏わりつく魔力球を引き剥がそうとするも、少し潰れて楕円形の赤茶けた魔力球はぴたりと貼り付いていてびくともしない。
イライドが腕組をしながら愚か者でも見るかのように薄ら笑みで顔をいっぱいにして、さらに魔力を練り上げていく。
「あれが『偉大なる異界召喚のイライド』の独自魔法か」
「あれは魔力か?」
「魔力? 剣士の俺にもはっきりと見えるぞ?」
「高濃度の魔力がいくつも……くっついている?」
「魔力弾じゃなくて、ただの魔力で目視できるほどだと?」
「攻撃じゃなさそうだな」
「一体、何が起こるんだ?」
周りがざわつき始め、口々にイライドの独自魔法への感想や考察が飛び交っていく。その様子と自分に付いて離れない魔力球にうんざりしているのか、リッドは小さな溜め息をこぼしながらイライドの方を見る。
「俺も観客もこれが何なのか気になっているんだが、説明をしてもらえるか?」
イライドは腕組みを少し崩して顎に右手を掛けて、したり顔でリッドの方を見返す。
「見世物じゃないのよ? 司会になる気はないわ」
「いずれにしても、これは持ち帰る土産じゃなさそうだな」
リッドは何の変化も起こさない魔力球を訝し気に思いつつ、不遜な笑みを浮かべるイライドの次の一手を警戒して彼女の一挙手一投足を注視する。
「もてなし、良い言葉ね。ただし、もてなす相手は違うのよ。【異界の剣客はよく魔力を喰う剣客だ】」
イライドが練り上げた魔力を指に込めて、その指を使ってパチンと鳴らす。
次の瞬間、彼女の前に人が通れるほどの黒い穴が何もない空間から突如として現れ、その穴の中から勢いよく兜を被って青白い肌をした人型の何かが肩辺りまで這い出てきた。この時点で普通の大人よりもずっと大きい何かだと誰が見ても分かった。
その後、青白い人型が身体を捩るようにして徐々にその姿をこちら側へと露わにしていく。その人型の視線はリッドに付着する魔力球にのみ注がれており、口から涎のようなものを滴らせている。
リッドは自分に纏わりついている魔力球は攻撃手段ではなく、敵を捕捉するための手段であることを理解した。
さらに言えば、彼はここで異界の何かと戦うわけにもいかないと悟る。
「な、なんだあれ!?」
「異界の化け物か!」
「人型の異界召喚なんて高度な」
「2つ名を知らねえのか!? 『偉大なる異界召喚のイライド』だぞ!」
「比喩かと思うだろうが!」
周りがそれぞれ出した言葉からちょっとした口喧嘩まで始める。
イライドは異界の剣客を召喚し始めたあと、特に何もすることなく悠然とただ微笑みながら立っているだけだった。
リッドは半身に構え、この状況を打破する方法を考えている。
「見世物じゃないと言っていたが、観客は興奮しているぞ?」
「何を呑気なことを言っているの? ここを戦場にしたくなければ、戦いやすい場所まで行きなさい? 今回はそこそこの剣客だから、数分経たないと完全に顕現できないわ」
リッドはその言葉に安堵する。イライドの頭に血が上って見境ない状態でないと分かったためだ。
彼の中で選びたくなる選択肢が一気に増え、1つ1つの選択肢を確かめようと動き出した。
「そもそも、戦いたくないな!」
「にゃ!?」
リッドは天井ギリギリまで跳躍し、異界の剣客が出てくる穴を超えて直接イライドを目掛けて拳を振り下ろした。
彼の拳が思ったよりも高そうな威力で放たれたため、傍から見ていたウィノーは思わず驚きの鳴き声を上げてしまう。
「っ……」
「にゃあ……」
しかしながら、次の瞬間にはリッドが落胆し、ウィノーは安堵する。
「私を直接叩こうとすることは百も承知よ? だから、自分の身は自分で守るわ。ダンプ様もいつもこうしているでしょう?」
イライドの周りには物理攻撃を防ぐための防御魔法【物理防御壁】が既に掛かっていたためだ。
リッドが手加減していたこと、イライドが強力な魔法使いであること、この2つによって、彼の拳は彼女の衣類を掠めることすらなく弾かれてしまう。
「【物理防御壁】か……ちょっと破壊するまでに時間が足りないな」
リッドは弾かれた勢いのままに空中で身を捩って反転し、出入り口の方へと着地、そのまま出入り口に向かって走り出す。
途中、彼はウィノーの首根っこを捕まえてがっちりと確保した。
「にゃ!?」
「リッドさん!」
リッドはクレアを一瞥し、ピュリフィと勘違いされている彼女も抱えて逃げるべきか一瞬迷ったが、魔力球が自分だけについており、イライドの視線も自分にしか向けられてないことから察するに離れた方が安全だと判断した。
もちろん、咄嗟に彼はイライドを連れてきたハトオロを睨み付け、「クレアに何かあったら承知しない」と言外に伝える。
ハトオロは分かっているのかいないのか、リッドの視線にばっちりとウインクを返した。
「さあ、お逃げなさい……人のいない所まで……話がしやすい所まで」
イライドはリッドに逃げられたにも拘らず静かな笑みをこぼし、やがて、穴からその全貌を露わにした異界の剣客を連れて外へと向かおうとする。
その際、イライドはクレアには目もくれることがなかったが、逆にクレアがイライドの前に立ち塞がる。
クレアは異界の剣客の出す強い力の波動に脚を震わせながらもへたり込むことなくしっかりと立っていた。
「リ、リッドさんに危害を加えないでください」
「それは彼次第ね」
「だとしたら、私はここを通すわけにはいきません」
「あなたが?」
「バカにしないでください! 私だって、リッドさんの仲間の一人なんです!」
クレアはおぼつかない動作で腰に提げていた棍棒を構え、異界の剣客とイライドを交互に見ながら対峙するように構える。
ハトオロはクレアの予想外の動きに若干目を丸くするが、すぐにいつもの貼り付けたような笑顔に戻ってから様子見といった雰囲気でまだ動こうとしなかった。
一方のイライドは身体を震わせているクレアの強い意志がこもった目を見つめる。
数秒か数十秒か、しばらく無言のまま見つめ合うイライドとクレア。
周りにいる全員がこの後にどうなるのかが気になって固唾を飲んで見ている。その中でも受付嬢のレセはクレアに思うところがあったのか、神妙な面持ちで別の意味合いも込めてクレアを見つめていた。
「……あなたも私と同じということね。はあ、仕方ないわね。どうにか彼からは話だけ聞かせてもらうようにするわ。だから、ケガしないようにどきなさい」
「えっ……あっ……」
イライドが先ほどとは違う柔らかな笑みを見せたためか、クレアは少し戸惑いの顔を見せてすんなりとイライドを通してしまう。
その後、出入り口を出たイライドは異界の剣客の肩に座り、魔力の跡と異界の剣客の鼻を頼りにリッドの後を追うのだった。
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