3-2. 明かされる親友の所業
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楽しんでもらえますと幸いです。
リッドはやれやれと言わんばかりに自分の胸元にあるイライドの手を指差す。
「はあ……こんな所でこんな真似はやめてくれないか?」
以前、リッドがB級冒険者のフォイルに絡まれた時、脅威とは見ていなかった。しかし、放っておくと周りに対しても増長する可能性があると判断したために、教えるという意味合いで余裕を見せる反撃で示した。
しかし今回、彼はイライドをまったく脅威として見ていない上に、さらに自分にしか影響がないとも判断したため、彼女に胸ぐらを掴まれていようがすぐに反応することはない。
また、彼女の発した「ダンプ」という言葉で、彼は彼女の存在を思い出し、その名前を他からも聞けて少し嬉しい気持ちもあった。
「外しにかからないなんて、余裕ぶっているのね」
「イライドがダンプの恋人なら、俺は危害を加える理由がない」
そう、リッドはかつて、ダンプとイライドがべったりとくっついているところを見たことがあった。故に、彼は彼女を「ダンプの恋人」と判断した。
ただし、彼は少し戸惑っている部分もあった。
かつて、ダンプは一日ごとに連れている女性が違っていたような覚えもあった。
彼は正直なところ、親友の恋愛遍歴にまで首を突っ込む気にはなれなかったため、その点で不介入を貫いていたのである。
「ダンプ様の恋人なんて恐れ多い!」
イライドがリッドの言葉に不可解な激昂をしたため、リッドは不思議そうに首をひねる。
「えっと……違うのか?」
「そうありたいと思っているわよ!」
リッドは不思議そうにさらに首をひねる。
周りもまた不思議そうな顔でイライドを見ている。
「俺の質問は、違うのか? だ。違うなら、俺はイライドに責められる理由もない」
「あるわよ! 私は恋人の格ではないけれど、ダンプ様の記念すべき100人目の女なのよ! 誉れ高い女よ!」
「……は?」
「え?」
「ん?」
「100?」
「はい?」
リッドだけではなく、彼とイライドの様子をまじまじと見ていた冒険者ギルド内の人間から何とも言えない言葉にもならない声が出ており、さらに全員が口をぽかんと開けて理解が追いつかなくなっていた。
「私ごときが独り占めできるような存在ではないのよ!」
「もう分からん……最初から説明してくれ……俺はダンプの恋愛遍歴を知らない」
リッドは胸ぐらを掴まれたまま、額に手を当てて天を仰ぐ。彼はピュリフィ一筋の超真面目人間のため、女性100人目という言葉自体がまったく理解できなかった。
「ダンプ様は3回以上寝ると、公認の女ということで番号付けしてくれるのよ! ダンプ様と寝た回数はこのダンプ様特製の巻紙で数えられるわ!」
イライドが自慢げに自身の左もみあげを束ねている髪留めを見せる。青、赤、黄の紙が1枚ずつあり、1回寝ると1枚もらえる仕組みなのだと誰しも理解できた。
リッドは市場で一部の店が実施している常連カードの台紙がふと頭に過ぎった。10枚集めると割引券と新しい台紙をくれるという画期的なシステムである。と、彼が全然関係ないことを考えてしまうほどに、イライドの話は突拍子もなく、完全に彼の理解の範囲外だった。
「で、ダンプと3回以上寝た女性が少なくとも100人もいるってことか?」
「もちろんよ! 私の知る限り、ダンプ様ファンクラブという名称で216名までいたはずよ」
リッドは思う。
たしかにダンプは、他に類を見ないほどの美男子で、気さくな性格であって、知識も豊富なためか話も面白く、ユーモアに富んでおり、何より相手を楽しませたり思いやったりすることを信条としていた。
しかし、ここまで女癖が悪かったとは露とも知らなかったのである。
200を超える人数を篭絡しているとなると、魅了魔法でも独自に編み出したのだろうかと思うほどにえげつない状況だ。
「リッドさん!?」
そこにタイミングの悪いクレアとウィノーがやってきて、クレアが驚きで声を挙げている。
クレアは市場に出かけた時こそ、教会でいつも着ているようなゆったりとした装いだったが、冒険者ギルドに向かう前にこれから依頼を受注するかもしれないと思って冒険者然とした服装に着替えていた。
上にタートルネックでフードが付いている白地の厚布シャツ、さらにその上に網目を粗くすることで軽量化している鎖かたびら、矢避けか聖職者としての矜持か純白のハーフローブを羽織って、下もやはり白地で厚布のスカートも付いているロングパンツ、左脇腹あたりにポーチのついた革のベルト、膝まで覆う焦げ茶色のロングブーツを履いていた。
リッドはクレアを制止させるように右の掌を彼女に向けた。
「聖女見習い……ハトオロが言うには、クレアだったかしら。だけど、どう見ても昔見たピュリフィって女じゃない! リッド! ダンプ様はどこなのよ! どうしてダンプ様だけいないのよ! ダンプ様をどこへやったのよ!」
イライドはクレアを見てさらにリッドへと詰め寄った。
クレアがかつてリッドやダンプともに仲間として組んでいた聖女見習いのピュリフィに酷似している。そのため、イライドは慕っているダンプだけがいないと思い込み始めてより一層の怒りを覚えてしまっていた。
なお、イライドの中でリッドのもう一人の仲間であるジェティソンの存在はまったくない。
「悪いが、ダンプの話はできない」
リッドがちらっとウィノーを見ると、ウィノーはバツ悪そうな感じでクレアの後ろに隠れている。
リッドはため息混じりで、「後で問い詰めないといけない」と思いつつ、まずはこの場を収めるようと動く。
さらにリッドがハトオロを見ると、ハトオロは楽しそうな笑みを浮かべつつ、ぶつぶつと口だけを動かしていた。リッドはハトオロがまた変な英雄譚をこさえているのではないかと頭を抱えたくなっている。
「答えるまで、この手は離さないわ」
「イライド! ギルド内での揉め事は許さな……」
「外野は黙りなさい」
ギルドの警備員がようやく事態の収束を図ろうと動き始めようとしたが、イライドの鋭い眼光とともに発せられた言葉に片膝を立てて屈した。
「ははっ! ……え? なぜ……」
「イライド、俺だけじゃなく周りにまで危害を加えるなら俺も容赦しない」
警備員が自分の行動に不思議がっているものの動けないのか、微動だにせずにいたため、リッドがここでイライドに脅威を感じ始めて警告をした。
しかし、イライドの目はリッドの警告をものともせず、むしろ、射殺さんばかりにキッとした目つきで睨み付ける。
「折られても離さないわ」
「え?」
「たとえ、骨を折られようと、首を締めあげられようと、そのまま殺されようと、私はこの手を離さないわ。ダンプ様の居場所が分かるまでは離さない」
「……悪いが、答えはノーだ。ダンプの話はできない。だけど、離してもらう」
リッドはダンプを慕っているイライドに教えたい気持ちもあった。
しかし、秘密を共有するものが増えることへの不安や心配、また、イライドを巻き込んでしまう可能性への危惧から強く突っぱねるほかなかった。
ウィノーは無言で、鳴き声も発さず、ただじっとリッドとイライドを見ていた。
リッドはしばらくして、イライドの手を優しく握りながらも彼女の指を一つ一つ無情にも広げていく。
少なくともイライドが物理的にリッドの腕力に勝つ術など存在しない。
「ぐっ……このままじゃ分が悪いわね……逃がしはしないわ。魅惑の果実」
「にゃ!?」
その詠唱にウィノーは驚きを隠せなかった。
「ん? これは魔力の塊? 色が……?」
イライドもまた退くわけにはいかなかった。
故に、イライドは自身の独自魔法を詠唱し、リッドの身体にいくつかの赤みを帯びた茶色の魔力球を貼り付かせた。
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