3-1. 詰め寄られる元A級冒険者リッド
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楽しんでもらえますと幸いです。
朝、冒険者ギルド内。
「相変わらずこの時間は忙しそうだな」
人の塊がいるところを避けて、元A級冒険者、現C級冒険者のリッドはその赤い瞳で映している光景に思わずそう呟いた。
彼は待機中で暇なのか、自身の灰褐色の髪を掻きながら、厚布の長袖長ズボン、皮のベスト、マント、ニーブーツ、赤い鉢金と赤い金属籠手と、自分の装備が整っているかを今一度目視で確認する。
「これを受けるぜ!」
「俺もだ!」
「こちらは先ほど受注上限値に達しました!」
「ちくしょう!」
「薬草採取を受けるぜ!」
「あ、俺もだ!」
「先の方で締めきります!」
「っしゃあああああっ!」
「嘘だろおっ!?」
まさに喧騒といった具合で、依頼書の貼りだされる掲示板前と、その後に依頼の受注手続きをする窓口の辺りは日銭稼ぎの冒険者でごった返す。冒険者が大人しく列に並ぶのは達成報告の時くらいであり、受注時は競争のように我先へと群がっていた。
朝一に貼りだされる依頼書は大半が毎日もしくは定期的に発注される依頼であり、近隣での採取や討伐が主となる。それらは受注者数に限りがある場合も多く、人気のある安全で労力に対して報酬の高い依頼、つまり、コストパフォーマンスの高い依頼は連続で受けられないこともしばしばあった。
ただし、コストパフォーマンスの高い依頼は経験値の面で決して冒険者に恩恵があるとは限らない。そのため、上を目指す冒険者は一度波が引いた後の2回目に貼りだされるハイリスクハイリターンの依頼を狙って遠巻きに朝のラッシュを眺めていた。
「やはり、時間を持て余すからウィノーやクレアには後で合流してもらうようにして正解だったな。まあ、朝の市場で頼んだ買い物もそれなりに大変にはなるが」
リッドはそう呟いて、自身の判断が正しかったと自己肯定でうんうんと首を縦に振っていた。
彼は仲間であるウィノーやクレアに市場で食料品を買うようにお願いしておいた。
ウィノーはサイアミィズと呼ばれる種類の動物であり、特徴的なサファイアブルーの瞳、オフホワイトの身体、凛々しい顔とツンと尖った耳、スラっと伸びた手足や尻尾の先にチョコレート色のポインテッドカラー、全体的に短毛であって非常に愛くるしい容姿をしている。
なお、ウィノーは人の言葉を話すこともできるが、それを秘密としており、知っている者は数少ない。
クレアは聖女見習い兼E級冒険者という肩書を持ち、透き通るような色白の肌、眩いばかりの金色をしたセミロングほどの長さの髪、長く細く多いまつ毛を持つ瞼が開くと見える水色の瞳、少し薄めの厚みをした桃色の唇、それらを組み合わせてまるで絵画や彫像ようだと思わせる整った顔と男好きのする身体つきから誰もが認める美少女である。
リッドは最初、クレア一人で市場に向かってもらおうと考えていたが、「クレアちゃんを市場に一人で? そんな危ないことはさせないニャ」とウィノーが付き添いを申し出たのでリッドが一人で冒険者ギルドにて待機している。
なお、危ないの意味は「迷子になる」という意味であり、ウィノーとリッドの共通見解になっている。
「リッドさん! やはり、ここにおられましたか!」
喧騒がしばらくして次第に落ち着き始めた頃、リッドが掲示板前と窓口の様子からそろそろ動き出そうとしていたタイミングで、リッドは聞き覚えのある声が耳に届いた。
彼はほんの少しばかりげんなりとし始める。
「あー、やはり、ハトオロか。またこの国に戻ってきていたのか」
リッドが声の主の方に目を向けると、そこには各地を旅する吟遊詩人で『心変わり小劇場のハトオロ』の2つ名で呼ばれる男、ハトオロがおり、嬉しそうにリッドの方へと向かって歩いて来ていた。
「ええ。リッドさんに用事がありましてね」
ハトオロはなめし革の三角帽を目深に被り、上に白の襟付きシャツとなめし革の茶色のレザージャケット、下に薄灰色の厚手の長ズボンにジャケットや帽子同様のなめし革でできたロングブーツを履いて静かな雰囲気でまとめていた。
しかし、その地味な服装の一方で、精悍な顔つきにも関わらず中性的な色香を放ち、背中を覆うほどの長髪が光を当たり方によって色の変わる不思議な髪色をしているため、全体的には冒険者らしからぬ派手さを備えている。
「俺に? 特に思いつかないが、金なら断るぞ?」
「その点は心配に及びませんよ。リッドさんの英雄譚でそこそこのおひねりをもらえていますから」
リッドがおどけてみせると、ハトオロもまた意趣返しとばかりにおどけてみせた。
「俺の話で金を稼ぐなよ……」
「吟遊詩人は語るのが仕事ですから」
リッドは降参だとばかりに両手を耳横あたりまで挙げてひらひらと手を動かす。
「で、用件は?」
「正確には、私ではなく、私の連れてきた親しい客人がリッドさんと会いたがっていましてね」
「親しい客人? ハトオロに親しい奴なんかいたか?」
「まず目の前にいますねえ」
「じゃあ、その客人とも大して親しくないってことだな」
「そろそろ、茶番は終わりにできるかしら?」
リッドとハトオロの掛け合いが終わらないため、ハトオロのいう親しい客人が業を煮やして現れる。
「おやあ、痺れを切らしましたか」
「ええ。私は気の長い方ではないの。それと皆さん静かにしてくださるかしら?」
直後、喧騒が一瞬にして鎮まる。
まるで客人の声が喧騒の中で誰の耳にも届いたかのように、また、抗うことのできない命令のように、あれほど騒がしくしていた冒険者たちを静かにさせた。
「おい、あれ……」
「かわいいな……」
「森の魔女……」
「森人のA級冒険者……」
「『偉大なる異界召喚のイライド』じゃねえか」
「森人の女帝イライドか」
「初めて見た……」
「変な服装だが綺麗だな」
森人とも呼ばれるエルフ、イライドがさまざまな2つ名で口々に呼ばれていた。
エルフの特徴とも言える長く先の尖った耳、日に焼けることのないきめこまやかな白い肌、整った顔の中でも印象的な釣り目がちな目、その中にひと際大きい真ん丸の緑色をした魅惑的な瞳、すべてが彼女を美少女と裏打ちしている。
髪型は少しばかり特殊で、透き通った若葉色の髪を内巻きのボブカットに加え、左のもみあげだけを長く伸ばした上で、汚れないようにコーティングされた赤、青、黄の3色の巻紙を髪留めとして使っていた。
だが、特徴的なのはその美しさだけではない。
服装は胸元から股下までを覆う黒い布地のきわどい服に加えて、胸、下腹部、肩、肘から手、膝から足だけに緑色の金属防具が装着されているために、まるでバニーガールがビキニアーマーまで着込んでしまったような異様な姿で、さらに、肩から膝下まで伸びている緑色のマントを身に着けてしまっている。
「イライド? どこかで聞いた覚えが……」
リッドが聞き覚えのある名前に記憶を巻き戻していると、イライドはリッドの方に詰め寄るかのような勢いで彼の目の前まで歩き出して、あろうことか、その細腕で彼の胸ぐらをむんずと掴む。
「嘘だろ?」
「イライドがリッドに喧嘩を売ってるぞ」
「おいおい、あいつら、接点あったのか?」
その光景に誰もが驚き、静けさはさらに強まる。
「答えなさい、『血塗られた両腕のリッド』! ダンプ様はどこにいるのかしら!」
イライドはリッドの服しか持ち上げられなかったが、せいいっぱいに腕を上げていた。
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