2-Ex5. 吟遊詩人は女エルフの魔法使いと遭う
約3,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
「ふふーん♪」
吟遊詩人ハトオロはふらふらと目的地も定めずに村々を渡り歩いて、自らその目で見届けたリッドの英雄譚『死の蟷螂との死闘』を村人たちに弦楽器の音色とともに語っていた。
彼の目下の目的は、不思議な魅力を放つリッドを持ち上げることと道行く人に豪語しているが、それ以外の何かも考えているようだった。
彼はなめし革の三角帽を目深に被り、上に白の襟付きシャツとなめし革の茶色のレザージャケット、下に薄灰色の厚手の長ズボンにジャケットや帽子同様のなめし革でできたロングブーツを履いて静かな雰囲気でまとめていた。
しかし、その地味な服装の一方で、背中を覆うほどの長髪が光を当たり方によって色の変わる不思議な髪色をしているため、全体的には派手に見えてしまう。
その不思議な髪色と、掴みどころのない飄々とした生き方から『心変わり小劇場のハトオロ』と呼ばれている。
「ふう……ここで少し休憩をしますか」
ハトオロは目的地のない旅の道中、汗を服で拭いつつ、一休みとばかりに今まで沿って歩いていた小川の方へとしゃがみこみ、両手ですくったひんやりと冷たい水をコクコクと喉を鳴らして飲み始める。
すると、川を挟んだ向かい側の藪から人影が突如現れた。
「あら? ここは前にも来たような……」
「おやおやあ、ここは森人の森でしたかねえ」
ハトオロの視線の先には、奇妙な服装を着こなしている『森人』とも呼ばれるエルフの女の子が姿を現した。
エルフは森人とも呼ばれるように、魔力が溜まりやすい森林や樹海に住む排他的な種族である。ただし、外へ出るエルフはその限りでなく、むしろ、外交的で話の分かる者も多い。彼らの目的はこの世界にある魔法や魔術などの探求であり、エルフによっては日夜魔法のために飛び回ることもある。
ハトオロの目の前にいるエルフは日焼けのしていない白っぽい肌に、釣り目がちな目の中にひと際大きい真ん丸の緑色をした瞳が魅惑的である美少女だ。
髪型は少しばかり特殊で、透き通った若葉色の髪を内巻きのボブカットと、左ももみあげの髪だけを長く伸ばして、そのもみあげの髪を束ねる髪留めには汚れないようにコーティングされた赤、青、黄の3色の紙を一体化しているものを使っていた。
その容姿に加えて、印象的なのはそのおかしな服装である。胸元から股下までを覆う黒い布に加えて、胸、下腹部、肩、肘から手、膝から足だけに緑色の金属防具が装着されているために、まるでバニーガールがビキニアーマーまで着込んでしまったような異様な姿になっている。
その上で魔法使いだと主張するためか、肩から膝下まで伸びている緑色のマントを身に着けているためにおかしさがより強調されるも、それでも美少女ならまだ許される状態だった。
とかく、茶系や白系の質素なローブで済ませる普通のエルフと異なる出で立ちで登場する。
「そこの吟遊詩人……もしかして、『心変わり小劇場のハトオロ』?」
エルフはハトオロを見るなり、彼の二つ名を呟いて確認する。
ハトオロは一度立ち上がった後に、ニコニコとした笑顔をべったりと貼り付けながら恭しくお辞儀をした。
「おやあ、私のことをご存知で?」
「実際に見るのは初めてよ。でも、そのイカした髪は聞いていた話と一致したから」
イカした髪。
エルフのその言葉にハトオロも案外お調子者なのか、彼はつくり物の笑顔からリッドにも見せるようなごく自然な笑顔へとすぐさま切り替える。
「おぉ! 私の髪をそこまで絶賛する方は初めてですねえ。改めて、吟遊詩人のハトオロです」
さらにハトオロは喜びのあまり、腰に提げていた弦楽器を取り出して、会話の邪魔にならない程度の小さな音量で静かな曲を弾きはじめた。
「申し遅れたわ。私はイライドよ」
エルフは急に演奏しだすという珍妙なハトオロを目の前にして、特段気にした様子もなく髪留めを優しく触りつつ、また、彼が名乗ったお返しとして自身の名前も名乗った。
ハトオロは「イライド」という言葉にピンときた。
「イライドさん……もしや、『偉大なる異界召喚のイライド』ですかねえ」
イライドは自身の二つ名にくすぐったさや恥ずかしさを覚えているようで、少しの苦笑いと頬を掻く仕草とやはり髪留めを弄ることで自分の反応をごまかそうとしていた。
「そう呼ばれることもあるけど、私は偉大ではないわ。私よりももっと偉大な方がいるから」
「あなたよりも……そうですか。それはさておき、私が見たところ、迷子のようですね」
「ええ。迷ってはいるけど、子は余計よ。見た目はともかく、私はもうそんな歳じゃないわ」
エルフの寿命は長く、身体については働き盛りである少年期から青年期の期間が最も長いと言われている。
イライドも見た目こそ14から17頃の美少女だが、実際のところ、その10倍から300倍の年齢を重ねており、具体的な年齢は本人でさえ失念している。
「もしよろしければ、どちらに向かう予定だったか教えていただけますか」
「あら、もしかして、あなたほどの人にエスコートをしてもらえるのかしら?」
「ええ、と豪語したいところですが、場所によりけり、ですかね」
ハトオロは気分が良く、迷えるイライドの道先案内人を買って出ようとする。彼は口でこそ「場所によりけり」と言っていたが、目的地のない旅の道中であり、戻るにせよ進むにせよ、遠方への旅路にならないと見越していた。
「なるほど。だけど、私が行きたいところは、場所と言うよりは人ね」
イライドは淡々と言う。しかし、場所ではなく、人という表現は、定住する場所を持たないか、ハトオロのような旅を繰り返すような旅人や冒険者であることを言外に示している。
「ほう、人ですか? その方のお名前を聞いても?」
「『血塗られた両腕のリッド』」
ハトオロはイライドが吐き捨てるように言った二つ名に目を丸くした。
いつの間にか、楽し気で静かな演奏も終わっている。
「おや……リッドさんですか」
「知っているの? 前に南方へ向かったと聞いたから行ってみたら、とっくの昔に別の場所へ行ったと言われて困っていたところよ」
ハトオロは迷い過ぎでしょうと言いたい気持ちをこらえて、話を続ける。
「知っていますとも。彼と私は先日のことですが、ともに戦ったこともある仲でしてね。私でよろしければご案内しますよ」
「……それは願ったり叶ったりだわ。ところで、そのときに他に殿方はいなかったかしら?」
「いえ、そのときは、リッドさん、聖女見習いのクレアさん、かわいらしいサイアミィズのウィノーさん、私の4名ですね」
イライドが苦々しい表情を隠さずに髪留めをしきりになぞっている。
「……そう。では、そちらに向かうわ」
イライドがハトオロの方へ向かうために、水面から顔を出している岩たちを踏み進めていく。大きくジャンプをすれば渡れるくらいの川幅だが、イライドは大股に歩くことすらせずにゆっくりと歩みを進めていった。
やがて、最後の岩に辿り着いたところでハトオロが手を差し伸べると、イライドはその手を取って、無事に対岸へと辿り着いた。
「ところでリッドさんにはどういったご用向きで?」
「私の想い人である偉大なお方の居場所を吐かせるのよ」
「おやおやおやあ、それはまたのっぴきならないことのようで」
ハトオロはイライドが髪留めにしている3色の紙を見て何かを悟ったようだった。
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