2-Ex4. 囚われることになった恋人
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
これは夢だ。
またこの夢だ。
リッドはそう気付いていた。自分が夢の中にいて、この結末を知っていて、この結末を変えられないことを知っていた。
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リッドはハッと目を覚まして、横になっていた身体を起こして周りを見る。
誰がいつ点けたのか分からない松明の青い火がさほど大きくもない部屋の壁に等間隔に並んで灯されている。さらに、灰色がかった土や岩でできている壁や天井と異なり、床には白や黒に灰色もまだら模様に混じった石が敷き詰められている。
その中にあって、目を惹くのは、中央にある2段ほど高くなっている床であり、儀式用の祭壇のような場所だった。
「さっきのは一体……はっ! ジェティソン! ダンプ! ……ピュリフィィィィィッ!」
リッドは先ほどの光景を思い出して、目に映らない仲間たちの名前を必死に叫ぶ。
しかし、彼らからの返事はしばらく待っても来なかった。
彼は思い出す。
2つある扉のうち1つから、黒い何かが襲い掛かってきたこと。
ジェティソン、ダンプ、ピュリフィ、そして、リッド自身が順に黒い何かに飲み込まれてしまったこと。
最後に、もう1つの扉から真っ白な光が現れたこと。
「俺だけ助かった? なんで……どうして俺だけ! ああああああああああああああああああああっ!」
ガンッ……ガンッ……ガンッ……
リッドは起こした身体を四つん這いに曲げて、うな垂れたまま、右手で地面を何度も叩き始めた。
仲間を助けられなかった嘆きの咆哮とともに、涙が目から滲み始めて止まらない。
「そうだ、お前だけだ。お前だけが助かった」
「誰だ!?」
リッドの耳に不意に届く声。彼は聞き慣れた声にも聞こえていたが、どうも少しくぐもっているようなぼんやりとした声に違和感を覚える。
そうして現れたのは、リッドのよく知るピュリフィの姿をしていた。
ただし、その姿をした何かは浮遊魔法も使わずにふよふよと浮遊している。
「私はお前たち矮小なる者が『神』と呼ぶ存在だ」
「ピュリフィ!」
白いローブから飛び出るようにして現れている色白のきめ細かな肌、眩いばかりの薄い金色をしたセミロングほどの長さの髪、目尻の上がった目、長く細く多いまつ毛を持つ瞼が開くと見える淡い空色の瞳、少し薄めの厚みをした桃色の唇、チークを塗ったようなほんのりと赤みを帯びた頬、それらの要素によって仕上がっている美しい容姿。
リッドは自分の見ている部位すべてからピュリフィであるとそう認識している一方で、どこか自分の知っている彼女とまったく異質なものであるという認識もしていた。
彼女は無表情のままで首を横に振る。
「あぁ、お前の勘違いだ。正確には、身体はたしかにお前の知る聖女見習いだろうが、私はピュリフィではない」
ピュリフィに似た何かは自身の胸に両手を置いて、敬虔なる信者のポーズを取りながらリッドを見つめている。
「冗談だろう? ピュリフィ? 嘘だと言ってくれ!」
「嘘でも冗談でもない。お前が見ているもの、聞いているものは間違いなく今起きている事実だ。故に、先ほども言ったように、お前たちが神と呼ぶ存在であり、私の存在に馴染む聖女というものに類するこの身体をもらい受けた事実を見ているだけに過ぎない」
自身を神と呼ぶ存在が淡々としている一方で、リッドは驚き、悲しみ、怒りなどのさまざまな感情が彼の身体や表情から止めどなく溢れている。
「もらった!? ピュリフィを返せ!」
今にも飛びかからんとするリッドの勢いにも臆する様子もなく、むしろ、神は鼻で笑うかのように侮蔑の表情と眼差しをピュリフィの顔で彼に向けていた。
「返せとは傲慢な言いようだ。そも、助けてやった恩も感じないか?」
「それとこれは別だ!」
「であれば、私からしても、それとこれは別だ。いずれ私に捧げられるべきこの器は既に私の支配下にある」
リッドはギリリと苦虫を嚙み潰したように歯を強くかみ合わせている。
信じられない、信じたくないという状況に、彼の感情に勢いは乗らなかった。
「……ピュリフィをどうすれば返してもらえる?」
弱々しい声で吐かれるリッドの言葉。
懇願するように、縋るように、リッドの瞳が恋人の容姿をした神に言葉以上の思いを投げかける。
「よかろう。多少、話はできるようだな。私の望みを達成できるのであれば、考えてやらんこともない」
神の言葉に対して、リッドの選択肢など1つしかない。
リッドは即座にその言葉を口にする。
「何をすればいい? 教えてくれ」
「矮小なる者たちの起こす奇跡の力、人の想いを集めよ」
「人の想い?」
リッドは訝し気にその単語を復唱する。彼も人の想いという言葉はよく聞いていた。しかし、それは姿かたちのないものであり、見えるわけでも触れるわけでもないものを集めるという概念など彼が持ち合わせているわけもなかった。
「そう。お前らがダンジョンと呼ぶものの中には魔力以外に、その代替の力として、人の想いという奇跡を起こす力を持つものが内包されている。それを集めて、私に一定量を差し出すことだ。神である私は奇跡の力を欲している」
リッドは理解した。
これまで確立した考えとしてなかった「魔力が足りない場所で起きるダンジョン化」について解明に至る言葉。
その理由が奇跡をも起こす人の想いだと、長い人の歴史の中で、そして、今までの彼には思いも寄らなかった。
「そうか。だが、ダンジョンにあるのは理解したが、人の想いを集めるなんてどうすれば」
「安心しろ。お前たちの時間感覚で言えば2~3年ほどの時間を掛けて、お前の身体を構築し直した際に、人の想いを集めて溜める機能をつけた」
「なっ!? 機能!? 俺の身体を構築し直した、だと!?」
リッドは耳を疑って、自分の手や身体をまじまじと見るが、少なくとも彼が知る自分の姿に相違がなく、普段通りに動かせる身体であった。
「そうだ。お前もまた私同様に、人とは異なる存在となった。とはいえ、人の想いを集められること以外は元の身体とそう変えていない。まあ、ほかに強いて言えば、多少、人としての限界値を弄ったために人智をゆうに超えることもできるがな」
「くっ……」
リッドに人外となった自覚はない。
2,3年経ったという言葉もにわかには信じていない。
だが、何かが変わった、何かを変えられた、という感覚がじわじわと彼の心を侵食していく。
「人の想いを集めきった際に、その身体を完全に元に戻すことも考えてやってもよい」
リッドに選択肢は存在しない。
恋人のピュリフィはおろか、自分の身体でさえも元のままに戻すという神らしきものを信じるほかない。
「分かった。ところで、ジェティソンとダンプを知らないか?」
リッドのこの言葉に、神は初めてくすくすと彼の恋人の顔で笑みを浮かべる。
「くくっ……面白いことを言う。お前は目の前でその矮小なる者たちが消え去るところを見ただろう?」
「ジェティソン……ダンプ……」
「あぁ、一つだけ訂正しよう」
神はリッドの目の前に、小さな動物を顕現させて転がす。
「これは……サイアミィズ?」
リッドが見たものは愛玩動物であり、特徴的な動物でもあった。
「お前らが魔法使い、ないし、魔術師と呼ぶ男の方は身体こそ消滅したが、魔力の一部と記憶のほぼすべてが残っていた。類まれなる奇跡とも呼べよう。さて、矮小なる者がさらに矮小になった故に、矮小なる者の身体では安定しないため、その小さき動物の身体に入れておいた」
リッドはダンプの記憶を宿して横たわっている動物を眺めて、悲しげに、嬉しげに動物の身体を抱き寄せてしっかりと抱擁する。
かつてダンプと呼ばれた者の意識は、まだ目覚めない。
「何でもありか」
「何でもはできんよ。おっと、忘れるところだった。人は生み出すと名付ける習慣があったな。私が生み出したから名前でも付けてやろう。ウィノーとな」
この時、リッドは今後のことを推測し、ダンプからウィノーになったことをゆっくりと飲み込んで解釈をした。
「……ん? リ……ッド? ピュリ姉は? ん? ピュリ姉、浮いてね? ってか、なんかオレ変じゃね? って、なんじゃこりゃあああああっ!?」
ダンプと呼ばれていた男、今はウィノーと呼ばれる動物が自分の変化に驚き、甲高い声を部屋中に響かせる。
「ダンプか!? 落ち着け! 後で俺の分かる範囲で説明する!」
「落ち着け!? リッド! お前はオレに子守のおとぎ話でも読み聞かせようって言うのか?」
「頼む……頼むよ……もう俺にも……」
「……リッド……あぁ、落ち着いてやるが、寝られない夜になるぜ? 酒はいくらでも用意しておけよ?」
「あぁ……たらふく飲んでくれ。俺が全部支払うさ」
ダンプことウィノーは涙を浮かべて懇願するリッド、そして、目の前に浮かぶピュリフィの姿をした何かの雰囲気を見比べて、察して、それ以上の言葉を言わないように口をつぐむ。
神は納得したように頷いてリッドとウィノーを見る。
「では、リッド、そして、ウィノーよ。人の想いを集めよ。私はこの地にて、お前たちが来た時だけこの姿で会うことを約束しよう」
こうして、リッドは、さまざまなものを奪われたまま、無理やりに身体を動かすしかなかった。
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次話も幕間となります。