2-Ex3. 存在しない廃村
約4,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
リッドはギルド長を見る。
ギルド長は、既に老人と言われてもおかしくはない年齢だが、肌が日に焼けて黒々としている上に、職員に貸与されているスーツがパンパンに膨れ上がるほどの筋骨隆々の体躯をしており、加齢による衰えが傍目から見られない。
老化による影響は毛くらいしかなく、禿げ上がって髪の毛がまったくないスキンヘッド、二つの半月を彷彿させる洒落っ気のある左右に伸びた白い髭が口元を覆っている。
ちなみに、リッドが苦手としている年配者は3人いるが、ギルド長はその内の1人に当たる。
「お久しぶりです、ギルド長。手短に頼めますか? 本当は語らうこともやぶさかではないのですが、今夜は仲間が腕によりをかけて、手料理を振る舞ってくれると意気込んでいましたので」
リッドの言葉に嘘偽りはない。
彼はギルド長を苦手としてはいるが、冒険者としての基礎を叩きこんでくれたギルド長に恩義も感じている。
ただし、戦い方や身体の動かし方を教えてくれた司教同様、リッドからするとスパルタ教官にあたるので恐ろしさが上回っているだけである。
「はっはっは! クレア嬢とは仲良くしているようだな」
呵々大笑。
ギルド長はその容姿に合った大笑いをリッドに見せつけた後、おもむろにスクワットを始める。
机が必要な事務仕事以外、ギルド長は普段から雑談さえも筋トレを並行して行っているのである。
「本当に……まるで……正直なところ、ピュリフィが戻ってきてくれたかのようです」
リッドもまたギルド長に合わせてスクワットを始める。
なお、ギルド長に合わせて、一緒に筋トレをする人間はリッドくらいである。
教会のような一室で、男が二人、筋トレをしながら会話をしているという不可思議な光景が当たり前のように発生していた。
「たしかに、顔はよくよく似ているな。いささか、身体のラインは違うようだがな。クレア嬢の方がより女性的と言うべきか」
ギルド長はスクワットをしながら自身の胸元あたりに手で大きく円を描く。
ギルド長は言外にクレアの胸が大きいと伝えたいようで、ニヤッとしながらリッドに同意を求めているようだった。
リッドは苦笑いをして、スクワットだけはギルド長に遅れないように続けている。
「……ギルド長、俺はクレアの話をしに来たわけではないのですがね」
リッドからはクレアの話、特に、身体的な話から話を逸らしたいことがありありと感じられた。
ギルド長は小さく溜め息を吐く。
「相変わらずの堅物だ。少しは老人のバカ話にも付き合ってくれてもいいだろうに」
「バカ話はいいですが、内容が未婚女性の身体のことなら、その限りではありませんよ」
「こんな話、リッドやダンプくらいにしかできんのだがなあ」
ギルド長の口から「ダンプ」という名前を聞いて、リッドは一瞬、息を呑む。
「……ダンプはその手の話が好きでしょうが、俺がそういう話を苦手としていることは承知いただいているはずですが?」
ギルド長はいろいろと理由を付けて自身の雑談を正当化して話そうとするが、リッドが一歩も譲らずに跳ね除けてしまうため再び溜め息を吐く。
「まったく……ま、そこがリッドの良い所か。早くリッドの子どもが見たいものだ」
「本題に入りませんか?」
ギルド長の呟きも一切合切無視をして、リッドは本題に入るよう促した。
ギルド長もこれ以上はおふざけが過ぎると判断したのか、分かったとばかりに首を振る。
「いいだろう。アイスブレイクもほどよい感じだからな」
話が切り替わるタイミングで、ギルド長の筋トレがスクワットから腕立て伏せに切り替わる。
もちろん、リッドも続いてスクワットから腕立て伏せに移行する。
「俺は廃村の話をレセにしました。すると、レセがここに通してくれました。それはギルド長から話があるということですよね?」
「いかにも」
「理由を聞いても?」
2人とも腕立て伏せをしながら、互いに向かい合って相手の顔を見て話している。
「まず、その場所に廃村などない」
ギルド長の言葉にリッドが笑う。
「ゴースト系に化かされた、とでも?」
「……仮の話をしようか」
「仮、ね」
リッドが急に顔を顰める。
この時点で、この話を口外することは咎められることを示唆しているためだ。
つまりは、嫌な話になるということでもある。
「仮にあそこに村があったとしよう。しかも、古くからの同盟国の人間が何らかの罪によって追放されて、生き長らえてしまった結果、この城下町近くにできてしまった村だとしようじゃないか」
「そうですね。仮にしてはだいぶ具体的ですが、ね」
リッドはそれなりの皮肉を言うが、ギルド長が気にした様子もなく筋トレも話しも続ける。
「リッドが理解しやすいように具体的にしただけだ。抽象度を上げても下げても、この後言うことは変わらんさ。要は国が認められない存在が作った村を存在していたと誰も言うことはできんというだけだからな」
リッドからすれば、もはや結論が言い渡されたようなものだ。
国が認められない存在を確認した。それは、最終的にそのようなことはなかった、という結末に至るのである。
「だから、ダンジョンの崩壊による暴走でも、この村は誰の助けも入らなかった、ってことですね」
「難しいことを言う。存在しない村を、人を助けようがない。そもそも、助けなど要らないだろう」
「なるほど」
存在しないという前提に立てば、すべてのことが理解できる。
そもそもの前提が間違っていることを除けば。
「まあ、1つ予想外だったことは暴走収束後、その存在しないはずの村がダンジョン化したことだな」
「そのままなくなってくれればよかったのに?」
リッドの問いをギルド長が一笑に付した。
「まあ、あくまで、仮の話だがな。おかげで当時いた魔法使い何人かで人避けの結界を張ることになった、と。まあ、知っているように言っているが、私でさえ生まれる前の話だと聞いている」
「そんな前に? この国があったんですね」
ギルド長の生まれる前となると、リッドにはとてつもなく昔の話に聞こえてくる。
「はっはっは! 冗談を言うなら、もう少し笑って言わんと、リッドの場合、本気で言っているように聞こえるぞ! ま、仮の、話だがな」
「…………」
リッドは割と本気だった。
ギルド長の長寿説はこの国の中で以前から話題になっている。
「ところで」
「なんでしょう?」
ギルド長の笑い声がピタリと止み、声色が真剣になる。
リッドは腕立て伏せのリズムをギルド長に合わせながらも話も合わせる。
続けて、ギルド長が筋トレをプランクに切り替えた。
リッドもそれに合わせてプランクへと切り替える。
「なんでお前たちは人避けの結界に入れたんだ?」
人避けの結界。
つまりは、人に対して侵入禁止領域を生成することである。人避けの結界は近付くだけで頭痛や吐き気を催させる効果があり、入ろうとしようものなら失神してそのまま動けなくなる可能性もある危険領域でもある。
その分、人避けの結界は生成が難しく、様々な条件を満たした上でしか発動できないものである。
「……さて、結界が弱まったとか、では?」
リッドは露骨にお茶を濁す。
「そういうことにしておこう。で、だ」
ギルド長は仔細何も言わずに受け入れた。
リッドは察してくれたことに感謝する。
「分かっていますよ、廃村は存在しなかった」
「受注していた依頼は達成されたようだな。そこに別の理由でギルドから特別報酬を加えておく」
「……そんな露骨なこと、バレたら困りますよ? 普段どおり、調査案件、特に人の痕跡が強く残るダンジョンを優先して回してくれればそれでいいですよ。俺は崩壊寸前の下級ダンジョンにしか用がないですから」
「……分かった。取り計らおう。そうだ。今日のクレア嬢の料理に添えるデザートとして、これを持っていくといい。甘い果物だ。こういったギルドや私宛ての贈答品は、いつもは職員に配るのだが、この部屋に来てもらって、手ぶらで帰すのも気が引ける」
ギルド長はようやく筋トレを終えて、事務机の上にある包みをリッドに手渡す。
リッドが包みを開けると、ちょうどよく熟した香りを放つ見るからに甘く美味しそうな真っ赤な果物がゴロゴロといくつも入っていた。
リッドは一礼する。
「では、これもありがたくいただきますよ。それでは」
「ところで」
「はい、まだ何かありますか?」
何もかも終わったと思っていたリッドは帰ろうと扉の方へ向いていたが、ギルド長の話が続いたためにきびすを返してギルド長の方に向き直す。
「クレア嬢も良いが、レセはどうだろうか」
リッドは難しい顔になる。
「どうだろうか、とは?」
「生涯のパートナーとして、だ」
リッドは思いも寄らぬ話にさらに難しい顔になる。
「驚きました。ギルド長が結婚相談所も開いているとは」
「はっはっは! なに、職員は家族のようなものだからな」
ギルド長は大笑いをするが、リッドは少しも笑みを浮かべない。
そもそも、リッドはクレアもそのような対象として見ていない。
リッドは今までで唯一、ピュリフィだけを見て、彼女をパートナーとすることを夢見て生きてきたのだ。いかに似ているクレアであろうと別人は別人、彼の恋愛対象ですらなかった。
「家族とするなら、まあ、俺も例えて言えば、娘の色恋にあれこれ言う父親は好かれないとよく聞きますよ」
「だろうな! まあ、考えてくれ。レセは器量も気立ても良く、何より美人だとは思わんかね?」
「そこは否定できませんね。彼女の人気はこの国の中でも上位でしょう」
「ここは少しクレア嬢に劣るだろうが」
ギルド長は再び自分の胸元で手を使って円を描いている。
リッドの眉間にシワが寄った。
「いい加減にしないと、いくらギルド長でも怒りますよ?」
「はっはっは! すまん、すまん! それが分かっているなら今日のところはここまでにしておこう」
ギルド長は詫びながら、話を無理やり終わらせた。
リッドは再び踵を返して扉へと向かう。
「……では」
「また明日から頼むよ、『血塗られた両腕のリッド』」
「今は『ダンジョン仕舞いのリッド』と呼ばれているそうですよ」
リッドはギルド長にそう返して、冒険者ギルドを後にした。
お読みいただきありがとうございました。
次話も幕間となります。