2-Ex2. 取り交わす小さな約束
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
リッドは騒がしくしていたウィノーやクレアと城下町内で早々に分かれて行動する。
町は朝、昼、夕方、夜で大きく雰囲気が変わる。
朝は生鮮食品を売る屋台が多く並ぶ市場のような状況でその日や数日分の食料などを買い込む客が多くひしめき、昼は生鮮食品が引き上げた後に雑貨屋が並んでいたり子どもたちが遊んでいたりする光景が目につく。
それも過ぎた夕方になると、子どもがいなくなる代わりに、色と酒の香りが漂い始めてくる。夕方に宝飾屋がたまにやってくる駆け込みの客を相手にしている一方で、酒屋が「店じまいをするからと酒場に行け」と客を早々に追い出している。
夜になれば、夕方よりも香りが強くなり、色は薄暗い闇になじんで滲み、酒は光に照らされて騒ぎの種になる。
今はまだ夕方、だがそろそろ夜と呼ばれる頃に差し掛かる時間。
リッドは「家に残っている材料でクレアが何かを作れればいいのだが」と食糧庫の中を思い出そうとしながら、そろそろ閉まってしまうかもしれないと冒険者ギルドへ足早に急ぐ。
リッドが辿り着いた頃、まだ中の明かりが灯っていることを確認して、ギルドの扉をゆっくりと開く。ギルドの中はほとんど店じまいといった様相を呈しており、冒険者の姿は数える程度しかなく、職員は受付嬢も奥の事務員もどこか慌ただしい。唯一ゆっくりしているのは扉に突っ立つ警備職員くらいだ。
慌ただしい朝はどの職員も忙しいが、昼はどの職員も時間に余裕があり、夕方になると事務系職員だけが忙しくなる。
このパターンは過去から現在に至るまで毎日同じである。
「こんばんは、レセ、今日はもう店じまいか?」
リッドは馴染みの受付嬢であるレセを見かけて声を掛ける。しかし、彼女は集計作業をしていたようで、しばらく彼の声掛けに応じることなく、集中して集計表とにらめっこをしていた。
彼は一息つくように、彼女から少し距離の離れた場所にあった椅子にゆっくりと腰を掛けて、窓口の机越しに彼女の様子を物珍しそうに眺めている。彼に彼女を邪魔するつもりは毛頭ない。しかし、今日対応してもらえるなら対応してもらいたい、明日に回したくないという気持ちが残っているため、彼は彼女を待つことにした。
途中、リッドが別の受付嬢を見つけたので声を掛けようとするも、その受付嬢は彼とレセを交互に見るや否やまた忙しそうに奥の方へと消えてしまう。
「ん-っ! 終わったあ! んふぅ……んんっ……長い時間、目を使うとどうしても肩が凝るなあ……ふわぁ……疲れちゃったあ……」
しばらくして、レセは集計表の仕事を終えたようで、普段なら冒険者、特にリッドに見せることのない仕草を始めて、自身の凝り固まった身体を伸び縮みさせてほぐす。
「こんばんは、レセ、一仕事を終えた後で申し訳ないが、今日はもう店じまいかな? それとも、その凝った肩を揉みほぐせば、その報酬にもう一仕事を頼めるかな?」
リッドの声が聞こえてきて、レセが何の気なしに彼の方を見る。
数秒、彼女の動きがピタリと止まる。
「あ、こん…………っ!? リッドさん!? ええっ? いつからいらっしゃったのですか?」
笑顔、驚愕、笑顔、羞恥、笑顔、後悔、レセのさまざまな感情が目まぐるしく笑顔の間に挟まれて、最後にすべてが混ざった引きつり気味の笑顔で固定される。
リッドは驚かせてしまって悪いことをしたかなと思いつつ、それ以上のことを察することもなく、終始笑顔でレセのことを落ち着かせようとしていた。
「ちょっと前かな」
「こ、声を掛けていただければ……リッドさんの方を優先しましたのに……」
レセが恥ずかしそうに、少しそっぽを向いた様子に指でくるくると髪をいじって、もじもじ、ごにょごにょとし始めた。
リッドは優しく微笑む。
「ははっ、やはり気付かれていなかったか。一度は声掛けをしたんだが、レセがすごく仕事に集中していたからな。真剣に仕事をする姿に思わず魅入ってしまったよ」
「あううっ……」
リッドが下心もまったくなくそう褒めると、レセは恥ずかしそうに言葉にならない声をあげていた。
その後、リッドは立ち上がると、レセの受付窓口前にある椅子に座る。
「何度も声を掛けるのも躊躇ってしまって、少し待たせてもらったんだが、もしかしてこの後はもう帰る予定だったかな? それなら、明日にでも改めて来ることにするよ」
「いえ、大丈夫です。今日の依頼の報告、ですよね?」
レセが窓口から離れて、少し奥まったところにある未完了の棚へと向かう。彼女は棚に入れこまれていた依頼表、リッドの受けた依頼の紙を取り出してから窓口に持ってくる。
リッドはリッドで依頼にあったアイテムを窓口に置き、数えやすいように並べて置いておく。
「話が早くて助かるが、それだけじゃない。ちょっと確認したいことがある。場合によっては、ギルド長と話すことになるかもしれない」
「……お聞かせ願えますか」
レセは依頼表と目の前にあるアイテムを交互に見て、依頼の完了を確認してから、少し固くなった表情のリッドが放つ言葉に反応する。
リッドはダンジョン化した廃村のことをレセに伝えた。
「……ちょっとお待ちいただけますか?」
「あぁ、手間をかけてすまない」
「いえ」
レセは最初、何を言っているのかよく分からないといった表情だったが、やがて、難しい顔になって再び立ち上がって奥にいた上級職員と少し会話し、次に先ほどとは別の棚、鍵付きの棚の奥からある資料を取り出した。
リッドはやはり面倒な案件になったか、とレセの動きを見ている。
その後、レセはそのままリッドの下へ戻ることなく、ギルド長のいるはずの部屋へ入って少し話した程度の時間が経過してから、神妙な面持ちでようやくリッドの方へ戻ってきた。
「おかえり、レセ」
「ただいま戻りました。リッドさん、急で申し訳ないですが奥へ通しますので、ギルド長とお話をしていただけますか?」
「そうか、そうなるとは思っていたが、手短に頼みたいところだな。仲間が料理を作って俺の帰りを待ってくれている」
リッドは立ち上がって、受付の長いカウンターの端にある通路から受付の奥、職員の業務スペースへと入っていく。
レセは彼の隣についてギルド長室へと案内しつつ、彼の言葉に少し不満げな表情をした。
「あら、そうですか。お仕事の報酬をいただけるということでしたので、お言葉に甘えて、肩もみじゃなくて夕食を奢ってもらおうかなと思ったのですが」
レセからの夕食の誘いに、リッドは笑顔のまま少し残念そうに眉尻を下げる。
「奢るにしても一緒に食事は俺としても願ってもない嬉しいお誘いだが、今日は遠慮しておくよ」
「うーん、では、近々お願いしても? それとも報酬の期限は今日限りですか?」
レセはめげずに押す。
「約束しよう。ウィノーやレセのファンにバレたら大目玉だがな。みんな、君が素敵だと分かっているから」
リッドは女性との食事がいろいろな意図を含むことも承知しているが、あくまで男性側がそのような意図を持っていた上で女性がその意図に乗るという認識であるため、自分の場合は違うと信じて理解していない。
レセもまた、彼のその態度を薄々気付いていたため、彼女は自ら押すしかなかった。
「やった、楽しみにしていますね……こほん、ギルド長、リッドさんをお呼びしました」
レセが嬉しそうに気持ち小さく跳ねた後、ギルド長のいる部屋の前に辿り着き、表情も声色も一旦仕切り直す。
「入ってもらえるか」
レセのノックと言葉に返事したのは中にいるギルド長である。
入室の許可を得たところで、レセはリッドの方を向き、軽く一礼する。
「では、私はここで」
「ありがとう、レセ。ギルド長、リッド入ります」
リッドはレセに一礼を返した後、部屋の扉のノブに手をかける。
部屋の中は質素だった。
少しばかり大きい事務机、その机の隣にある長机、長机の上にある書類の山、応接用の向かい合っているソファ、それだけが設置されており、壺や絵画などの調度品はない。
ただし、1つだけ実務に関係ないものが存在していた。
窓代わりに嵌め込まれている大きなステンドグラス。
そのため、ここだけ冒険者ギルドというよりも教会のようだった。
「リッド、顔を見るのは久しいな。よく来てくれた」
破顔一笑。
ギルド長がリッドに向かって、にこりと顔を綻ばせていた。
お読みいただきありがとうございました。
次話も幕間となります。




