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2-Ex1. 救えなかった悔い

約3,500字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 ダンジョンと化した廃村に残っていた「人の想い」を吸収したリッドは、その後予定通りに毒消し草採取を終えて、ウィノーやクレアとともに拠点のある城下町への帰路に着く。


 時刻は夕方。朝から出かけていたため、1日がかりといった状況だが、その内容は1日で終わったとは到底思えない内容だ。


「…………」

「…………」

「…………」


 森の中の帰り道は彼らの足音と自然が鳴らす小さな音しかなく、ただただひどく静かである。リッドはもちろんのこと、沈黙嫌いのウィノーでさえもクレアの沈痛な面持ちを見るに黙るほかなかった。


 リッドは黙ることに不快感を覚えていない。むしろ、彼はクレアの横顔をチラリと見て、彼女によく似た自分の恋人とともに過ごした駆け出し冒険者の頃を思い出して、どこか懐かしく思っていた。悲しいことも辛いことも、嬉しいことも楽しいこともいろいろと初めてなことを経験したその頃は、彼の恋人も今のクレアと同じように表情を隠そうとすることもなくコロコロと変えていた。


「あの……」


「ん?」

「ニャ?」


 しばらくして、沈黙を破られることになる。


「こういうことに……リッドさんもウィノーちゃんも……「人の想い」を集めているから、こういうことによく遭遇するのでしょうか」


 クレアが掠れがちな小さい声でそう問う。彼女がその言葉を発した後にリッドやウィノーの方を向くと、リッドは彼女を安心させるためにか柔らかな笑みとともにゆっくりと頷き、ウィノーもまたその長くしなやかなしっぽをリズミカルに右へ左へと振っていた。


「まあ、こういうこともある。全部が全部そうなわけじゃないが、いろいろとあるとしか言えないかな」


「そうですか」


「クレア、辛いときは辛いと言った方がいい。文句も愚痴も思ったことは何でも言ってくれても構わない」


「えっ……で、でも、それじゃ……私は……私から仲間になりたいって言ったのに……」


 クレアはリッドの言葉に最初は嬉しそうな笑みを浮かべたが、すぐさま居心地の悪そうな苦笑いに変わってその理由を呟いていた。


 リッドはクレアの方を向いて、首を横に振る。


「いいんだ。無理なときは無理だって言っていいんだ。俺だって、冒険を始めたばかりには、それくらいの泣き言をしょっちゅう呟いていた。仲間からも散々聞かされたし、何度も愚痴られたことだってある」


「そそ、オレだって、リッドと一緒に泣き言で夜通し語らったこともあるニャ」


「なんだったら、今でもウィノーには愚痴られるよな」


「それはリッドが向こう見ずなことしたからニャ!」


 リッドはウィノーとフランクなやり取りをして、あえて一旦会話の位置をクレアからずらした。


 その甲斐もあって、クレアはリッドとウィノーのやり取りから笑顔を取り戻す。


「そう……ですよね……リッドさんやウィノーちゃんもそういうときもありますよね」


「だから、言ってくれた方が助かるし、辛いと言ったからって、無理だと言ったからって、いきなり仲間(パーティー)から外すこともない」


 クレアは目を丸くしながら、両手を胸の辺りに置き始めた。


「……そうなんですか?」


「もちろん、仲間から外れたい、と言われたときには外す。むしろ、辛いとか、苦しいとか、言ってもらえないと困るし、冒険者はそれぞれがそれぞれの自由を持つんだ」


 リッドは「自由」という言葉をことさらに強調して伝える。


 冒険者は生死が隣り合わせの自由業である。重い自己責任が伴う以上、裁量は非常に大きい。仲間との約束を反故にしたり、故意に迷惑を掛けたり、また、ギルドに著しい損害を与えたりしなければ、大抵のことは不問にされる。


「自由……そう……ですか……」


「そうだ。自由だ」


「分かりました」


「あと、もう1つだけ忠告しておく」


 クレアが肯き、話が終わるとリッドはふと思い出したかのように言葉を続ける。


「えっ? なんでしょうか?」


「自分がどうしようもできそうにないことに、自分が関わることのできなかったことに、自分がこうすれば、自分がああできれば、みたいなことで悩むのはやめておいた方がいい」


 リッドの言葉に、クレアが息を呑む。


「……どういう意味でしょう」


「さっきの廃村で言えば、もし廃村がああなってしまう瞬間に私がいたら、みたいなことだ」


「…………」


 クレアが再び沈黙する。


「過ぎたことは戻ることができない。できないことはすぐにできるようにはならない。そして、将来、力をつければつけるほど、あの時にこの力があれば、と思うことは増えてくるだろう」


「…………」


「だけど、それは決してありえない話だ。反省はしてもいいが、悩むな。悩みは後悔を生み、後悔は迷いを生み、迷いは死を招きやすい。さらに、一人の死は周りの死をも招くことに繋がる」


「リッド、長話は嫌われるニャ。って言うか、それって、リッド自身に言ってないかニャ?」


 ウィノーが茶化す。その茶化しで、リッドは何かに気付いたようにいつの間にか強張らせていた表情を柔らかくする。


「……そうだな。俺もまだまだ未熟なんだよ」


「ってことで、リッドも、クレアちゃんも、そして、この天才で華麗なオレでさえもそうなることはあるから、一緒にがんばって進んでいこうニャ」


「そうだな」

「そうですね」


 リッドとクレアが肯きながら同意をしたので、ウィノーはご機嫌に尻尾を先ほどよりも大きめにブンブンと左右に振っている。


「ということで、町が見えてきたニャ。あー、お腹が空いたニャ。早くギルドに報告して夕飯にするニャ。サイアミィズに歩きの遠出はきついニャ。くたくたニャ。クレアちゃん、だっこしてほしいニャ」


「ふふっ。はい、では、どうぞ」


「おぉ! 言ってみるものだニャ」


 リッドたちが森をようやく抜けて、城と、城下町を守る城壁が見えたとき、ウィノーはクレアにだっこを要求する。クレアがそれを了承すると、ウィノーはぴょんと跳ねて彼女の腕と胸の間へとすっぽり収まる。


「あぁ、報告だが、俺が代表してギルドに行ってくる。ウィノーとクレアは先に戻っていてもいいぞ」


「ふわぁ……助かるニャ。リッドはたまに気が利くニャ」


「それは光栄な評価だ。それをご丁寧に口に出して言わなきゃだがな」


 リッドは少しばかり呆れて言い返す。一方のウィノーは気にした様子もなく、クレアに抱かれて身体を極力丸くして寝ようとさえしていた。


 クレアはふと何かを思いついたように満面の笑みでリッドの方を向く。


「じゃあ、私、リッドさんのお家でご飯作って待っていますね!」


「え、いや、疲れているんじゃ」


 クレアはぶんぶんと勢いよく首を横に振っていた。


「大丈夫です! というよりも、私にさせてください! 湯船のお湯も沸かしておきます!」


「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて、お願いするよ」


 クレアのやる気に満ち満ちている様子を見て、これ以上は断るのも悪いと思ったリッドはポリポリと頬を掻いたあとにお願いの言葉を口にした。


 それに真っ先に反応したのはクレアではなくウィノーだ。


「リッド!」


「な、なんだよ、ウィノー、急に大きな声を出すなよ」


「まさか、クレアちゃんに『お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも』みたいなことを言わせるために提案したんじゃないかニャ!?」


「ええっ!? それとも……私、ですか!?」


 ウィノーのとんでもない発言に、クレアが赤面して追加の爆弾発言を投下し、リッドがどっと疲れる。


「2人とも、発想力が豊かすぎるだろ」


「それで、それで、新妻的な感じで、メリハリボディな裸にエプロンを着せるつもりかニャ!?」


「ええっ!? 裸に、使用人の前掛け(エプロン)!?」


 リッドはそのまま崩れ落ちそうになることを耐える。


「いや、だから、発想力が豊かすぎるんだが……頼むから、みんな疲れているんだから、落ち着いてくれ。あと、クレアも本気にしないでくれ」


「裸にエプロン……リッドさんが元気になるなら!」


「だから本気にしないでくれるか!?」


 ウィノーとクレアの2人が暴走するとリッドではもはや対処ができないようだ。どうしてそっちの方向へ話が転がるのかとリッドは頭を悩ませながら、つい語尾が上ずってしまう。


「どこを元気にするつもりだニャ!」


「ダメだ……もう一人、抑え役が欲しいな……ハトオロじゃ、ちょっと荷が厳しいか……」


 リッドは仲間(パーティー)の編成を考える必要があると思うに至った。

お読みいただきありがとうございました。

次話も幕間となります。

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