2-3. 現れる悪童と始まる隠れ鬼
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楽しんでもらえますと幸いです。
廃村の中。薄靄のかかった風景は廃村の姿をより寂れたものとして人の目に焼き付かせている。
リッドたちが薄靄の中をしばらく歩いて分かったことは、廃村になった理由が「激しい何かが起きた結果」ということだった。
その激しい何かが起こったであろうと容易に想像できる証拠として、夥しいほどの血が乾いた跡や地面に転がった人骨や人の形をした腐肉がそれ以上風化することなく残っている。
さらに、森の中の村らしい木造の小さな家がいくつもあり、その家々のいずれも壁や屋根、扉が故意に壊されたように穴がいくつも空いており、穴が作られなければ横たわることもなかった粉々に散った木の破片が無残なまでに地面へと散らばっていた。
「ごめんなさい。まだ慣れてなくて……」
リッドやウィノーは見慣れたとまでは言わないまでも数々の経験から顔を少し歪ませる程度で済んだが、クレアにとって衝撃的だったのか、彼女は歪んだ顔がいつまでも戻らずに半べそをかいているような状態でウィノーを抱き上げつつ、リッドの横でピタリとくっついていた。
「大丈夫だよ。俺やウィノーだって昔はそうだった」
「そうたニャ。特にオレは繊細だったからいつも憂鬱で仕方なかったニャ。クレアちゃんも繊細だろうから気持ちは痛いほど分かるニャ」
リッドはゆっくりとした身振りで、ウィノーはしっぽをゆっくりとくねらせて、それぞれクレアに優しい言葉を掛ける。
ふと、リッドがウィノーの方を見る。
「あれ? ウィノーって、そうだったか?」
「おい……なんで追従援護したオレの言葉に疑問を持つんだニャ……」
「いや、ウィノーが大げさに言うからさ」
「ったく、もう! 少しは変化球を黙って投げる訓練をした方がいいニャ! 正直に宣言していたら変化球も直球と変わらないニャ!」
ウィノーがリッドの気の利かなさにぎゃあぎゃあと叫んでいると、クレアが小さく笑う。
「んふふ……おかげで少し気が楽になりました。ありがとうございます」
クレアの笑顔につられて、リッドとウィノーも笑顔になる。
ヒューッ——
しかし、直後に彼らの方へと向かってくる風切り音にリッドが気付いて、とっさにクレアをかばってから、右手で難なく風切り音のする何かを掴み取った。
「……木の実?」
リッドが握り潰しかけたものは殻が堅い木の実であり、子どもが投擲の弾にするくらいにどこにでもあるものだった。もちろん、勢いよく、当たりどころが悪ければ、痛いでは済まされない一撃になる。
「あ、ありがとうございます」
「ク、グ、ク……クレアぢゃん……幸せだけど、ぢょっど苦しいニャ……」
クレアは顔を真っ赤にしてリッドの横顔をまじまじと見つめていた。ちなみに、ウィノーは彼女に抱きしめられたまま彼女の腕と胸の間で息がしづらそうにもごもごともがいていた。
リッドの視線の先、薄靄の奥から足音もなく近付く気配が現れる。
「あははっ! 脳筋っぽそうなお兄さん、どんくさいおっぱいお姉さん、喋る珍妙な獣って、変な組み合わせ! 何しに来たの?」
薄靄の奥から現れた何かは、見た目が10歳になるかどうかくらいの少年だった。半袖に半ズボンと見るからに運動が得意そうな出で立ちで、ところどころに見える擦り傷も活発さをより一層引き立てている。
しかし、浅葱色の目に光がなく虚ろな雰囲気で、口だけがよく動いているために笑顔が一層不気味さを醸し出していた。
「どんくさ……おっぱ……」
クレアは気にしていたことを指摘されたからか露骨なまでにむすっとし始め、彼女の抱擁から脱したウィノーが「まあまあ」という感じで宥めている。
「俺が脳筋なのは的確な物言いなんだが、まあ、そんな安い挑発しないでくれるか? セールなら閉店直前に頼むよ。で、何しに来たかというと、ちょっとこの村が気になって入ってみたんだ」
リッドが警戒しつつも受け答えを始めた。
彼はダンジョンで起きることの全てが攻略のための鍵であると認識している。それ故に、目の前にいる少年姿の何かから情報を得ようと努めて冷静に立ち回ろうとする。
「へぇ……気になって、ね。こんな小さな村、よく見つけたね? でも、興味本位なら帰った方がいいよ? この村、何もないからさ」
「興味本位だけど、それだけじゃないさ」
リッドと少年の視線が逸れることなくぶつかり合い、少年の方から先に目を逸らして薄靄で消えない程度に数歩下がる。
「……面白いお兄さんだね。じゃあ、遊ぼうよ」
「遊ぶ? さっきみたいな俺たちを的にした的当てだったら勘弁願いたいな」
リッドは木の実を握り潰した後に、握りしめていた手をパっと開いて、粉々になった木の実を見せつける。
彼は言外に無駄なことをするなと示していた。そして、それに気付いている少年は手を横にぷらぷらと振って、その意志がないことを伝えていた。
「あれは挨拶だから、遊びじゃそんなことはしないよ。遊びは簡単、隠れ鬼だよ」
「隠れ鬼?」
隠れ鬼。
かくれんぼが時間内に隠れた後に動き回っていけない遊びであって、鬼ごっこが触られないように動き回っても構わないがずっと隠れていけない遊びであるため、隠れ鬼はその両方を併せた遊びと言える。
隠れるも良し、逃げるも良しの長く楽しめる遊びである。
「そう、かくれんぼのように隠れてもいいし、鬼ごっこのように鬼が直接手に触れて捕まえなきゃいけない遊びだよ。もちろん、お兄さんたちが鬼ね」
リッドとウィノーは自分たちが鬼だと指名されてすぐに目の前の少年を捕まえようと動こうとした。
「それじゃあ、速攻で……終わらせ……ん? ……動けない?」
「ダンジョンルールによる縛りかニャ。しかも、ダンジョンに入ってすぐじゃなくて、特定の状況下で発動する後載せ特別ルールなんて厄介だニャ」
ダンジョンの中には特別ルールが敷かれる場合がある。その特別ルールによっては程度の低い下級ダンジョンでも侮ることができない。
例として、攻撃魔法職が「攻撃魔法禁止」の特別ルールを持つダンジョンに入ってしまうとほぼ無力化されてしまうような状況もあり得る。
ただし、その特別ルールのほとんどがダンジョンに入ると同時に適用されるため、「攻撃魔法禁止」ルールのあるダンジョンを攻撃魔法職が単独で進むような事故はまず起きない。
今回のような途中からルールが発動するよう一部の例外を除けば、である。
「あははっ! 隠れ鬼は隠れるために10秒待つんだよ? 目を瞑ったり、もういいかどうかを聞いたりするルールは省いてあげるよ。ほら、そろそろ10秒かな?」
少年の言葉の後、リッドやウィノーは急に前のめりに身体が動き始めた。厳密な10秒ではなく、あくまで子どもが数える気の長い10秒であるとリッドは理解し、あくまで遊びのルールの1つで強制されたのだと認識できた。
「おっと……たしかに動けるようになったな」
「さて、隠れ鬼の逃げる側はボクを含めて5人だよ。残りの4人はもう隠れているから見つけて捕まえてね。お兄さんたちが降参するまでは付き合ってあげるよ。時間はたっぷりあるしね」
「すぐに見つけるさっ!」
リッドとウィノーが目の前の少年を捕まえようと手を伸ばすも虚空を掴むだけに終わり、彼らが気付いた頃には少年の姿が消えていた。
「あっと、言い忘れていたけど、もちろん、邪魔者アリだよ」
少年の声だけが聞こえ、隠れ鬼が始まり、邪魔者アリという言葉で地面の一部が蠢きだした。
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