1-Ex4. 悪夢から覚めても震える心
約3,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
夢はリッドの過去の記憶である。
故に、夢には続きがある。
しかし、今回はここでリッドの目が覚めた。
「ああああああああああああああああああああっ!」
目が開き汗にまみれたリッドは本当に夢から醒めたのかと疑って、包帯でぐるぐる巻きにされた上半身を勢いよく起こした後にきょろきょろと周りを見渡して、自分の家、自分の部屋であることを確認する。
いつかピュリフィと暮らすと思い、若くして大金を払って買ったリッドの家は、皮肉にもこの国にいる時だけの簡易宿のような状況になっており、奇しくもクレアの住む大教会とさほど離れていない位置に建っていた。
リッドが子どもは10人と決めて、多めに作られた部屋はウィノーに1部屋が宛がわれている以外、ほとんどが空き部屋になっている。
なお、彼はまだピュリフィにこの家のことを告げておらず、結婚と同時にサプライズで見せる予定だった。
そのことを以前に彼がウィノーに伝えると、当時のウィノーは「さすがに10人が本気はやべぇ……しかも、内緒で家はもっとやべぇ……」と彼に聞こえない程度の音量でそう口からこぼしていた。
「リッドさん、どうしましたか!? 入りますよ!」
リッドの叫び声に反応して、1階の台所で支度をしていたであろう真っ白なエプロンを身に着けているクレアがノックをして入ると宣言した後に、リッドの返事を待たずしてすぐさま扉を開けて、リッドの部屋の中へと入ってくる。
「はぁ……はぁ……あ、あぁ……」
「リッド……さん?」
大教会から近いこともあって、また、最近はリッドがボロボロで帰っていくこともあって、クレアが自主的かつ半ば強制的に世話を焼きにきていたのである。
ちなみに、彼女がリッドからこの家のことを聞いた際、「子どもが10人はすごく賑やかになりそうですね。え? リッドさんがそう言っているだけで、未来の奥さんと相談されていない? うーん……ちゃんと相談した方がいいと思いますよ? あ、でも、ほら、子どもが少なくても、動物を飼うなんてどうでしょう? それもすごく賑やかな気がしますよ。え? 私だったら!? え!? ええっ!? あ、あぁ……私が誰かと結婚したときですか? 紛らわしい……ほんと紛らわしい……いえ、なんでもありません! そうですね、まあ、私なら子どもが10人もいいなって思いますよ!」と、浮き沈みの激しい返事をしていた。
閑話休題。
リッドは怯えた目をしてクレアを見つめる。クレアがじっと扉の前で動かずに待っていたおかげか、彼は徐々に息が整い、目に光が戻り、やがて、表情も柔らかくなってきた。
「……すまない。悪い夢を見ただけだ」
リッドはうな垂れた頭を支えるように右手を顔に押し付け、無理に口の端を上げているようなぎこちなさのある笑顔でクレアに心配はいらないと言外に伝えていた。
クレアはホッと胸の前で組んでいた両手を解いて下ろし、ゆっくりとリッドの方へと近付いていく。
近付いてくる彼女を気に留めた様子もない彼がうな垂れたままでいると、彼を包み込む温かな感触が彼の不安を取り除き、代わりにある種の緊張感を芽生えさせた。
「よしよし」
「……クレア?」
リッドがその温かな感触を確かめるように少し顔を上げると、彼の顔が弾力のある柔らかな感触に包まれる。その瞬間に、彼は自分の頭が優しく抱きしめられていることを理解し、さらには髪を梳くように頭を撫でられていることにも気付いた。
この状況に気付き、彼は顔が熱くなっていくことを感じる。
「誰かにぎゅっと抱きしめられると安心しませんか?」
クレアは頭を撫でた後、次にリッドの背中をトントンと優しく叩く。彼女がトントントンと心臓の鼓動に合わせてリズムよく叩くため、彼はゆっくりと気持ちを落ち着かせていった。
「……あぁ、安心するよ。ありがとう」
「いえいえ、私も不安な時はぎゅっと抱きしめられると安心するんです。だから、誰もいない時は自分でもぎゅっと自分を抱きしめちゃいます」
「だったら、俺も今度からクレアが不安そうにしていたらぎゅっと抱きしめるよ」
リッドは多少息のしづらさを感じつつ、柔らかな感触の間で言葉を負の感情とともに外へと吐き出している。さらに、彼女が自分のことを語り始めて「抱きしめられると安心する」と口にしたので、彼は全く他意もなく、彼女を安心させてあげたいという気持ちから周りが驚くような提案をし始めた。
「ふぇ……へえええええっ!?」
当然、クレアは顔を真っ赤にし、頭頂から湯気を発して、変な声が出た。
「え? 抱きしめられると安心するんだろ? 仲間は安心させてやりたいんだ。それにクレアが不安なところは見たくないな」
「え……あっ……その……はい……」
クレアはリッドが自分を通して誰かを見ているのだと、その誰かが自分に似ているという彼の恋人ピュリフィなのだと気付き、複雑な表情で天井の方を見つめていた。
リッドはクレアをピュリフィの代わりにしようと思っていない。それはウィノーもクレアも知っている。だからこそ、彼が無意識に遠くを見ていると、近くにいる者たちは自分のことを見てもらえていないのではないかと考えてしまう。
「むぐっ……ク……きつ……」
クレアがさらにぎゅっと抱きしめると、リッドは苦しくなったのか、途切れ途切れの言葉とともに彼女の背中をトントンと叩いて白旗の意を示す。
「にゃああああああああああああああああああああっ!」
リッドの部屋の扉の方から甲高い声が叫んでいた。
サイアミィズのウィノーである。目を見開き、口を開いて牙を見せ、尻尾をピンと立てて、あからさまな威嚇のポーズを取っていた。
「うわあっ! ウィノーちゃん?」
「ウィノー?」
ウィノーに気付いたクレアがバッとリッドから離れ、2,3歩ズレて、何事もなかったかのように視線を天井の方へと移す。
しかし、ウィノーの怒りは冷めず、リッドに威嚇をしたままに喋り始める。
「フシャアアアアアッ! なんでリッドがクレアちゃんの胸に顔を埋めて楽しんでいるニャ!」
「楽しんではいないぞ」
リッドは誤解だとして両手を前に突き出して、首を横に振り、そのような言葉で反応する。
すると、クレアは驚きと不安混じりの表情に恐る恐るといった雰囲気で彼の方を振り向いた。
「あれ? ごめんなさい、私じゃ抱きしめられて嬉しくなかったですか?」
「いや、そんなことはないが」
リッドは慌てて、突き出した手、顔の向きをクレアの方へと変えて、必死に誤解を解くように反応する。
もちろん、次はウィノーのターンである。
「やっぱ、楽しんでいるニャ! ほら、次はその手が伸びて揉み始めるんだニャ!」
「揉みっ!?」
クレアはウィノーの言葉に反応し、自分の方へと突き出されているリッドの手を一瞥してから、自分を抱きしめるようにして腕で胸を隠し、さらに数歩リッドから離れるように退いた。
リッドは思わずビクッと全身を一度震わせてから手をベッドに力なく垂らす。
「そんなことするかっ! ええいっ! 話がややこしくなる!」
落ち込むリッド、威嚇を続けるウィノー、防御体勢のクレア。
最初に状況を変えたのはクレアだった。
「……こほん。ほら、次はウィノーちゃんの番ですよ。ぎゅってしてあげますよ?」
「クレアちゃん……オレにだってプライドってもんがあるニャ。そんなことでオレのご機嫌を取ろうなんて……ごろにゃーん♪」
ウィノーの機嫌はこうして速攻で直った。
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次話も幕間となります。