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ダンジョン仕舞いのリッド  作者: 茉莉多 真遊人
第1話 墓場は鎮魂歌を願う
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1-2. B級冒険者からの挑発

約3,500字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 リッドが何とも言えない表情をしてレセを見つめているとき、彼女は先ほどの興奮気味な雰囲気から一変して、とても落ち着いた様子で首をゆっくりと横に振る。


 一方の感情が大きく変化すれば、他方の感情はそれを抑えようと収まって相手を落ち着かせようとする。まるで二人が感情の天秤にでも乗せられているかのような雰囲気だ。


「……決して、そんなことはありません。実は本部長が言っていましたけど、この依頼はリッドさんにしかできないだろうって」


 レセは真剣な眼差しでリッドを見つめ、彼はその目を見つめ返して何かに納得した様子で数回分かりやすい瞬きをしてから縦に頷いた。


 その後、彼は急に肩を竦めて、先ほどの雰囲気を一変させるように口の端を少し上げて悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「へえ、本部長が、ね。ってことは、初めから、レセはこれを俺に渡すつもりだったな?」


「あ……えへへ……ごめんなさい」


 レセは口走った内容にハッと気が付き、手で軽く口を覆ってからその手を動かして頬に添える。


 先ほどまでの彼女は数ある依頼書の一枚をリッドに手渡した体裁でいたにも関わらず、その実、決め打ちになっている彼専用の依頼書があって、それを渡したに過ぎなかったのだと彼に悟られてしまう。


 最終的に、彼女は出てしまった言葉を誤魔化すように笑って謝っていた。


「はあ……まあ、長年のよしみだし、俺を高く買ってもらっているとしよう。それと、いつものかわいい笑顔に免じて不問にするさ」


「えへへ……かわいい……えへへ……」


 リッドの言葉に、レセのごまかしの笑顔が別の何かも混ざって頬を赤らめた笑顔に変わる。


 その雰囲気を見て、ウィノーはリッドの頭を高速でパンチした。サイアミィズ種が持つ鋭い爪が出ていないため、高速パンチは彼を嗜めるための軽い注意のようである。


「レセちゃんを独り占めするんじゃねえ!」


 その時、少し離れていたところで二人を見ていただけの男が、急に2人の方へと近付いて、不機嫌をそのままぶつけるかのように話しかけてくる。


 その後ろには、彼の取り巻きだと分かりやすくついてきている男たちもいた。


「あ、おはようございます、フォイルさん」


「フォイル?」


 リッドは突然大声を出して近付いてくるフォイルという名の男を訝し気な表情で迎え、横目でレセに目の前の彼がどういう男なのかと説明を求めるように見ている。


 それに気付いた彼女も彼の要望に応えるようにフォイルの説明を始めようとする。


「B級の――」


「レセちゃん! なんでそんな落ち目の相手をするんだ。いつも俺がそこのC級じゃ受けられないB級の難しい依頼をこなしているじゃないか! というか、そいつは最近C級どころか、EやDの下級ダンジョンしかほとんど行かないらしいじゃないか! どう考えたって落ち目! 一方の俺は今B級でも後々にA級も十分に狙える男だよ!? それに若いし、見た目も俺の方がいい!」


 リッドはレセの言葉を遮って大声でがなり立て始めるフォイルを見た。


 フォイルは、重すぎるが故にダンジョンでの戦闘におおよそ不向きそうなフルプレートアーマーを難なく着こなせる屈強な身体を持ち、唯一見える顔も整っており、銀細工のような綺麗な灰色の長髪を垂らした色男である。


 だが、黙っていれば多くの異性が寄って来そうな相当な色男であるものの、その裏付けされ過ぎて増長した自信がそのまま性格の悪さに変わってしまったと周りによく伝わるほどに、自らの口で彼自身の厭らしさを証明していく。


「そんなにがなるなよ、色男が台無しだぞ? 俺自身がどうかは関係なく、冒険者がギルド職員と話すことに何の問題もないだろう? たしかに依頼の掲示前に話しかけて、貼ってもいない依頼書をそのまま手続きに入ったのはマズかったかもしれないが……」


 リッドがフォイルを相手に嫌そうな雰囲気を微塵も出さないようにして、すまし顔でフォイルの言いがかりを嗜めつつ、自分にも非があるといった言い方で丸く収めようとする。


 しかし、フォイルは自分が何か言われること自体さえ気に食わないと言わんばかりに、さらに詰め寄った上でリッドの胸ぐらを掴んでつま先立ちでも届かないほどに持ち上げた。


「うるさい! 『血塗られた(リッド・ザ・ラスティ)両腕のリッド(レッド・ガントレット)』なんて大層な名前で呼ばれていたからって、調子に乗っているんじゃねえ! もう4年以上前の話じゃないか! それに、今のお前の呼び名を知っているか? 『ダンジョン仕舞(リッド・ザ・ダスキー)いのリッド(グレイ・クローザー)』なんだよ!」


 冒険者には二つ名がつきものである。自身を象徴する二つ名に拘る者も少なくないため、中級に位置するC級になってから自ら名乗る者さえ現れる。


 さらに、A級冒険者にはギルドから正式な二つ名が付く。


「クローザーってことは、もしかして、ダスキーグレイはダンジョンってことか? ……なんで、色で比喩を入れるんだろうな? 分かりづらいだろう? まあ、それはともかく、『ダンジョン(ザ・ダスキーグレイ)仕舞い(・クローザー)』か。今の俺にピッタリじゃないか」


 しかし、フォイルが挙げたリッドの2つ名は、いずれも誰からともなくそう呼ばれ始めただけのもので、本人にとって何の意味も持たない自身に付された表示記号に過ぎなかった。


「強がってんじゃねえ! お前なんてな、それこそ、俺が付けてやるなら『雑魚漁り(ザ・スカベンジャー)』がお似合いだよ!」


 リッドがフォイルの言葉を全く気にした様子もない代わりに、レセはフォイルの言葉すべてに憤慨しているかのように眉間にシワを思いきり寄せて、温和な美人らしからぬ表情を浮かべている。


「それでもいい。好きに広めてくれても構わない。二つ名なんて周りが勝手につけているだけだ。俺に関係ない。それよりもいい加減離してくれないか? B級なら知っていると思うが、訓練施設や闘技場などの許可されている範囲以外での私闘は原則として禁止だ」


「うるさい! ……ぐっ!」


 一向に下ろそうとしないフォイルの腕をリッドが掴み、彼がゆっくりと握りしめ始めると、フルプレートアーマーの分厚い金属籠手が歪み始めていた。


 メキメキメキと嫌な音を立てて、金属が簡単にひしゃげていく様子を近くで見ていたレセは自分の目を疑うばかりである。


「なあ、レセ、私闘は禁止だが、正当防衛なら構わないだろう?」


「え、ええ……」


 レセの同意の声が聞こえた後、フォイルの金属籠手がさらに歪んでいき、彼の腕までも圧迫し始めようとする頃に、彼はリッドをぞんざいに放り投げる。


 一瞬、宙に浮いたリッドだが、身体を綺麗に捩って無理なく着地して何事もなかったかのように立ち上がった。


「……ちっ! 俺だって、私闘が禁止なことくらい知っている! レセちゃんに変な虫が付かないように――」


「お前の方がよっぽど変じゃねえか」


「ああん!?」


 フォイルが歪んだ金属籠手を逆側の手で擦りながら、リッドをさらに非難しようと声を荒げていると彼の後ろから甲高い声で揶揄する言葉が放たれる。


 彼はすぐさま後ろを振り向き、言葉の主を探すと、彼の足元にウィノーが鎮座していた。


「にゃあ?」


「…………」

「…………」


 フォイルとウィノーがしばし見つめ合った後、フォイルがその後ろにいた自分の取り巻きの方を向き直して胸ぐらを掴む。


「……お前か!」


「え、フォイルさん! 俺じゃなくてそこの動物が! そもそも、声が全然違――」


「動物が喋るか! 見え透いた嘘を吐くんじゃねえ!」


「ちょ、フォイルさん、ここ、私闘禁、ぐべえっ!」


 フォイルは取り巻きを殴って吹っ飛ばしてしまう。その取り巻きが別の冒険者にぶつかってしまった瞬間に、元冒険者の屈強なギルド職員はただちに彼を数人がかりで取り押さえ始める。


「くそっ! 離せ! 俺はB級のフォイルだぞ!」


「誰であろうと節度を持った行動を取るべきだぞ!」

「違反者が偉そうにするな!」

「上だと言うなら模範を示せ」


「うぐぐ……」


 リッドは何をやっているんだかという呆れた様子で溜め息をこぼしてから、レセの方へと近付いて、依頼の受注処理を完了させた。


「行くぞ、ウィノー」


「にゃあ」


 リッドがウィノーを肩に乗せ、踵を返して扉の方へと向かう。


「あ、リッドさん、同行者のクレア様は東側の大教会で待っています! 本人か司教様に声をかけてください」


 レセの言葉に、リッドは振り返ることも言葉を返すこともなく、「分かった」という意味を込めて、頭の横まで手を挙げて軽くその手を3度ほど振っていた。


「リッドオオオオオッ! 覚えていろよおおおおおっ!」


 取り押さえられたまま叫ぶフォイルの情けない声が響いた。

お読みいただきありがとうございました。

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茉莉多真遊人先生、お疲れ様です。 もう少しで夏本番です! ……と言いたいところではありますが、もう既に本番ってほどに暑いですね――体調にはお互いに気を付けていきましょう! ***** 今回のお話し…
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